【3415】 新しい世界が広がる  (ex 2010-12-20 21:00:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:これ】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


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〜 4月24日(日) 小笠原研究所 〜

 鳥居江利子は、魔法・魔術騎士団の研究室でソファーに寝そべりながら考えていた。

 魔界でも最弱のDクラス、ゾンビについて、である。

 ゾンビはたしかに気味の悪い生き物で、その爪は鋭く、牙は人間の首など簡単に食いちぎってしまうほどの強さを持つ。
 しかし、あまりにも鈍重。
 江利子ほどの腕の持ち主であれば弓矢一本あれば、いや、素手でさえ簡単に倒してしまうことが出来る。
 ・・・まぁ、気持ち悪くて素手で触りたい相手ではないが。

 多分、リリアン女学園高等部の2年生以上であればどんな生徒でも問題なく倒せる相手。

 だからこそ、これまでほとんど研究もされてこなかったし、対策も考えられては居なかった。

 魔界の生物のうち、C級のオルトロスやパピルサグなどは、生命力を感じる魔物。
 いってみれば現世に存在する猛獣を強化したようなもので、訓練を積んだ人間が集団で対抗し、しっかりと攻撃すれば倒すことが出来る。
 オルトロスは氷結攻撃に弱いし、パピルサグは毒針に注意すればよい。
 生存することについての意味もある程度わかる。
 ゾンビと同じD級のスライムも、生命力を感じる。
 ・・・現世のアメーバの超強力版、と考えればいいのだし。

 しかし、ゾンビはどうだ?
 その存在意義は?
 生命力を感じるどころか、”動く死体” なのだ。

 なぜ、死んでいるのに動くことが出来るのだ?
 そして、そのような存在が魔界に居る理由は?

 現世においては、ブードゥーの魔術によってゾンビを使役するネクロマンサーの存在がある。

 はるか古代のブードゥーのネクロマンサーは、生きた人間に ”ゾンビパウダー” を振りかけ、逆らうことのない兵士、労働力として使役したと言う。
 また、歴史書には土葬された死体を掘り返し、ゾンビとした、との記述もある。

 その魔術はブードゥーよりも古代からある、石の人形、”ゴーレム” を操る魔術の応用である。

 現代では、ゴーレムを使役するような魔術は廃れてしまって使用する魔術師はほとんど存在しない。
 ゴーレムで出来ることはすべて重機などの機械で行うことが出来るからだ。
 戦闘においても、ゴーレムのパンチ力など戦車の砲弾の何分の一もない。

 江利子は、魔界からリリアンの正門に現れたゾンビについて考察を続けていた。

 異空間ゲートが開いたときに、傍に居た人間が魔界に引きずり込まれる、と言うことはありえるだろう。
 しかし、魔界で人間が生き続けるなんてことは出来るはずもない。
 ・・・薔薇十字所有者でさえ、後方支援がなければ数日しか生存できないのは前回の経験で嫌と言うほどわかった。

 一般人であれば魔界に落ちたら一日も経たないうちに魔物の餌食にされ、骨も残らず惨殺されるだろう。
 で、あれば、魔界には最初からゾンビは居ない、ということになるのではないか?

 となると、人間界で言うゾンビと魔界のゾンビではその存在そのものが違うということだ。

 人間界のゾンビは ”動く死体” で、魔界のゾンビは ”腐った人間のような姿をした魔物” ということだろうか?

 いや、違う。 と、江利子は結論付ける。

 これまでに何体ものゾンビを屠ってきた。
 そのたびに感じていたのは、ゾンビの生命力の無さ。 いや単に動く死体を強制的に動けなくした感触。

 さすがの江利子の頭脳を持ってしても上手い推論が見つからない。
 しかし、江利子はあきらめることなくいくつもの推論を組み立て、それを一つずつ潰してゆく。

 そしてたどり着いた結論。それは人間のネクロマンサーが魔界に出入りしているのではないか、というもの。

 人間一人では、魔界で生き抜くことは出来ない。

 しかし、そのネクロマンサーが自分を守護する存在としてゾンビを何十体も引き連れていった、と考えたらどうだ?

