【3418】 この思いを永遠に  (ex 2010-12-24 23:59:59)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:これ】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)



※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。


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〜 4月29日(金) 千葉のとある隠里 〜

 ゴールデン・ウィークを利用して千葉に帰っていた乃梨子に、隠里の長から招集が掛かる。
 乃梨子がリリアン女学園に入学して1ヶ月、リリアン女学園とリリアンの戦女神の実力について報告を求められることになっていた。

「乃梨子よ。 リリアンの生活には慣れたか?」
「はい。 さすがにお嬢様の感覚にはついていけないところもありますが・・・。
 ひととおり、”リリアンの常識”を身につけたと思います。 既に報告が入っていると思いますが、リリアンで一度だけ魔界の者との戦闘がありました。
 その一部始終もこの眼で見てきました。」

 乃梨子の目の前に居るのは、50代後半の男。 一昨年前までSPとして皇室の警備に当たってきた眼光鋭い男である。

「お前の眼から見て、リリアンの実力はどれくらいなのだ?」
「いま、一年生の体術部門に所属していますが、普通の生徒であれば問題なくわたしのほうが上です。
 連休前には8人掛かりもこなしてきました。 ただ、2,3年生の実力はまだはっきりとはわかりません。
 魔術師クラスの2,3年生は、わたしが見たこともない魔法を使っていました」

「ふむ・・・。 たしかに同学年相手なら乃梨子のほうが上だろうな・・・。 問題は2,3年生の実力の把握に掛かっているか。
 ところで、”リリアンの戦女神” の実力は?」

「はっきり言って計り知れません。 リリアンの薔薇十字所有者は今現在5人居ます。
 すべて恐ろしいまでの覇気を持っているようです。 特に実際に戦うのを見た2年生の二人はわたしの動きをはるかに凌駕しています。
 おそらく、残り3人もその二人と同等程度の腕前だと思われます。
 ・・・。 はっきり言います。 この隠里すべての戦力を動員しても、たった一人の薔薇十字所有者に勝てないでしょう」

「なにっ?! そこまですごいのか・・・。 しかし、一般生徒と薔薇十字所有者のあいだに、どうしてそこまで差があるのだ?」
「いえ、差があるかどうかすらわかりません。 薔薇十字所有者はすべて2年生以上です。
 リリアンの2年生以上の者たちが、どこまで実力があるのか、まったくわからない以上、差がある、と決め付けるのは早すぎる、と思っています」
「つまり、たった一年でリリアンの生徒は”化ける”、とでも言うのか?」
「その可能性は高い、と思っています。 まだまだリリアンには謎が多すぎます」

「その謎を解明するあては見つけたのか?」
「はい・・・。 リリアンの生徒会に、いまお手伝いとして入り込んでいます。
 生徒会のメンバー5人全員が薔薇十字所有者なのです。 このうちの一人と、かなり親しくなりました。
 あと一押しすれば、正式なメンバーに迎え入れられるのではないかと思います。
 生徒会に入り込めば、おそらく、時間をかけずリリアンの秘密を把握できるのではないか、と考えています」

「ふむ・・・。 乃梨子、まだ報告できないことでもあるのか? 珍しく悩みが顔に出ているぞ」
「あ・・・。 いえ、申し訳ありません。 次の時にはより具体的な報告が出来るかと思います」

「うむ。 期待しているぞ。 われわれは別にリリアンと敵対しよう、と思っているわけではない。
 リリアンの実力を知り、われわれの向上に繋がれば良い、と思っているのだ。
 ただ、忍者組織の存在は世間に知られてはならぬ。 それがわかっておりさえすればよい。 ではご苦労だった」

 乃梨子はやけに胸の奥が痛むことを感じていた。

(志摩子さん・・・。 騙し続けているわたしを許して。 でも志摩子さんを思う気持ちは本物だよ・・・)

 乃梨子の苦悩も深い。 じっと目を瞑ると、暖かな微笑をくれる志摩子の姿が浮かぶ。
(志摩子さんの妹になりたい・・・。 でもそれは任務からじゃないと言えるの?)

