【3414】 運命の交差点  (ex 2010-12-17 22:00:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:これ】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)



※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


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〜 4月16日(月) 薔薇の館 (つづき) 〜

 ギシギシ、とわずかに木のきしむ音。
 薔薇の館は木造の建物であり、いくら大事に使われている、と言ってもさすがに老朽化は免れない。
 階段を上がる音が聞こえたので、会議室でお茶を飲んでいた祥子の顔がぱっと輝く。

「裕巳たちが帰ってきたみたいね。 ・・・3人分の足音・・・。 令と志摩子に合流したのね」

 先ほどまで、 「祐巳は大丈夫かしら・・・」 と顔色を真っ青にしていた祥子のあまりの変わりように瞳子は驚く。

(それほどまでに祥子お姉さまを虜にしている祐巳さまって・・・) と、またしても祐巳に対する興味がわきあがってくる。

 カチャ、っと音がしてビスケット・ドアが開き顔を出したのは支倉令だった。

「ごきげんよう、祥子。 お待たせ。 あれ?お客様?」 と松平瞳子を眺める。
「ごきげんよう、お姉さま。 お疲れ様でした」 
 由乃にしては珍しく、令に対して 「お姉さま」 と呼びかける。
 さすがにお客様の居る前で 「令ちゃん」 とは呼べない。
 続いて志摩子も部屋に入ってくる。

「ごきげんよう、薔薇様方」 と、祥子の後ろに立っていた瞳子も令たちに挨拶をする。

「ごきげんよう、ロサ・キネンシス。 令さまとのクラブまわり、終了いたしました」
「ごきげんよう。 二人ともご苦労様でした。 あら?祐巳は一緒じゃなかったの?」
「いいえ? 祐巳さんとは会ってません。 先に戻っていたんじゃないのですか?」
「それより祥子、こっちもお客様一人ご案内しているのよ。  さぁ、入って」

(それより、ってなによ!) と、心の中で突っ込んだ祥子であったが、お客様、と言う言葉に冷静さを取り戻す。

「ごきげんよう。 失礼いたします」
 はきはきした声で会議室に入ってきたのは市松人形のような日本美人。

「乃梨子さん!」 
 意外な人物の登場に瞳子は驚きの声を上げる。

「あ・・・、えっと・・・」
 まさかここで自分の名前が呼ばれると思っていなかった乃梨子はよくクラスで話しかけてくるドリルのような髪形の少女を見つめる。

「同じクラスの瞳子です。 まだ名前を覚えてくださらないんですか?」

「ごめんなさいね」
 と、素直に乃梨子は瞳子に謝る。
 でも、仕方ないじゃないか。 名前よりその特徴的な髪型のほうが印象が強いんだから・・・。

 乃梨子も、瞳子がここに居ることは意外だった。 ここは山百合会の幹部のための会議室じゃないのか?と。

「みなさん、バラバラに喋っていては話が進みませんわ。 お茶を入れますのでどうぞお席にお着きください」

 これまた珍しく由乃が全員を席に誘導する。
 どうも、悠然と振舞う余裕綽々の一年生、松平瞳子に敵愾心を抱き、それが逆に慇懃な態度になっているようだ。
 
「それもそうね。 とりあえず順を追って説明して頂戴。 あぁ、初対面の人もいるからまずは紹介からね」
 祥子も完全に冷静さを取り戻し、いつものように段取りよく話を進める。

「こちらは、松平瞳子ちゃん。 わたくしとは遠縁にあたります。 今日は薔薇の館の見学に来たの。 で、そちらは?」

「こちらは、二条乃梨子さん。 自己紹介してくれるかな?」 令が乃梨子を見る。
「あ、はい。 二条乃梨子、一年椿組です。 そちらの瞳子さんとはクラスメイトです」

「そう。 で、その二条乃梨子さんはどうしてここに?」

「あぁ、わたしがスカウトしたんだよ。 志摩子と親しげだったから、志摩子専属のアシスタントに、ね。
 紅薔薇と黄薔薇は二人居るけど、白薔薇は志摩子だけだからね。
 これから忙しくなるから、優秀な人材は一人でも欲しい。 ほら、彼女今年の一年生総代だよ」

