【3431】 白い冬  (ex 2011-01-08 22:00:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」全5話

【No:これ】【No:3434】【No:3439】【No:3441】【No:3445】(完結)

※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズの番外編になります。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
※ 第2弾も【No:3404】から書いています。 こちらもよろしくお願いします。

※ この番外編は第1弾の2ヵ月後からはじまります。 第2弾より前のお話ですので、第2弾を読んでいなくても話は繋がります。
※ この番外編で重要な設定があります。 天国を信じている方からは怒られそうな内容になります。

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「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 〜序章〜



 新たな年が明けた。
 昨年、魔界のピラミッド事件で恐怖のどん底に落とされた東京も、このところぱったりと異空間ゲートが開くこともない。
 すべての人々が平和の尊さを喜び合った記念の年となった昨年。
 リリアンの薔薇たちも、それぞれ新たな決意で新年を迎えていた。

 水野蓉子には留学の話が持ち上がっている。 ケンブリッジ大学、オックスフォード大学など、欧州各国の有名大学が招致合戦をしている。
 鳥居江利子は、すでに休みの日には小笠原研究所に入り浸りになっており、高校卒業、大学入学を待って正式研究員になることが決まっている。
 佐藤聖はリリアン女子大への進学を決めたが、何か思うところがあるようで最近になってまた山梨通いを再開している。

 小笠原祥子は新たな魔法構築の研究に余念がない。 昨年繋がりのできた各国魔法・魔術協会との太いパイプを利用し、さらなる魔法の進化の可能性を探っている。

 島津由乃は過酷な鍛錬の日々を送っている。 相手は師匠・佐藤聖であったり、支倉令であったり、福沢祐巳であったり、藤堂志摩子であったり、とにかくありとあらゆる猛者を相手に鍛錬する毎日だ。

 福沢祐巳と藤堂志摩子はそれぞれの姉のアシスタントを務めながら、リリアンの守護天使として忙しい日々を過ごしている。
 すでに、学園の行事の中心として動くことの多い二人はリリアン幼稚舎から大学まで知らない人がいない、というほどの知名人となっている。

 そして、黄薔薇のつぼみ、支倉令。

 1月には新たな薔薇様の生徒投票が行われる。
 薔薇様となるための試練の投票であるが、今年度、つぼみの他に立候補を表明した生徒はいないため、事実上の信任投票となる。
 しかし、問題点が一つ。

 薔薇様となるには、薔薇十字所有者でなければならない。
 令は、すでに一年前に薔薇十字を授けられているため、その資格に問題はないが、昨年の魔界のピラミッド事件で黄薔薇の薔薇十字を失った。
 資格はあっても、それを示す薔薇十字がないことを令は気に病んでいたのだ。

 なにより、妖精王から預かった大事な薔薇十字を失ったまま、と言うことは責任感の強い令にとって、大きな心の枷となっている。
 妖精王は、全力を尽くして魔王たちと激闘を演じた令を慰労し、薔薇十字を失ったことについては一切責めはしなかったのだが、現世に十本しかない薔薇十字は魔界の脅威に対抗するための貴重な戦力であることに変わりはない。

 このため、昨年の秋、薔薇十字所有者全員で妖精王を訪ね、失った黄薔薇の薔薇十字の行方を尋ねた。
 その回答は予想どおりのもの。

 ただ一言、『魔界に在る』 と。

 そして、妖精王は令に問いかける。
「失った薔薇十字を取り返す気があるのか?」 と。

 当然、令は取り返すつもりである。 たとえその方法が言語を絶する過酷なものだとしても。
 そして、その方法があることを知って身が打ち震えるほどの喜びに包まれた。

 それを告げると、妖精王は 「わかっていた」 と頷き、魔界での薔薇十字探索に同行する戦士2名を妖精王自ら選択した。

 それが、福沢祐巳、藤堂志摩子の2名である。

 このことを聞いた小笠原祥子は激怒した。
 どうして自分が令の薔薇十字の探索行に同行できないのか、と。
 
 祥子の怒りももっともだ。 リリアンで最高の親友が困っているのにその手助けすら許されないなど、義を尊ぶ小笠原家の一人娘としても許しがたいことだった。

 しかし、妖精王は祥子を諭して言う。

 人間が魔界に侵入すること、それは魔界にとって、これまで魔界の魔物に侵入され蹂躙され続けた人間界と同じことだ、と。
 魔界は、決して侵入者を許しはしない。
 今回の探索行で最も重要なのは隠密行動。 そして、魔界の住人に発見されたときには極力戦闘を避け、逃げを打つことだ、と。

