「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 祐巳の山百合会物語
第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:これ】【No:3426】
第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結
第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)
※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 の半年後からスタートします。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
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〜 4月30日(土) 支倉道場 〜
「いくよっ! 令ちゃん!」
ジャキッ、と金属的な音を響かせ、由乃が左右の手に特殊警棒を構える。
「あぁ、いつでもいいよ。 思い切りかかっておいで」
令が持つのは、練習用の木刀。
由乃の特殊警棒は小柄な体に合わせるように長さは35センチしかない。
その棒の先端から5センチほど下、真横に10センチほどの握りがついている。
トンファーのような形、と思っていただければいいだろうか。
パンチを繰り出すときには拳と同時に警棒の短い先端が相手の体にめり込む。
また、剣などで攻撃されたときには、警棒本体を小手にかざして剣戟を防ぐ。
由乃は、本来であれば日本古来の十手を得物にしたい、と思っていたのだが、最終的に攻防に優れた特殊警棒を使用することを選んだのだ。
由乃に言わせれば、「これが現代の十手よ!」 と言うことである。
その現代の十手を両手に構えた由乃は、いったん体を低くかがめる。
それは、獲物に飛び掛る直前の猫を髣髴とさせる姿。
「はっ!」 と短く奇声を発した由乃は瞬駆で令の真横を駆け抜け、背後の壁伝いに天井まで駆け上がったかと思うとそのまま逆落としに令に挑みかかる。
由乃の右手から振るわれる特殊警棒を令の木刀が叩き落す。
しかし、これは由乃も織り込み済み。
すぐさま左の特殊警棒で令の腹に特殊警棒を突き出す。
だが、令もそう簡単に由乃の攻撃を受けるはずもない。 半歩下がるだけでその攻撃をかわした令は、左足の回し蹴りを由乃の首に叩き込む。
由乃は回し蹴りを首をすくめて回避すると・・・
「”幻朧”」 と、一瞬にして令の背後を取る。
(もらった!) 由乃は必殺の覇気を特殊警棒にこめ・・・ 「衝撃虎砲!!」
由乃の最大の突き技が令の背に打ち込まれた・・・ はずだったが・・・
数メートル先に、驚きに満ちた顔で立つ令。
「参った・・・。 今のは危なかったよ。 わたしの ”幻朧” とスピードが変わらないじゃない。 もう体術でわたしが教えることは何もないね。
よくここまで頑張った、 由乃。 もう支倉流の体術は免許皆伝、だよ」
「令ちゃん・・・。 ありがとう。 でも、今のは私からの攻撃だけだったじゃない?
令ちゃんの剣術で攻撃されたときでもちゃんと受けきってから初めて免許皆伝って言って。
”幻朧” と、”衝撃手” だけじゃまだまだなんでしょう? ”冥界波” と、 ”八相発破” も教えてよ」
「由乃・・・。 わたしでも ”幻朧” と、”冥界波” は一日一発、って決めてるんだよ。
この技は体力の消費が激しすぎるんだ。 できるだけ、瞬駆と、衝撃手だけで相手を倒せるようになったほうがいいんだよ」
「令ちゃん・・・。 あのさ、私に ”幻朧” が一日に一回しか使えない、とでも思ってるの?
今なら、一回の戦闘で5回はいける。 無理すれば10回までいけると思うわ。 まぁ次の日死んじゃうかもしれないけど。
祐巳さんと志摩子さんから一本取るためには、 ”幻朧” と ”冥界波” は絶対3セットは必要になる。
あの化け物二人に対抗するためにはそこまでしないといけないの!!
