【3432】 ご褒美は誰の手に色んな事に挑戦すべてを見せる祐巳  (bqex 2011-01-10 23:00:09)


【どうしてこうなった】



 会議室の廊下で祐巳は瞳子を連れて蓉子さまと対峙していた。

「【No:3406】の下コメでこんな意見がありました」


名無し > ローカルに保存する際に分割の手間が増えるため詰め合わせはやめて〜


「蓉子さま、ここまで言われちゃったんですからやめましょうよ。おまけに携帯では全部読めませんし。ご不満でしたら仕返しができるSSをbqexに書かせればいいだけじゃありませんか。不用意に志摩子さんの恨みまで買ってどうするんです」

「別に誰かにローカル保存してもらいたくてやってるんじゃないから、スルーよ、スルー。祐巳ちゃんたちは詰め合わせがどれだけアレなのかわかってないからそういえるのよっ」

 蓉子さまがグレてbqexの背後で釘バットを振り回すのは時間の問題かもしれない。

「嫌な思いをされたなら、他の人にはそういう思いをさせないようにする。それがいつもの蓉子さまではありませんかっ! 落ち付いてくださいっ!」

 祐巳と瞳子は蓉子さまにしがみつくが、激しく抵抗され、ついに会議室の扉が開かれた。

「今度こそ【No:3391】のリベンジをさせてもらうわ。さあ、キーを――」

「その必要はありません」

 祐巳たち三人を迎えるようにして会議室にいた人物、志摩子さんは慈愛に満ちた聖母のような微笑みを浮かべた。

「だって、今日のキーは私がもう揃えましたから」


『ご褒美は誰の手に色んな事に挑戦すべてを見せる祐巳』


「ふふ、【No:3406】のリベンジということです」

 滂沱する祐巳に瞳子はそっとハンカチを差し出すのであった。



【コメント】

蓉子「奇しくも『紅薔薇仮面』メンバーが全員餌食になりました。こんな内容で大丈夫かしら?」

祐巳「大丈夫です、問題ありません……なんてとても言えませんよ、これっ!!」








【いいところ取りに定評のある祐巳】(紅薔薇仮面シリーズ【No:3105】【No:3169】)



『小笠原祥子さまへ
 1月10日23時に
 あなたの大切なものを
 いただきに参ります
      紅薔薇仮面』


「……しつこいわね、紅薔薇仮面。今回こそ返り討ちにしてあげるわ!」

 謎の怪盗紅薔薇仮面にあっさりとソロモンの指環を奪われた祥子さまはリベンジに燃えていた。

「あの――」

「どこの誰だか知らないけれど、絶対に私たちが捕まえるわよ!」

「もちろんです」

 江利子さま、乃梨子ちゃんのコンビもきらりと目を光らせる。

「ちょっと――」

「有馬流暗殺剣が今宵も血を求めています!」

「この前からパワーアップした今日お披露目の島津殺人剣が華々しく紅薔薇仮面を討ち果たし、捕らえてみせます!」

「由乃、それは活人剣では?」

 菜々ちゃん、由乃さん、令さまの黄薔薇三姉妹も真剣片手に控えている。

「人の話を――」

「紅薔薇仮面が美女であるならば前進あるのみ!」

「お姉さまはどちらへ向かおうとなさっているんですか?」

 聖さまと志摩子さんの白薔薇姉妹はマイペースに話をしている。

「だからっ! 人の話を聞きなさーいっ!!」

 蓉子さまの絶叫が響き渡った。
 ちらりとそちらを見た瞳子が蓉子さまを諌める。

「どうなさったのですか、蓉子さま。お茶でも一服いかがです? 落ち着かれますよ」

「これがどうやったらそういう優雅な状況になれるっていうのよっ!!」

 場所は地下プール、そのプールの上からつりさげられた大きな鳥籠のような檻に蓉子さまは手足を縛られて閉じ込められていた。――しかも下着姿で。
 他の皆さまはプールの横のテーブルセットで優雅にお茶会をしながら宿敵を待っている。

「お姉さまが紅薔薇仮面であれば指定時刻に何らかのアクションを起こすはずですが、その格好では手も足も出ないでしょう。……仮にお姉さま以外の紅薔薇仮面が現れたなら、そのときはそのときで」

 クールに祥子さまは言い放つ。

「どうして私が紅薔薇仮面だって言えるのよ?」

 本当はビンゴで水野蓉子さまが紅薔薇仮面の正体なのだが。

「いつも紅薔薇仮面はお姉さまに変装して現れるんです! もう、この際本物だろうが偽物だろうがガンガン行かせていただきます!」

 やられてばかりで祥子さまは相当頭に来ているらしい。
 紅薔薇仮面にも紅薔薇仮面の事情があるんです。ごめんなさい、お姉さま。

「本物にこういうことしないでよっ! 無関係だって証明できたら同じ目に遭わせてやるっ!」

 わめき散らす蓉子さまを誰も相手にしない。陽動だってばれてなければいいけれど。

「ところで、祐巳ちゃんはどうしたの?」

 現在、祐巳は皆さまとは別行動を取っている。
 蓉子さまが祥子さまにクロ判定を出されて捕らえられたことで祐巳は蓉子さまの代役としてずっとスタンバイしているのだ。

「祐巳は前回紅薔薇仮面に【ピー】されてしまいました。私は姉として祐巳の貞操を守るため、【ピー】して【ピーピー言うのやめなさい】して【『釈迦みて』でもピーって使われてたからいいんだよ。こっちが先だけどな(え)】しました」

 不穏当な発言に瞳子が突っ込む。

「さすが台詞に【ピー】を被せられる事に定評がある祥子さま。これではもし面と向かって罵倒していたとしても何のことやらわからないでしょう」

「面と向かって【ピー】付きで罵られてみなさいよ! よくわかんないと余計ムカつくじゃない! そんなものは綺麗に忘れていいから、私の濡れ衣をどうにかしてっ!」

 全員が蓉子さまの叫びをスルーした。
 後十分で紅薔薇仮面が登場することになっている。

「ところで祥子さま、地下プールに集合してどうやって紅薔薇仮面からお宝を守る気なのですか?」

 ようやく志摩子さんが基本的なことを尋ねた。

「この地下プールの水は江利子さまと乃梨子ちゃんが謎の技術で共同開発した衣類を溶かす液体で満たされているの。そして、紅薔薇仮面の狙いはおそらく『モーセの杖』。『モーセの杖』はプール中央にあるカプセルに安置されているから、紅薔薇仮面が盗もうとするならば、私たちにその正体を曝す事になるでしょう」

「あ、万が一取り逃がしても防犯ビデオから犯人を割り出そうということですね。さすが祥子さま」

「ちょっと引っかかるところが無きにしも非ずだけど、そういうことよ」

 衣類だけ溶かす液体って無理がありすぎやしませんかって。そんなものに生身の人間が浸かったら皮膚が酷いことになるし、そうならないならウール、シルクなどの動物性たんぱく質が原料の服を着ればあっさり破られる。そんなファンタジーな液体が役に立つのかどうか。
 まあ、今わかるけど。
 天井の空調ダクトの辺りがパカッと開いて、ロープが四本降りてきた。

「何?」

「紅薔薇仮面?」

 一同が見ている中で、四人の少年がするすると降りてきた。四人とも体型が出るほどのぴったりとした黒いボディスーツを着ている。
 彼らは紅薔薇仮面が雇った『紅薔薇仮面役』である。

「べ、紅薔薇仮面参上! 『モーセの杖』はいただきます!」

 少年のうちの一人、祐麒が叫んでカプセルに手を伸ばす。
 ちなみに他の三人は花寺生徒会メンバーでお馴染の小林くん、アリス、高田くんである。
 祐麒は私たち紅薔薇仮面の事を知らない部外者なのだが、今回自主製作映画のスタント募集のバイトに応募してきちゃったのだ。

「そうはいくかっ!」

 由乃さんが用意してあった大きな柄杓でプールの液体を掬ってかけるとロープがたちまち弱って、四人は落下した。

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

「ひいっ!」

「げえっ!」

 ――ドドドドボン!