 祥子の得意とする魔法は、魔物の目に付きやすいのだ。 たしかに戦闘において祥子の魔力は絶大な武器となる。
 しかし、今回の行動は魔界を攻め滅ぼす、などということではない。

 派手な魔法は極力避け、しかも、発見された場合はすぐに逃げることの出来る脚力が必要になるのだ。
 その点、基本的な瞬駆しか行えない祥子よりも、よほど由乃のほうが役に立つ。

 リリアンの戦女神たちの中で最高のスピードを誇る祐巳と令、それに聖から”風身”の技を授けられた志摩子の3人しか魔界での薔薇十字探索行は成し得ないのだ。

 その事を妖精王から聞いた祥子は涙を流し令に詫びる。
 あまりにも魔法に特化してしまった祥子の最大のウィークポイント。 それが身体能力、とりわけスピードだった。
 まさか、こんなときにこれが足枷になるとは思わなかったのだ。

 しかし、こんなことでめげる祥子でもない。
 自分が同行できない、と知ったときは大きなショックを受けた祥子であったが、すぐさま別の方法で三人をサポートする手はずを整えていく。
 祥子は、小笠原魔法・魔術研究所の研究員を総動員し、特殊なアイテムの開発に取り組んだのだ。

 そして、その最大の武器が、3人が魔界で行動するときに着ることになる特殊スーツだった。

 このコマンダー・ドレス(特殊スーツ)には、繊維の一本一本に浄化呪文を練りこみ、魔界の瘴気を完全遮断することが出来る。
 そして裏地には、身体を防御する呪文『プロテゴ』を展開する特殊素材を縫い付けている。
 また、身体強化薬を結晶状にし、間接各部を守るプロテクターとして機能するようにしている。

 このほかにも、簡易携帯食料、ステルス・テントなど、魔界進入に必要なアイテムを次々に発明・開発していった。

 こうして、短期間の間に、魔界探索のための必要な準備が着々と進んでいった。



☆★☆★☆★☆

〜 1月4日(水) リリアン女学園 午前8時 〜


 早朝のリリアン女学園前。 5人の女生徒が正門前に集結していた。
 黄薔薇のつぼみ=支倉令、その妹=島津由乃。
 紅薔薇のつぼみの妹=福沢祐巳、白薔薇のつぼみ=藤堂志摩子。
 そして、最後に 紅薔薇のつぼみ=小笠原祥子。

「志摩子、そして祐巳ちゃん、ありがとう。 あなた達には感謝してもしきれない。 無理な相談に乗ってくれたこと、心から感謝する。 それに祥子、最高のサポートありがとう」
 直立したまま、90度に頭を下げる令。

「そんなぁ。 頭をお上げください、令さま。 仲間じゃないですか。
 令さまのために何か私達ができることがあるのなら、絶対にします。
 それは、令さまも同じじゃないですか? これまでに私たちにしてくださったことへの精一杯の御恩返しです。 ねぇお姉さま」
 祐巳はにこやかに笑顔で返す。

 「えぇ」、と祥子も笑顔を浮かべる。

「そうね、祐巳さんが一番令さまのお菓子を食べてたもの」
「う・・・。 だって、滅茶苦茶美味しんだもん」
「でも、いいわねぇ。 いくら食べても太らないんだから・・・」
「えへへ。 食べた分動いてるからね〜。 それは由乃さんもおんなじじゃない」
「そりゃ、あなたたち化け物に追いつかないといけないんだもの。 必死で鍛錬するわよ」

「あっはっは。 これから魔界に行こう、っていうのに、君たち3人はほんとに緊張感がないんだね。
 それが強さの秘密、なのかな?」

 志摩子、祐巳、由乃の3人がかしましくおしゃべりを始めたところで令が大声で笑い始める。
 祥子も、あまりにも明るく振舞う祐巳達を愛おしそうに見ていた。

「えへへ、そうなのかなぁ? でも令さま、どんな場所であっても信頼できる仲間が隣にいる。 だから私達は笑いあえる。 そうじゃないですか?」
「そうか・・・。 そうなんだね。 なるほど、祐巳ちゃんが強い理由、よくわかったよ。 じゃ、そろそろ行こうか?」
「「はい!」」

