【3456】 ただ一つ伝えたい言葉  (ex 2011-02-16 22:44:01)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:これ】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)

※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾【No:3258】→番外編【No:3431】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


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〜 6月1日(水) 早朝 リリアン女学園 正門 〜

 普段の登校時刻より一時間近くも前にロサ・ギガンティア=藤堂志摩子が登校して来た。
 週一回の環境整備委員会の早朝活動に参加するためだった。

 例え学園トップに君臨する山百合会の薔薇さまの一人、ロサ・ギガンティアになっても志摩子はボランティア活動を欠かさない。
 そのような真摯な態度は、品行方正で周囲の地域から尊敬されているリリアン女学園の中でも崇拝の対象になるほど気高い。

 何時も一緒に登校している祐巳は今日は3人分のお弁当を作ることになっているため、いつもどおりの時間にくることになっている。


〜〜〜

 昨日の山百合会の会議が終了したあと、祥子が祐巳に、
「祐巳、お願いがあるのだけれど」 と、声をかけた。

「なんでしょう、お姉さま」 と、乃梨子と並んでカップを洗っていた祐巳が返事をする。

「明日、志摩子の分のお弁当も作ってくるのでしょう? 悪いのだけれど、わたくしの分のお弁当も作ってくれるかしら?
 久しぶりに祐巳の作ったお弁当を薔薇の館で一緒に食べたいわ」

 祥子がこんな風に祐巳におねだりをするのは珍しい。
 何があったんだ? と令と志摩子、由乃と乃梨子の4人が不思議そうに祥子を見る。

「新聞部の依頼ならさっき受けたし、もうかわら版のチェックも終わったでしょう? 明日の昼休みに会議する必要もないんじゃないの?」
 4人を代表するように令が祥子に質問をする。

「あら、仕事の話じゃないのよ」 
 くすくす笑いながら祥子が令に答える。 なぜかとても楽しそうだ。

「わかりました! そういえばお姉さまにお弁当を作ってくる、なんて随分久しぶりですね〜。
 腕によりをかけて作りますね!」
 祐巳も祥子の楽しげな様子に何かを感じたようだ。 すぐに元気な声で請け負った。

「いいなぁ。 祥子さま、祐巳さんのお弁当を食べられて」
「あれ? 何時も令さまにお弁当を作らせている由乃さんが一番うらやましいんだけど」
「え〜!! 由乃さまって、ロサ・フェティダにお弁当を作らせているんですか?!」
「ちょ・・・、祐巳さん! そんなことバラさないでよ!」
「あ。 あはは、ごめんごめん。 乃梨子ちゃん、令さまはね〜、お料理プロの料理人顔負けなんだよ。 めっちゃ美味しいの」
「うわ・・・。 でも本当に由乃さま、うらやましいです」
「ふふっ。 なんだか明日は昼食会みたいになりそうだね。 そうだ、乃梨子ちゃん、よければわたし、あなたの分もお弁当を作ろうか?
 祐巳ちゃんが3人分、わたしが3人分。 6人で昼食会をしよう」
「ええっ!? よろしいんですか?」

〜〜〜


 ということで、今日のお昼休みは突発的に6人での昼食会が行われることになっている。

 志摩子が正門をくぐりマリア様のお庭に差し掛かったとき、あわただしくかわら版の配布準備をすすめる新聞部員たちがいた。

「ごきげんよう、みなさん」
「ごきげんよう、ロサ・ギガンティア」
「ごきげんよう、志摩子さん」
 編集長の山口真美は部員にかわら版の束を渡しながら指示していたが、志摩子の姿を見つけ声をかけてくる。

「環境整備委員会の早朝ボランティア?」
「えぇ、花壇のお手入れに。 真美さんもお疲れ様」
「ふふっ。 今日のかわら版、すごいわよ。 今年一番の反響が起こりそうだから力が入るわ」
「そうね。 昨日見せていただいた原稿を見ればどれだけ真美さんが頑張ったのかわかるわ。 明日から中間テストなのに、ほんとうに苦労さま」
「志摩子さん・・・。 嫌なこと思い出させないでよ・・・」
「うふふ。 それでは急ぎますので。 ごきげんよう」
「「「ごきげんよう」」」