 結論からいって液体には効果があった。
 四人は一糸まとわぬ姿でプールから上がってきた。

「ひっ!」

 祥子さまは真っ先に気絶し、令さまに抱えられてリタイア。

「ぎゃーっ!」

「いや〜っ!」

「前隠せっ! 馬鹿っ!」

「変態!」

 女子校育ちで男兄弟もいない面々ばかりなので、彼女たちはそれだけでパニックに陥ってしまった。
 じゃあ、兄弟のいる江利子さまや共学で育った乃梨子ちゃんはっていうと。

「な、なんていうか……」

「こっちくるな」

 微妙な表情で目のやり場に困っている。
 そんな中。

「た、タオルです!」

 志摩子さんが四人分のタオルを投げて渡していた。四人は前を隠したり体を拭いたりするがタオルはすぐに溶けていく。追加で志摩子さんはタオルを大量に投げ始め、それがあちこちに飛んでいって収拾がつかない状態になっていく。

 全員の視線が『モーセの杖』から外れた今だ!

 縄梯子を手品用のテグスで引っ張り出して、サーカスの空中ブランコのようにそれに乗り、安来節でお世話になったザルを片手にキャットウォークから勢いよく飛び出した。

「紅薔薇仮面参上!」

「え?」

 全員が驚きの表情で見ている間に祐巳はザルにカプセルを掬い、反対側のキャットウォークにカプセルを抱えて飛び移った。

「いたたたたた……」

 顔面打った。いった〜い。なんてモタモタしてる場合じゃない。

「『モーセの杖』はいただきました! それではごきげんよう!」

 大声で宣言し、祐巳は窓から外に脱出した。

「だから私は紅薔薇仮面じゃないっていってるでしょう! 早く降ろしなさーい!」

「裸でうろつくんじゃないよっ!」

 外まで中の大騒ぎが聞こえてくる。
 恒例の『お礼状』は蓉子さまが持っているので問題ない。
 後のことは蓉子さまと志摩子さんに任せ、祐巳はアジトに『モーセの杖』を持ち帰るのであった。



【コメント】

祐巳「祐麒たちを雇ったのはお父さんなんだよ。ごめんね、祐麒」

蓉子「『誰が得するんだ?』という状況になって申し訳ありませんでした。しかし、15歳の菜々ちゃんをプールに着き落として某条例でいちゃもんつけられたらたまらないので」








【誰得】(シリーズ名絶賛募集中)



 またやってしまった。目が覚めると見知らぬ他人の部屋。辺りを見回すと鏡に祐巳さんの顔が映っていた。
 精神と肉体が入れ替わりやすい特異体質のせいで現在福沢志摩子になっている。

「祐巳、藤堂さんから電――」

 着替えている時にいきなり部屋の扉を開けないでほしい。
 祐麒さんは電話の子機を持ったまま一瞬固まったが、次の瞬間。

「うわあっ!!」

 悲鳴をあげて慌てて扉を閉めて出て言った。
 悲鳴を上げたいのはこちらの方。ショーツを履き替えているところを見られたのだから。
 部屋に落としていった子機を拾い上げ応対した。あ、また乱入されたときに備えてショーツ履かないと。

「祐巳さん?」

「あ、志摩子さん? ごめん、今日持っていく物の確認とリリアンへの行き方教えてくれる?」

 普通もっとオロオロされるものだが、藤堂祐巳さんは案外普通にそう切り出してきた。
 行き方を答えると、藤堂祐巳さんはカバンをそのまま持って、祐麒さんにくっついて登校すればいいと言ってすぐに電話を切ってしまった。
 一緒に登校したがらない祐麒さんの後を追ってバスに乗り込んだら、祐麒さんはわざわざ前後も左右も空いていない席に腰掛けた。
 あとはM駅経由でリリアンに向かうだけである。

 ◆◇◆

 福沢志摩子さんに聞いた通りのバスに乗り、電車に乗り換える。M駅を目指していると、途中から祥子さまが乗ってきた。

「お姉さま」

 思わず声をかけると、ぎょっとしたような顔になってから、こう尋ねられた。

「祐巳なのね?」

 さすが着ぐるみの中の祐巳を見つけただけのお方だ。入れ替わって藤堂祐巳になっていてもちゃんと祥子さまはわかってくれた。

「志摩子は特異体質で、精神と肉体が入れ替わりやすいそうよ」

 電車に揺られながら祥子さまは説明してくれた。

「よくご存知ですね」

「私も昔、入れ替わったことがあるのよ」

「えっ、そうだったんですか? それって、ちなみに――」

「祐巳と出会って間もなくのことよ。でも、あの頃はまだ私たちの絆は弱かったから気づかなくても仕方ないわ。私も志摩子らしく演技していたし、今そうなったらすぐに気づかれるでしょうけれど」

 全然気付かなかった。フォローしてくれたけどヘコむなあ。

「数時間で戻るのはわかっているけれど、やっぱり違和感あるわね、その外見」

「そうですか?」

「ええ。私は外見だけを愛しているわけではないけれど、祐巳の精神には祐巳の肉体の方が合うと思うわ。祐巳の顔を見ていると安心できるもの。それに、その外見ではみんなに誤解を与えるから手をつなぐのもはばかられてしまうじゃない。祐巳の外見だったらいくらでも抱きしめてあげられるのに」