「祐巳さん、志摩子さん・・・。 令ちゃんをよろしくお願いします」

 急に真面目になった由乃が唇をかみ締めながら二人に頭を下げる。

「わたしも・・・。 出来るなら一緒に行きたかった。 でも二人に任せる。 私の分までお願いします!」
「うん! 任せられた! 大船に乗ったつもりで待ってて。 きっとすぐに帰ってくるから。 お姉さま、行ってまいります!」

 努めて明るく笑う祐巳に悲壮感は無い。
 それは、信頼する仲間が隣にいるからなのか、それとも由乃を心配させまい、という心遣いなのか。
 祐巳の様子を黙って見つめる令にも、その答えは見つけられなかった。

 そして祥子と由乃は、ただただ黙って三人を見送るのだった。



 年末にシスター上村に休暇中の学園登校を申請していた3人は背の高い門をくぐりぬけ、古い温室に向かう。

 魔界探索へは、妖精界にある魔界との最接点から進入するのだ。

「ロサ・キネンシスたち、待ちくたびれてるんじゃないかなぁ?」

「お姉さまたちは、昨日から既に妖精界内の異空間ゲート安定に取り組んでるからね。
 それにしても、この世界の構造が5重のサンドイッチみたいなものだ、って聞いたときには驚いたよ」

「はい。 まさか天界と魔界が同じ次元に存在してるとか、考えても居ませんでした。
 でも、天使が堕天使に堕ちたこともある、と言うことならやはり同じ次元、ということなのでしょうね」

「で、その中間に次元を分けるように人間界と妖精界があるってことですよねぇ・・・。
 妖精界にも天界に近い妖精界と魔界に近い妖精界がある、とかびっくりです」

「でも、そのおかげで、ますます妖精と親密になった気がするじゃない。 祐巳ちゃんの守り神のティターニア様は、天界に近い妖精界の女王、ってことなんでしょう?」

「はい。 それと、人間の赤ちゃんが最初に笑ったときに生まれ出る精霊も、すべて天界に近いほうに居る、ってことでしたね。
 わたし達が知っている妖精界って、半分だけだったんですね〜」

「魔界に近いほうの妖精界の妖精たちはものすごい苦労をしているんでしょうねぇ・・・。
 妖精は本当に現世を守るために必死で戦ってきてくれたんですね」

「その妖精たちの苦労を無にしないために、お姉さまたちは今異空間ゲートを安定させてる。
 お姉さまたちのあの覇気の強さが無ければゲートの安定はできないからね。
 でも、探索行に同行できない、って知ったときのお姉さまのがっかりした顔、あとで冷や汗が出たよ」

「あはは。 江利子さま、『令の十字剣は私が絶対に見つけ出してあげるわ』 って、言ってましたもんね〜。
 江利子さま、ああ見えて、令さまのことがほんとに大事なんですね」

「それに、妖精王さまからも、『探索行は次代を担う薔薇十字所有者に任せよ』、って言われていますし。
 わたし達がしっかり令さまを支えます。
 さぁ、令さま、行きましょう!」

 校門から古い温室までおしゃべりをしながら進んできた3人であるが、いよいよ目前に温室が。

 令は、預かってきた鍵で温室のドアを開ける。 真冬だというのに、心地よい暖かさが三人を迎える。

 温室の中央には堂々とした樹木妖精、エルダーが静かに立っていた。
 祐巳は、自身の薔薇十字を取り出し、エルダーの表皮に押し当てる。

「エルダー様、お久しぶりです。 薔薇十字捜索のため妖精界への階段をお開きください」
 祐巳は目を閉じ、心でエルダーと会話をする。

「エルダー様も、頑張って行って来なさい、って。 あなたたちなら出来る、って言って下さってます」

 樹木妖精エルダーの大きな根が分かれ地下への階段が姿を現す。

「うん、そうだね。 わたしたちならきっと出来る。 それにとても多くの人たちの支援を受けているんだ。
 成功させなければ罰が当たっちゃうよ。 でも、ほんとにみんなには感謝しても仕切れない」