「あぁ、なるほど。 見たことがあると思ったわ。 それで、志摩子も乃梨子さんもそれでいいのかしら?」

「はい。 わたしでお手伝いできることでしたら、志摩子さんの力になりたいと思います」
「乃梨子、ありがとう」
 隣どおしの席に座った志摩子と乃梨子は顔を合わせて微笑みあう。

「ところで乃梨子さん、外部入学なのね? 外部からでは慣れないかもしれないけれど、リリアンでは上級生のことは 「さま」 をつけて呼ぶのが常識なの。 志摩子のことは 『ロサ・ギガンティア』 もしくは 『志摩子さま』 とお呼びなさい。 よろしいかしら?」

「あ、はい。 わかりました。 まだリリアンに慣れないもので。 申し訳ありませんでした」
「いいえ、これから気をつけてくださればいいのよ」

 後輩に注意をしてにっこり微笑む祥子に、 (だったらその瞳子って子に、”祥子お姉さま”、って呼ばせてるのは誰よ!) と、由乃は心の中で突っ込んでいた。

「あのぅ、祥子お姉さま? 乃梨子さんがアシスタントに、っていうことは今、人手不足ってことですの?」

「えぇ。 先代が卒業して間もないでしょう? そんな時期にまた異空間ゲートがリリアンの傍で開いたことで、山百合会としても忙しくなるわ。
 人手は一人でも多く欲しいところなの。 それで今日は各クラブの部長たちに協力を求めたのよ」
「まぁ、それは大変ですわね」

「あ、松平瞳子さん、っ言えば祐巳ちゃんが言っていた子だね。 そうか、あなたが」
 令は、入学式のときに祐巳の上げた3人の人物を思い出していた。

 一人は先ほど中庭で出会い、ここに連れてきた二条乃梨子。 
 一年生の総代であることから考えても、その力量は十分であろう。
 都合のいいことに、志摩子とはごく近しい関係を築いているようだ。
 仲良く微笑み合う姿を見てもそれはわかる。
 令も、第一印象だけでこの子の覇気に惹きつけられた。

 そして、もう一人がこの松平瞳子。 くっきりとした目鼻立ちで、才気溢れる様子。
 祥子とも遠縁であるというし、ロサ・フェティダである自分、ロサ・ギガンティアである志摩子にも物怖じせず堂々とした態度。
 近い将来、大輪の薔薇を開かせることを予見させるような少女だ。

 奇しくも祐巳が指し示した3人のうち2人が今ここに揃っている。
 薔薇であることを望まれるほど資質を持った少女は自然に薔薇の館にひきつけられるものなのか。

「あなたも、もし時間があるようなら何時でも薔薇の館に遊びに来ればいいよ。
 祥子と遠縁なんでしょう? 祐巳ちゃんとも知り合いみたいだし。 よければここの仕事も手伝ってくれると助かるんだけど」

「ちょっと、令! いきなりここを手伝って、って瞳子ちゃんの都合もあるのに」

「あぁ。 別に強制はしない。 もちろんクラブに入ってるのならそちらを優先して。
 でも、さっきも言ったけど今は一人でも人手が欲しいんだよ。 まぁ、気にかけておいてくれると助かるな」

「あの、瞳子は演劇部に所属していますの。
 それでこちらをお手伝いすることはやぶさかではないのですけど、どうしてもクラブ活動がない日ということになってしまいますわ。 
 瞳子も、祥子お姉さまのお手伝いが出来るのでしたら、極力こちらに来たいです」

「おや? 瞳子さんは祥子限定? こりゃぁ祐巳ちゃんが嫉妬しちゃうなぁ。 あっはっは」
 これまでの雰囲気を全くわかっていない令はただ楽しそうに笑い出す。

(こんの・・・。 令ちゃんのバカバカバカ!! この子が祥子さま狙いだって言うことは見てればわかるじゃない!)
 由乃はまたしても不機嫌のオーラを眼力に込め、令を睨む。