 祥子さまは不満気に言ったが、単純な祐巳はそれだけで藤堂祐巳である事なんてどうでもいいかなと思えてきたのであった。


 学校に着き、三年松組の廊下で由乃さんを捕まえた。
 事情を話し始めると由乃さんは既知の事だったらしく驚かなかった。

「また志摩子さんってば入れ替わったわけ?」

「そういえば、私も入れ替わったことがあるわ」

 由乃さんどころか蔦子さんまでそう言いだす。みんなが次々と入れ替わっていたのに気づけないだなんて、そんなに鈍いんだろうか、祐巳は。

「学年は一緒だし、数時間たったら戻るから。あ、それと。このことは志摩子さんは内緒にしたいみたいだから、あんまりいって歩かない方がいいと思う」

「そうなの? でも、みんな知ってるんでしょ、これ」

「実家の件もそうだったけど、志摩子さんの秘密はイコール周知の事実だけど、それを言わないのが友情ってもんよ」

 人差し指を立てて由乃さんはそう言った。

「そうなのかな?」

 クラスメイト達と別れ、三年藤組の教室に着いた。

「……というわけで、今日は志摩子さんと入れ替わっちゃったんだけど、内緒にしておいてくれるかな?」

 桂さんを捕まえて祐巳は事情を説明し、そう頼んだ。

「ああ、いつものやつね。別にクラスのほとんどが知ってることだからちゃんとみんなでフォローするよ。ね?」

「うん。志摩子さん本人にはちゃんと気付かなかったふりしておくから」

 環さんもそれに加わる。
 ここまで来ると志摩子さんはなんだか可哀想な人みたい。

「あら、もうちょっと余裕がありそうね。瞳子のところへ行ってくるわ」

「祐巳さん、誤解のないように話をしないと志摩子さんが瞳子ちゃんと浮気してるってことになっちゃうから気をつけてね」

「大丈夫だって」

 藤堂祐巳は心配してくれる桂さんに手を振って、二年松組の教室に到着すると瞳子を非常階段のところに連れ出した。

「お姉さま、白薔薇さまと入れ替わってしまったんですね」

 開口一番、瞳子は静かに言った。

「お、よくわかったね」

 さすが観察眼鋭いわが妹、と思ったらそうではないようだ。

「全然白薔薇さまになりきれてませんもの、わかりますって。それに以前、私も白薔薇さまと入れ替わったことがありますので」

 なあんだ、でも、こっちはちっとも気付かなかった。

「お姉さまと気まずかった頃のことです」

「ああ」

 今さら古傷をえぐっても得るものはないのでそこはスルーして。

「乃梨子ちゃんにも説明した方がいいかな?」

「乃梨子は今白薔薇さまと気まずくなってますから、触れない方がいいかと思います」

 それは初耳だった。へえ、あの年じゅう甘甘ラブラブの白薔薇姉妹が。

「珍しいね」

「乃梨子にもいろいろあるんですよ」

 瞳子はクラスが別になったとはいえ同学年だし、相談に乗っているのかよく知っているようだ。

「乃梨子ちゃんが? 『古寺仏像』の雑誌定期購読してデート代がでなくなったって事はないだろうし」

「その程度で気まずくなるわけないじゃないですか。ですから――」

「もしかして、妹問題?」

「もう、ご存知ならいちいちボケないでくださいよ。今のお姉さまは知らない人が見たら白薔薇さまなんですから、お笑いは自重なさらないと」

「ごめんごめん。でも乃梨子ちゃんもそうだったんだ」

 ピクリ、と瞳子が眉の形を変えた。うわ、口がすべった。

「お姉さま、ですからあの噂は誤解だと何回説明すれば――」

「や、やだなあ、瞳子。あの子のことは誤解だってわかってるよ。あの子じゃなくて、菜々ちゃんの友達の――」

 今度は赤くなって急に目をそらした。はは、姉の百面相が遺伝したみたい。

「お姉さまっ!」

 怒ったように照れるのって小笠原一族の伝統なのかな? 可愛くなってつい抱きしめて耳元で囁いた。

「瞳子がちゃんと紹介してくれるの、待ってるからね」

「その顔と声で言われても……何だか調子が狂いました」

 気が抜けたように瞳子は言って、藤堂祐巳から離れた。
 予鈴が鳴りそうなので藤堂祐巳は三年藤組に戻ることにしたのだが、この様子を第三者に見られていたとは気づかなかった。
 さて、周囲の体験談をまとめると昼休みぐらいには遅くても戻ることが多いという。
 入れ替わっている間は教室で大人しくしていようと思ったのだが今日の藤堂さんは生憎日直だったので、桂さんにフォローされ仕事をこなす。
 そうこうしているうちに、本当に昼前に元に戻った。

「おおっ、戻った!」

 黒板を拭いている最中に戻ったので、惰性で手を動かして由乃さんの顔から胸を撫でるように触ってしまい、平謝りしたというオマケがついた。

 ◆◇◆

 昼休み、講堂裏の桜の木の前。
 志摩子は乃梨子に呼び出されていた。

「どうしたの、乃梨子」

「志摩子さん、私は志摩子さんの事が好きです」

 私も、と答える前に乃梨子は早口でまくし立ててきた。

「だから、志摩子さんに私より好きな下級生が出来たなら、いつまでも妹の座にすがりつかずに潔く身を引こうと思うの。たとえその相手が親友でお姉さま持ちだったとしても、私は志摩子さんの幸せのために身を引き、全力で応援するね」

 あまりのことに志摩子の思考が追いつかない。
 祐巳さん、何をやったの?
 乃梨子は言うことだけ言うとロザリオを取りだした。

「これを、瞳子の首にかける日が来るといいね、志摩子さん。じゃあ、ごきげんようっ!」

 泣きながら乃梨子はロザリオを志摩子の手に返して走り去った。

「……って、ええええっ!!」

 白薔薇革命勃発! 藤堂志摩子、横死!(精神的な意味で)
 この誤解を解くのにかなりの時間を要したのだが、それは別の話である。



【コメント】

志摩子「『マリア様がみてる』誕生以来、乃梨子一筋なのに、ヒドイ」

乃梨子「白薔薇の将来が不安になるこのシリーズ、いかがなものでしょうか」








【彼女の将来が不安になる話】



 三月の卒業式に祐巳はお姉さまである祥子さまを送りだした。
 これから祐巳は由乃さん、志摩子さんとともにリリアン女学園高等部を引っ張っていく紅薔薇さまとして頑張ることになる。くじけそうなときはきっと妹の瞳子が支えてくれるはず。

 ……だったのになあ。

 それは新学期を迎えて一番始めの登校日、朝食を取っている時にお母さんが言ったことで明らかになった。

「祐巳ちゃんも高校生になったんだから、しっかりするのよ」

「は? お母さん、私、高校生になってもう三年目だけど?」

「何寝ぼけてるんだ? 昨日入学式に行っただろうが」

 祐麒にまで注意される。家族ぐるみでのドッキリをしかけられたのだろうか。
 バスに乗ってから定期券の日付が二年前になっているのを見つけて慌てて小銭を払ってバスを降りる。

「ごきげんよう」

 背の高い門をくぐって、マリア様にお祈りを済ませて、三年生の昇降口に向かうが下駄箱に「福沢」の苗字がない。

「祐巳さん、何やってるのよ。一年生はこっちでしょう」

 迷っていた祐巳を見つけた桂さんは一年生の下駄箱の方に引っ張っていく。連れてこられた一年桃組のところに「福沢」の名札の着いた下駄箱があった。
 どういうこと?

「ごきげんよう」

 連れてこられた一年桃組の教室には蔦子さん、志摩子さんがいる。
 本当に二年前に戻ったとでもいうのだろうか。

「祐巳さん、顔色が悪いみたいだけどどうしたの?」

 蔦子さんが聞いてきたが、だんだん事態が飲み込めてきた祐巳はそれどころではなくなっていた。
 どんなことがあっても祐巳は頑張っていける自信がある。でもそれは祥子さまというお姉さまが存在していての話。
 本当に二年前の世界に迷い込んだのだとしたら、祥子さまは存在していても祐巳のお姉さまではないのだ。

「祐巳さん!?」

 発作的に祐巳は教室を飛び出していた。
 向かったのは古い温室。
 一人で考えようと思ったのだ。

「誰?」

 中に先客がいた。あろうことかそれは小笠原祥子さまで、おまけにかなり不快に分類される表情をしていた。
 今最も会いたい人はお姉さまの祥子さま、でも、お姉さまではない祥子さまには一番会いたくなかった。
 踵を返して走り出そうとした時に手を掴まれた。

