【3417】 彼女の居場所  (ex 2010-12-22 21:00:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:これ】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)



※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


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〜 4月26日(火) リリアン女学園 武道場 〜

「グフッ・・・」 「ウウッ・・・」
 ほぼ同時に2人の生徒から呻き声が漏れる。

 細川可南子の正面にいた生徒二人の鳩尾に長さ3.6mもある赤樫製のタンポ槍の先端が食い込んだのだ。

 通常、槍の使い手は、剣を持った相手との一対一の戦闘には非常に有利である。
 そもそもリーチが違いすぎるので、武術の力量が同等であれば勝てる可能性が高い。

 しかし、一対複数の戦いになった場合、槍はその長さがあだとなり非常に不利になる。
 一人の敵に対し先に一撃を叩きこむことができたとしても、その間に別の角度から剣戟が襲い来る。

 その剣戟を躱そうにも一度伸びた槍の穂先をその相手に向けることは不可能に近い。

 このため、槍の使い手が複数人の剣を構えた相手と対する時は、槍の中心を持って薙ぎ払うような回転技を使う事が多い。

 だが、可南子の使う細川流の槍術に突き以外の技は皆無、と言ってもよい。
 もともとが一撃離脱、闇の暗殺術として進化を遂げた細川流に、そもそも薙ぎ払うような技は発達しなかったのだ。

 それでも朴訥に突き技のみで戦闘訓練を続ける可南子。
 突き技に特化した可南子の槍術は今や同方向の二連撃までであればコンマ以下の秒数で行えるまでになっていた。
 しかし、同じ場所にとどまっていての突き技はそこまでが限界。
 ゆえに、可南子は歩舞術を駆使し、二人以上の敵と相対する時は驚異のスピードで駆け続けることになる。

 可南子のスピードに追いつける剣術部門の生徒は一人もいなかった。
 すでに一年生剣術部門のトップとして可南子は武道場に立つ。

(去年の福沢さんは別格だったけど・・・。 一撃離脱の破壊力は支倉さんにも劣らないわ。
 恐ろしい一年生が入ったものね・・・)
 剣術部門の教官である山村先生は可南子の潜在能力の高さに舌を巻いていた。



〜 4月26日(火) リリアン女学園 闘武場 〜

 自身を囲む八つの影。
 静かに正面だけを見つめ、乃梨子は闘武場の中心に立っていた。

 影が静かに回転を始める。 その回転は次第に速くなり、乃梨子の逃げ場を奪っていく。

 ツーっと、その八つの影から二つの影が抜け出し、乃梨子の両足首を刈りに飛んでくる。
 その影を上空に飛びあがって躱す乃梨子に、さらに上空に飛びあがっていた影がかかと落としを落としてくる。
 その蹴りを掌底で受けとめた乃梨子は、瞬時に腕をひねり、片腕だけでアキレス腱を指突で穿つ。

 さらに、上空から落下するスピードを利用し、大きく開脚した両足で周囲を駆け続けていた影を旋風脚で薙ぎ払う。

 たった一度のジャンプで四つの影を動けなくした乃梨子は、残った影を一つずつ掌底打二連撃、ひじ打ち、回し蹴りで床に叩き伏せる。
 そしてたった一つ残った影に向かい正面から突っ込んだ、と思った瞬間、その影の腕をからめ取り、背後から首を絞める。

「ま・・・参った・・・」
 悔しげに呻く同級生をあっさりと解放する乃梨子。

 乃梨子は格闘技部門の武闘訓練で、すでに8人がかりの試練を課せられていた。
 しかし、わずか数秒でその難関をクリアして見せた。

「さすが二条さん。 今年の一年総代は伊達じゃないわね。 もう一年生に敵う人はいないわ」
 格闘技部門の教官、鹿取先生があきれたように声をかける。

 ここにいるのはリリアン中等部で3年間みっちりと格闘訓練を積んできた生徒ばかり。
 その生徒たちが8人がかり、それもしっかりと意思疎通を持つチームとして対戦してなお乃梨子に一蹴されてしまった。

 普通、格闘技部門のトップになる者は溢れんばかりの覇気を纏って戦うものが多い。
 しかし、ただ静かに淡々と対戦相手を倒してゆく乃梨子に、闘武場の空気すら冷徹に凍りつくようだった。