「令さま〜。 それはもう言いっこなし、ですよ! 私たちはみんな令さまの笑顔が見たいんです。
 好きな誰かのために全力を尽くすことが出来る。 これほど嬉しいことは無いんですよ」

「あはは。 そうだね。 うん、もぅ言わないよ。 ただやるのみ。 祐巳ちゃん、志摩子、よろしく!」

「「はい!!」」

 再度心を一つにした3人は、地下深く階段を下りてゆく。
 妖精王に会うために。 そして、失った薔薇十字を、いや、令の本当の笑顔を取り戻すために。



☆★☆★☆★☆

「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「薔薇十字捜索作戦」 ☆ 第一話 『魔界へ』 ☆

〜 1月4日(水)12時  妖精界(魔界側) 最下層 -魔界との最接点- 〜


「お、やっときたね」

 妖精界の最下層、コキュートス河の川岸で令、祐巳、志摩子の3人、そしてチャリオットを操るクー・フーリンを迎えたのは、3人の薔薇様方。

「お姉さま方、お待たせしました」
 令が深々と頭を下げる。

「ううん。 時間どおりよ。 問題ないわ。 ただ、私たちの準備が意外に早く済んだのでちょっと暇だったけど、ね」
 ロサ・キネンシス=水野蓉子が笑いながら答える。

「なにせ、江利子のやる気がすごくて。 ・・・。ほんとうにいつもこれくらい真剣に取り組んでくれたら、山百合会の活動はもっと楽だったのに・・・」
 と、愚痴を言いながら冷ややかに江利子を見つめる。

「仕方ないじゃないの。 一緒に行けない不満をぶつけてたんだから。 
 ・・・それに、私が令にしてあげられることはこれが最後。 最後くらいお姉さまらしいことをしたいわ」
 蓉子に答えたのは、ロサ・フェティダ=鳥居江利子。

「お姉さま・・・」
 令が感激に満ちた顔で江利子を見つめる。

「ねぇ、令。 わたしはあなたのことがこの世で一番大事だったわ。 だから危険なことはさせたくなかった。
 あなたが居なくなったら私はどうしてよいかわからないもの。
 でもね。 もうそんなことは言わないわ。 腕の一本や二本、切り落とされたとしても必ず薔薇十字を取り返してきなさい。
 最後に心から笑うあなたの笑顔を私の高校卒業の餞別に頂戴」

「あっはっは、こりゃきつい注文だ。 令、しっかり頑張りなさい。 祐巳ちゃん、志摩子、しっかり令をサポートするんだよ」
 あいかわらず明るく振舞うのは、ロサ・ギガンティア=佐藤聖。

「はい!」 「わかりました」
 祐巳と志摩子も、笑顔で聖に答える。

「じゃ、二日後にまたゲートを開けるからね。 どんなことがあっても48時間後に、転送地点に帰ってきなさい。
 時計は合わせてるね? 幸運を祈る。 君たちなら成功すると信じているよ」

「では、3人、私たちの薔薇十字で描いた三角の中央部に立って。 転送するわよ」

 3人の薔薇様方が10mほど離れて3角形を作る。 そして自身の前にそれぞれの薔薇十字を掲げる。
 3本の薔薇十字から圧倒的な量の覇気が流れ出し、3本の薔薇十字をそれぞれ結び、強力な結界のような光に満ち溢れる。

「転送した先は安全そうなところを選んでるけど、どっちにしても魔界よ! どんな危険があるかはわからない。 気を引き締めていきなさい!
 行くわよ! ”ローズ・エクスクラメーション!!”」

 バチバチバチバチィィイイイ!! と紫電のような光をあたりに放ち、三角の結界が急激に細くなり、すぐに消えた。

「うまくいったようね。 あとは3人の成功を祈るだけだわ」
「成功するに決まってるじゃない。 私たちのあとを継ぐ薔薇なのよ。 これほど信じられる子たちはいないわ」
「あはは。 確かにそうだ。 ・・・ あっ!」