「は、離してくださいっ」

「待ちなさい、祐巳」

 はっとして祐巳は振り返った。
 そして、恐る恐る口に出してみた。

「お姉さま?」

 すると、祥子さまはみるみるうちに安堵の表情になった。

「よかった。あなたにも私達が姉妹だという記憶があったのね」

「お姉さまっ」

 祐巳が抱きつくと、祥子さまが抱き返してくれる。

「……あなたはどれぐらい未来の記憶を持っているの?」

「お姉さまが卒業されて、今日は紅薔薇さまとして登校する予定でした」

「では、私と同じくらいね。私は大学に行こうとしていたら高校生に戻ってしまっていて。とにかくいろいろ確かめようと思って登校したのだけど、不安になってここで休んでいたのよ。そうしたらあなたに会えたわ」

 二年前の世界。懐かしく遠い昔のようでもあり、ついこの前の出来事のような気もするのに、改めてやってくるととても不安な場所だった。
 瞳子だって存在しているのに祐巳のことを知らなかったりするし、みんなはよく知っている人のはずなのにまだ絆が出来ていなかったり。そんなところが非常に不安にさせるのだ。
 でも、たった一人、お姉さまの祥子さまを見つけたことで祐巳はとても安心できた。そして、落ち着いていろいろと考える余裕も生まれた。

「私たちは二人で未来から来たんでしょうか?」

「そうかもしれないわね。でも、戻る方法はわからないから一緒に探しましょう」

 予鈴が鳴る前に教室に戻ろうとして歩いているとマリア像が見えてきた。

「そうだわ、祐巳。いらっしゃい」

 手を引かれてマリア像前に連れていかれる。

「これをあなたに渡しておくわ」

 ポケットから出てきたのは元の世界では瞳子にかけたロザリオだった。

「ありがとうございます」

 祐巳は頭を垂れてロザリオをかけてもらった。元の世界より半年早いが二人は姉妹なのだ。異議などない。
 昼休みに祐巳は薔薇の館に向かうことにした。

「志摩子さん、薔薇の館行く?」

「は?」

 きょとん、として志摩子さんは聞き返す。

「ちょ、ちょっと祐巳さん。何言ってるの? 薔薇の館といえば薔薇さま方をはじめ、山百合会幹部のお姉さま方がいらっしゃる場所でしょう?」

 横で聞いていた桂さんが注意する。

「だから……あ、そうか、そうだった」

 志摩子さんはこの時期薔薇の館とは無関係だったのだ。ま、そのうち聖さまの妹になるはずだけど。

「もう、祐巳さんとぼけてないでこっちに来て一緒にお弁当を――」

「あ、ごめん。私、お姉さまと約束してるから」

「えっ!?」

 目を白黒させて何か言いたげな桂さんを残して祐巳は教室を飛び出した。
 薔薇の館に到着すると、祥子さまが待っていてくれた。

「ごめんなさい、遅くなりました」

「いいのよ。これからお姉さま方とは『初対面』ということになるから、うまくやるのよ」

 祐巳は黙ってうなずいて祥子さまの後に続いた。

「お姉さま方に私の妹を紹介します。一年桃組の福沢祐巳です」

 祥子さまの言葉に薔薇さま方は交互に祐巳と隣の人物を見る。
 右隣にいるのは祥子さまだが、左隣にいるのは由乃さん。
 由乃さんも今日が薔薇の館デビューだったらしく、二人で並べられて薔薇さま方に品定めされているのだ。

「今年も紅と黄は同時だったわね」

「まあ、めでたい事じゃないの」

「では、新しい仲間を祝して乾杯といきましょう。白薔薇さま、お茶お願い」

「なんで私が?」

 ムッとして聖さまが蓉子さまを睨む。

「当たり前でしょう。あなたは私たちの妹にまで先を越されたんですから。妹一人作れない半端な人間には発言権はないと思いなさい」

 ブーブー言いながらも白薔薇さまはお給仕をしてくれた。

「あ」

 小声だったが、確かに祥子さまが声をあげた。一体何だろう。
 気になったのでお弁当を食べ終わって校舎に戻る時にそっと聞くと、祥子さまはこっそり教えてくれた。

「聖さまは私が志摩子に申し込んだことで、志摩子が誰かに取られてしまうという衝撃から妹にしようという行動に移ったの。もし、私が志摩子に申し込まなかったら、二人はどうなるのかと思って」

 それは、志摩子さんの将来が不安になる話だった。
 授業中、祐巳は必死に考えた。
 でも、今さら祐巳がロザリオを返して、祥子さまが祐巳に申し込んでっていうことはできないし、かといって聖さまに志摩子さんを妹にしろと突っつくことは無理がある。そんな事をしたら意地でも聖さまは志摩子さんを妹にはしないだろう。
 掃除の時間になって、音楽室の掃除を終えた時だった。

「ごきげんよう。合唱部だけど、もうよろしいかしら?」

「はい、どうぞ」

 声をかけてきた人に祐巳は見覚えがあった。
 そうだ、彼女は蟹名静さま。一月には選挙に出て、ロサ・カニーナと呼ばれることになるお方。
 その時祐巳はひらめいた。
 静さまに祥子さまの役をやってもらえばいいのだ。
 祥子さまも了承し、祐巳は志摩子さんと静さま、両方と仲良くなって二人を引きあわせた。
 マリア祭が終わって、志摩子さんが薔薇の館のお手伝いに呼ばれる頃には微妙な三角関係になっていた。
 これを焚きつければ聖さまは志摩子さんを妹にするはずだが――。

「何にもないまま、夏休みになっちゃうだなんて」

「まあ、志摩子が聖さまのロザリオをもらったのは二学期になってからだから、学園祭などを利用して上手く立ち回ることにしましょう。その件はここまで。私は今日を楽しみにしていたのよ」

 夏休み、祥子さまは山百合会の仲間を小笠原邸に招待した。志摩子さんも誘ったそうが、山百合会の正式なメンバーじゃないからって辞退した。

「祐巳、アイスクリームが口の周りについているわよ。ほら」

 祥子さまは祐巳の口元をぬぐってくれた。

「あ、すみません」

「まあ、祥子ったら張り切って。蓉子が妬くわよ」

「私は今更妬くこともないわよ」

「そうですよね。蓉子さまの場合、やろうと思ったらいつだってできますものね」

「ゆ、祐巳ちゃん!?」

「ん? 聖、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない」

 楽しい夏のひと時になったが、祐巳の頭には志摩子さんの事が引っ掛かっている。
 志摩子さんがいない薔薇の館なんて、やっぱりつまらない。
 二学期になったら、本格的に焚きつけようか、どうしようか。
 なんて思っていたら。

「今日から志摩子は私の妹になったから」

 二学期は聖さまの爆弾発言から始まった。
 祐巳と由乃さん、志摩子さんの三人の一年生が無事にそろった。
 でも、聖さまは一体どういう気まぐれを起こしたんだろう。

「聖さま、どうして志摩子さんを妹に?」

 祐巳は聖さまと二人きりになったときそう聞いた。

「祐巳ちゃんのおかげかな」

 聖さまはそう言った。

「私ですか? 私、何もしてませんけど」

「してくれたのよ。自分では気づかないだけで」

「ええと?」

「祐巳ちゃんと祥子を見ているうちに、姉妹っていいなって思っね。それで志摩子にロザリオを渡したの。祐巳ちゃんたちがいなかったら、私は志摩子を妹にしなかったと思う」

 素早く聖さまは祐巳を抱き寄せ、耳元でこうささやいた。

「ありがとう」

 よかった。本当によかった。
 ウルッときてたら、背後でビスケットの扉が開く音が。現れたのは祥子さまだった。

「白薔薇さま。あなたがその気でしたら、私も志摩子を抱きますよ?」

 祥子さま、嫌味のつもりでしょうけれど、それは不発です。聖さまが笑ってます。
 なにはともあれ、これで一件落着。
 大事を成し遂げたのだから、元の世界に戻れるかも……。



 翌日。

「ごきげんよう、祐巳。元の世界に戻る手掛かりは見つかって?」

「お姉さまもないんですね」

 甘かった。
 今も二人で二年前の世界にいます。



【コメント】

志摩子「その後、静さまはどうなったのでしょう。嫌な予感しかしません」

祥子「こちらが巻き込まれる前に早く元の世界に帰してください」








【嫌な予感しかしない】

※ダーク&グロ注意!!
 耐えられない方は途中でも【ただ天胸熱】まで読み飛ばしてください!!