わかったらさっさと ”冥界波” を教えなさい!」
「おいおい・・・。 教えなさい、って」
「あ・・・。 ごめん、つい・・・。 教えてもらってるものの言葉じゃなかったわ。 でも早くあの二人に追いつきたいのよ」
「由乃・・・・・・」
「そうしないと、何時までたっても私の薔薇十字は顕現しない・・・。 お願いします。 ”冥界波” と ”八相発破” を教えてください!」
「わ・・・、わかったよ。 そうだね・・・。 由乃には ”冥界波” より、”八相発破” のほうが体力的に無理が少ないかもしれない。
その特殊警棒にあらかじめ覇気を込めてそれを放出すれば多少体力の消費が抑えられる。
じゃ、明日から ”八相発破” の修行に入ろうか?」
「本当?! やった!! でも、修行は今から! さぁ、とっとと教えなさい! ・・・。 あ、ごめん」
「ぷっ・・・。 あっはっは。 由乃にはかなわないね。
わかった。 じゃ、精神を集中するところから始めるよ。 まず座禅を組んで。 覇気を一旦おさめて丹田に力を集中させるイメージだよ」
「うん。 無理言ってごめんね、令ちゃん。 では、お願いします」
由乃はこの連休中に、遥かの高みに居る祐巳と志摩子に追いつくため、支倉道場で必死の修行を続けていた。
☆★☆★☆★☆
〜 5月6日(金) 京都 小笠原研究所社員宿舎 福沢家 〜
「お母さん、煮込みハンバーグ、美味しい?」
「えぇ、とっても。 こっちのパンプキンスープも美味しいわ。 祐巳ちゃん料理上手ねぇ」
「こっちのシーザー・サラダも色合いがよくてとても美味しいよ。 クルトンによく味もついてる。 アンチョビかな? これは」
「うん! ちょっと豪華に厚切りベーコンも入れたからアンチョビとの相性もいいでしょ」
両親に精一杯の手料理を振舞いながらニコニコ笑っている祐巳。
「この一週間、あっという間だったわ。 祐巳ちゃん、本当に楽しかった。 ありがとう」
「そんなぁ。 お礼を言うなんておかしいよ? だって家族じゃない」
「それでも、よ。 まさか祐巳ちゃんがこんなに綺麗になって、お料理も上手になってるなんて思わなかったもの。
山梨のおばばさまのところで、かなり鍛えられたのね?」
「あはは・・・。 おばばさま、怖くって。 ひょっとして、お母さんもおばばさまのお仕置き、経験済み?」
「う・・・。 思い出したくも無いわね・・・。 ってことは祐巳ちゃんも、なのね?」
「あはは、やっぱりね〜。 あのネチネチとした精神攻撃、きついよねぇ」
「祐巳ちゃん・・・。 この話、食事時は止めましょう。 震えが来ちゃう」
「そうだね。 でも話を振ったのはお母さんなんだからね?」
「あ、そうだったわねぇ。 ごめんなさい」
なるほど・・・。 祐巳の天然は母親ゆずりのようだ。
「ところで、祐巳ちゃん、先日祥子さんと一緒に来ていた・・・。 ほら、髪型が、なんというか、ドリルみたいな子が居たじゃないか。
あの子が祐巳ちゃんの、”妹” なのかい?」
「そうそう、あの子、礼儀正しいし可愛くていい子だったじゃないの。 もう ”姉妹” にはなったの?」
「え〜! ”姉妹” だなんて、そんなぁ」
と、なぜか真っ赤になる祐巳。
「わたし、まだまだ、”お姉さま” なんて柄じゃないもの。 瞳子ちゃんは、祥子さまの親戚なのよ。 それで祥子さまのことが大好きなの。
だから、最近よく薔薇の館、あ、お父さん、『薔薇の館』、って言うのは生徒会室のようなものなんだけど、そこにお手伝いに来てくれるの。 だから仲良くなったのよ」
「ふ〜ん。 じゃ、”妹”って言うより、祥子さんをめぐる ”ライバル” なのかい?」
「ライバル、なのかなぁ? おんなじ人を好きなもの同士だから、仲間、って感じじゃない?」
「うふふ、祐巳ちゃん、嬉しいわ。 そんな風に思える子に育ってくれて。
清子様に感謝しなければならないわね。 それと祥子さんにも。 わたしたちに出来なかったことをすべてして下さった。
東京に帰ったら、わたし達が心から感謝していた、と伝えてくれるかしら」