 隠里の長の前を辞し、久しぶりに自宅に帰る途中、乃梨子はただ一筋に志摩子のことを考えていた。



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〜 4月29日(金) 小笠原邸 〜

「ごきげんよう、お姉さま。 ちょっと早かったですか?」
 
 小笠原家の玄関、約束の8時よりも30分前に祐巳は小笠原家に到着していた。
 久しぶりに両親に会えること、祥子と一緒に旅行できることで祐巳のテンションは昨夜から上がりっぱなしだったのだ。

 ちょうど朝食を終え身支度にかかっていた祥子は、自室に祐巳を迎え入れる。 そして、
「いいえ、いいのよ。 待ちきれなかったのね?」 とにこやかに微笑んだ。

 と、祐巳の後ろから声をかける少女が一人。
「祐巳さま、ごきげんよう。 随分早いですわね」

「瞳子ちゃん!? どうしてここに?」
「祥子お姉さまが京都からイギリスに行くと聞きましたので。 瞳子も京都までご一緒に、とお願いいたしましたの」
「そうなんだ・・・。 瞳子ちゃん、よろしくね」
「実は、京都新研究所は医療機関も併設することになっているの。 それで松平先生も同行するのよ。
 瞳子ちゃんは、松平先生のお手伝いもすることになっているわ」

 松平先生=”丘の上の松平病院”の院長にして日本最高の魔術医師。
 瞳子の祖父に当たる人物で、福沢祐一郎、みき夫妻の看護を行ってくれた人物である。
 今回、建築途中の京都新研究所・医療部門の外部顧問に就任することが内定している。

「そっか・・・。 瞳子ちゃんにはお仕事があるのね? 一緒に京都見物に行きたかったなぁ」
「え? えっ、ええ。 祐巳さまがどうしても、とおっしゃるのなら最初の2日目まではお付き合いしてもかまいませんわ」
「本当?! やった! じゃ、一緒にお寺周りとかも出来るね! お姉さま、よろしいですか?」
「もちろんよ。 では今日、明日は3人で京都観光に出かけましょうか」
「はい!」

 祥子の目の前には、キラキラと目を輝かせている祐巳と、少し頬を染めた瞳子。

「ねぇねぇ、瞳子ちゃん、初夏の京都ってわたし初めてなの。 どんなところかなぁ?」
「さ、さぁ、瞳子も初めてなのでよくわかりませんわ」
「素敵なところがいっぱいあるといいなぁ。 楽しみだねっ!」
「ちょ、ちょっと、祐巳さま、そんなに手を振り回さないでくださいまし!」

 さっきから瞳子の手を握り締めてぶんぶん振り回す祐巳。

「あらあら、何時の間に二人は仲良くなったのかしら?」 ちょっと焼きもちを焼いてみせる祥子。

「へっ? え〜何時からだっけ?」
「仲良く、だなんて! ふ、普通ですっ! 祐巳さまが勝手にわたしの手を掴んでいるだけで・・・」
「あ、ごめんね、瞳子ちゃん。 わたしすっかり舞い上がっちゃって・・・。 手を握られるの、嫌だった?」
「い、いえその・・・。 嫌というわけではないですっ! ただもう少し落ち着いてくださいませ!」

 きょとん、としながら祥子と瞳子を交互に見つめる祐巳。
(もう・・・。またこの方のペースに巻き込まれてしまいましたわ・・・) と、少し悔しそうな瞳子。
(ほんとうに、何時の間に瞳子ちゃんと仲良くなったのかしら?) と、不審そうな祥子。