 薔薇さま方が卒業した三月。薔薇の館は祥子たち二年生と祐巳たち一年生の計五名となった。
 お姉さまのお姉さまが卒業した祐巳たちでさえ寂しさを覚えるのだから、お姉さまを送り出した新薔薇さま方の心労といえば相当なものだろう。
 特に一年生ながらお姉さまの聖さまを送り出した志摩子は気が抜けたようにぼんやりとしている。
 そんなある日のこと。

「あ、茶葉が切れてますね」

 買い出しに行きましょうか、と祐巳と由乃は申し出た。

「そうね、お願いしようかな」

「志摩子。二人だけでは大変でしょうから、あなたもいってらっしゃい」

「はい」

 祥子に促され、志摩子はぼんやりと立ち上がった。
 お金を預かって三人で近くのコンビニに向かう。

「茶葉と、ミルクと、それから……」

 祐巳と由乃はメモしてきたものをカゴに入れていく。

「志摩子さん、他に足りないものってあるかな?」

 ぼんやりと志摩子はコーヒーを見つめていた。
 聖さまはコーヒー好きだったけど、まさかコーヒー見て聖さまを思い出してるのだろうか、そうだとしたらちょっと重症かもしれない。祐巳は少し不安を感じた。

「志摩子さん、コーヒーはまだあるから、他のを――」

 由乃が志摩子の手を取って移動させようとした時、他の客にぶつかった。

「ごめんなさい――」

 その客の顔を見て由乃はぎょっとした顔になった。つられたようにそちらを見た祐巳も固まった。
 相手は背の高いやせた猫背の中年男性なのだが、全身真っ黒な服を着ていて、その顔色は青黒く、頬はこけ、唇は薄く、鼻と耳がとがっている。しかし、彼の特徴は何よりも目である。目だけが異様にギラギラしていて、宗教画に出てくる悪魔によく似ていた。

「いえ。こちらこそ失礼しました。お嬢さんたち、お怪我はありませんでしたか?」

 低い声で彼はそう言った。

「だ、大丈夫です」

 本能的に由乃は関わってはいけないと思ったのかそれだけ言うと彼の脇を通ってレジに向かおうとした。それに志摩子が続いたのだが。

「あ」

 志摩子はよろけて転びそうになった。それをすぐ脇にいた彼が支えた。

「危なかったですね、お嬢さん」

「ありがとうございます」

 魅入られたように志摩子が彼の顔を見つめていると、彼は話し始めた。

「お嬢さん、最近悩み事がおありでは?」

「悩み、ということは――」

「ここでお会いしたのは何かの縁です。いいものを差し上げましょう」

 彼が懐から取り出して志摩子の手に乗せたのは、薬のカプセルのようなものだった。

「辛い時や苦しいと思ったらこれをお飲みなさい。解放されますよ」

 にこりともせずに淡々と彼はいい、志摩子はそのカプセルをじっと見つめる。

「ちょ、ちょっと。そういうのやめてください」

 慌てて由乃が戻ってきて、志摩子の手からカプセルをひったくって彼に返す。

「お友達の分もありますよ」

「いりません。そんないかがわしいもの。いこう」

 由乃は手を引いて志摩子を連れてレジに行く。祐巳はちらりと彼を見てから二人に続いた。
 コンビニを出て薔薇の館に戻るまで由乃は彼の悪口を言い、志摩子は何も言わず、祐巳はエスカレートしないように相槌を打った。

 そんな事があった真夜中、志摩子は目を覚ました。
 言い表せないような不安な夢を見たのだが、内容は思い出せなかった。びしょびしょになるほどの寝汗をかいていて肩で息をする。
 落ち着こうと制服のポケットに入れておいたロザリオを探している時にそれを見つけた。

「カプセル……」

 これはあの時由乃が志摩子の手から奪って彼に返したものであった。

『辛い時や苦しいと思ったらこれをお飲みなさい。解放されますよ』

 不意にあの低い声が志摩子の心の中で再生された。
 催眠術にかかったかのように志摩子はそれをゆっくりと口に運んで、飲み込んだ。
 翌朝、志摩子は楽しそうに登校した。
 前日とのギャップを知る祐巳は驚いたが、落ち込んでいるよりはいいだろうと異変を追及したりしなかった。



 手術から三か月たった頃、由乃は夢である剣道部への参加を家族に訴えた。
 しかし、それまで運動らしい運動をしてこなかった由乃の運動部参加は現実的ではないと家族に止められ、引っ張り出された剣道の道場主の伯父に体力づくりがちゃんとできてからと言い渡されて、渋々それに従うことにした。
 由乃は夢のために一か月の間トレーニングを続けたが、気力は持っても体力は持たなかった。
 ある日、自宅近くをランニングしていた時のこと。

「あっ!」

 派手に由乃は転んでしまった。
 起き上がるが片方の足がおかしい。
 帰ったら令がやってきて由乃の体力などをチェックされる。その時に怪我がばれたらまた夢が遠のいてしまう。もし剣道のできない怪我だなんて言われたらどうしようと由乃は不安になってきた。
 家の近くまで足を引きずって帰り、家が見えたら何事もなかったような演技をして部屋に戻った。
 恐る恐る痛めた辺りを見てみると、赤黒いというか紫というかひどい色になっていて倍以上に腫れあがっている。
 とりあえず薬を、と救急箱を漁っていると見たこともないカプセルが一錠出てきた。
 正確には見たことがあったはずだったが、それをコンビニで、彼と志摩子とのやり取りの間に見たことなど忘れていた。

『辛い時や苦しいと思ったらこれをお飲みなさい。解放されますよ』

 何か心の声のようなものを聞いた気がした由乃はそれが特効薬だと思った。
 そして、ためらわずにカプセルを飲む。

「由乃、帰ったら道場に来いって言われてるでしょう?」

 令が部屋に入ってきた。

「ごめん、トレパンに泥が付いちゃったから、道場に行く前に着替えようと思って」

「転んだの? ちょっと、見せて」

 有無を言わせず令は痛めた辺りを見た。

「ん? 転んだわけじゃないんだ。綺麗だものね」

 痛めた辺りは痣や腫れどころかかすり傷一つなかった。

「だから汚れただけだって言ったじゃないの」

「それならいいけど。早くおいで」

 軽快な足取りで由乃は令に続いて階段を降りた。



 学年末のテストを控えたある日、祐巳は猛勉強していた。
 少しでも志摩子と由乃に追いついて、山百合会の一員として恥ずかしくない成績を修めたかった。
 今夜も英単語を必死に覚えるが、眠気に負けそうになってくる。
 こんな時はコーヒーでもとキッチンに入った時、砂糖の横にカプセルがあるのが目に入った。