「それじゃぁ、瞳子ちゃんも時間があるときには薔薇の館に来てくれるかしら?」
「はい! 祥子お姉さま、よろしくお願いいたします。 乃梨子さんも一緒ですし心強いですわ」

 志摩子と乃梨子も微笑みながら瞳子を歓迎している雰囲気だ。

(面白くないな・・・)
 と、一人由乃はむすっとした顔で祥子たちを見渡していた。



 6人が談笑していると (由乃だけはふくれっ面だったが)、ようやく階段にギギッ、と足音がし始めたのが聞こえてきた。

「あぁ、やっと祐巳ちゃんが帰ってきたね。 何をしてたんだろう?」
「それに、足音が二人分・・・。 祐巳も誰かお客様を連れてきたのかしら?」
 令と祥子は顔を見合わせる。

 ばたん、と音がして入ってきたのはニコニコと嬉しそうに笑う祐巳。

「みなさま、ごきげんよう。 お姉さま遅くなってしまって申し訳ありませんでした」
「ごきげんよう、祐巳。 ほんとよ。 一体何をしていたのかしら?」
 
 やっと姿をあらわした祐巳にほっとしながらも、祥子は不機嫌そうに祐巳を問い詰める。

「はい。 ちょっと用事が出来てしまって。 あの、お客様をお連れしたのですが、入っていただいてもよろしいでしょうか?」
「え? えぇ、お客様をお待たせするわけには行かないわ。 どうぞ入っていただいて」

 祐巳に導かれて会議室に入ってきた少女を見て瞳子と乃梨子が驚いたような顔になる。
「可南子さん!!」

 祐巳よりも頭一つ背の高い生徒。 細川可南子だった。

 一年生を除く祥子たち4名はお互いに顔を見合わせる。
 入学式のあとで話に出た生徒。
 一年椿組のこの3人は祐巳が 「一年生で最も覇気の強い3人」 としてあげた者たち。

 その3人が放課後一時間も経たない間に薔薇の館に集合してしまった。
 よくもまぁ、これだけタイミングよく? 揃ったものだ、と。

 一方、祐巳のほうも部屋の中に居る一年生2人、松平瞳子と、二条乃梨子を見て驚いていた。

「ごきげんよう、薔薇様方。 一年椿組、細川可南子と申します」

「え、ええ、ごきげんよう。 細川可南子さん、ね? で、祐巳。 どうしてその細川可南子さんをお連れしたのかしら?」
 表面上、落ち着いた雰囲気を取り繕っている祥子だが、内心は不安、不信にさいなまれていた。

 『祐巳は一年生に人気があるから由乃ちゃんより早く妹を作るわ』 なんて令に自慢気に言ってはいたものの、いざ妹候補のように祐巳の後ろについて入ってきた可南子を見て動揺してしまったのだ。
 それほど、可南子の様子は祐巳に惹かれているのが一目瞭然でわかるものだった。

「はい。 由乃さんと校内巡視を終えて帰ってくる途中で可南子ちゃんを見かけたんです。
 とても不安を抱えているようだったので、少しお話をしてきました。
 え〜っと、異空間ゲートが開いたときに可南子ちゃん、傍に居たんですよ」

「それで、安心させるために、薔薇の館につれてきたの?」

「はい。 あの〜、ここに帰ってくる途中で由乃さんとも話していたんですけど、今人手不足でしょう?
 お姉さまに相談無しで申し訳なかったんですけど、可南子ちゃんにアシスタントをお願いしちゃいました。 よろしかったでしょうか?」

 祐巳の言葉に祥子、令、志摩子、由乃の4人は驚いてしまった。
 可南子が入ってきた瞬間に、そうではないか、とは思っていたものの。

「可南子さんもそれを了承してくださったのでしょう? それなら断る理由は無いわね。
 どうやら、これで全員揃ったようだし、あらためて自己紹介。 それから今後の活動についての会議に入るわ。
 ・・・ 瞳子ちゃんはどうする? 会議が始まるまで、の約束だったけど、このあとクラブ活動がないのなら話に加わって頂戴」