「お嬢様、お車の準備が出来ました。 旦那様と松平先生もお待ちです」
 と、声が掛かる。

「松井さん!」 と、嬉しそうな祐巳。
「いらっしゃいませ、祐巳お嬢様。 本日は空港まで運転手を勤めさせていただきます」

「こちらこそよろしくお願いいたします。 松井さんの運転なら安心ね! お姉さま、瞳子ちゃん、急ぎましょ〜」

「うふふ。 祐巳が来ると急に賑やかになるわね」
 祐巳と松井に先導されながら、祥子は自室を後にした。

(この誰にも柔らかい微笑を絶やさない祐巳さま・・・。 みんなが惹きつけられるはずですわね・・・)
 瞳子も、祥子の後に続いて、玄関に急ぐのだった。



☆★☆★☆★☆

〜 4月30日(土) 小笠原研究所 〜

 あいかわらず、鳥居江利子は研究所の自分に割り当てられた部屋で思案に暮れていた。

 4月16日(土)にリリアン正門前に現れた魔界のゾンビ。

 それから2週間。 東京では、この間に3回も異空間ゲートが開いた。

 うち2回は I公園の周辺。 出てきた魔物はD級のスライムと、ワードックのみ。
 巡回中の騎士団員によって簡単に退治され、ゲートもすぐに閉じた。

 また、リリアンの周囲でも一回だけゲートが開いたが、このときも現れたのはワードックが一体。
 これは、祐巳とともに巡回していた山口真美が放った”ファイヤーボルト”一発で消滅し、祐巳が浄化呪文を展開して事なきを得た。

 今、江利子は、ゾンビの出現を待ち望んでいる、といえば不謹慎であるが、研究対象、サンプルの確保ができないか、と考えていた。

 江利子の研ぎ澄まされた勘は、4月16日に現れたゾンビに対する警鐘を鳴らし続けている。

 しかし、たった一回、しかも映像のみの情報で今回の事態を完全に把握することは無理がある。

 先日自分自身で出した推論に、もっと肉付けがしたいのだ。

 しかし、普通のD級魔物しか現れない現状では研究が進まない。

 あの後の研究で、フォルネウスの周囲に浮かんでいた黒い物体の謎に少しだけ迫ることが出来た。

 あの物体は、まるで生命と言うものを感じない、という結論。
 
 しかし、あの物体は、志摩子を覆い隠すように襲おうとした。 それには明確な敵意を感じる。
 そして祐巳の放った暴風呪文にも耐えて見せた。
 それだけの防御力がありながら、志摩子の精神弾が一発当たっただけで次々と撃ち落されていった。
 さらに、祥子の放った浄化呪文、 ”蒼輝浄界” により、完全に胡散霧消した。

(つまり、あの物体は、”生”に真っ向から反する存在。 言ってみれば、”エロス(正)”エネルギーに対する”タナトス(負)”エネルギー・・・)

(生命の満ち溢れるものに襲い掛かりながら、生命エネルギーである志摩子の精神弾を受ければ機能を停止し、浄化呪文で存在自体がなくなるもの・・・)

(機能停止するまでは、浄化呪文を受け付けないもの・・・)

 と、そこまで考えた江利子は、ふと恐ろしい事に気付く。

 あれは、”機能を停止した” と言えるのか?と。
 たしかに上空から地面に落ちてきた。
 しかし、祐巳から直接攻撃を受けたフォルネウスのように胡散霧消したわけではない。
 存在を保ったまま落ちてきただけなので、ひょっとしたら地面に落ちてからもすぐに動き始めていたのではないか?

 ひょっとしたら、”エロス(正)”エネルギーを吸い取ることだけが目的なのかもしれない。
 志摩子の精神弾による攻撃を受けたことにより、”エロス(正)”エネルギーを手に入れた”タナトス(負)”エネルギー体。

 最初、志摩子に覆い被さろうとしたのも、”エロス(正)”エネルギーを直接喰らうためだったのではないのか?

