【3445】 愛の光を浴びて  (ex 2011-01-26 22:22:22)


「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 全5話
【No:3431】【No:3434】【No:3439】【No:3441】【No:これ】(最終回)

☆★ シリーズの流れ ★☆

「マホ☆ユミ」 シリーズ 第1弾 「祐巳と魔界のピラミッド」 全43話+アフター
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:3339】【No:3341】【No:3348】【No:3354】【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】 +アフター【No:3401】

「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 全5話
【No:3431】【No:3434】【No:3439】【No:3441】【No:これ】(最終回)

「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 第1部 「マリアさまのこころ」 全10話
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

※ 初めてこのシリーズを読まれる方は、第1弾→番外編→第2弾 の順で読まれることをお勧めします。

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「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 ☆ 第五話 『日のあたる場所』 ☆



〜 1月6日(金)10時  魔界 -異空間ゲートの西50km- 〜

 祐巳と志摩子、令の3人は黄薔薇の十字剣、”星皇刀・エリマエルシュ” を取り戻した後、祐巳の浮遊呪文、”レビテト” と、志摩子のホーリー・ブレストの翼により、地上に飛んだ。
 地上に飛び出した3人を救い上げ、魔都・ミツベラモンを脱出したのは、”ルフ” に姿を変えたマルバス。

 祐巳がタリスマンで薬を作っている間に、一人下水網を抜け出したマルバスは、月が天空の頂点に来る時間を見計らい、壊れた下水網中央広間の上空に飛んできたのだ。
 ”ルフ” が深夜に狩をするのは珍しい。 
 本来なら昼間の間に行いたい作戦ではあったが、そうなるとどうしてもイナゴや他の魔物たち、それになにより破壊王・アバドンの目に付きやすくなる。

 祐巳の立てた作戦は穴だらけであったのだが、この状況ではほかに手段がなかった。

 ハイドラの周囲に展開していたイナゴの群れは睡眠薬によりすべて眠らせることでアバドンの感知を遅らせる。
 ハイドラは、薔薇十字を取り出すことで弱体化するだろうし、麻酔弾で暫くは動けないだろう。
 インスマウス人たちはあと数時間でこの魔都に侵略する時間だ。

 すべてがギリギリのタイミング。 これを逃せばアバドンの眼をかいくぐって脱出することは出来なかっただろう。

 祐巳たちを拾い上げたマルバスは、一目散にロック鳥の群れが縄張りとしていた渓谷に飛んだ。
 岩山に囲まれた渓谷は地上を徘徊する魔物たちから祐巳たちを守ってくれた。

 あとは、ゲートの開く時間まで魔界の住人たちに気付かれず身を潜め、ゲートが開いた瞬間に脱出するだけ。
 非常に困難なミッションであったが、思いのほか上手く行った、とみんな思っていた。

 今回の黄薔薇十字の捜索に多大な功績のあった魔王・マルバス。

 祐巳と志摩子はもとより、令もマルバスを心から信頼することが出来た。

 マルバスは、祐巳と共に、祐巳の生きる現世を守り抜く、と言ってくれたのだ。
 そして、不眠不休で捜索チームを守り抜いた。

 ロック鳥の棲む岩山に辿り着き、しばしの休息の後、祐麒へと姿を変えたマルバスに、令は深々と頭を下げる。

「祐麒くん。 まず、詫びさせてほしい。 わたしはあなたを疑ったことがある。
 魔界に戻って来たことで、わたしたちを裏切るのではないか、と。 それがどんなに酷いことかわかっているつもりだ。
 すまなかった。 そしてもう一度礼を言いたい。 本当にありがとう」

 潔く頭を下げる令に、祐巳と瓜二つの顔になった祐麒が、これまた祐巳と同じような困った顔になる。

「令さん、頭を上げてください。 そりゃ、僕は元々魔王だから、疑われるのは当然ですよ。
 そんなこと、気にしちゃいません。 それより、まだ安心するのは早い。 お礼と言うなら現世に戻ってから令さんの作ったケーキでもご馳走してくださいよ」