「わかりました。 祥子お姉さま」
 そういうと瞳子は祐巳に見せつけるように椅子に座る祥子に背中から抱きつく。
 ぴくん、と由乃が 「祥子お姉さま」 の言葉と、その馴れ馴れしい態度に反応する。 
 祐巳がいまの態度を見、言葉を聞いてどう思うのか心配だったのだ。

「ここ居心地いいですよね〜。 瞳子、気に入っちゃった。 なるべく来るようにしますね〜」
「演劇部の活動もあるのだから、ほどほどにね」

 ニコニコ笑いながら祥子にしがみつく瞳子と、こちらも穏やかに瞳を閉じている祥子。

 だが、祐巳は瞳子と祥子の言葉を聞いても顔色を変えていない。
 「瞳子ちゃんも、お手伝いに来てくれるんだね? これからよろしくね」 なんて言ってるし。

 ただ、由乃だけはなんとなくこの場の雰囲気に違和感を感じていた。
(いったいどうしたっていうんだろう? なんか変? あ〜気になるっ!)

 由乃の心の中に、なにも根拠も無く、何か起こりそうな不安感が広がっていく。



☆★☆★☆★☆

〜 4月18日(月) 小笠原研究所 〜

 4月16日にリリアン校門前で発生した異空間ゲート出現事件。
 このときの状況は志摩子と祐巳の胸につけられた極小映像記録機と、祥子の胸につけられている最新式の高精度アナライザーによる撮影が行われている。

 この日の夕方に小笠原研究所に届けられたデータは、さっそく鳥居江利子の所属する異空間ゲート解析チームに渡された。

 鳥居江利子は大学の入学試験に合格した後、正式に小笠原研究所の研究チームに所属することが認められた。
 大学生との二足のわらじを履くことになった江利子であるが、大学の授業は江利子ほどの頭脳の所有者にとっては退屈なものでしかなかった。
 必要最小限の講座数だけを選び、極力小笠原研究所に入り浸っている江利子は、今、人生で一番充実した日々をすごしている。

 あの水野蓉子をして、「興味を持ったときの江利子の能力は計り知れないわ」 と言わしめた江利子。

 最初のうち、長年小笠原研究所に所属している研究員たちは、「たかが、高校生・大学生がどこまで研究チームの役に立つのか」と思っていたようだが、実際に魔界での戦闘を経験した江利子にかなうはずも無く、今では細かな質問も江利子にしてくるようになっていた。

 まだ4月も半ばだと言うのに既に小笠原研究所の異空間ゲート解析チームの中でサブ・リーダーという大きなポジションを築いている江利子は、今回のデータ解析にも中心的存在として係わることになった。



 小笠原研究所異空間ゲート解析チームでは、解析ルームに併設された会議室で大きなモニター上にデータを表示しながらこれまでの解析結果を元に会議を開いていた。

 リーダーは長年にわたり研究所に勤めてきた人物で、花寺学園大学の客員教授も勤めている有能な人物。
 ここのメンバーは男女合わせて8名。 情報分析のスペシャリストたちばかりである。

「これまでの研究で、異空間ゲートの出現については活火山と同様に現れやすい場所がある、って言うことはわかっているのよ。
 その上で、今回のリリアンの正門前の出現事例はどう考えているの?」

「活火山、か。 いい例えだね。 去年のピラミッド出現によって、この地域が活火山のようになった、ってことはあるんだろうな。
 活火山である以上、余震のように I公園を中心とした地域に異空間ゲートが現れやすい、ってことだね」

「でも、去年の10月から今年の2月にかけてはあまり出現事例が無かったじゃない?
 どうして3月の後半からまた増えたのかしら?」

「去年のようにあれだけのエネルギーが一度に一箇所に集中するようなことはこれまでに前例が無かったから、断定は出来ないが・・・。
 現世と魔界をつなぐにもある程度エネルギーのようなものが必要なんじゃないのか?
 現れなかった時期は、エネルギーが枯渇していた、だがまたエネルギー量が増えてきたので活発化した、と推論できる」

「狙ってゲートを開けることが出来るのはA級の魔物だけ、というのは去年の一件でわかっているけど。
 今回は狙って引き起こされたものじゃない、と結論づけてもいいものかしら?」