 山口真美は先週の土曜日、由乃と模擬戦で戦った。
 由乃が力をつけてきていることは十分に理解していたが、ゴールデンウィーク以降の由乃の伸びはすさまじい。
 リリアン最強クラスのシックス・マンセルをたった10秒で撃破したその力量に驚かされた。
 そして、直接攻撃部門、学園3強の一人、ロサ・ギガンティア=藤堂志摩子を後一歩まで追い詰めたその進化。
 なにか一皮剥けたような力強さを感じていた。

 そして思いついた企画。
 試合後、祥子と令の2人が由乃の模擬戦に参加してくれたことに対する礼を言うため、真美たちに言葉をかけたとき、真美が一つの提案をした。
 それは、突拍子もない企画ではあったが、リリアン全体のレベルアップと、もう一つ、祥子の思惑にぴたりとはまるものだった。

 真美の企画実現に山百合会として全面協力をすることを約束し、月曜、火曜と二日間企画を煮詰め、きょうのかわら版発行となったのだ。

(これで、学園中の関心はこれになるわ。 今学期いっぱい乗り切れば、祐巳さんの秘密への生徒たちの関心も薄れるでしょうし。
 それにしても祥子さま、これほどまでに祐巳さんのために尽力するなんて。 うちの姉にも見習ってもらいたいもんだわ)

 真美は4月に起こった校門前での異空間ゲート事件が次第に風化していくことを感じていた。
 みんなの関心が薄れて、祐巳の秘密がばれる可能性は少なくなった、とも思えるのだが、実はこんな時期が一番危ない。
 危険性をうっかり忘れ、口外しやすい時期でもある、と言えるのだ。
 
 祥子は祐巳の秘密が外部に漏れることを極度に恐れている。
 そのための最終手段として真美の提案に乗った。

(祐巳さんは愛されてるなぁ) と、思わず真美の頬も緩む。

(それにしても、薔薇十字を公開するなんて・・・。 「見世物になるのは嫌なのだけれど・・・」、なんて言っていた人がねぇ)
 4月はじめの校門前事件の後のノーブルレッドを顕現した写真撮影を躊躇していた祥子のことを真美は思い出していた。

「さぁ、そろそろ朝練のある運動部の人たちが登校してくるわ。 全員にいきわたるようにがんばりましょう!」
「「はい!」」

 新聞部のメンバーは登校して来る生徒たちにかわら版の配布を始めるのだった。



☆★☆

〜 6月1日(水) 早朝 リリアン女学園 一年椿組 〜

「リリアンかわら版、ご覧になりました?」
「ええ! もちろんですわ!」
「想像しただけで胸がドキドキします! まさか、この眼で見ることが出来るなんて!」

 薔薇さまたちの一年生指導が始まってから2週間たったこの日。
 早朝のホームルーム前、一年椿組では校門前で配られたリリアンかわら版を持った生徒たちの周りに数人ずつのグループが出来ていた。
 一年生たちは、かわら版に踊る見出しと、その記事の内容に驚きと期待の感想を述べあっていた。

 そのタイトルには、
『ついに実現! リリアン最強の戦士たちの模範試合公開!』
 と書かれていた。


 リリアンの定期試験は、中間試験として6月2日(木)、6月3日(金)に、数学、英語などの一般教養の試験が行われた後、6月6日(月)、6月7日(火)の二日間かけて実技試験が行われる。
 また、期末試験の日程は7月14日(木)〜7月19日(火)となっている。

 かわら版によると、期末試験の終了後に、一学期の実技優秀者による模範試合や演舞が行われる、と書いてある。

 模範試合に参加するのは、2年生、3年生の生徒若干名と、1年生から2名が剣術、体術部門から選出される。
 また、弓道部門では、2年生、3年生の射的実技が公開される。
 そして、魔術部門では、2、3年生の攻撃魔法部門の模範実技が公開されることになっている、というものだった。