 ゾンビなら食事の心配もない。 もともと死んでいるのだし、命令には忠実だ。
 魔界の魔物たちがいくら飢えている、としても、死体を漁るような低級な魔物はいないだろうし、居たとしても群れとなったゾンビの力を持ってすれば撃退できるだろう。
 今でも、中南米を中心に火葬ではなく土葬する習慣を持つ国々は多い。
 数体のゾンビを最初に作り上げれば、あとは土葬された死体を掘り返すよう命じれば、いくらでもゾンビの代えはきく。

 そして、魔界で生活していたネクロマンサーが寿命で死んだ後、魔界には支配者を失った動く死体が取り残されることになる。
 そのゾンビたちが、D級の魔物として魔界から現世にあらわれるのではないか?
 もともと人間であったゾンビは、わずかな異空間ゲートの隙間であってもすり抜けることが出来るのだろう。

 では、なぜネクロマンサーが魔界へ行く必要があったのか?

 それについて、江利子は、一つの推論としてより強い力、または特殊な力を得るためだ、と考える。
 他の動機もいろいろ考えられるが、なにがしかの力を得るため、と言うことで間違いないだろう。

 人間の死体でさえ、ゾンビにすることで人間であったとき以上の戦闘力をもつ。 いや、戦闘力事態は大して変わらないが、死を恐れないゾンビは強力な兵士となるのだ。

 それを、魔界の魔物たちで行ったらどうなる?
 オルトロスの死体をゾンビにする、パピルサグの死体をゾンビにする。
 そうすれば、C級魔物を従えるネクロマンサーとして魔界にその存在を示すことが出来るのではないか?

 B級の魔王たちが従える軍団の構成は、そのほとんどがC級とD級の中間部に位置するオーガ、オークであることが分かっている。
 オーガやオークは言ってみれば人型の魔物。
 オルトロスやキマイラ、パピルサグのような腕力はないが、その分知能が高い。
 軍団を指揮する上で、配下の知能の高さは大きな武器である。
 戦略に従い行動するオークたちにより、魔王の魔界での地位は確立されている。
 オルトロスやキマイラのような魔獣では単体の力は強くても、集団戦になれば脆い。

 だが、C級のオルトロスたちを命令どおり自在に動かせる、としたら話は変わってくる。
 C級の魔物を命令どおり動かせるネクロマンサーは、魔界でも強力な立場を得るだろう。

 ただ、ネクロマンサーは、本来人間界でその存在をアピールしたいに違いない。
 魔界でいくら勢力を誇ったとしても、それは人間としては空しいことだ。

 しかし、C級の魔物を配下のゾンビにしても、C級の魔物が通り抜けることの出来るゲートなどめったに発生することはない。

 魔界に行ったネクロマンサーは悲願を果たせずに朽ちていくだけだ。

 だが・・・。 もしもC級の魔物をなんらかの方法で現世に連れ出す方法を見つけたのだとしたら?

 それに、つい半年前、B級の魔王たちの死体が大量に発生したではないか。

 B級の魔王をゾンビとして現世に連れ出すことの出来る方法が見つけ出されたのかもしれない。

 それが、今回リリアン正門前で起きた現象。

 ゾンビの体の中に、暗黒の球体としてB級の魔王を潜ませ、D級の魔物が通り抜けられるだけのわずかな空間のひずみで現世に出現させる。

(これだ!)

 江利子の頭脳が今回の現象を解き明かす。

(どんな方法を使ったのかはまだわからない。 でも、相手の正体はこれで間違いない。
 そして、その動機も。 やはり、現世を支配しようとする人間の思惑・・・。
 ふふっ。 前回のソロモン王といい、今回のネクロマンサーといい、結局人間の敵は人間、ってことかしら?)

 江利子はこの推論を確定した理論とするため、さらにリリアンから届けられたデータの解析を続けることにした。

 なんといっても、まだまだ解き明かさなければならない問題も多い。

(いったい誰がネクロマンサーなのか? ネクロマンサーはどのような方法で現世と魔界を行き来しているのか? どのような方法でゾンビにB級魔物や暗黒球体を仕込んだのか? 暗黒球体とはどんな性質があるのか?)