「そう結論付けるのはまだ早いだろう。 今回出現した魔物が異様過ぎる。
 だいたい、D級の魔物しか出現できないくらいのゲートの大きさだったんだろう?
 実際に出てきた魔物もゾンビ一体だし。
 今回注目すべき点は、D級魔物のゾンビの体内に潜んでいたB級の魔物だ」

「やはり、あれはB級魔物の数値を叩き出しているのね?」

「でもB級魔物の通り抜けできる大きさの異空間ゲートじゃなかったわ」

「去年データが取れた魔王・フラロウスとほぼ同等の力量であることが別チームの解析でわかっている。
 そしてその形状から見て、まず間違いなく、魔王・フォルネウスだ、と言っている」

「え・・・。 ちょっと待って。 C級やD級の魔物なら個体は複数あるのは常識だけど。 
 B級以上になると、繁殖能力もないし、そもそもほとんど永遠の命をもつ存在よ? 唯一絶対の個体のはず。
 フォルネウスは去年のピラミッド事件で倒されているわ。
 たしか、支倉令さんの攻撃で体をバラバラにされてピラミッドの床に転がっていたことが確認されているのよ?」

「あぁ、だから今回、そのフォルネウスが現れたことが問題なんだ。
 ただ、完全にフォルネウスそのものだ、とは言えないことも報告されている」

「それはどういうことですか?」

「言ってみれば、ゾンビだよ。 フォルネウスはゾンビとして蘇っていたんだ」

 江利子の所属する異空間ゲート解析チーム内での会議は予想外の結論に達する。

 それは、悪夢のような結論。

 B級の魔物が出現できるような巨大ゲートはそれこそ数十年〜数百年に一回現れるかどうか。
 しかし、D級の魔物が出現するだけのわずかな次元の揺らぎだけで今後B級の魔物が現世に現れるかもしれない、ということなのだ。

 昨年の経験からC級魔物であるパピルサグやキマイラ、オルトロスには十分な対応が出来るだけの力量は騎士団にもある。
 しかし、B級となると話は別だ。
 実際に、B級の魔物に対抗できる存在は、薔薇十字所有者しか居ない。

 去年はまだ魔界のピラミッド一箇所だけだったから薔薇十字所有者の力で解決することができた。

「まずいな・・・。 今後不特定多数の場所にB級の魔物が現れたら対処できない・・・。
 かえって、今回リリアンの傍にゲートが開いたことはわれわれにとって幸運だったのかもしれない。
 ”リリアンの戦女神” がいるからな、あそこは。
 しかし、他の場所にも現れるかもしれない、となったら去年以上のパニックが起きるだろう。
 どのようにして魔王がゾンビ化したのか、そしてその方法を取ったものがどんな存在なのか解析する必要がある。
 みんな、忙しくなるが急いで解析を続けてくれ。 わたしはこれから異空間対策本部に出向きこのことを報告してくる」

「わかりました。 祐麒くんが来たらもう少し詳しい話が聞けるかもしれません。 しばらく研究室に篭ってもいいですか?」

(ふふふっ。 面白くなってきたわ)
 こんな非常事態だというのに江利子は笑っている。

 それは、自分自身に対する自信の現われなのか? 
 それとも、可愛い後輩たち、支倉令、小笠原祥子を中心とする新たな ”リリアンの戦女神” たちに対する信頼の現われなのか?

 自信満々で自分を送り出す鳥居江利子に、解析チームのリーダーは底知れぬ恐怖さえ覚えるのだった。



☆★☆★☆★☆

〜 4月18日(月) 島津家 〜

「祐巳さん、気をつけたほうがいいわよ。 うかうかしてるとお姉さま取られちゃうから」

「え?! どういうこと? お姉さまのプチ・スールはわたしなのに」

「だ・か・ら〜! あの松平瞳子、って子よ。 祥子さま狙いがモロバレじゃない。
 はぁ〜。 疑うことを知らない子狸はこれだから・・・。 祥子さまをあの瞳子って子が狙っている、って言ってるの!」