〜 4月26日(火) リリアン女学園 一年椿組 〜

「ひょひょ〜いのひょい、っと」
 一年生の魔杖を握り締める手を、優しく後ろから手を沿えて、軽く宙に輪を描く祐巳。

 ぽんっと、小さな音がして杖先に真紅の薔薇が生み出される。

「うわ〜。素敵です、祐巳さま!」
「えへへ、綺麗でしょ〜。 わたし、この魔法大好きなのよ。 ほら、もう一度ね。 『オーキデウス!』」
 今度は、純白の薔薇が。

 魔法を行った生徒と祐巳の二人を囲むように見守っていた生徒たちから歓声が上がる。

 一年椿組では、剣術などの体育系実技を選択せず、純粋な魔法を身につけよう、とする生徒たちが集まっている。
 リリアン女学園では魔法使いの比率が高く、生徒数の半数以上も居るため、各学年各クラスごとに実技指導が行われるのだ。

 攻撃呪文を選択したい、という生徒も多いが、攻撃呪文を学ぶことが出来るのはこの中で教師から推薦を受けた一部の者のみ。
 それも、2学期以降でなければ学ぶことが出来ない。
 このため、一年生の一学期は攻撃呪文以外の魔法を学ぶことになっている。

 授業である以上、リリアンの教師が魔法教官として生徒を指導するのであるが、今、一年椿組で教鞭をとっているのはなぜかロサ・キネンシス・アンブゥトンである福沢祐巳。

 この時間、2年生で剣術部門のトップである祐巳は本来であれば戦闘訓練を行っているべき時間である。
 しかし、すでに教師からも 『福沢さんに教えるべきことは何もない』 と言われ、たまたま一年椿組の指導担当だった四谷先生が休暇をとったために、学園長シスター上村から是非に、と祐巳が一年生の指導を行うことになったのだ。

 祐巳は、小学生にして攻撃呪文以外の魔法をすべて祥子を通じて小笠原清子から授けられていた。
 同年代の祐巳が一年生を指導することは、一年生にとっても良い刺激になるのではないか、とシスター上村は考えたのだ。

「じゃ、今度はこの薔薇を大きくしてみようか。 いい? 慎重に薔薇のイメージを膨らませて〜。
 杖を優雅に躍らせて〜。 る〜らら〜。 『エンゴージオ!』」

 祐巳に手を添えられた生徒が杖先を薔薇の花に触れさせると、むくむくと薔薇が大きくなり始める。

「うわわわ! すごい! どんどん大きくなります! 祐巳さま!」
「あはは、ちょっと大きすぎだね〜。 じゃ、戻そうか。 今度は杖先を下にして〜。 『レデュシオ!』」

 人の身長ほどまでに大きくなっていた薔薇が元の大きさに戻ってゆく。
 鮮やかな魔法にまたしても一年生たちから歓声が上がる。

 しかし、その様子をしばし覚めた目で見ていたのは、松平瞳子。

 中等部の頃から様々な魔法を習いはじめ、すでに医療呪文を身につけている瞳子にとって、祐巳の行っている魔法は子供だまし、としか思えない。
 ・・・ たしかに鮮やかな手並みである、と言うことは認めるものの。

 瞳子にとってみれば、リリアンの魔法使い、といえばただ一人尊敬する小笠原祥子。
 当代随一、と言われる小笠原清子の一人娘にして、”爆炎の淑女” の通り名を持つ存在。 しかも、清子からはすでに自分を超えた、と言わせているのだ。
 つまり、今現在、世界最高の魔法使いである、と言ってもいい存在が小笠原祥子なのである。

 瞳子がリリアンで学びたい魔法はこんな子供だましの魔法ではない。
 危険にさらされた人を守り抜く呪文、怪我をした人を癒すことの出来る医療呪文、魔物を叩き伏せる強力な攻撃呪文を学びたいのだ。

 それがなんだ? 一年生にキャーキャー言われてにこにこ笑って、役にも立たない呪文を使ってヘラヘラしているこの人は。

 気にしないように、と無視を決め付けようとも思っていたが、だんだんイライラが募ってきた。

「こんな魔法も綺麗だよ〜」 と、今度は別の生徒の杖先からバルーンを膨らませて教室に浮かせている祐巳を見てついに切れてしまった。

「祐巳さま! なにヘラヘラと役にも立たない呪文ばっかりしてるんですかっ! 瞳子たちはちゃんとした魔法を学びたいと思っていますのよ!」
 ダンッ! と机を叩いて立ち上がる瞳子。