 江利子の頭脳は限りなく早く回転し続ける。



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〜 4月25日(月) リリアン女学園 薔薇の館 〜

「ロサ・キネンシス、聖書朗読部の方と手芸部の方がお見えになりました」
 薔薇の館の会議室で執務中の祥子に乃梨子が声をかける。

「どうぞ入っていただいて」 と、祥子が答える。
「乃梨子ちゃんたちが来てくれてほんと助かってるよ」 と、令もニコニコしながら乃梨子を見ている。
「乃梨子、よかったわね」
 志摩子も嬉しそうに令から褒められた乃梨子に微笑みかける。

 3人の薔薇とお客様2人にお茶の準備をすすめていた乃梨子は、「いいえ、これくらい」 と志摩子に笑い返す。

「それに、可南子ちゃんと瞳子ちゃんも仕事が速いし。 今年の一年生も優秀だね」

 乃梨子と可南子が薔薇の館でアシスタントとして働き始めて1週間が経っていた。
 瞳子も、演劇部の活動が休みの日には薔薇の館に顔を出している。

 今日は、瞳子が祥子の書類整理のアシスタント、可南子は、祐巳、由乃と3人で校内巡視を兼ねてクラブ回りをしている。

 薔薇の館の新入りで一年生の乃梨子たち3人は、お客様の受付、お茶の準備、書類の整理など、雑用を積極的にこなしていた。
 たった一週間の薔薇の館の生活であるが、すでに薔薇様たちからも、「しっかりもの3人組」 として頼りにされていた。

 今日は、文化部の代表者が薔薇様たちに要望に来ることになっている日である。

 早速、聖書朗読部と手芸部の部長から説明が始まった。

「ロサ・キネンシス。 マリア祭の日、新入生歓迎会のあとで、各クラブの紹介をしていただける、ということですが」

「えぇ、高校生活は長いようで短いわ。
 新入生には勉強や実技だけではなく、一般的な教養やスポーツにも打ち込んで欲しい、そういう思いで今回のクラブ紹介を企画いたしましたの」

「素晴らしいお考えだと思います。 すでにクラブに入部を決めている一年生も居ますが、まだまだ帰宅部の生徒も多いですものね」

「それで、今日のご用件は何かしら?」

「はい。 こちらをご覧ください」
 早速、手芸部の部長から要望書が手渡される。

「今回のお願いは、お忙しい薔薇様方にこのようなことを申し上げるのは恐縮なのですが、いくつかのクラブの顧問、と申しますか、アドバイザーのような形で参加していただけないか、ということです。
 たとえば、ロサ・フェティダは剣道部の部員ですので、ロサ・フェティダに憧れる新入生が運動部へ流れておりますの。
 出来る範囲でかまいません。 薔薇様方が参加してくださるクラブ、というだけでも人気が出るのではないか、と思いましてお願いに上がりました」

「そう・・・。 でも幽霊部員のようになってしまうかもしれないわよ? そのような形でクラブ活動に参加する、というのはどういうものかしら?」

「ですから、たった一つのクラブに参加していただきたい、ということではございませんの。
 負担を増やしてしまうかもしれませんが、二つ、三つのクラブに所属し、発表会などでアドバイスを送ってくださる存在、そういったものを望んでいるのです」

「先ほども、祐巳さんたちがクラブ棟を巡回しておりました。 各クラブとの連絡もブゥトンの方が行うことも多くなりますでしょう?
 そのときに、薔薇様方がアドバイザーとしてクラブに参加して置いてくだされば部員と薔薇様の距離も近くなり、連絡体制の強化にも繋がるのではないでしょうか?」

「なるほど。 なかなかいい案かもしれないわね。 これは文化部すべての希望、と考えてもいいのかしら?」

「今のところ、ロサ・キネンシスには、華道部、茶道部、ダンス部から顧問に就任していただきたい、と要望が出ております。
 ロサ・フェティダには手芸部とお菓子作り同好会から是非にと。
 ロサ・ギガンティアにはわたくしたち、聖書朗読部と、ボランティア部に参加してくださいませんでしょうか?」

「うふふ。 どうやら今年の各部長さんたち、しっかり情報を掴んでいるようね。
 これはどこかに黒幕が居るわね? 怒らないから白状なさい」

 祥子はにこやかに笑いながらも、手芸部の部長と聖書朗読部の部長二人を見渡す。
 この部長、二人とも3年生なのであるが、祥子の目が笑っていないことに気づいてしまった。