「え〜?! まぁお姉さまは素敵な方だから憧れる生徒は多いと思うけど。
 それに瞳子ちゃんはお姉さまと親戚だし。 あ〜、”祥子お姉さま” って言うのは瞳子ちゃんだけじゃないのよ。
 他の親戚の女の子たちもだいたい ”祥子お姉さま” って言ってるよ。 そんなに気にしなくていいんじゃないかなぁ?」

「だとしてもよ! リリアンの中で祥子さまをお姉さま、って言っていいのは祐巳さんだけなの!
 それに見たでしょ? あんなにベタベタと見せつけるように祥子さまにくっついちゃってさぁ」

「え〜・・・。 でもね〜。 それを言ったら去年の聖さまのほうがわたしにベタベタくっついてたよ?
 志摩子さん、っていう妹がいながら、ね。 お姉さまがそのたびに怒るから生きた心地がしなかったんだから」

「あ〜・・・。 聖さまのあれ、すごかったねぇ・・・。 まるでセクハラオヤジだったもん。
 って、そんな悠長にしててもいいの? 取り返しがつかなくなってからじゃ遅いんだからね」

「うん・・・。 由乃さん、わたしのことを心配して言ってくれてるんだよね。 ありがとう。
 由乃さんみたいに親身になって心配してくれる親友が居て、わたしはほんとに幸せ」

「祐巳さん・・・。 もぅ、そんなに恥ずかしい台詞を堂々と言わないでよ! ほんとに天然なんだから・・・」

「えへへ。 じゃそろそろ行かないと。 江利子さまによろしくね。
 ・・・ 祐麒、出てきて」

 祐巳は左眼に眼帯を装着すると、祐麒=マルバスを呼び出す。
 眼帯の隙間から金の糸が長く伸びたかと思うと、次の瞬間には祐巳と瓜二つの少年の姿を取る。

「祐麒、今晩の晩御飯何がいい? 帰るくらいの時間に合わせて作っておくから」

「ん〜。 何でもい・・・、 あ! スミマセン! えっと、ロールキャベツがいいです!」

「うん、よろしい。 『何でもいい』 なんて言うのはせっかく作ってくれる人に失礼なんだからね。
 じゃ、由乃さんをちゃんと送り届けてね。 それと、あんまり江利子さまに苛められたらすぐに逃げるのよ・・・。 まぁそっちは期待できないけど。
 由乃さんも、あまり遅くならないようにね。 じゃわたしはこれからパトロールに戻るから」

「うん、ありがとう祐巳さん。 じゃ、また明日ね。 ごきげんよう」
「ごきげんよう由乃さん。 祐麒、いつもありがとう」
「おう! 祐巳も気をつけてな」

 祐巳と由乃は放課後のパトロールの時間になると、ボランティアでリリアン周辺のパトロールを行う生徒とともに一度島津家に立ち寄るのが日課になっていた。
 島津家で由乃と祐麒(マルバス)の二人と別れた祐巳は、他の生徒とともにパトロールを続ける。
 一方、由乃は小笠原研究所への連絡係と、研究所内の武道練習場で訓練を行っているのだ。

 由乃は昨年、魔界のピラミッド事件のときに、漆黒の薔薇十字を授けられた。
 その時から半年が過ぎ、日々修行に励んできた由乃の薔薇十字は、今や黄金の輝きを放っている。

 妖精王は、『その漆黒の薔薇十字を自分の色に染め上げることが出来たら、薔薇十字を顕現できるようになるだろう』 と言っていた。
 しかし、由乃は未だ、その黄薔薇の薔薇十字を顕現させようとしていない。
 それはひとえに由乃のプライド、であったのか。

 由乃は昨年、自分の実力が祐巳と志摩子にはるかに劣るものであることを思い知らされた。
 中等部3年まで運動らしい運動が出来なかった由乃が、幼い頃から修行に明け暮れていた二人にたった数ヶ月で追いつくなんてもともと無理があったのだ。

 由乃からすれば祐巳は雲の上の存在のようにはるかの高みに居る。
 祐巳に勝てないまでも、せめて一本取れるくらいにならなければ、肩を並べる薔薇十字所有者とは言えない。
 