『辛い時や苦しいと思ったらこれをお飲みなさい。解放されますよ』

「……風邪薬がこんなところに?」

 祐巳は無視してミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲んで、もう少し頑張った。
 翌朝。

「え?」

 バスを降りて銀杏並木を歩いていると悲鳴が聞こえてきた。
 怪我をしている生徒たちが逃げてくる。

「ど、どうしたの?」

「ゆ、祐巳さん! 危――」

 全部言わせてもらえずに桂さんは吹っ飛ばされた。

「桂さん!」

「あら、祐巳さん。ごきげんよう」

 背後から声がして、振り向いた瞬間祐巳は信じられなかった。
 声をかけてきたのが志摩子だと理解していたが、振り返って見れば志摩子は背中から真っ黒なカラスのような羽を三対も生やして飛んでいたのだ。
 それだけではない。手にはぐったりとしているリリアンの生徒を無造作につかんでいる。
 言葉を失った祐巳に志摩子は微笑んだ。それはいつもの慈愛に満ちたものではなく、妖艶さを併せ持つ冷笑だった。

「祐巳さんも薬をもらったのでしょう? どうして解放しなかったの?」

「薬って、何?」

「この前買い出しに行った時、あの方にいただいたじゃない。ポケットに入ってない? 探してみて」

「……何を言ってるの?」

 聞き返すが、答えの代わりに志摩子は掴んでいた生徒を祐巳の足元に放り捨てた。

「つ、蔦子さん!?」

 祐巳は足元の蔦子に呼び掛けたが反応はなかった。

「祐巳さんはこうはなりたくないでしょう? さあ、一緒に楽しいことをしましょうよ。私たちは三人一緒だって言ったじゃない。私たちはお友達、お・と・も・だ・ち・だ・も・の!」

 蔦子を気にする事もなく、志摩子は手を差し伸べる。

「酷い! なんでこんな真似をするの!? 何があったの? 今すぐ救急車を――」

「あら、祐巳さん」

 祐巳の目の前に飛び出してきた由乃は全身が豹紋のある毛皮で覆われていて、手の爪は鋭く、口元には牙も見えた。

「何やってるのよ。さあ、一緒に遊びましょう。ずっと仲良くしようって誓い合ったじゃない」

 呼びかけてくる由乃の表情は捕食動物が被捕食動物を見るそれであった。

「やめて! もう、こんな事はよして!」

 すると、由乃はため息をついた。

「祐巳さんにはこのよさがわからないだなんて、残念だわ」

「じゃあ、私たちは遊んでいるから、混ざりたくなったらその薬を飲んでいつでも入ってきてね」

 二人はそう言うなりマリア様のお庭の方に行ってしまった。
 他の生徒に蔦子と桂をまかせ、祐巳は追いかけた。

「いやあああっ!!」

「やめてえええっ!!」

「助けてえええっ!!」

「マリア様ぁああっ!!」

 そこは地獄のような光景だった。
 たくさんの生徒が血まみれになって泣き叫びながら逃げ惑い、あるいは倒れ、あるいは犠牲になっていく。
 騒ぎを聞きつけ現れた先生たちは志摩子が手をかざすと地雷を踏んだように飛ばされて倒れた。
 倒れた生徒を避難させようとしていた生徒たちは由乃が次々と仕留めていく。

「あああ……」

「由乃っ!」

 竹刀片手に令が現れた。

「ああ、令ちゃんじゃない。どうしたっていうの」

 笑いながら由乃は令の前に立った。

「こんな事すぐにやめな」

 厳しい表情で令は由乃を睨む。

「嫌よ。私は強くなりたくて、やっと夢がかなったのに。邪魔するなら、令ちゃんなんていらない」

 そう言って由乃は令の顔にロザリオを投げつけると同時に、令に襲いかかった。

「ぐ……は……」

 一目で致命傷を負ったとわかる惨状に祐巳は思わず顔をそむけた。

「祐巳さん。もし令さまみたいに邪魔をするなら、向こうに行っていて」

 見ると祐巳の目の前には志摩子が立っていて、手をかざしていた。

「ごきげんよう」

 次の瞬間、祐巳は地面に強く叩きつけられた。
 それは志摩子に飛ばされたのではなく、祥子が祐巳を抱えて近くの茂みに飛び込んだ時の衝撃だった。

「お、お姉さまっ!」

「間に合った……」

 そうつぶやくと祥子は目を閉じた。
 祥子の背中には志摩子にやられたと思われる深い傷があった。

「祐巳さんはお姉さまべったりなのね」

「うらやましいわ、まだお姉さまがいて」

 由乃と志摩子が近づいてくる気配がする。
 祥子はまだ息がある。二人から引き離して治療ができれば助かるかもしれない。しかし、あの二人に立ち向かうことは不可能だと周りの犠牲者たちが教えてくれている。

『ポケットに入ってない? 探してみて』

 ポケットを探るとカプセルがあった。
 これを飲めばあの二人と同じ程度の能力が得られるだろうが、それは同時にあの二人同様人間としての理性を失うことでもあった。

「……」

 しかし、これ以外祥子を救う方法がないのであればこれに賭けるしかない、祐巳は決めた。
 カプセルを飲みこみ、祥子の手をぎゅっと握ると二人の前に飛び出した。
 祐巳の身体が見る見るうちに鱗で覆われていく。

「アハ! 祐巳さんは鱗だ! かっこいいよ、祐巳さん!」

「さあ、私たちと一緒に遊びましょう」

「……お姉さまを守るお姉さまを守るお姉さまを守る……」

 理性が消えてしまわないように祐巳はそう唱えながら二人に飛びかかった……。

 ◆◇◆

 数日後、リリアンでは慰霊のミサが開かれることになった。
 山百合会で唯一の生存者祥子は入院先の病院から車椅子姿で現れた。
 事件は警察が捜査しているが、人知を超えた力で二人の生徒が暴れまわった事実を誰も説明できないでいる。
 遺影が並ぶ祭壇の中央には生徒を救おうとして立ち向かった令と祐巳の写真があった。

 同じ頃、某研究施設。
 全身を鱗で覆われた人型の生き物が牢に閉じ込められていた。
 その生き物は「オネエサマヲマモル」と鳴き続けているという。



【コメント】

祐巳「前にちょっと触れてたダークネタってこれ? いっそ死亡エンドの方がよかった」

由乃「まあまあ。死亡率の高い中世物語風シリーズが控えてるからそういう展開はそっちで」








【ただ天胸熱】(中世物語風)



 昔々の物語。
 紅薔薇帝国の皇帝には一人娘の祥子さまがおられました。
 祥子さまは美しく、賢く、何をやらせても人よりすぐれていたので、国民はもちろん、周囲の国々の王女や公女たちの憧れの対象でした。
 王女や公女たちは競って真似をしようとしましたが、うまくいかず、やっぱり祥子さまは凄いのだと噂し合いました。
 どうやっても祥子さまに叶わない王女たちはせめて祥子さまとお近づきになろうとしました。祥子さまはそれなりに親しく付き合ってくれましたが、心を許すお友達にはなりませんでした。
 そんなある日のことでした。
 祥子さまはその日、天気がいいので宮殿の庭を散策していました。