 急に叫び声を上げた聖を不審そうに見つめる蓉子と江利子。
「どうしたの? 聖。 何か気になることでも?」

「うん・・・。 最後に祐巳ちゃんを抱きしめようと思っていたのに・・・。 うっかり忘れた」

「「こんなときに、馬鹿なこと言わないの!!」」
 ゴキッ!! 久しぶりに蓉子と江利子のタッグによる拳骨が聖の両頬を打ち抜いた。



☆★☆★☆★☆

〜 1月4日(水)12時  魔界 -妖精界(魔界側)との最接点- 〜


 ブウゥゥゥゥゥゥウン・・・。 と、わずかに空気を震わせる振動を残し、異空間ゲートが閉じてゆく。

「ここは・・・? もう魔界に着いたのかしら?」
 
 手を取り合って蹲る3人の中で、まず周囲を見渡しながら呟いたのは藤堂志摩子。

 あたりは、薄暗く冷たい空気にさらされた小高い丘の頂上付近だった。
 見たこともない捻じ曲がった枝を持つ木々・・・。 分厚い葉を持つサボテンのような植物。

 しかし、運のいいことに、周りに魔物の姿は見当たらない。
 よく見れば、丘の下のほうには分厚い雲が幾層にも重なっているのが見える。

「ここ、魔界みたいだねぇ。 それもかなり高度がありそう。 瘴気の雲だよ、あそこに見えるの。
 覚悟はしてたけど、あんまり気分のいいところじゃないね」
 注意深く辺りをうかがっていた祐巳が呟く。

「とりあえず、いきなり魔物との戦闘、とかにならずにすんで助かったよ。 でもここが魔界だとしたら、どのあたりになるんだろう?」
 祐巳と同じように周囲を見渡し始めた令も思案顔だ。

「ちょっと待って下さいね。 魔界でもこれが動くことを確認しとかないと・・・」
 と、祐巳がアナライズシステムのマッピングボタンを押し、周囲を歩き始める。

「お〜。 ちゃんと動く! よかった〜。 これで動き回っても迷わずここに帰ってこれます。
 じゃ、目印に基準杭を打ち込んでおきますね」

「それにしても、こんな場所とはねぇ・・・。 薔薇十字があるのはこの雲の下か・・・。 どうなっているかわからないけど、近ければ助かるね」

「妖精王さまの探索能力でこの付近、っていうことですから50〜60km以内じゃないでしょうか。
 あんまり遠くだと、往復するだけで2日なんてあっという間ですからね」

「じゃ、祐巳ちゃん。 早速、優秀なガイドさんをお願い。 で、どっちの姿で現れるのかな?」
「はい、基本は祐麒で。 マルバス本体になるのはいざと言うときだけにしたいです。 まぁ、どっちにしても力自体は変わらないので小声でおしゃべりできる祐麒のほうがいいでしょうし」

 祐巳は、ポケットから眼帯を取り出し、左眼に装着する。 そして小さく一言。

「祐麒。 出番だよ。 あなたの力、私に貸して」

 祐巳の眼帯から金色の糸が流れ出したかと思うと、祐巳と瓜二つの少年の姿に変わる。

「やれやれ。 やっと着いたのか。 祐巳、ここから先は俺の指示に従ってもらうぞ。
 これでもかつては ”地獄の大総裁” と呼ばれてたんだ。 まぁ、目立たないように隠密行動で行くけどな。
 で、どこだ? ここは?」

 祐麒=マルバスはあたりを見渡す。

「ふ〜ん。 シナイ山から北・・・ アカバの近くか・・・。
 なるほど。 ここからなら紅海もイスラエルも近い・・・。 かなりの危険区域だ。
 魔界のピラミッドは現世でいう、アカバ湾の北に浮いていたからな。
 令さんの薔薇十字は魔界のピラミッドのどこかに引っかかったままここに落ちてきたようだ。
 ここから北へ約50km。 ミツベラモンの付近だ。 山岳地帯と砂漠地帯が続く。 かなり強行軍になるな」