 いったい、何の冗談だ、と思う。
 そのような存在など、この生に満ち溢れた現世に存在しようべくも無いものだ。

 しかし、何度考えても、結論は同じ。 そのような存在であれば、すべての生物の天敵となる。

(”タナトス生命体”、とでも名付けるしかないのかしら? まさに”死の化身”ね・・・)

 江利子の心の中では、もう二度とそんな不気味な存在が現れてほしくない、と思う。
 しかし、その願いがかなうことは多分無理なんだろう、と、なぜか確信があった。



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〜 5月6日(金) 小寓寺 〜

 祐巳が両親の元に旅行に行ってから1週間以上が経った。

 4月28日の夕方に小寓寺に帰った志摩子は、久しぶりの実家の生活に既に馴染んでいた。

 お寺の朝は早い。 6時前には朝のお勤めである読経が始まる。

 志摩子はクリスチャンなので読経などのお寺のお勤めをするわけではないが、両親の手伝いのため、早起きが日課になっていた。
 その後は、聖書を読み、日中は剣の修行を続ける。 寺の裏山には竹林が広がっており、竹林の中を縦横無尽に駆け足腰を鍛える。

(わたしは、妹を持つべきだ、と祥子さまは言った・・・。 でも、わたしは祐巳さんの”守護剣士”。 そんなわたしの妹になれば辛い思いをするのは乃梨子のほうだわ・・・)

 既に、志摩子の心の中で、 「妹にするとしたら乃梨子しか居ない」 という結論だけは出ていたのだ。

 この連休の間、志摩子は乃梨子との間に、決着をつけなければ、と思っていた。
 この手に繋いだ祐巳の手を放す事は出来ない。
 しかし、乃梨子との絆をこれで切ることもできない。

 悩んで悩んで、いくら悩みぬいても結論を出すことが出来ないで居た。

 いくら剣を振っても迷いを断ち切ることが出来ない。
 いくら竹林を駆け抜けても、答えまでたどり着けない。

 そんな志摩子の元に、考えもしなかった客が訪れる。

 連休の間、千葉に帰っていた二条乃梨子、今の今まで志摩子の心を占めていた本人だった。

「志摩子さん、来ちゃった」
 お寺の石段を駆け上がってきた乃梨子は、少し上気した顔で志摩子を見つめる。

「よくここがわかったわね? でも訪ねてきてくれて嬉しいわ」
 志摩子は心の動揺を隠すように穏やかに微笑みながら乃梨子を迎え入れた。



「どうしたの、乃梨子? なにか悩みごとがある、って顔をしているわよ」
 いつものように優しく微笑みかける志摩子に、乃梨子はただじっと眼の前の地面を眺めているだけだった。

 ここは、小寓寺の山門が見下ろせる裏山の一角。
 桜の木々が立ち並ぶ、日当たりの良い丘。
 四月の桜の季節は、近隣から花見客が多く訪れる小寓寺の自慢の庭も見渡せる場所だった。

「志摩子さんに話したい事があって・・・」
 と、小さな声で呟く乃梨子。
 乃梨子は、志摩子の妹になりたい、と心から思っていた。 そのために志摩子の前にいる。

 しかし・・・、と乃梨子は思う。

 志摩子の妹になりたい、というのは自分の純粋な感情なのか、それとも任務のために打算的に妹になろうとしているのか・・・。

「あのね、志摩子さん。 わたし、志摩子さんに秘密にしていることがあるの。
 わたし、志摩子さんを想う気持ちは本物だ、と思うんだ。
 志摩子さんのことを考えるだけで胸が苦しくなるの。
 でも、絶対に言えない秘密があるんだ。 わたし・・、どうしたらいいんだろう?」