「あら、あれは何かしら?」

 ある茂みの横に祥子さまは奇妙なものを見つけました。
 好奇心に駆られた祥子さまは侍女の瞳子が止めるのも聞かずに茂みに近づきました。

「ぽ、ぽこ〜」

 茂みのところにいたのは二頭身の不格好なタヌキのような生き物でした。
 その生き物は怯えたように祥子さまを見上げています。

「祥子さま、こんなものは放っておきましょう」

 瞳子はそう言いましたが、祥子さまは一目見たときからその生き物が気になって仕方がありません。

「ごめんなさい。どうしても私はこの子が気になるの」

 祥子さまはそっとその生き物を抱き上げました。
 その生き物はしっぽにひどい怪我をしていました。

「可哀想に。今すぐ手当をしてあげましょう」

 そう言うと、祥子さまはその生き物を宮殿の医師に診せました。
 医師は本当はその生き物なんか診たくはなかったのですが、祥子さまのご命令なので恭しく治療しました。

「これでこの子の傷は治るのかしら?」

 包帯を巻かれたしっぽを見つめて祥子さまは尋ねます。

「朝晩薬をつければ治るでしょう」

「では、そのお役目は私が代わりに」

 と、瞳子が名乗り出たのですが、祥子さまはそれを制しました。

「この子は私が面倒をみます。薬も私がつけます」

「そのようなことは祥子さまがなさることではありません」

 瞳子は慌てますが、祥子さまは聞き入れません。

「これは皇女としての命令です。聞きわけなさい」

 そこまで言われ、二人は渋々引き下がりました。
 こうして祥子さまとその生き物の生活が始まりました。

「あなたの名前は祐巳にしましょう。祐巳、あなたは今日から私の妹よ」

「ぽこ〜」

 祥子さまは本当に姉が妹にするように甲斐甲斐しく祐巳と名付けたその生き物の世話を始めました。
 皇帝と皇后は皇女が気まぐれを起こしただけですぐに飽きるだろうと思って祥子さまの好きにさせておきました。

「優さん、この子は私の妹の祐巳よ」

 ある時祥子さまは許嫁で隣国の柏木優王子に祐巳を紹介しました。
 優王子は困惑しましたが、祐巳の世話を焼く祥子さまはとても楽しそうだったので、その場はとりあえず妹として扱いました。

「よろしくね、祐巳ちゃん」

「ぽこ〜」

 祐巳は事情を知ってか知らずか楽しそうでした。

 そうしている間に祥子さまは十八歳になりました。
 紅薔薇帝国では十八歳は大人です。
 祥子さまは大人になった証に親しくしていた王女たちを呼んでパーティーを開きました。

「皆さん、私が妹にした祐巳を紹介するわ」

 その席で祥子さまは祐巳を妹として披露しました。
 でも、王女たちから見れば祐巳は二頭身の不格好なタヌキのような生き物にすぎませんでした。

「オホホホ、祥子さま。これはなんの冗談かしら?」

「まあ、祥子さまったら趣向を凝らして」

「これは祥子さまのユーモアですか?」

 皆、冗談かさもなくば試されていると思って誰も本気だとは思いませんでした。

「冗談でもなんでもなく、祐巳は私の妹だと言っているのよ」

 真顔で祥子さまがそう言うので、皆はしんと静まり返りました。次の瞬間。

「祥子さま、お気を確かに」

「何かお辛いことでもおありになったんですか?」

「悪い魔女に騙されているのではなくって?」

 ありったけの同情と侮蔑と嘲笑を王女たちは祥子さまにぶつけたのでした。

「祐巳は私の妹よ! 祐巳を侮辱するなんて許さないわっ!」

 祥子さまは怒りだしました、けれど、それは王女たちを助長させました。

「お可哀想に、祥子さまはこの悪魔に取りつかれてしまったのね!」

「祥子さま、早くその悪魔から離れるべきです」

「小笠原家の周りの方々は何をなさっているの。祥子さまがこんな事になっているのに」

 見かねた瞳子が祥子さまと祐巳を連れ出しました。

「祥子さまがお変りになったのはあの悪魔のせいよ」

「あの悪魔は退治するべきだわ」

「聖剣であの悪魔の胸を突けば息の根を止められるかもしれない」

 王女たちは瞳子が祥子さまの周りのことをしている間に祐巳を連れ出す事に成功しました。
 そして、庭に連れて行くと、祐巳を縛り上げ、聖剣を取り出しました。

「この悪魔め! 私たちが退治してやるっ!」

 優王子は偶然それを見かけてしまいました。
 王女たちに歯向かえば戦争は避けられない、でも、優王子にとって祥子さまは許嫁。このまま見逃す事は出来ないのです。
 覚悟を決めて王女たちの前に出ようとした時、優王子の脇から祥子さまが飛び出しました。

「私の妹になんてひどいことをするのっ!」

 金切り声をあげた祥子さまは王女たちから祐巳をかばうように抱きしめました。

「悪魔をかばうだなんて、そこまで堕ちたのですか、祥子さま」

「祥子さま、悪魔と契約していよいよおかしくなったのですね!」

「それならば、あなたの信じる悪魔とともに滅びなさいっ!」

 王女たちは聖剣を祐巳をかばう祥子さまに突きたてました。
 次の瞬間、まばゆい光に包まれて、王女たちは吹き飛びました。
 それを見ていた優王子は何とかこらえましたが、何が起きたかわかりませんでした。

「……えさま、お姉さま」

 まばゆい光に包まれた祥子さまは優しい声に呼ばれてゆっくりを目を開きました。
 目の前には白い翼を広げた愛らしい笑顔の天使がいて、祥子さまを守るように翼で包んでくれていたので怪我ひとつありませんでした。

「……祐巳なの?」

 祥子さまは天使に向かって尋ねました。

「はい。私はお姉さまに助けられ、立派な天使に育てられたあなたの妹祐巳です」

 天使こと祐巳はそう答えました。

「そう。無事だったのね。よかったわ」

 安堵して祥子さまが言うと、祐巳は少し顔を曇らせました。

「私は一人前の天使になりました。これから天の国に帰らなくてはなりません」

「そんな!」

「今まで私を育ててくれたお礼に、私は一つだけお姉さまの願い事を叶えましょう。どんな願いでも、おっしゃってください」

 祥子さまは始めどうしていいかわかりませんでした。しかし、祐巳の顔を見ているうちに一つの事が浮かびました。

「私はあなたという妹が欲しいの。あなたという妹さえいれば、宮殿も皇帝の椅子も何もかもいらないわ。祐巳、私の本当の妹になって一緒に暮らしましょう」

 ちょっと困ったような顔をしてから、祐巳は天を見上げました。
 長い間そうしてから、祐巳は祥子の顔を見るとにっこりと笑いました。

「神様のお許しがいただけました。では、参りましょう。お姉さま」

 手を取ると、二人の姿は消えました。
 後に残されたのは、眩しい光に目をやられた王女たちと、その王女たちのそばで立ち尽くす優王子でした。

「僕は、一体ここで何をしていたんだろう?」



 しばらく経って、優王子はある豪商の家の前を通りかかりました。

「祐巳、早くしなさい。大奥さまに叱られるわよ」

「ごめんなさい、お姉さま」

 豪商の家から使用人の女が二人出てきたところでした。
 優王子は二人の事が気になって見ていました。

「王子、どうなさいました?」

「あの二人は?」

「ああ、あれはただの下女ですよ。王子ともあろうお方が気安く声をかけたなら、それだけで萎縮して寿命が縮むでしょうから、放っておくのが一番です」

 従者に言われ、それもそうだと優王子は立ち去りました。
 その後、祥子さまがどうなったのかは伝わっておりません。
 これでこの物語は終わりです。



【コメント】

祐巳「私が主役の話のはずなのにタヌキって(涙目)」

祥子「詰め合わせににおいしい思いを求めてはいけないわ。たとえ被害の少ない紅薔薇家シリーズだったとしても、よ」








【紅薔薇家の三女祐巳】(紅薔薇家シリーズ)【No:3061】



 リビングのテーブルで蓉子がいつものようにテキストを広げて勉強している。
 風呂上がりの祥子がぼんやりとしている。
 そこに風呂から上がったばかりの祐巳がやってきた。