「それと、その恩を返すためにも、立派な研究所を作って見せます、って言っておいてくれるかい?」
「うん! 明日必ず。 お姉さまと融小父様を迎えに空港に行くから、その帰りに清子おかあさまにも伝えておくね。
でも、一週間、ほんとに楽しかったなぁ・・・。 もっとお洗濯とかお料理もしたかったんだけど、ね」
「うふふ、いいのよ。 最後にこんなに豪華なディナーを作ってくれたんだもの。
そうだ。 お食事が終わったら、3人で鴨川でも散歩に行きましょう。 納涼床も始まっているから」
初夏の京都、久しぶりに親子3人で過ごす祐巳たち親子。
あの事件さえなければ、小学生の祐巳、中学生の祐巳を見ることが出来ただろう。
でも、あの事件があったからこそ、今の幸せをかみ締めることが出来るのかもしれない。
穏やかに、京都の夜は過ぎてゆく。 明日は朝早くに祐巳は東京に帰ってしまう。
(それでも、私たちは繋がっている。 この選択は間違いではなかった)
みきは、素直に育ってくれた祐巳を見つめながら、祐巳を支えてくれるすべての人たちに感謝の気持ちを捧げるのだった。
☆★☆★☆★☆
〜 5月8日(日) 福沢家 〜
「祐巳さん、ただいま〜」
連休の最終日、志摩子は福沢家に帰ってきた。 明日からの登校に備え、一日早く福沢家に戻ったのだ。
「志摩子さん、お帰り〜。 ん〜やっぱり志摩子さんの声が聞こえると落ち着くなぁ」
祐巳は、ちょうど玄関の拭き掃除を行っているところだった。
さすがに10日も家を空けると、埃が溜まっていた。
「あ、祐巳さん、お掃除中だったのね? ちょっと待ってて、私も手伝うわ」
「うん、お願い。リビングがまだ終わってないの。 でも、先に自分の部屋を掃除してからでいいよ。
あとお風呂もだけど、お風呂は最後にしようと思ってたの」
「わかったわ。 じゃ先に着替えてくるわね」
なんだろう、この落ち着く感じ。 志摩子は自宅に帰ったとき以上の安らぎをここに感じる。
(もう私の居場所はこの家なのかしら? ううん、祐巳さんの居る場所が私の場所。
でも、私の心には乃梨子の場所もできた・・・。 祐巳さんになんて報告しようか?)
多分、心配することなんて何もないのだろう。 祐巳ならきっと我が事のように祝福してくれるだろう。
それがわかっているから、乃梨子を妹に選んだのだ。
祐巳の驚く顔、そして朗らかに笑ってくれるだろう顔を想像しながら、志摩子はゆっくりと階段を上っていった。
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〜 5月9日(月) リリアン女学園 〜
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
連休が終わり、まるで新学期のようにさわやかな挨拶がリリアンの中庭で花開いていた。
新一年生待望のマリア祭を明日に控えたこの日、マリア様の庭に集う乙女たちの表情は明るい。
あるものは薔薇様方から授けられるおメダイを。 またあるものは、その後行われる薔薇様方主催の新入生歓迎会を、そしてあるものは、クラブ紹介を楽しみにしている。
そして、新たなスールの出会いを期待しているものも多く、一年で一番リリアンが華やぐ時期である。
この日、祐巳と志摩子は久しぶりに二人並んで登校。
マリア様の前で、ゆっくりと時間をかけお祈りをしていた。
その背後では、リリアンのお嬢様たちが小声でおしゃべりをしている。
「あぁ、ロサ・ギガンティアとロサ・キネンシス・アン・ブゥトンのお二人が揃っていらっしゃるわ」
「お二人とも神秘的・・・。 ロサ・ギガンティアの抜けるように白い肌・・・。あこがれますわ」
「わたくしは絶対、祐巳さまですわ。 あの温かな笑顔を向けていただけたときは感動で胸がいっぱいになります」
「志摩子さまのふわふわの巻き毛が太陽の光を反射すると、まるで天使様の後光のように見えますのよ」
「あぁ・・・、わたくしもあの中に入りたい・・・」
「お二人とも、まだ妹を持っていないのでしょう?」