「あ・・・、えっ・・・。 やっぱりわかります・・・よね?」
「・・・あのぅ、本人の名誉にもかかわるので・・・・」

「はぁ・・・。 甘いもので買収されたか、青信号で突っ走ってブレーキが利かなくなっちゃったか。
 どうせそんなところでしょ? 違う?」

 手芸部と聖書朗読部の部長二人は顔を見合わせる。

「隠し事は出来ないわよ? あなた達のその顔でもう犯人はわかっているもの。
 そうでしょう? 祐巳、由乃ちゃん」

 ちょうどその時、ビスケット扉をあけた祐巳と由乃は、祥子の氷の視線に凍りつく。

「お・・・お姉さま、ごきげんよう。 あぁぁぁぁあの、なにかありましたでしょうか?」

「『なにかありました?』じゃないわ。 いま文化部代表のお二人がお見えになっていらっしゃるのよ。 
 それでお話を伺えば、わたくしたちに各クラブの顧問に就任するように、との依頼じゃないの。
 あなた、何かお話をしたんでしょう?」

「あ! 早速お話に来てくださったんですね! よかった〜。 お姉さま、もちろん受けてくださるんでしょう?」
 何か失敗でもあったのか?と真っ青になっていた祐巳だが、話の内容が見えたのでほっとした顔になる。

 ところが祥子は、
「あなた・・・! 一体何を考えているの? 異空間ゲートも開いてこの忙しい時期に。
 文化部の方々の要望はわかるけど、それとこれとは話が別よ。 どうしてこんな大事なこと、相談も無しに進めたの?」
 と、怒りの表情で祐巳を見つめる。

「え・・・、あ、あの。 いけなかったでしょうか?」

「質問に質問で答えない! ちゃんと理由をおっしゃい!」

 祐巳は、まさか祥子がこんなに怒るとは思っていなかった。
 たしかに相談しなかったのは悪かった、とは思うが、相談せずとも快く引き受けてくれるものだ、とばかり思っていたのだ。

「ロサ・キネンシス! 祐巳さんは・・・!」
 話を持ってきた聖書朗読部の部長が慌てて止めに入る。

「あなたは黙ってて頂戴。 わたくしは今、祐巳に質問しているの」

 かわいそうに聖書朗読部の部長は、祥子の氷のように冷たい視線を受け固まる。

「ありがとうございます、庇ってくださって」 と、部長二人に頭を下げる祐巳。

 そして、
「お姉さま、わたしの勝手な思い込みで話をしてしまって申し訳ありません」
 祐巳は深々と祥子に頭を下げる。

 その悲しげな姿に、その場に居た全員が注目する。

 令と志摩子、由乃の3人はこうなってしまったら祥子は自分の納得する理由を祐巳が喋るまで許さないことを知っている。

 しかし、新一年生と部長二人は別だ。
 部長二人はおろおろと見つめるしかない。

 乃梨子は志摩子が何も言わずに祥子と祐巳を見つめているのでそれに従おう、と思っている。
 だから、志摩子の傍で、じっと成り行きを見つめることにした。

 可南子は祐巳がこの二人の部長を含む数名の文化部の部長たちと話をしていたことを知っていた。
 だから祐巳が悪いわけではない、と信じている。
 だが、この状況で自分がしゃしゃり出ても祥子を怒らせるだけだろう。
 可南子と同じ立場の由乃が喋らないのに、自分が喋るわけにも行かない。
 ただ、祥子を睨みつけることだけはどうしても止めることが出来ないで居たが。

 瞳子は、祥子に対して、いつも祐巳を甘やかせすぎだ、過保護だ、と思っていた。
 その祥子が祐巳に対してこのように怒ることにしばし唖然としていた。
 だが、今回のことは一方的に祐巳が悪い。
 山百合会の決定権を持つ薔薇様に相談もなしに、たとえ妹とはいえ外部に情報を漏らしたり、重要な案件を決めてしまっていいわけがない。
(ふん、情けないお方・・・。 祥子お姉さまに相応しくありませんわ。 後先も考えないで突っ走るなんて紅薔薇のつぼみとしての資質を疑ってしまいますわ)
 祥子に叱り飛ばされる祐巳に (いい気味・・・) と思っていた。