「祐麒、令さまの薔薇十字、見えるのね?」

「あぁ。 その薔薇十字はたしかにそこにある。 だが、あまりいいところじゃないぞ。 魔物が傍にいるようだし、不味い事にイナゴが周りをうろついている」

「イナゴ?! なにそれ?」
「イナゴを知らないのか? え〜っと、バッタみたいな虫で・・・」
「ちっが〜う! なんでイナゴが魔界に居るの、って言ってるの」

「ん? 魔界にも蟲はいっぱいいるぞ。 魔界でも生物のほとんどは現世とあまり変わらない。
 ただ、現世ほど甘い環境じゃないからな。 どの生物も苛酷な環境で生き抜くために特殊な力を持っている。
 見た目が同じようだからと言って現世の生物と同じように思っていると酷い目に会うから気をつけろ」

「・・・ どんなふうに違うの?」

「そうだな・・・。 現世のバッタは人間を食わないだろ? でもここのイナゴは、集団でワードックなんかを襲う。
 あの硬い皮膚を食いちぎって体を中から食い荒らすんだ。
 祐巳みたいに柔らかい皮膚だと一匹食いつかれただけでアウトだな。 体の中までイナゴだらけになる。
 まぁ、俺がそんなことは許さないけどな」

「うわ・・・。 気持ち悪〜い。 で、イナゴが傍にいると、どうしてあまりいいところじゃないのかな?」

「つまりな・・・。 イナゴを支配する大王。 破壊王・アバドンが傍に居る、ってことだよ。
 さすがに俺もアバドンとは喧嘩はしたくない。
 あいつ、見境無くなんでも食い荒らすからな。 現世でもイナゴの大群が農産物を食い荒らすだろう? あれと同じ、っていうかもっとたちが悪い」

「・・・。 なんか、いや〜な予感がするんだけど」

「あぁ。 アバドンが通った後は、魔獣だろうが植物だろうがすべて食い荒らされ、不毛の土地になる。
 魔界の中でも、最悪の厄災の一つなんだ。 
 蝿の王、ベルゼブブ=大食の厄災と、イナゴの王、アバドン=破壊者。 この二人だけは魔界でも近寄りたくないと思っていたな、俺は。
 それほど恐ろしいやつだ。
 奴の部下のイナゴは、鉄の胸当てを纏っている。 狼のように鋭い牙も持っている。 おまけに尻尾には毒針がある。
 それがうじゃうじゃ居る上に、しかも、そいつらは獲物を食い荒らすのに殺さないんだ。
 生きるか死ぬかのギリギリのところで止める。 のた打ち回って苦しむのを見るのが好きなんだよ」

「気持ち悪いねぇ・・・。 でも、薔薇十字のそばにイナゴがいる、ってことはイナゴと戦うことになるんでしょう?」

「そうだな・・・。 イナゴに見つかるのは仕方ない。 イナゴに見つかっても数百匹なら簡単に叩き潰せる。
 でも、アバドンには見つからないように行くしかない。 
 アバドンに見つかったが最後、数百万のイナゴが襲い掛かってくる。
 だから、極力注意して行くぞ。 派手な行動はしないこと。 攻撃魔法は使うなよ」

「わかった。 でも50kmも先なんでしょ? 見つからないように行くのも一苦労ね」
 祐麒=マルバスの説明を聞きながら、祐巳は何かを考えているように呟く。

「あの、祐麒さん、ここから、そのミツベラモンまでの間に、魔物は出ますか?」
 志摩子が不安そうな顔で祐麒に尋ねる。

「あ、志摩子さん。 こんにちは」 と、ちょっと照れた様子で祐麒。

「ここは、魔物はまぁ多いほうです。 一番多いのが ”グール”と、”グーラー” かな。
 人型のハイエナって感じです。 まぁ、どっちにしても、志摩子さんの敵じゃないです。
 次が、”マンティコア” です。 こいつはオルトロス並みには強いです。 こいつら、群れで出てくるのでなるべく戦わないようにしたいところです。
 それと群れからはぐれたやつは岩や木に擬態することがあるので十分気をつけてください。
 あとは・・・。 ”ロック鳥” ですね。
 俺が軍団を持っていたときには航空戦力としても使用していた鳥です。
 でかくて強い。 それと、群れから離れ、荒野をうろついているロック鳥を見たらすぐ隠れたほうがいいです。
 好奇心が強くて何でも掴んで飛ぶ癖があります。  まぁ、戦闘能力自体もとんでもなく高いのですが・・・。
 こいつなら知能も高いので俺の姿を見たら近寄ってこない・・・、ってこの格好じゃダメか。
 砂漠でこいつに見つかると逃げ場がないからな。
 祐巳、ロック鳥が出たときだけでも、元の姿に戻っていいか? こいつから逃げ切るのはきついぞ?」
 