「あれ? 瞳子ちゃんは、この呪文好きじゃないの? 綺麗なのに〜。 ほら 『オーキデウス・ブーケット!』」
 今度は、薔薇を花束にして瞳子に差し出す祐巳。

「ですから! こんな役に立たない呪文をみなさまに披露してなにをいい気になってるんですか?! ほんっとにお目出度い!」

 一度怒鳴ってしまっては後に引けない。 怒り狂う瞳子を前にして、祐巳はちょっと困ったように頬を掻く。

「瞳子ちゃん、どんな魔法でも役に立たない、ってことはないんだよ?
 薔薇の花を愛でる心、 大事に扱おうとする心はとっても素敵なことなんだ。
 ほら、この花束を見てご覧? しっかり咲いているでしょう? この花にも大事な命があるんだよ。
 それをみんなにもわかって欲しいの。 わたしたちは確かに魔法を使うことが出来る。
 でも、その魔法を間違った使い方をしてしまうと、弱い生き物は魔法に負けちゃう。
 それはね、わたしがこれまで学んだ上で、一番大事なことなの。 わかってくれないかなぁ?」

「う・・・。 それはそうかもしれないですが・・・。 瞳子が学びたい魔法はこんなものではないんですっ!」

「どんな魔法でも基本は同じなんだよ? あとはその魔法を自分の一部にしていけるかどうか、なの」

 祐巳は、瞳子を諭すように言うと、「みんな席について」 と言いながら教壇に立つ。

「瞳子ちゃんも言っているように、ちょっと脱線しちゃった。 こめんね。
 では、さっきの魔法を解説します。 どんな魔法も基本は一緒だからね。
 魔法はね、魔導式の構築、演算、展開の順で行うことになるの。
 魔法を使うときは、自分の持つイメージが大事なんだよ。
 『オーキデウス』は、綺麗な花を生み出す呪文です。
 みんな目を閉じてみて。 そして自分の好きな花をイメージしてください。
 そして、その花に話しかけるの。 『わたしのそばで綺麗に咲いてくれる?』って。
 あなたが優しい心で話かけたら、きっと花のほうからあなたに答えてくれるわ。
 そのときに詠唱を始めるの。
 『花の精霊よ、麗しきその姿を現せ。 その化身たる薔薇の花に芳しき夢の物語を伝えよ』
 ほら、詠唱に乗って自然に魔導式が構築されていくでしょう。
 そして演算。 この場に薔薇の紋章の魔法陣を展開するイメージを持つのよ。
 魔力に命を。 ここで杖を魔法陣に会わせて杖を振るの。 そして呪文! 『オーキデウス!』 ほら、ね!!」

 祐巳の歌うような声が一年生の間を包み込む。 いつしかその声に導かれるように魔導式を展開していた一年生たちの前に、様々な色の薔薇が。

「わー! わたしにもできた!」
「祐巳さま、わたしの薔薇も見てください! こんなに綺麗に咲きました!」
「祐巳さま、こんな魔法の使い方、始めて見ました! 魔法ってほんとに素敵なんですね!」

 クラス中の生徒が総立ちで歓声を上げる。
 最初、祐巳に突っかかっていた瞳子でさえ、目の前で同級生たちが一斉に薔薇の花を出現させたことに驚いていた。
 無から有を生み出す魔法。 しかも生きた花を生み出す魔法は決して易しい呪文ではないのだ。

「祐巳さま・・・。 こんな魔導式の構築の仕方は見たことがありません。
 魔導式はこんな構築の仕方をする、なんて瞳子は教えていただいていません。 いったい今の詠唱は何なんですの?」

「ん〜。 何か、って言われても困るんだけどな。 魔法って言うのは素敵なものなんだ。
 だから、魔法を使う私自身が魔法を大事にしてあげないと、魔導式なんて構築できないでしょう?
 魔法を大事にしていれば、自然に詠唱が生まれてくるものなのよ。 いまの詠唱はわたしのオリジナルだけど、詠唱の言葉が問題ではないの。
 自分自身が大事にしたイメージを言葉に乗せること。 そうすれば自然に魔導式を構築することができるの。あとは演算をして展開をすれば魔法は使えるようになるわ」