「あはは。 令さま、祐麒ったら、『祐巳の作るケーキなんて令さんのケーキに比べたら月とすっぽんだな』 なんて言うんですよ!
 ほら、クリスマス会のときに令さまが作ってくださったブッシュ・ド・ノエルがあったじゃないですか。
 あのケーキをおみやげに持って帰ったとき、祐麒ったら、あまりの美味しさに、感激で涙を流してたんですよ〜」

「ふふっ。 そんなこと、お安い御用だよ。 帰ったら特大のケーキ作って祐巳ちゃんの家に届けるよ」

「え! ほんとですか! やったね、祐麒!」

「おいおい、俺に作ってくれる、って言ったんだぞ? 全部俺が食べる」

「うわ、ひっどーい! 令さま〜、何とか言ってやってくださいよ!」

「あっはっは、わかったわかった。 祐巳ちゃんと志摩子にも一つずつ作るよ。
 腕によりをかけるから、楽しみにしておいて」

 令の明るい笑顔。

 薔薇十字を失ったことの失意で、心の奥底からの笑顔を浮かべることが出来なかった令。
 その令が数ヶ月ぶりに、惚れ惚れするような笑顔を浮かべている。

「今の令さまの覇気、ほんとに美しく流れています。 始めて出会った頃よりもずっと強く光り輝いています。
 令さまの覇気も、ほんとに暖かくて気持ちいいなぁ。 わたし、令さまの覇気、大好きですよ」

 祐巳は、令の本当の笑顔を見た。 そして本来の覇気の流れも。
 この笑顔と覇気を取り戻すことができただけでも、今回の 『黄薔薇十字捜索作戦』 を成功させることができてよかった、と思っていた。

 そのとき、上空からバサッ、バサッとロック鳥独特の着陸する前の羽音が聞こえてきた。

「あ、志摩子さん帰ってきたね。 祐麒、また眼になってくれる? 今度はわたしが飛ぶから」


 ロック鳥の棲むこの渓谷。
 ここは昨日、祐巳たちと共にミツベラモンまで飛んだ”ランチ”、”メリーさん”、”ロッキー”、”ボス”の4羽が縄張りとしている岩山だった。

 今、1時間おきに3人の薔薇十字所有者が、それぞれ騎乗するロック鳥と共にこの岩山を中心にミツベラモン付近まで飛びまわっている。

 アバドンや、”古きものたち” が、この岩山の周囲まで追ってくる可能性があるので、その警戒に当たっているのだ。

 アバドンは感知能力が高い。
 この魔界に存在しない”古の金属” で出来た薔薇十字が3本も同じところに留まっていれば、隠れ場所を特定され追い詰められるかもしれない。
 このため、だれか一人が囮となって動き回ることで注意を分散させ、一斉攻撃を避けようとしているのだ。

 もちろん、イナゴの飛ぶスピードよりロック鳥のほうが速い。 それにイナゴよりも高度まで上昇することが出来る。
 万が一、アバドンの使役するイナゴに追われたとしても逃げ切れる、と判断してのかく乱作戦だった。


「志摩子さん、状況はどう?」
 ”メリーさん”から飛び降りた志摩子に祐巳が声をかける。

「インスマウスのカエル人間がミツベラモンに入ったわ。
 マンティコアやワードックなんかがどんどんミツベラモンから逃げ出していたの。
 そこまでは予測どおりなんだけど・・・」

 と、少し考え込むしぐさの志摩子。

「アバドンとカエル人間の間で戦闘は起きなかったわ。 あっさり街を捨てていたのよ、アバドンが。
 もちろんあれだけ数多く居たイナゴも、もう一匹もミツベラモンには居ないわ。
 この一時間の間、まったくイナゴの姿を見ていないの。 どこにいったのかしら?」

「祐麒・・・」
 志摩子の報告を聞いた祐巳がマルバスを振り返る。

「あぁ。 もうやっている」
 マルバスは上空に視線を向け周囲を見渡し始めていた。

「なるほど・・・。 気配を消して一点突破できたか・・・。 さすがだなアバドン。
 祐巳、あと4,5分しかない」

「わかった。 あと2時間もあるけど、お願いするわ。 これ以上ランチたちを巻き込むわけには行かないもの」
「あぁ。 だいぶ休んだしな。 2時間か・・・。 持たせて見せるさ。 帰ったらケーキも待ってることだし頑張るかな」