「乃梨子・・・」
 さすがに、何時もと違う様子に志摩子が心配そうに声をかける。

「わたし、さ。 志摩子さんの妹になりたい、って思ったの。 でも秘密を隠したまま妹にしてください、なんて言いたくなくって・・・」
 下を向いたまま呟く乃梨子。

 そっと、乃梨子の髪を優しく撫でる志摩子の手。

「ねぇ、乃梨子。 すべての秘密を話さなければ姉妹になんてなれないのかしら?
 ううん。 ただの友達だってそうよ。 誰にだって人に言いたくないことや秘密の一つくらいあるものだわ。
 わたしはね、あなたが何かを抱えていることはわかっているつもり。
 でも、それを詮索しようなどとは思わないわ。
 わたしは、乃梨子が乃梨子でありさえすればいい、って思っているのよ。
 うふふ。 これはわたしの親友の受け売りなんだけどね。
 そんなところも含めて、わたしは乃梨子が大事だ、って思っているわ。 それこそ姉妹になりたい、と思うくらい」

「え・・・。 志摩子さん。 志摩子さんもわたしと姉妹になりたい、って思ってくれているの?」

「そうね・・・。 でも、それはわたしには叶うべきこともないことなの。
 わたしは、乃梨子の姉にはなれないわ」

「どうして、って聞いてもいい? 志摩子さん」

「そうね。 わたしはあなたに救われた。 どうしようもなく寂しくて、辛かったときにあなたの笑顔がわたしを立ち直らせてくれたの。
 あなたには、言っておくべきかしらね」

 志摩子は、新緑に彩られた桜の木を見上げながら言葉を綴る。



「わたしはね、祐巳さんの”守護剣士”なの。 もし祐巳さんと乃梨子のどちらかを選ばなければならない、としたら、わたしは祐巳さんを選ぶことになる。
 そんなわたしが乃梨子にスールの申し込みをすることは、乃梨子に申し訳ないわ」
 志摩子が苦悩に満ちた顔で乃梨子を見つめる。

「守護剣士? 志摩子さんが祐巳さまの? それって、どんな関係なの?」

「祐巳さんの家と、わたしの家の古くからの繋がり。 そうあるべき、と定められたもの。 運命、とでも言えばいいのかしら。
 ・・・ いいえ、違うわね。
 祐巳さんは絶対に守らなければならないものだとわたしは知っている。
 祐巳さんを守ることがわたしの生涯の使命だ、とわたしが自分の意志で決めた、そういうことよ」

「そう・・・ですか・・・。 わかりました。
 でも、志摩子さん。 志摩子さんが守りたい、という存在が祐巳さまなら、わたしも祐巳さまを守る戦士になります!
 だって、志摩子さんには、”お姉さま”がいたんでしょう?
 その方の代わりにわたしはなれませんか?」
 乃梨子は必死の形相で志摩子を見つめ返す。

「乃梨子・・・」
 乃梨子の気迫に押されるように、志摩子が呟く。

「わたしのお姉さま、佐藤聖さまと言うのだけれど、聖さまも祐巳さんを守り抜いてくださったわ。
 お姉さまは、わたしが祐巳さんの ”守護剣士” だと知った上でわたしにスールの申し込みをされたの。
 祐巳さんはね、 ”この世界の希望を託された者” なのよ。
 もしも、この世界に危機が訪れるときがあったとしたら、その時の最後の希望が祐巳さんなの。
 だからわたしは祐巳さんを守る。 それでも乃梨子はわたしの妹になってくれるというの?」

「志摩子さん。 もし祐巳さんが志摩子さんの言うとおりの存在だとしたら、わたしも祐巳さんを守り抜くことが志摩子さんを守ることになるんじゃないの?
 それなら、何も問題はないじゃない。 わたしに・・・、わたしに志摩子さんのロザリオを下さい!」

「・・・。 でもね、乃梨子。 もしわたしと祐巳さんのどちらか一人しか助けることができない、という事が起きた場合、あなたはどちらを助けようとする?
 聖さまは、間違いなくわたしを切り捨ててでも祐巳さんを救うでしょう。
 それだけの覚悟が聖さまにはあった。 それがわかったからわたしは聖さまとスールになったのよ。
 あなたには、その覚悟があるかしら?」