「そう・・・ですか。 そんなふうに魔法を教えてくださった方は誰もいませんでした。
 瞳子の学び方は間違っていたんでしょうか?」

「ううん。 瞳子ちゃんは自分では気づいていないかもしれないけれど、ちゃんと魔法を愛してくれているわ。
 それは見てればわかるもの。 瞳子ちゃんが魔法を使うとき、傍に居る精霊たちも楽しそうにしてるんだよ。
 もしかして知らなかったの?」

「えっ! わたしの周りに精霊が?」

「うん。 瞳子ちゃん、精霊に愛されてるのね。 よくわかるよ。その精霊は”ウィスプ”。 光と癒しの力があるわ。 わたしの”エアリアル”と仲がよさそうよ」

「わかりました・・・。 祐巳さま。 誤解してしまい申し訳ありませんでした。 これからご指導よろしくお願いいたしますわ」

「うん! よかった〜。 瞳子ちゃん、しっかりしてるから助かるよ! またわたしが脱線しそうになったら止めてね?」

「もう、しかたないですわね。 わかりました。 祐巳さまの手綱はしっかりと瞳子が握ってさし上げますわ」

「うわ・・・。 瞳子ちゃん、ひどい。 わたし馬じゃないんだから〜」
 ジト目で瞳子を見つめる祐巳に、あわてふためく瞳子。

 途中、険悪な雰囲気になりかけた一年椿組であったが、結局最後は祐巳のペースに巻き込まれてしまう。

「え〜っと、攻撃呪文を教えることは許されていないんだけど、防御呪文はOKだったっけ?」
 と、祐巳が思案顔になる。

 実は、攻撃呪文よりも防御呪文の方がレベルがはるかに高い。
 このため、リリアンでは特に禁止はしていないが一年生の1学期レベルで身につくような呪文でもない。

「まぁいいや。 じゃ瞳子ちゃん、杖を構えてみて。 わたしが手を添えるからそのままイメージを膨らませてね。
 あなたの一番大事に思うものを思い浮かべて、それを絶対に守りぬきたい、という気持ちを込めるの。
 いい? 『わが魔力を糧とし、愛しきものを守り抜かん。我は完全なる守護の障壁を顕現するものなり』
 ほら、ここで杖を大きく振り上げて・・・『セーフティ・ワールド!』」

 杖を握った瞳子の覇気が膨れ上がる。 それを支える祐巳の手にも力が入る。
 二人の姿に神々しいまでの気が充ちあふれ、杖先から絶対防御を誇る『セーフティ・ワールド』の虹色で半透明の障壁が出現する。

「すごい・・・」 息をのむ一年椿組、魔法クラスの生徒達。

「こ・・・、これは・・・」 瞳子のただでさえ大きな瞳がまんまるに見開かれる。

「うん。これは絶対防御呪文。 自分の愛するものを守りたい、と言う意思が生み出すもの。
 瞳子ちゃんの心の美しさがこの魔法で見てとれるわ。 ねぇ、みんな! とっても綺麗でしょう?」

「瞳子さん、すごい!」 「綺麗だわ!」
 クラス全員が立ち上がり瞳子に拍手を送る。

「ではみなさん、魔導式の構築の仕方は今の感覚を研ぎ澄ますこと。
 あとは、演算を解く力をつければ展開まではすぐよ。
 まぁ、演算のスピードアップは修業を積むしかないんだけどね。
 これだけは教えることができないから。 何度も演算を繰り返して出来るだけ早く展開まで持っていくこと、ね」

「「「わかりました!!」」」

 この日を境に、一年椿組の魔術クラスが学年トップに躍り出たのは当然の結果だったのかもしれない。



☆★☆★☆★☆

〜 4月28日(木)放課後 リリアン女学園 薔薇の館 〜

「では、明日からゴールデンウィークですが、みなさん連休明けにはマリア祭と新入生歓迎会がありますので、準備をお願いします。
 それと、祐巳。 マリア祭の日には白いワンピースと赤いリボンを忘れないでね」
「はい! ・・・ええぇ?! お姉さま、どうしてワンピースなんですか?」
「決まってるじゃない。 その方が映えるからよ。 先日、私に相談もなしに大事なことを決めた罰よ。 あきらめなさい」
「ううぅ・・・。 そんなぁ」
「では、次の議題です。 新入生歓迎課の後、クラブ紹介を行いますが・・・」
 