「祐麒、なんでそんなに志摩子さんのときだけ敬語になるのよ」

「うぉ?! 突っ込むとこ、そこか!
 いや、祐巳はタメ口でいい、って言ったけど、志摩子さんからは言われてないからな。
 それに、志摩子さんには敬語を使わないと、なんでだかあとで、冷や汗が出るんだ」

「ふ〜〜〜〜〜ん。 まぁ、いいけどね。
 あぁ、そうだ祐麒、いいこと考え付いた。 薔薇十字があるとこまで、ロック鳥に乗って飛んでいこう。
 ひとっ走り行って一匹、・・・一羽かな? 捕まえてきてよ」

「ブッ! 馬鹿かお前! さっき俺、アバドンが傍に居る、って言ったよな。
 ばれずに傍にいかないと、危険なんだよ! 隠密行動をとるんじゃないのか?」

「そうも言ってられないみたい。 ほら感じない? この気持ち悪いオーラを出す生き物の感覚・・・。
 その瘴気の雲海から上がってくる。 これ、まともじゃないよ。 オルトロスどころの力じゃない。
 魔王並みの存在がジワジワ上がってくる。 ・・・ こんなもの、感じたことがないよ。 なんなの?」

「むっ・・・。 いや・・・そんなはずはない。 ここは地上だ。 しかも丘の上。
 あいつらの縄張りじゃないはずだ・・・」

 祐麒は、眼力に力を込め、岩場の下、瘴気の雲の中を伺う。

「・・・。 まいったな・・・。 間違いない。 祐巳の言うとおりだ。 とんでもないやつらが上がってきている」

「祐麒くん、一体なんだって言うんだい? あなた、魔界では相当な地位に居たはずだろう?」

 顔色を変えた祐麒に、心配そうに令が尋ねる。 尋常ではない汗が祐麒の顔面を滴り落ち始めた。

「あぁ。 かつては36の軍団を従えた魔界の大総裁。 それが俺だ。 だが、こいつらは・・・。 存在そのものが俺たちとは違うんだ。
 お互い、縄張りに入り込むことは無かったんだがな。 そうか・・・。ソロモンの支配がなくなったことでこんなとこまでこいつらが沸いて出てきた、ってことか」

「いったいなんなの? 祐麒!」

「こいつらは・・・。 俺たち堕天使や魔族、天界に居る天使たちが存在する前からこの地球に居たもの。
 古の神族の成れの果て・・・。 いや、宇宙から飛来した旧支配者の眷属たちだ。 
 名前だけは知っているだろう? ”クトゥルー” を首魁とする ”古きものたち” だよ。
 この下に居るのはそいつの眷属たちだ。 何を考えてるのかわからない奴らさ。
 いや・・・。 単純すぎる思考なのかもしれない。 ただ目の前にある存在を喰らいつくす。
 恐ろしいことに、自分が殺されそうになってもこっちに敵意をむき出しにしてくることが無いんだ。 逃げもしない。
 殺意も何も無く、ただ喰らう。 逆に自分たちが狩られても平然と死を受け入れる。 生に執着しないのさ。 不気味だろう?」

「うぁ〜。 たしかに嫌な感じ。 だから、ね。 祐麒、お願い。 空を飛んで行こう!
 私たち3人でここで待ってるから。 祐麒が帰ってくるまで、見つからないように隠れておくからさ」

「ふぅ〜。 しかたないな。 えっと、ロック鳥は・・・っと。 ふむ・・・。 一時間ほど時間が掛かる。
 ちょっと距離があるからな。 まぁ、戦いになったとしても祐巳の相手には不足かもしれないが、絶対に攻撃魔法は使うなよ。
 ここからはエジプトも近いんだ。 オシリスなんかが出張ってきたらやっかいだぞ」

「わかった。 できるだけ身を潜めてやりすごす。 魔法は使わず、仕方ない場合だけ上がってきたものだけを倒す、ってことね。
 あ! 令さま! ステルス・テントがあったじゃないですか。 それに入って待ってましょう」