「志摩子さん・・・。 ふふふっ、祐巳さまは幸せだね。 志摩子さんからそこまで思ってもらえるなんて。
 あ〜あ、わたしも祐巳さまみたいになりたかったなぁ」
 志摩子の決意ある言葉に乃梨子は自嘲気味に呟く。

「馬鹿なこと言わないで! 一体祐巳さんがどれだけのものを犠牲にしたと思っているの?
 祐巳さんがどれだけ辛い目に会ったか、乃梨子にはわからないわ。 祐巳さんはね・・・」
 志摩子の瞳から涙が零れ落ちる。

「祐巳さんは・・・。 由乃さんから右腕を斬り落とされたの・・・。 わたしを庇って!!
 そして、命の次に大事にしていた杖をわたしに破壊するように命じたわ! それに祐巳さんの左眼は・・・永遠に戻らないのよ。
 祥子さま、令さま、蓉子さま、江利子さま・・・。 仕方なかったこととはいえ、祐巳さんは大事な人の体を自分の手で傷つけていった・・・。 そんな祐巳さんの心の傷がどんなに深いものか!」
 志摩子は口元を押さえ、嗚咽を漏らし続ける。

 志摩子の脳裏には自分を庇って宙を舞った祐巳の右腕の映像がくっきりと焼きついたままなのだ。
 志摩子の目の前で祥子の背中から杖を突き刺した祐巳の姿。
 床に突き刺さり煌びやかな光を放っていたフォーチュンを破壊するよう告げた祐巳。
 志摩子はこれまで、何度も祐巳の心が傷ついていくのを見てきたのだ。

「 ・・・。 ごめんなさい。 少し感情的になりすぎたわ・・・。 でも、祐巳さんみたいになりたい、だなんて言わないで頂戴。
 あの人がどれだけ重いものを背負わされているのか、わかってほしかったの」

「わかった。 志摩子さんの妹になるにはそれだけの覚悟がいる、ってことだよね?」

「ええ。 わたしが乃梨子を思う気持ちは他の誰にも負けないわ。
 でも、妹に迎えるにはわたしの気持だけでは無理なの。
 祐巳さんはきっと 『乃梨子ちゃんをさっさと妹にしなさい!』 ってわたしの背中を押してくれるけどね。
 祐巳さんは、そういう人よ。 それだからわたしは永遠に祐巳さんの ”守護剣士” であることを決めたの」

「志摩子さん、それでもわたしの気持は変わらないよ。
 わたしはすべて志摩子さんに従おうと決めてきたの。
 志摩子さんが大事に思うものがあるのなら、わたしも大事に思う事が出来る。
 絶対に志摩子さんが卒業するまで、側について離れないんだから!」

「乃梨子・・・」
 志摩子は、乃梨子の言葉にただただ驚くばかりだった。
 ここまで真剣に自分のことを思ってくれているとは・・・。

 乃梨子はすっと立ち上がると、涙にぬれた瞳で自分を見つめる志摩子に手を差し伸べる。

 志摩子は、乃梨子の手を取って立ち上がると、そっと手首に巻いたロザリオをはずす。

「それ、志摩子さんにとっては大事なものなんだよね? 聖さまから譲り受けた決意の証し。
その決意、わたしが必ず継いで見せます」

「ありがとう・・・。 ありがとう、乃梨子」
 志摩子は、ロザリオの鎖を大きく広げ、乃梨子の首にかける。

「うん。 これからよろしくおねがいします。 えっと・・・。『お姉さま』? あはは、照れるね」

「うふふ、すぐに慣れるわ。 でも二人の時には今までどおりの呼び方でいいのよ。 ただしロサ・キネンシスの前では気をつけてね」

「はい! お姉さま」

「うふふ」「あはは」 
 
 微笑み会う二人。 『この思いを永遠に』  お互いにそう誓っていた。

 新緑の芳しい桜の木の下。 一組の美しいスールの誕生であった。



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