 そのため、リリアンの実技授業のみならず、時間を見つけては聖や令、祐巳や志摩子に何度も修行の相手をお願いしてきた。
 そして最近は、魔法・魔術騎士団の訓練所や小笠原研究所併設の武道練習場で、非番の隊長クラスやマルバスを相手に修行をしている。

 マルバスも竹を割ったような由乃の性格を気に入り、最近では祐巳と居る時間と同じくらい由乃の傍に居る。

「祐麒くん、じゃそろそろ行きましょう。 なるべく早く江利子さまを振り切って訓練に付き合ってよね」
「おう! ・・・だけど江利子さんからすぐに逃げれる、なんて期待するな。 俺も命が惜しい」

 祐巳たちパトロール隊が島津家から見えなくなると、由乃と祐麒は小笠原研究所に向かう。
 
 ・・・はたから見れば、お似合いの高校生カップルの姿であった。
 ・・・残念なことに、本人たちにその自覚は全くないが。



 由乃と祐麒の二人と別れた祐巳は、島津家の前で待機していたパトロール隊、3年生3名、2年生2名の5人と合流。

「みなさま、お待たせしました。 ではこのまま町内を周回してリリアンに戻るコースを取ります。よろしくお願いします」

 祐巳は隊員たちに頭を下げる。
 祐巳はロサ・キネンシス・アンブゥトンだ、とは言っても新2年生。 パトロール隊に参加してくれたボランティアの生徒のうち、半分は3年生なので上級生も多いのだ。

「ううん、祐巳さんとパトロールできるのは楽しいもの。 あ、不謹慎だったかしら?」
「うふふ、わたくしも祐巳さんとパトロールできるから、って言う理由でボランティアに参加したのよ」
「あら、みんな同じ理由だったのね?」

 3年生の剣士二人、拳闘士一人が祐巳に答える。

「へ〜。 さすが祐巳さん、上級生のお姉さま方にもモテモテね」
 と、隣に居る祐巳に小声で話しかけたのはカメラを構えた武島蔦子。

「ちょっと、蔦子さん! 今は写真撮影禁止! 校外なんだからやめてよね」
「はいはい。 じゃ行きましょうか」
「うん!」
「ちょっと、祐巳さんがリーダーなんだから。 なに蔦子さんが仕切ってるのよ」

 祐巳と蔦子の会話に割りこんだのは、”従軍記者” のつもりでパトロール隊に参加している山口真美。
 ちなみに、武島蔦子、山口真美の二人はこのチームでは後方支援を行う魔法使いである。

「あはは、ごめんごめん。 でも祐巳さんって、妹属性よねぇ。 リリアン最強なのに・・・」

「えへへ、ごめん。 わたしが頼りなかったね。 ふ〜。 これじゃぁやっぱり妹作るの、無理かなぁ?」

「おろ? 祐巳さん、妹作るの?」 と、蔦子。

「ん〜〜〜〜。 ぜんぜん、”妹を作る” って感覚がわからないの。 立場的にはそろそろ考えないといけないんだろうけど」
 
 パトロール隊の先頭を二人で勤めながら、たわいもない会話をする祐巳と蔦子。

 しかし周囲に注意を払いながら、祐巳は心の中で、細川可南子、松平瞳子の二人の存在が大きくなっていることを感じていた。

(可南子ちゃんの持つ雰囲気・・・。 あれはたしかに小等部6年のころのわたしと同じ・・・。
 わたしにはおばばさまが居たけど、可南子ちゃんには居ないんだろうなぁ。 なんとか支えてあげたいなぁ)

(瞳子ちゃん、覇気の流れがすごいすっきりしてたなぁ・・・。 だいぶ修行してきたみたいだけど・・・。
 でも、なんでだろう。 この寂しい感覚・・・。 瞳子ちゃんのことを考えると胸が苦しい・・・)

 次第に日が落ちる時間が長くなってくる季節。

 近い将来結ばれるであろう、祐巳とその妹との絆。 運命に約束された姉妹の絆を持つものは誰なのか。

 夕焼けに染められる街を歩きながら、祐巳は運命の交差点で待っている妹に思いを馳せていた。



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