 祐巳は令と志摩子を振り返る。
「令さま、志摩子さん、アバドンとイナゴが迫っています。
 後、4,5分でここに襲い掛かってきます。 だから祐麒の ”ルフ” に全員乗ってここから離れます。
 あと、2時間、祐麒に飛んでもらいます。 わたしたちは襲い掛かってくるイナゴを祐麒に乗ったまま迎撃することになります」

 祐巳はそう告げると、”ルフ” に姿を変えた祐麒に令と志摩子が乗るのを見もせず、後ろで控えていたランチの首筋にすがりつく。

「ランチ、ほんとにありがとう。 元気で居てね。 絶対、”ルフ” になって、自由にこの空を飛ぶんだよ!」

「クカァァァァァァァアアア!!」
 祐巳との別れを惜しむように、ランチは一声なき、その巨大な羽をはためかせる。

「レビテト!」 と浮遊呪文をとなえた祐巳は、ランチの巻き起こした風に乗る。

 ふわり、と浮かび上がった祐巳を ”ルフ” に姿を変えたマルバスが背に乗せる。

「「「さよーならー! ありがとー!」」」

 3人の薔薇十字所有者は、一時の安住をもたらしてくれたロック鳥たちに別れを告げ、アバドンの使役するイナゴたちに向かい、一直線に飛んでいった。



〜 1月6日(金)11時30分  魔界 -異空間ゲートの東1km- 〜

「祐麒! あと30分を切ったよ! 耐えて!!」

 祐巳の必死の声援を受け、巨大なロック鳥、”ルフ” に姿を変えたマルバスが、
「グォォォォオオォォォォオオオ!」 と吼える。

 すでに1時間半もの間マルバスは最高スピードで上空を飛び回っていた。
 しかし、いかに魔王といえど、変身能力を使用し、動かし慣れない体で飛び続けるのは苦しいものがあった。

 イナゴの群れから最初の1時間の間は圧倒的なスピードで逃れ続けていたロック鳥に変身したマルバスであったが、最終的には帰還ポイントの上空に戻ってこなければならない。

 体力が落ちてきたことでイナゴの群れが徐々にマルバスに追いつき始める。
 次第に雲霞のごとく集まってくるイナゴの群れの中にロック鳥に変身したマルバスの体が埋没していく。
 だが、さらに大量のイナゴが待ち構える帰還ポイント上空に戻ってこなければならなかった。

 イナゴとの激戦が始まってから30分・・・。
 魔法も、守護結界もないなか、近接戦闘が得意な3人が大量のイナゴとの戦いを強いられている。

(これがまだ魔王ならよかった・・・) と祐巳は思う。

 たとえ強力な攻撃力をもつ存在であっても、数さえ少なければ令、志摩子、祐巳の3人が揃っていれば難なく切り抜けることが出来ただろう。

 しかし、相手が悪すぎる。

 刀や剣では一振りで数匹のイナゴしかを倒すことが出来ない。
 イナゴが群れで襲いかかってくれば、1割を倒すことが出来たとしても残り9割のイナゴから攻撃されてしまう。

(遠隔攻撃・・・。 それも全方位攻撃が出来れば・・・。 いや、一方向でもいい、範囲攻撃が出来なければ苦しい・・・)

 いくら祐巳をもってしても数百万に達しようかというイナゴの群れを相手にするには無理がありすぎた。
 せいぜい風車のようにセブン・スターズを回転させ、手数でイナゴを叩き落していくしかない。

 そんななか、一人奮闘しているのは志摩子。

 純白の鎧、”ホーリー・ブレスト” を ”ホーリー・バースト” に変化させ、精神弾を打ち続けている。

 ロック鳥に変化したマルバスの背中、尻尾に近い部分で後方から迫るイナゴの群れを打ち続ける志摩子の背を守るように祐巳は立つ。

 そして令はマルバスの肩口に立ち、圧倒的な手数で前方、左右から襲い掛かるイナゴを切り伏せていた。

 しかし、たった一人で3方から襲い掛かるイナゴの群れをすべて叩き落すことは出来ない。
 すでに体の数箇所にイナゴが直撃し潰れていた。

 令の太ももや背中は既に青黒く変色した痣が何箇所も出来ている。

(これじゃ、埒が明かないな・・・。 しかし20〜30分なら持つか・・・)