「あの、クラブ棟を廻って、お話していて気づいたんですけど、リリアンって素晴らしい文化部がたくさんあるなぁ、って。
 でも、部員確保に苦労しているところもあるみたいで・・・。
 それって、とってももったいないことだと思ったんです。
 わたしは、平凡でなんにも取り得が無いけど、お姉さまや令さまは素晴らしい特技があるじゃないですか。
 お姉さまの生け花は芯がすっと通っていて見ているだけで背筋がぴっとなるくらい素晴らしいし、
 ダンスはうっとりと見とれてしまうほど優雅だし・・・。
 お姉さまの入れてくださるお茶は、お抹茶だって信じられないくらい甘くって、心の底まで暖かくしてくださるし」

 祐巳は頭を下げたまま祥子に説明を始める。

「それに、令さまの作ってくださるお菓子はほんとに美味しくってほっぺたが落ちそうで。
 由乃さんの素敵なマフラーや手袋は全部、令さまの手作りだし。
 志摩子さんはリリアン一敬虔なクリスチャンで、寝る前に聖書を朗読する声はほんとに心を穏やかにしてくれる。
 そんな素敵な特技を持っている三人の薔薇様が、文化部に協力して下さったら、リリアンの文化部の発展にも繋がる、って思ったんです」

 祐巳は、少し肩を震わせながら一生懸命言葉を綴る。

「あと、蓉子様がおっしゃっていたことがあるんです。
 薔薇の館と一般の生徒の垣根を取り払いたいって。
 山百合会の幹部はみんな薔薇十字所有者で、一般の生徒から見たら薔薇の館に入るのも勇気がいることだ、って。
 でも、部活動の関係者に薔薇様が就任してくだされば、もっと一般生徒との距離も近づくんじゃないか、って思ったんです。
 だから・・・。 だから、文化部の皆さんに、お姉さまたちがどんなに素敵な方たちかお話して、お姉さまたちのお力を借りたら、って言ってしまいました。
 あの、忙しいことは十分わかってます。
 でも、わたし、なんにも取り得がないので・・・。パトロールに行くことしかできないから・・・。
 だから、お姉さまたち薔薇様のパトロールの分をわたしに回してください!
 それで、空いた時間で文化部の方たちに協力してください。 お願いします!」

「祐巳・・・」
「祐巳ちゃん・・・」
「祐巳さん・・・」
 祥子と令、志摩子の3人は思わず祐巳を抱きしめたい、と思うくらいの衝動に駆られた。

 由乃と可南子は、3人の視線から祐巳を守るように祐巳の前に立つ。

「わたくしたちからもお願いいたします! 祐巳さんの願いをかなえてあげてください。
 薔薇様方のパトロールの範囲はわたくしたちがカバーします。 お願いします!」

 瞳子と乃梨子は、なぜ祐巳が一年生、いやリリアン全体に絶大な人気を持っているのか、この瞬間に理解した。
 手芸部と聖書朗読部の部長二人も、手を合わせて祐巳を見ている。

「まいったわね・・・。 そんなに褒められたら協力するしかないじゃないの・・・。
 令、志摩子。 協力することに異議のある人は?」

「反対するわけないじゃない。 やってくれるね、祐巳ちゃん」
 にっこり微笑みながら令が答える。

「わたくしでできることなら、なんでもします。 ロサ・キネンシス、協力いたしましょう?」

「お姉さま! 令さま! 志摩子さん!」
 3人の言葉に、ぱっと顔を輝かせる祐巳。

「よかったね、祐巳さん!」
 由乃も嬉しそうだ。

「うふふ。 満場一致、ってことかしら? でも祐巳、そんな恥ずかしい言葉は二人っきりのときに言って頂戴。
 顔から火が出てしまうわ。 それと、こんな重要なことは事前に相談すること、いいわね?」

「ごめんなさい、お姉さま」
 祐巳はもう一度祥子に頭を下げる。

「で、お菓子作り同好会のお菓子、美味しかったのかしら?」

「はい! とっても!」 と、ニコニコ顔の祐巳。

「ちょ、祐巳さん!!」 由乃があわてて祐巳の袖を引っ張る。

「あ・・・!!」

「やっぱりねぇ・・・」 と、祥子は頭を抱える。

「あっはははは」
 令が大声で笑い出したのと同時に、薔薇の館には笑い声がこだまする。

(祐巳のこの優しさで、山百合会も新しい世界が広がるのかもしれないわね)

 祥子は祐巳の築く心地よい雰囲気に身を任せていた。



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