 頭を抱えて呻く祐巳を微笑ましく思いながら祥子は議事を進行していく。

 薔薇の館では、連休明けの行事について、最終の会議が開かれていた。
 今日は、一年生たちは早くに帰している。
 薔薇様3人とブゥトンの2人の5人での会議である。

 明日、4月29日から5月8日までの長期休暇を控え、穏やかな時間が過ぎていた。

 会議が一段落した頃、祐巳と由乃が並んで流しに立つ。

 その姿を見ながら、令は、
「ほんとに、この2週間、乃梨子ちゃんと可南子ちゃんが助っ人で来てくれて助かったよ。
 瞳子ちゃんも、けっこう来てくれたしね。 一年生三人が来てくれたおかげで結構準備、余裕で済んだわね」
 と、祥子に話しかける。

「そうね。 あぁ、ありがとう祐巳。 ん〜いい香りね。 オレンジ・ペコーかしら?」
 薔薇様3人に紅茶を配り終えた祐巳に微笑みかける祥子。

「はい! 蓉子さまがお気に入りだった紅茶だったので。 お姉さまもお好きかと思って」
 いつもながら祥子から褒められただけでニコニコ顔になる祐巳。

「えぇ。もちろん大好きよ」 と、答えながら、祥子は志摩子を振り返る。

「ところで志摩子、そろそろロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンを正式に薔薇の館に迎え入れてもいい頃だわね?」

「ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトン? 誰のことですか?」 と、不思議そうに答える志摩子。

「乃梨子ちゃんに決まってるじゃない」 さも当然、とばかりに令は呟き紅茶を一口、口に含む。

「あの・・・。 乃梨子はわたしの妹と言うわけではないんですけど」 これまた当然、とばかりに志摩子は答える。

 ブッ、と紅茶の水芸を披露してしまう令。
「う・・・嘘?! じゃ、じゃぁ、ロザリオは?」

「渡していません」
 そう答える志摩子の右手首には、確かに聖から授けられたロザリオが覗いている。
 
 令の水芸の直撃を受けた祥子は白いレースのハンカチで顔を拭きながら、
「乃梨子ちゃんが手伝いに来始めてから半月もたっているというのに・・・。 なにぐずぐずやっているの?」
 と、不審そうに問いかける。

「乃梨子を正式に仲間に加えることをお望みですか?」

「山百合会を磐石にするために、一日も早いロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンの誕生が待たれているのだから」
「強制するわけじゃないけど、それが伝統だからね」

 志摩子の問いに、祥子と令がそれぞれ答えをつなげる。

 ふっ、と俯いてしまった志摩子の顔を祐巳は心配そうに覗き込む。

「あ、あの、志摩子さん? 乃梨子ちゃんが志摩子さんのことを大好きだ、っていうのは見てればわかるよ?
 いじらしいくらいに志摩子さんの役に立ちたい、って思っていることが伝わってくるもの。
 志摩子さんも乃梨子ちゃんのことが気にいっているんでしょう? 何も問題ないじゃない」

「そうそう。 マリア祭が終わった後にでも、ムードたっぷりなところに呼び出してスールの申込みをしたら?
 ・・・いいなぁ。 そういうの。 わたしなんて・・・」
 と、令に一瞥をくれながら、
「熱出して寝ているときに令ちゃんが 『由乃、これ』 って。 たったそれだけよ! ムードも何も無かったんだから!!」

「よ、由乃さん! お、落ち着いて・・・ね!」

 志摩子を炊きつけていたはずが、なぜか令に対して怒りの炎を燃え上がらせ始めた由乃を祐巳が必死で鎮火する。

 すると、怒りの炎が今度は祐巳を包み込む。

「祐巳さんも祐巳さんよ! なぁに?! あれ! 可南子ちゃんは最初から祐巳さんべったりだし! 一昨日からは瞳子ちゃんまで 『祐巳さま、祐巳さま』、って! 
 いっぺんに新入生二人に二股かけて! どっちを妹にするのよ!
 昨日なんて瞳子ちゃんが、『祐巳さま』 って言う度に可南子ちゃんからバッチバチ覇気が飛んできてウザいったらなかったんだからね!
 さっさと、どっちか妹にしなさいよ! とんだとばっちりだわ!」