 令は残り時間を計算していた。
 そして、祐巳の「あと30分!」 の声を受けて遂に意を決して叫ぶ。

「祐巳ちゃん! 飛ばせて!!」 と、令の大きな声。

 その声に逆らいがたい決意を聞き取った祐巳はすぐに令の声に反応する。

「はい! ”レビテト!”」

 祐巳の浮遊呪文を受けた令が、ルフの背から飛び上がり、超長刀を振りぬく。

「空波斬っ!」 真一文字に虚空を切り裂いた令の超長刀から発せられた三日月状の斬撃がイナゴの群れを叩き落す。

 令の後ろでホーリー・バーストを数限りなく撃ち続けていた志摩子は、令の攻撃を見て一瞬唖然としたが、僅かに令が撃ち漏らしたイナゴを撃ち落していく。

 虚空に舞い上がった令は、数度の空波斬を撃ってから落下を始める。 その令を祐巳の操るマルバスが受け止める。

「令さま、すごい!! 飛ぶ斬撃ですね!」

「あぁ。 さすがに直接の斬撃よりは落ちるけどね。 だが、この程度の相手なら十分さ。 さ、もう一度!」

「レビテト!」 と、祐巳の呪文で再び令が高空に舞い上がり、空波斬でイナゴの群れを叩き落していく。

 しかし、令がマルバスの肩口からはなれたことで、前方からの攻撃が激しさを増し始める。
 しかたなく祐巳はマルバスの肩を守るようにジワジワと志摩子から少し距離をとりはじめていた。

「志摩子さん、ごめん! 少しだけ一人で耐えて!」
 右前方からマルバスに襲い掛かろうとしてきたイナゴの群れを一掃すべく、祐巳が志摩子から離れセブン・スターズを振り回す。

 令が攻撃に廻ったことでイナゴからの体当たり攻撃が減り、疲れを見せ始めたマルバスの負担は激減した。
 しかし、その分マルバスの背で戦う3人の負担が大きくなっていく。



 残り10分・・・。

 黄金の超長刀、令の”星皇刀” が虚空に飛ばす三日月の斬撃がマルバスに迫っていたイナゴの一団を切り裂いたとき、がっくりと膝をつく志摩子の姿が見えた。

 50分もの間、精神弾を撃ち続けた志摩子の精神力がついに切れたのだ。

「危ない!!」
 ”ルフ”=マルバスの背に飛び降りた令は、志摩子に迫るイナゴの群れに向かって突っ込む。

 ヒュッ! と刀が宙を切り裂く音と同時に、ベチャ・・・といういやな音が聞こえる。

 さすがにイナゴの数が多すぎる。
 令の斬撃をかいくぐったイナゴの一匹が志摩子を守るように立つ令の体に体当たりをしてきたのだ。

「れ・・・、令さま・・・」
 顔色を真っ青にし、蹲ったままの志摩子が呻く。

「大丈夫かい? 志摩子」
 志摩子をその背で守りつつ、令は油断なくイナゴの群れを睨みつけている。

「令さまこそ・・・。 いま、イナゴの直撃が・・・」

「平気さ、これくらい」
 と、肩口でつぶれているイナゴを令は振り払う。

「わたしはね、妖精王から ”強靭な肉体” を授かっているんだ。 魔王の攻撃の直撃を受けても死ななかったでしょう?
 今の倍の衝撃でも耐え切れる体なんだよ。
 私の事は心配しなくてもいい。 それより少し休むんだ。 よくここまで頑張ってくれた」

 たしかに志摩子は既に限界を超えていた。
 肉体の疲れは薬で何とかなる。 だが精神をすり減らす攻撃を続けてきた志摩子には、もう振り絞るだけの気力も残っては居なかった。

 令は、かつて薔薇十字を祥子と一緒に妖精王から授かったとき、”妖精の真言呪文” を授かった祥子と共に、”強靭な肉体” を手に入れていた。
 このため、薔薇十字所有者が魔物と戦うときは、つねにパーティーの盾として仲間を守ってきたのだ。