「でも、先月から、一年椿組の瞳子さんと・・・、ほら総代だった乃梨子さん、それにあの異様に背の高い可南子さん。 その三人がよく薔薇の館に出入りしているそうよ」
「まぁ・・・。 もうすでにその三人が妹候補、ってこと?」
「きっとそうですわ・・・。 うらわましいわ〜」
一年生の間で人気を二分する祐巳と志摩子が揃っているのだ。
周りで見ている一年生たちが頬を染めながら噂話に興じるのも仕方のないことだろう。
目下、一年生の間での最大の関心事は、祐巳、志摩子、由乃の3人の妹が誰になるか、というものだった。
ただ、志摩子の妹になればすぐにブゥトンになることになる。
由乃の妹になれば、ベストスールと名高い令と由乃の絆に入っていくことになる。
祐巳の妹になれば、リリアン最強の戦女神として尊敬の対象でもある祐巳の妹となることだから周囲からの嫉妬が怖い。
憧れの存在、だからこそ、妹になることに躊躇してしまう。
なかなか自分からアピールするのは難しいのだ。
それがわかっているからこそ、これまで薔薇様方は薔薇の館と一般生徒との敷居を低くしようと努力してきた。
その一環が、薔薇様方主催のお楽しみ会と、クラブへの薔薇様方のアドバイザー加入であった。
「じゃ、志摩子さん、またあとでね。 お昼休み、薔薇の館に顔を出すでしょう?」
「えぇ、必ず行くわ。 あの、お願いがあるのだけれど、ロサ・キネンシスと、由乃さんにも薔薇の館に来てもらえるようにお話してくれないかしら?」
「うん! わかった。 由乃さんから令さまへも伝言を頼んでおくね。 楽しみだね〜」
「うふふ。 祐巳さんが笑顔で祝福してくれたおかげ。 わたししっかり報告するわ」
「じゃ、お昼休みにね。 ごきげんよう」
「ごきげんよう、祐巳さん」
祐巳と志摩子は2年生の昇降口で別れ、それぞれの教室へ。
お昼休みに起こる素敵なイベントをお互いが楽しみにしていた。
☆
〜 お昼休み 一年椿組前 〜
「二条乃梨子さんを呼んでいただけるかしら」
一年椿組の入口付近に居た一年生は、鈴を鳴らすような声で話しかけられた瞬間に固まった。
目の前に居るのは一年生憧れの的、ロサ・ギガンティア=藤堂志摩子。
「えっ! あ、は、はい! 少々お待ちください!」
学園のアイドルに話しかけられた一年生は、真っ赤になって頭を下げる。
急に大声で挨拶を始めたクラスメイトに、何事か?とクラス中の注目が集まる。
「の、乃梨子さん、ロ・・・ロサ・ギガンティアが、お呼びです!」
とたんに、ウワー、とクラス中に悲鳴のようなざわめきが広がる。
「志摩子さん!」 と、パタパタと小さな足音を響かせながら乃梨子が志摩子に駆け寄る。
「乃梨子、迎えに来たわ」
志摩子はやや緊張した面持ちで乃梨子に答える。
「わかった、ちょっと待ってて、お弁当を取ってくるね。 でも、講堂の裏で待ってくれたらすぐに行ったのに」
「ううん。 今日は講堂の裏には行かないわ。 行く先は薔薇の館よ。 だから行き違いにならないように急いで迎えに来たの」
「あ・・・。 はい。 うわ〜緊張するなぁ!」
弁当を持った二人は、一年椿組を後にし、薔薇の館に向かう。
当然、残された一年椿組の生徒たちの中で様々な憶測が飛び交う。
二条乃梨子は、今年の一年生総代、体術部門でも一年生トップ。
しかも、一匹狼のようにクラスにあまり馴染んでいない乃梨子が、頻繁に薔薇の館に出入りしていることに嫉妬を抱く生徒も多い。
その一方で、白薔薇のつぼみにふさわしい、と言う意見もある。 すでに、”クール・ビューティー”、冷静沈着、大人な乃梨子さん、として認識され始めていたのだ。
「きっと、ロサ・ギガンティアとスールになられたんですわ!」
「乃梨子さんなら、白薔薇のつぼみに相応しいですわ」
「でも、外部入学でいきなり白薔薇のつぼみになられるとか。 すごいですわね」
「このクラスからブゥトンが出るなんて名誉なことですわ。 わたくし、乃梨子さんを応援いたしますわ」
「そうですわね。 クラス一丸で乃梨子さんを支援いたしましょう」