「お姉さま、テレビ見ていないならチャンネル変えていいでしょうか?」

 黙って祥子はうなずくと、そのまま部屋に入っていった。
 祐巳はチャンネルを変えて蓉子の隣に座る。

「祥子お姉さまったら、どうしちゃったんでしょう?」

 瞳子は祐巳の横に座った。
 いつもであれば見ていないのに「見ている」と言い張ったり、ブツブツと文句を言いながら祐巳より熱心に見入ったりするのだが、一言も発しないとは珍しいことである。

「友達の家にお呼ばれしてご飯ご馳走になったのよ」

 蓉子がページをめくりながら答える。

「食あたり?」

 祐巳が聞くと、違うわよ、と笑って蓉子は顔をあげた。

「一家団欒にあてられて寂しくなっちゃったのよ。あれで家族思いなところがあるから」

 現在、両親は海外に住んでいるので皆その気持ちはよくわかる。

「その割には、よくお父さんとお母さんのこと殺しちゃいますよね」

 剣呑な物言いになってしまったが、祥子は言葉の上だけだが両親を亡きものとして扱ってしまう事がしばしばある。

「あれは寂しい思いの裏返し。いるんだけどここにいないって思うより、ずっといないんだってことにして憎まれ口叩いて我慢してるわけ。でも、たまに寂しくなっちゃってああなるわけよ」

 ぼんやりとして、心ここに非ずという感じだった。

「寂しいなら、部屋にいないでここにいればいいのに」

 髪を拭きながら祐巳が言う。

「これから見るドラマ、家族ものでしょう。見たら絶対泣くからよ」

 既にオープニングが始まって、お馴染の主題歌が流れてきた。

「えっ、でも祐巳お姉ちゃんがこの前テレビ見て泣いてたら思い切り馬鹿にしてたはずじゃ――」

「自分が泣く前に祐巳ちゃんが泣いてくれたから、それにかまってうまくコントロールできただけ。あれですぐ泣くんだから」

 そう言われても、瞳子の前で祥子はあまり泣いたりしないので、「はあ」としか言えない。
 祐巳は心当たりがあるのか、そういえば、という顔になる。

「小学校に入ったか入らなかったかの頃だったかしらね。お父さんとお母さんが一晩帰ってこられなくて、頼まれた知り合いの小母さまが来てくれたことがあったのよ。小母さまは小さい祐巳ちゃんと瞳子にかかりきりになってしまって、私たちはお姉ちゃんだからってほったらかし。そうしたら祥子ってば寂しくて仕方がないのかずっと泣いてたのよ。仕方がないから一緒の布団でその日は寝てあげたけど」

 懐かしそうに目を細めて蓉子は言う。

「そんなことあったかな? 覚えてないや」

 そう祐巳はつぶやくと、テレビに集中した。

「蓉子お姉さまは平気なんですか?」

 瞳子は聞いた。

「そりゃ、寂しくなる時はあるわよ。でも、そういう時はこうすれば頑張れるから」

 言いながら、蓉子は祐巳に抱きついた。

「お、お姉ちゃんっ!? 髪濡れてるってば!」

 不意打ちを食らって、祐巳の顔が赤くなる。

「祐巳お姉ちゃん、赤くならなくてもいいじゃない」

 横から瞳子が茶化す。

「じゃ、瞳子ともイチャイチャしようっと」

 標的が移り、蓉子は瞳子に抱きついた。

「お姉ちゃん、お酒も飲んでないのに酔っぱらいみたいだよ」

「いいじゃない」

 そういう話をしたから、蓉子も寂しくなったのかもしれないと思って二人はじゃれる蓉子をそのままにしておいた。



 寝る時間になって、祐巳は枕を持つと祥子の部屋の扉を叩いた。

「誰?」

 扉越しにか弱い声がする。

「祐巳です」

 祐巳は扉を開けてそっと顔をのぞかせた。
 祥子はベッドに入っていたが、眠っていたようではなかった。

「どうしたの?」

「その……テレビ見て、何だか寂しくなっちゃって、一人じゃ寝られないから……一緒に寝てくれないかな……なんて……あっ、迷惑だったらやっぱり、いいんだけど」

 感触がいまいちだったので退散しようかと祐巳が思った時、「仕方ないわね」と祥子がつぶやいた。

「いいわ。今日だけ特別よ」

 いらっしゃい、と言われて祐巳は祥子のベッドに入る。
 祐巳はふわりと祥子に包まれているようで気持ちがよくなった。

「ただし。いびきや歯ぎしりなんかしたら追い出してやるんだから」

「んもう、お姉さまったら。そんなことしないもの」

 それはどうかしら、と祥子は祐巳の頭をくしゃくしゃとかき回して笑う。
 シングルベッドだからちょっと狭くて二人は体を寄せ合った。

 お父さんお母さんには悪いけど、これって二人がいないからだよね。

 ちょっと甘えん坊になった祐巳は祥子にぴったりと寄り添って眠りについた。



【コメント】

蓉子「収録後、本当に祐巳ちゃんが寝ちゃったので瞳子ちゃんは紅薔薇仮面がいただきます」

瞳子「え、蓉子さまそれでいいんですか? ちょ、あの……アッー」








【先生、このタイトルでいいんですか?】



 紅薔薇家(すぐ上の話)収録後、祐巳が目覚める。

「ようやく目を覚ましたわね、祐巳」

「へ?」

 聞くと祐巳は祥子さまの手をしっかりと握ったまましばらく眠っていたという。

「これだけのSSに一気に出ると疲れるって本当ですね」

「あなたがぐっすり寝てしまうから、お姉さまが瞳子ちゃんをお持ち帰りしてしまったわよ」

「えー」

 祐巳が声をあげると。

「私が一緒じゃ不満なの、あなた」

 祥子さまの目が鋭くなる。

「お姉さまが一緒なら、不満なんてありませんよっ」

 祐巳がそういうと、ようやく祥子さまは「私、小笠原活火山」という表情ではなくなった。

「でも、どうして起こしてくださらなかったんですか?」

「あなたが気持ちよさそうにしてたからよ」

 少しそっけなく祥子さまは答えた。

「じゃあ、お姉さまは私が眠っている間、いったい何をなさっていたのですか?」

「それは……」

 突っ込まれて祥子さまは視線をそらした。

「もう、あなたには誰も変なことはしていないから心配しないで。撤収するわよ」

「はあ……」

 祐巳が眠っている間、動けず声もあげられなかった祥子さまが他の出演者のおもちゃにされていたという情報を第三者経由で知るのは後日である。


【コメント】

祐巳「最後の一行の詳細を知りたいと思う私はいけませんか?」

祥子「いけないに決まってるでしょっ!!」


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