「祐巳ちゃん! 志摩子が限界だ! わたしは志摩子を守る。 攻撃は任せたよ!!」
 志摩子の前に仁王立ちした令はよせ来るイナゴを次々に切り伏せながら叫ぶ。
 しかし、すでに令の体力も限界に近い。
 空波斬は覇気を練り上げ、高速で刃の先端を振りぬくことにより生み出す業。 体力の消費量も半端ないのだ。

「わかりました!!」
 祐巳は浮遊呪文で上空に飛び上がると、頭上でセブンスターズを目にもとまらぬ速さで回転させる。
 セブンスターズの周囲を流れる空気の塊が焼けるように熱く燃え、真紅の光輪を生み出す。

「炎月斬!」
 祐巳の生み出した真紅の光輪を中心に、同心円を描く輪が広がり、斬撃が周囲に集まるイナゴを燃え上がらせる。

(うわ! 何、この技?! 炎を纏った斬撃なんて見たこともないよ)
 令は驚きに満ちた顔で上空で七星昆・セブンスターズを回転させ続ける祐巳を見ながら思っていた。

 実は、祐巳は先ほどまで令の ”空波斬” を何度も見ることで、その飛ぶ斬撃の技の出し方を学習していた。

 その技を刀ではなく、七星昆で真似て、基本は同じだが応用した技を使用してみた。
 もちろん、七星昆に埋めこまれている真紅の光玉の力を生かした攻撃なのだ。

 祐巳は、祥子の ”妖精の真言魔法” 、聖の加速技 ”風身” 、令の飛ぶ斬撃 ”空波斬” をそれぞれ学習し、先人の良いところを出来るだけ受け継ごう、と努力してきた。

 それができたのは、祐巳の素直な性格の賜物。
 後に続く世代を守りぬくために生み出した、先人の素晴らしい技を受け継ぐため。

(さすが、祐巳ちゃん・・・。 この飛ぶ斬撃を短時間でここまで昇華させるとはね。 まさに戦闘の天才・・・。
 それでいて、無駄な戦闘は避けようとするその優しい心・・・。 
 普段は覇気も感じさせないのにな。 なにがこの子をここまで強くしているんだろう?)

 令は戦闘の最中だと言うのに、思わず祐巳の動きに見惚れてしまった。

 だが、それはほんの一瞬。 すぐに顔を引き締めた令は、左右の腕に残りの体力のすべてを注ぎ込みながら膨大な覇気を集中させる。
 そして、左手に握る”星皇刀・エリマエルシュ” を平行に構え、右手の手のひらを大きく開き、刀の中央部分の刃に添える。

「支倉令、最大の飛ぶ斬撃。 受けてみろ! ”衝撃・破軍!!”」

 ブワッと空気が膨れ上がり、次いで巨大な衝撃波がマルバスの背中に喰らいつこうとしてきたイナゴの群れを襲う。

 一撃で、数十万のイナゴを叩き落す、支倉令最大の攻撃がチームの危機を救う。

 その時、マルバスの背に飛び降りた祐巳の胸につけていたアナライザーが警告音を鳴らした。

「祐麒! あと1分を切った! ゲートへ!!」

 魔界に侵入してから47時間59分が経過していた。 あと1分。
 あと、たった1分で現世に戻ることが出来る。

 マルバスは、背に3人の薔薇十字所有者を乗せたまま、ゲートの開く妖精界との最接点に向かい、大きく身を翻した。

☆★☆

 岩山の頂付近に不気味な影。

 巨大ながまガエルのようなその姿は暗緑色。 巨大な口を開け、周囲に毒息を撒き散らしている。

 魔王たちですら恐れるその姿。 奈落の王。 かつてはサタンやルシファーとも互角の戦いをした、と言われるアバドンの姿だった。

(まずい! ゲートが開くすぐそばじゃないか!)

 ゲートを目指し急降下していた巨大なロック鳥、”ルフ” に姿を変えたマルバスが再び上空に舞い上がる。

 そのマルバスを追いかけるようにアバドンの放った ”ポイズン・ブレス” が空を毒々しく彩る。
 その毒の息が宙に広がると、マルバスから引き離されていたイナゴの一陣がバタバタと地面に落ちてゆく。

 使役するイナゴですら耐性をつけることが出来ないほどの毒の息。 
 普通の人間であれば皮膚にかすかに触れただけで即死するほどの強烈な劇薬。

(イナゴといい、毒息といい、傍に近づくことすらできないじゃないか!)
 マルバスは上空を旋回しながら呻く。

 なぜ、50kmも離れたミツベラモンにいたはずのアバドンがここにいるのか?