さすがに、リリアンのお嬢様たち。 基本的に良い子ばかりのようである。
☆
〜 薔薇の館 お昼休み 〜
「ごきげんよう。 皆様」
「ごきげんよう。 薔薇様方」
志摩子と乃梨子の二人が薔薇の館2階の会議室に姿を現す。
小笠原祥子、支倉令の二人の前には手をつけずに置かれているお弁当箱。
祐巳と由乃は流しに立っていて6人分のお茶の準備を既に終えていた。 あとはお湯を注ぐだけ。
「ごきげんよう、志摩子。 乃梨子ちゃんもいらっしゃい」
祥子は多くを語らず、志摩子が口火を切るのを待っているようだ。
その祥子、令、祐巳、由乃の4人の視線は暖かい。 その雰囲気に後押しされるように志摩子は一歩前に出る。
「皆様にご報告があります。 わたくし、藤堂志摩子と二条乃梨子は、先日ロザリオの授受を行い正式にスールになりました。
わたくしもまだ未熟な薔薇ですし、乃梨子はリリアンでの日も浅く、不慣れでございます。
どうか皆様の温かいご支援をお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
志摩子が4人に深々と頭を下げる半歩後ろで、乃梨子も同じように頭を下げる。
「志摩子さん、よかったね!」 祐巳がニコニコと志摩子に笑いかける。
「おめでとう!」 「おめでとう、志摩子、乃梨子ちゃん」
令と祥子も並んで立ち上がり、祐巳と3人で大きく拍手で迎える。
「志摩子さん・・・」
急に上擦ったような声が・・・。 それは目に涙をためた由乃だった。
「よかった! よかった志摩子さん。 がんばったんだね。 乃梨子ちゃんもありがとう」
由乃は乃梨子が始めて薔薇の館に現れたときから、志摩子が乃梨子の姉になればいい、と思ってきた。
しかし、連休前にまだ妹にしていない、と聞いたときから、この二人は姉妹にはなれないのではないか、と思っていたのだ。
魔王に操れていたとはいえ、祐巳の腕を切り落とした自分。 志摩子を庇ったことで宙に舞った祐巳の腕。
その痛すぎる心の疵を抱えている志摩子は、祐巳の忠実な ”守護剣士”。
であればこそ、祐巳を大事に思うあまり、妹を作れずに高校生活を過ごしてしまうかもしれない、と思っていたのだ。
だから、祥子と令が志摩子に乃梨子を妹に迎えるように催促したとき、暴走するふりをして話をうやむやにした・・・。
まぁ、途中からノリノリに暴走した感はあるが。
志摩子の心の中がわかりすぎている由乃は、志摩子と乃梨子のスール成立に、驚きと感謝と尊敬の念、様々な感情がわきあがり押さえが利かなくなってしまったのだ。
一適流れてしまった涙をゴシゴシとこする由乃。
「由乃さんは嬉しいんだよね?」
祐巳が由乃の肩を抱きながら言う。
涙で喉が詰まってしまった由乃はそのとおりだ、というように何度も頷いた。
「由乃さん・・・」 志摩子も由乃に近づく。 「志摩子さ〜ん」 と、志摩子にすがりつく由乃。
3人の2年生は薔薇の花冠のように輪になって肩を叩き合う。
「乃梨子も・・・」 志摩子が顔を上げ、乃梨子を輪に誘う。
4人の次代を担う薔薇の姿を、祥子と令も温かい眼で見ていた。
「さぁ、友情を深めているところ悪いんだけど、そろそろお弁当を食べないとお昼からの実技に差し支えるよ。
せっかくお茶の準備もしてるんだから。 祐巳ちゃん、由乃、お茶は久しぶりに私たちが淹れるからテーブルに着きなさい」
令の大きな声で、薔薇の花冠が解かれる。
「うん、令ちゃん、ありがとう。 じゃお弁当食べちゃいましょう。」 由乃が笑いながら令に答える。
「結局賭けはどうなるの?」 「二人ともはずしたんだから無かった、ってことでどう?」 「仕方ないわね」
令と祥子は本当に久しぶりにお茶を一緒に淹れながら小声で言葉を交わしている。
志摩子は、何時もの席について、そっと仲間たちを見渡す。
祝福されるはずのない出会いだ、と思っていた。
それが、こんなにまでも祝福してくれる仲間たちが居る。
幸せの余韻に浸る志摩子の両手をそっと握る乃梨子の姿。
勇気を出して一歩を踏み出した二人の姿を、祐巳はただ微笑みを浮かべ眺めていた。