 いや、とばっちりを受けてるのはこっちですけど・・・、言いたくても言えず、祐巳は目を白黒していた。

「まぁまぁ、由乃、落ち着きなさ 「令ちゃんは黙ってて!!」 ・・・はい・・・」

 なだめようとして、逆に撃墜される令。

「いいかげんにしなさい!」 と、ついに祥子から雷が落ちる。

「でもっ!」 と、いい募る由乃を黙らせるように祥子が祐巳に問いかける。

「わたくしも気になっていたわ。 で、どうなの? 祐巳。 どちらかをスールにする気、あるの?ないの?」

「スール、ですかぁ」
 
(おかしい・・・。 志摩子さんと乃梨子ちゃんの姉妹成立の話だったはずなのに、なぜかわたしの話しになってしまっている・・・)

 あまりの困惑にくるくると百面相のように表情を変える祐巳を見ていると、由乃も祥子も怒りが消えていくようだった。

「まぁいいわ。 まだマリア祭前だものね。 でもそろそろ考えておかないと、マリア祭後はスール成立のピークなのよ?
 大事な一年生が居るのなら、早めに私たちに紹介してほしいわね。
 もちろん、今お手伝いに来てくれている3人も最有力候補だしね」

「「「わかりました」」」
 祥子の言葉に、志摩子、祐巳、由乃の3人は頷く。

 祥子は、最後に3人に逃げ場を与えてくれた。

 けして無理をさせる気はない、と。 そして、今気になっている三人とも、薔薇の館の住人となることに何不足無い相応しい資質を持っている、と言っているのだ。



「ねぇ、祐巳さん、連休の間はどこかに行くの?」
 会議が終了し、そろそろ解散、という時間になって由乃が祐巳に尋ねる。

「うん、明日お姉さまと一緒に京都に行く予定。 春休みにお母さんとお父さんに会ったけど、それから行ってないから。
 ふっふっふっ〜。 お姉さまの家の自家用ジェットで飛ぶんだよ」
「祐巳、明日は8時までにはうちに来ておいてね。 空港まで一緒に行きましょう」
「はい!」

 小笠原魔法魔術研究所の京都新研究所の竣工が迫っていた。
 小笠原融は、その研究所の建築責任者である祐巳の父親、福沢祐一郎のもとに行くスケジュールを組んでおり、それに祥子と祐巳も同行するのだ。

「いいなぁ。 じゃ連休中はずっとロサ・キネンシスと一緒なの?」
「ううん。 一緒なのは2日だけ。 そのあとお姉さまは融小父様とロンドンに行くの。
 リリアン女子大とケンブリッジ大学が姉妹校の締結をしたでしょう?
 お姉さまはケンブリッジ大学で魔法の講演会にゲストで呼ばれてるの。 かっこいいでしょ〜」
「すごい! ロサ・キネンシス、ついに世界デビューですね!?」
「うふふ、そんなたいそうなものじゃないわ。 昨年、イギリスの魔法・魔術騎士団にもいろいろとご助力をいただいたから、返礼みたいなものよ。 それよりも、蓉子様に久しぶりに会えるのが楽しみね」

 祐巳の姉自慢は今に始まったことではないが、祥子が海外で活躍を始める、と聞いて由乃は驚きを隠せなかった。

「紅薔薇姉妹はすごいなぁ・・・。 蓉子様は特別招待留学生でケンブリッジに留学中だし、祥子様は海外講演会デビュー。
 それなのに、うちのデコときたら、まともに大学にも通わず研究所に入り浸り、って言うじゃない。
 令ちゃんもなんかしなさいよ!」
「無茶言わないでよ。 それにお姉さまは、異空間ゲート解析チームのサブ・リーダーだって話だよ? それってすごいんじゃないの?」
「華やかさが足りない、って言ってるの! しかたない。 こうなったらわたしがアイドルデビューでもするしかないわね」
「よ・・・、由乃さん、アイドルって・・・。 本気なの?」
「ふふふ〜ん。 わたしがその気になったらアイドルデビューなんて簡単よ! 新人賞も総なめにするわね」
「由乃・・・。 リリアンはアルバイト禁止だから・・・、ね。 そんなに祐巳ちゃんをからかわないでよ」

 暴走する由乃と、それに巻き込まれてオロオロする祐巳、暴走特急を止めるべき立場なのに常に弾き飛ばされる令。
 最近は一年生たちの手前、何とかブレーキの掛かっていた由乃であるが、今日はかつての大暴走が復活。 3月までのような薔薇の館の光景に、祥子と志摩子は (またか・・・) と諦めにも似た視線を送る。