 アバドンは、配下のイナゴに薔薇十字所有者を襲わせていた。
 そして、薔薇十字所有者がこの岩山を中心に飛び回り、遠くに離れないように飛んでいるのを看破した。

 いずれこの近くに来るに違いない、と恐ろしく鋭敏な頭脳で答えを導き出したアバドンは、ゲートが開くこの岩山で薔薇十字所有者を待ち伏せしていたのだ。

「ウグッ・・・!」
 令のうめき声が漏れる。

 精神力を使い果たした志摩子は遂に瞳を閉じ、令の腕に抱きかかえられている。
 もう自力でマルバスの背中にすがりつく力すら残っていないのだ。

 志摩子を抱えた令は、マルバスの背にしがみつきながらイナゴの特攻をその大きな背で防ぐ。
 すでに幾匹ものイナゴが令の背中を直撃している。
 いくら妖精王から ”強靭な肉体” を与えられた令とはいえさすがに限度がある。
 祥子の開発したコマンダードレスにも既にいくつもの穴が開いている。

 あまりの激痛に意識が飛んでしまいそうだ。 祐巳と志摩子に心配をかけないよう、うめき声を漏らすことすら我慢してきたが、ついに苦悶に顔をゆがめる。

「グフッ・・・」 食いしばっていた唇から血反吐が零れ落ちる。 どこか内蔵がやられたらしい・・・。

 もう時間が無い・・・。 祐巳の顔からも血の気がうせていく。

 あと十数秒でゲートが開く。
 この状況でゲートを開いたとしたら、妖精界にアバドンごと転移してしまいかねない。

 どちらにしてもこれ以上令と志摩子はマルバスの背に縋り付いていることは出来ないだろう。

「祐麒ー!! 元の姿に戻って!!」

 意を決した祐巳が叫ぶ。
 
 マルバスは、祐巳の気迫のこもった声にすべてを悟る。
 これまで封印してきた攻撃呪文。 それを使おうという祐巳の意思にマルバスは答える。

「わかった! 行くぞ!!」
 マルバスはロック鳥の姿から本来の巨大なライオンの姿に戻る。

 そのとたん、令と志摩子は宙に投げ出される。

 祐巳はマルバスの背に飛び乗ると、
「2人の力を合わすんだ! わたしたちの力、あいつに見せてやろう!!」
 と叫ぶ。

「グオオオォォオオオ!!!」

 虚空に渾身の吼え声を響かせ、マルバスの口から超高温の炎が吹き出される。

 マルバスの得意攻撃、すべてのものを焼き尽くす 「ファイア・ブレス」 だ。
 その 灼熱の炎が毒雲を切り裂きアバドンを覆い尽くそう、としたとき、祐巳の妖精の真言呪文が追いつき融合する。

「マハラギダイン!!」

 地獄の業火を凌ぐ超高温の球体が生み出され、マルバスの吐いたファイア・ブレスの炎に乗ってアバドンの暗緑色の皮膚を焼いてゆく。

「ギャーーーァァァァァァァァァァアアアアアアア!!」
 と、甲高い悲鳴を残し、アバドンは岩山の下に広がる瘴気の雲海に逃げ出す。 いくら魔界といえどこの高温魔法に耐えられるものはいないだろう。
 
「今だ、祐巳! 2人を受け止めろ!」

 祐巳の前方30mほどの位置で志摩子を抱きかかえ、頭を下にして地面に真っ逆さまに落下していく令の姿があった。

「間に合わせて! 祐麒!!」

 巨大なライオンが宙を蹴り、俊足を飛ばして令の真下に体を滑り込ませる。

 祐巳は両手を広げ、必死の形相で2人の体を受け止める。

 わずか、地上10m。 地面に激突する!!