「いや、祐巳、普通の魔界の生物ならそのステルス・テントは有効だけど、こいつらにはそれは無意味だ。
 何も考えず、絨毯をひくように無差別攻撃してくるからな。 それより、岩場に潜んでいたほうがいい」

「うん、わかった。 ありがとう祐麒。 じゃ怪我しないでね。 頑張って!」

「おぅ! じゃ行ってくる。 祐巳たちも気をつけるんだぞ!」

 祐麒は、祐巳に一声かけると、小さなツバメに姿を変え、上空高く舞い上がる。

「さすがだね。 祐巳ちゃんの言うことはほんとに従順に聞くんだねぇ。 魔王・マルバス。 ここで彼ほど頼りになる存在は居ないね」
 令が感心したように言う。

「でも、祐巳さん、ツバメに姿を変えられるんなら、祐麒くんがそのままロック鳥に姿を変えてわたしたちを運べばいいんじゃないの?
 無理に本当のロック鳥を探しに行かなくっても・・・」

 と、頭にクエッションマークを浮かべながら志摩子が祐巳に問いかける。

 ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・。 と、まるでロボットのように志摩子を振り返る祐巳の顔は真っ青だ。

「し・・・、志摩子さん・・・。 今になってそれを言う? ねぇ。 人生には取り返しのつかないこと、ってきっとあるのよ・・・」

「祐巳さん・・・。 ごめんなさい。 私が間違っていたわ。 そうよね・・・。 人生うまくいくばかりとは限らないもの、ね」

「あんたたち、ほんとにそれでいいのか・・・」

 祐巳と志摩子の二人、いやマルバス=祐麒を含め、3人を信頼していた令はがっくりと肩を落とす。

(由乃の心配はこれだったんだね。 天然ボケ3人衆・・・。 マルバスもこんなとこでボケなくてもいいのに・・・)

「ま・・・、まぁ令さま、本物のロック鳥で飛べば、上空で祐麒が魔界のガイドをしてくれますので・・・。 ね? それで許してくれませんかぁ?」

「ぷっ・・・、くくくっ・・・。 あーっはっはっは。 まいった。あなたたち、魔界でもその調子なんだね。
 力が入りすぎてたんだね、わたし。 うん、わかった、気楽に行くよ。 あせってもはじまらない。 
 それに、薔薇十字のありかはわかったことだしね。 じゃ、とりあえず戦闘準備だけ備えて岩陰に入ろう」

「「はい!」」

 祐巳と志摩子は薔薇十字を顕現し、あたりを警戒しながら岩場の中に潜む。
 そして、令は祥子から貰った刃渡り3尺を超える野太刀を背負いなおし、祐巳と志摩子を守るように岩場の入口に立つ。

「令さまもこちらに」 と祐巳が呼ぶが、令はにっこりと微笑みながらその誘いを断る。

「ありがとう、祐巳ちゃん。 でも、どうしてかなぁ・・・。 わたしって他の人を守るためだと力が出せるのよ。 小さな頃から「由乃を守りたい」、ってその想いだけでここまで強くなれた。
 由乃はそれが嫌だったみたいだけどね。 ふふっ、私の悪い癖、とでも思ってくれればいいよ」

「はい。 でも令さま、その令さまの優しさを一番わかっているのは由乃さんなんですよ。 だから悪い癖なんかじゃありません」

「うん、ありがとう。 実はこうして守りのために立つ自分、っていうのがけっこう好きなの」

「ではお任せします。 私たちも何かあったらすぐ飛び出しますから・・・。 それと、これ、使って下さい」

 祐巳は令に一本の白い布を差し出す。

「これは・・・?!」
 令は受け取ったものをじっくりと見た。

 それは、一本の真新しい白いハチマキ。

『令ちゃん、ガンバレ!』

 何度も見てきた最愛の従妹の文字が裏地にしっかりと書かれていた。





【あとがき】

 「マホ☆ユミ」シリーズを読んでくださっている皆さま、いつもありがとうございます。
 第2弾、第1部で予告したとおり、番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 を書いてみました。
 この番外編では、そもそも、この物語を構成する重要な世界の構造について書いています。
 魔界とは、妖精界とは、そして天界とは。
 薔薇十字の謎についても書くことになると思います。
 5話くらいで完結させる予定です。 よろしくお願いいたします。

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