 今、ロンドン郊外のケンブリッジ大学は、昨年東京で起きた魔界ピラミッド事件で活躍をした水野蓉子を特別招待留学生として招いている。
 蓉子の類まれな戦闘能力に加え、情報分析力・戦略構築力は、海外の魔法・魔術騎士団にとって是非とも学びたい、吸収したい、と思わせるほどのものだった。
 このため、各国の大学の招致合戦があったのだが、リリアン女子大と姉妹校の締結をしたケンブリッジ大学がその権利を得たのだ。
 ただし、EU各国の有力な大学にもしょっちゅう招かれることになるそうだ。

 EUに加盟する国々で作る欧州魔法魔術協会は、3月末に渡欧した蓉子に、一本の名剣を授与した。
 それは、魔界ピラミッド事件を解決した薔薇十字所有者であるリリアンの戦女神全員を対象とした賞であるが、薔薇十字所有者の全員の賛同により、蓉子個人に贈られるものになった剣だった。

 その剣の名を 『アルカディア』 という。

 薔薇十字所有者は、高校卒業にあたり、妖精王に薔薇十字を返却する。
 それは、次代に続く ”リリアンの戦女神” に託されるもの。
 山百合会のメンバーで行う、 『薔薇様を送る会』 のあと、3人の薔薇様方は、妖精界を訪れ妖精王主催の夜会に招待される慣わしになっていた。
 2年間、苦楽をともにした 『インヴィンシブル』 を妖精王に返した蓉子。
 蓉子は、「うふふ、これで少しは肩の荷を下ろせたわ」 と言っていたのだが、やはり蓉子には剣がよく似合う。

 現代最強を誇る剣士に、当代に存在する名剣のうちの一振りが贈られることになったのは運命によるめぐり合わせ、なのかもしれない。

 『アルカディア』 は、その素材は雌鹿の角であるという。
 はるか古代、神話の時代には雌の鹿の中にも角を持ったものがいた。
 その角から削りだされし史上最強の剣の一つ。 それが 『アルカディア』 であった。

 金属ではないその素材は、しかし金属を越える強度を持ち、切っ先鋭く日本刀を超える切り味を持つと言う。

「ほんの三日間だけど、蓉子さまと二人で、魔法と剣の模範試合やシミュレーションなどを行う予定なの。
 今回の渡欧は、お父様のビジネス界での社交がメインだから、わたくしはけっこう暇なのよ。
 ほんとうは、祐巳にも来てもらいたいと思ったのだけど、お母様から止められちゃったわ」

 ほんとうに残念そうに呟く祥子に、祐巳は、
「すみません、お姉さま。 めったに親孝行できないので今回はお母さんたちと京都を楽しみますね」
 と、すまなそうに答える。

「いいえ、いいのよ。 祐巳にもたまにはみき小母様たちと過ごさせないと、こちらが恐縮してしまうわ。
 ・・・。 そろそろ下校時間ね。 ではみなさん、良い休暇をすごしてくださいね」

「祥子も無理しないでね。 連休明け、行事が多いんだから」

「うふふ。 わかっているわ。 ではみなさん、ごきげんよう」
「「「ごきげんよう!」」」

 連休前の最後の会合が終わり、解散する薔薇十字所有者一同。

 しかし、その中で志摩子だけは浮かない顔をしていた。

 明日からの連休期間中は、祐巳が京都に行くため、志摩子は小寓寺に帰ることになっていた。

(祐巳さんとの同居生活をしながら、乃梨子を妹に迎える・・・。 そんなことがわたしにできるのかしら・・・。
 この気持ち、どう整理すればいいの?)

 志摩子は、祐巳の ”守護剣士” となるべく修行に励んだ一年間を思い出す。
(妹を持ってしまったわたしが、祐巳さんの ”守護剣士” で居続けることができるのかしら? 聖さまとはスールになったけれど、乃梨子は違う。 わたしが聖さまと乃梨子に求めるものが違うように・・・。 わたしはどうすればいいの?)

 乃梨子のことは好きだ。 大事に思う気持ちは一グラムも減ってはいない。 妹にしたところで、その気持ちは変わらないだろう。

(マリア祭までに、結論を出す・・・。 そうしないとこのまま不自然な状況を続けることになる・・・。 でも、わたしは彼女の居場所になれるの?)

 誰にも言えない気持ちを押し隠し、志摩子はメンバーの最後に薔薇の館を後にした。



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