 思わずマルバスと祐巳は目を閉じた。



☆★☆★☆★☆

 バスッ! と小さな音がした。 柔らかい感触・・・・。

「お帰り、祐巳ちゃん。 なかなか派手なご帰還だね」

 それは祐巳を抱きとめた聖。 

 令と志摩子はそれぞれ江利子と蓉子が抱きとめていた。

「・・・ 俺は敷物扱いかよ・・・ 」

 中央にうつ伏せに倒れたマルバスが呻く。

 3人の薔薇さまと、魔界で黄薔薇十字の捜索を成功させた3人は倒れたマルバスに座り込んでいたのだ。

「悪いね、祐麒くん。 なかなかいいクッションだよ。
 うん、このフワフワがなかったら危なかったねぇ・・・。 ま、かわいい祐巳ちゃんが無事だったからいいでしょ?」

 帰ってきたんだ。 この明るく優しい聖の声。

 祐巳たちが地面に激突する寸前、異空間ゲートを開いた3人の薔薇さまはそのまま自分たちのすぐ傍まで4人を瞬間移動させたのだ。

「聖さま、ただいま! 蓉子さま、江利子さま、黄薔薇の十字剣、取り戻してきました!」
 ほっとした祐巳は、一回だけ聖にしがみつくと、江利子と蓉子を振り返り大声で報告する。

「はい、お帰り、祐巳ちゃん。 よくがんばったわね。 
 まぁ、あなたたちなら成功する、って信じてたわ」
 蓉子が笑顔で祐巳に答える。

「あたりまえよ。 令がいるのよ? 薔薇十字を取り戻した令がどんなにすごいかわかるでしょう?」
 江利子は気を失った令を抱きしめる。 その顔は目を真っ赤にしながらも笑顔だった。

「うふふ、そうね。 でもさすがにきつかったみたいね。 急いで上に行って治療しましょう。
 祐巳ちゃん、角笛でクー・フーリンを呼んでくれるかしら?」

「わかりました!」
 祐巳は胸にかけた妖精の角笛を取り出すと大きく吹き鳴らした。



☆★☆★☆★☆

〜 1月8日(日) 福沢家 午前3時 〜

「うわ〜。 ほっぺたが落ちそう! 令さま、このイチゴショートとっても美味しいです!」
 祐巳は令の作ったショートケーキをほおばってニコニコしている。

「ほんとう。 とても美味しいです、令さま」
「あたりまえじゃない。 令ちゃんの作るケーキは天下一品なんだから!」
 
 カーテン越しに、小春日和の温かな冬の日差しが差し込む志摩子の部屋。

 ベッドの上で上体だけ起こしヘッドレストにもたれかかる志摩子に、由乃がスプーンに乗せたケーキの一切れを食べさせてあげながら笑っている。

 祐巳の横では、巨大なブッシュ・ド・ノエルをわき目も振らず次々に胃の中に収めている祐麒の姿。

 魔界での黄薔薇十字捜索作戦を成功させた4人と由乃が揃っている。

 この日、令と由乃は魔界で令が約束した 『美味しいケーキを3人に届ける』 という約束を果たすため、福沢家に来た。

 祐巳には怪我もなく、十分に体力は回復している。

 令の体はさすがに頑健だ。 祐巳と祐麒、二人の懸命の治療で怪我もすべて完治していた。

 ただ、最後の戦闘で精神弾を撃ちつくし、倒れてしまった志摩子だけは現世に帰ってきてからずっと眠り続けていたのだ。

 やっと志摩子の目がさめた、と早朝に連絡を受けた令は、早速約束のケーキを作り、由乃と一緒にここに居る。

「でも、クリスマスでもないのに、ブッシュ・ド・ノエルってどういうことよ?」
 と、祐麒を見ながら不思議そうな由乃。

「あぁ、祐麒ったらクリスマスのときの令さまのブッシュ・ド・ノエルに感激して涙まで流したの。
 だからリクエストしたのよ。 それにしても大きいですね〜。 これ、何人分あるんですか?」

「何人分、なんてことはないよ。 わたしの感謝も気持ちだからね。 そうだね、『祐麒くん一人分』 ってとこかな」

 美味しそうに食べ続ける祐麒を見つめる令の眼は優しい。

「自分の作ったケーキをこんなに美味しそうに食べてくれるって、作った人に対する最大の褒め言葉だしね。
 わたしも幸せな気分になるかな。 
 そうだ、無事選挙も終わったら、今度は祥子も含めてみんなにケーキを作ってくるよ」


 今日、1月8日に水野蓉子はイギリスのケンブリッジ大学からの招致に応えるため、空港に行っている。
 鳥居江利子と佐藤聖、小笠原祥子の3人はその見送りに行っているのだ。


「もうすぐ選挙もありますね〜。 薔薇様方もそれぞれ新しい道に歩き始めてるんですよね」
 
「なんだか、どんどん忙しくなってくるね。 これからも行事が多いしね」

「でも、それがいい、でしょ。 祐麒も、現世は素敵なところだ、って言ってくれたしね〜。 『現世で祐巳とお前の仲間を守りたい、と、俺は心底思うんだ』 なんてかっこいいことも言ったもんね。」

 ぶっ、とケーキをほうばっていた祐麒がむせる。

「なによ、祐麒。 子供じゃないんだから、吹いたりしたらダメだよ」
 祐巳は傍にあったティッシュで祐麒の口の周りを拭く。

「なっ・・・! お前が急に恥ずかしい台詞言うからだろ! そういうことはこんなとこで言わなくていいんだよ!」

「な〜に言ってんのよ。 自分の発言には責任を持つのが大人なんだからね! 
 ほんとにもぅ、子供なんだから・・・」

「あっはっは、ほんとにそうしていると仲のいい姉弟に見えるよ。
 祐麒くんもちゃんと高校一年生の男の子に見えるんだからねぇ。
 ・・・そうだ! 祐麒くん、あなたにお願いしたいことがあるんだけど聞いてくれるかな?」

「あ。 えぇ、僕に出来ることなら・・・。 なんですか?」

「時間のあるときでかまわない。 うちの道場を使ってくれてもいい。
 由乃の体術訓練の相手をしてくれないかな? ミツベラモンの排水口であなたの戦う姿を見た。
 あなたの動きこそ由乃が身につけるべきものだ。 だからお願いしたい。 もちろん、訓練の後、ケーキをつけるけど?」

「行く!」

「そ・・・即答?!」

「もちろんだ。 いや、もちろんです、令さん。 このケーキのためなら僕は命をかけても惜しくない」
 祐麒は眼を爛々と輝かせる。

「そ・・・。そう、ありがとう。 由乃、よかったね。 祐麒くんが付き合ってくれたら由乃は一気に強くなれる」

「令ちゃん・・・。 祐麒くんの動きって、そんなにわたし向きなの?」
 
 由乃にとっても、新たな訓練相手が出来ることは望むところだ。
 聖の卒業も迫っている。 令は薔薇になりこれまで以上に忙しくなるだろう。

「もともと祐麒くんはライオンだしね。 その動きはしなやかで力強い。 由乃の目指す体術に一番ちかい、と見たんだ。
 こんど小笠原研究所に行ったときに映像データがあるから見せてもらうといい。 見るだけでも参考になるよ」

「うん、わかった! 祐麒くん、これからよろしくね!」

「はい。 がんばりましょう」

「あ、祐麒くん、わたしにも祐巳さんと同様、タメ口でいいから。 変に敬語は使わなくていいからね」

「お、おぅ、わかった。 これからよろしくな、由乃!」

 こうして由乃はまた一人、体術の訓練相手を得た。

 明日から3学期が始まる。

 選挙にバレンタインデー、そして薔薇様方の卒業式に卒業生を送る会。 あわただしい日々が始まろうとしていた。



 支倉令は、一年生3人を見守る。

 自らの従妹にして最愛の妹、島津由乃。 慈愛の天使とも言うべき藤堂志摩子。 そしてすべての愛の光を受けて輝く福沢祐巳。
 この場には居ないが、リリアンでの最高の親友、小笠原祥子。

 もうすぐ偉大な姉たちのいなくなるリリアン女学園。 しかし素晴らしい後輩が育ってくれた。
 こうしてリリアンの伝統は紡がれていくのだろう。
 
 素晴らしい未来がこの素敵な仲間たちに訪れますように。 そう全員が願っていた。



【あとがき】

 これでマホ☆ユミシリーズの番外編、「黄薔薇十字捜索作戦」 は終了です。
 読んでくださっている方に「面白い」と思っていただける作品になっていたのなら幸いです。
 投票してくださった皆様、コメントをいただいた皆様に心から感謝します。
 長い間、ありがとうございました。

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