 中間試験や期末試験の実技試験で上位の成績を収めることができる生徒、といえば、それは薔薇様たちに違いない。
 全校生徒の憧れ、『リリアンの戦女神』 の戦闘をこの眼で見ることが出来るのだ。

 一年生たちの間にざわめきが広がるのも無理はない。
 そして、信じられないことに、三薔薇様の ”薔薇十字” を顕現した様子も公開する、と書かれていたのだ。

 その模範試合の日は、7月21日、木曜日である、と。
 この日は祭日で夏休みの最初の日でもある。
 朝から徹底的な警備のもと、外部への情報漏えいが行われないよう完全結界をリリアンに張り巡らせて行われる、とも書いてある。
 そのことが、この記事の信憑性をさらに増している。

 さらに、「剣術・体術部門の一年生から2名が選出され、模範試合に参加できる」 という記事に全員の視線が集まる。

 たった2名の選抜選手に選ばれたとしたら・・・そのときは指導、としての対戦ではなく互角試合を行ってくれることになるだろう。
 これから1月半の努力次第によっては、薔薇十字所有者と真剣の試合が出来るかもしれない。

 それは、リリアンに通う生徒であれば、一度でいいから経験したい、と望んでいることであった。
 もちろん勝てるなどとは思っても居ない。
 それでも、 ”最強” との戦いを経験することが出来る。 それは高校生活最高の思い出になるに違いない。

 ただ、弓道、魔法両部門を専攻した一年生はこのイベント、見学でしか参加することが出来ない。
 もともと、一年生のレベルでは弓道や魔法では対戦試合がなかなか成立しないのだ。
 弓道は、当たれば大怪我を負うのは必至なので、どうしても射的のみとなってしまう。
 攻撃魔法は、まだ実技の授業を受けることが出来ないので一年生の生徒同士の戦闘訓練は行われない。
 それでも、2年生、3年生の技を見ることが出来る、ということだけでも胸が躍るものがあった。


 一年生たちは、この2週間で薔薇さまたちがどれほど自分たちの想像を超えた存在であるか思い知った。

 弓は専門外のはずなのに、正確で超速の連射を見せるロサ・ギガンティア=藤堂志摩子。

 丁寧な指導、適切なアドバイスで武神と称えられるロサ・フェティダ=支倉令。

 わかりやすく理論的な魔術式の展開を見せるロサ・キネンシス=小笠原祥子。

 恐るべきスピードと体の柔軟性で一年生たちを唖然とさせるロサ・フェティダ・アンブゥトン=島津由乃。

 親しみやすい魔法の使い方をゲーム感覚で教えてくれるロサ・キネンシス・アンブゥトン=福沢祐巳。

 この5人の指導を受けるにつけ、それぞれが間近で見る薔薇さまたちの力量に魅了されていた。



「剣術部門ではどなたが参加なさるのかしら?」
「まず、黄薔薇さまは当確ですわよね。 あとは野口剣道部部長、このお二人が3年生から出場されるのではないかしら?」
「白薔薇さまと、祐巳さまも剣術部門ですわ。 直接攻撃系3強の戦いを見ることが出来るかもしれませんわ!」

「でも、白薔薇さまは、弓道部門ではないのですけれど、射的部門にでるのではないでしょうか?」
「やはり、最近弓道部門に指導に行っていらっしゃるから?」
「弓道部門の薔薇様がいらっしゃらないじゃない? でも白薔薇さまの ”ホーリー・バースト” は昨年度の黄薔薇さま、鳥居江利子さま直伝の技を受け継いでいる、ということですわ。 射的、ということでは同部門なのですからそちらに参加するかも」

「そういえば、祐巳さまも魔法がお得意ですわよね。 ひょっとして攻撃魔法部門に祐巳様が参加されえるかも」
「攻撃魔法では、紅薔薇さまがいらっしゃるじゃない? あ! 姉妹での究極魔法対決、とかあるのかもしれませんわ!」

「体術では黄薔薇のつぼみが一歩抜けているのかしら?」
「それこそ体術部門は有名人が多いですわね。 特に2年生の四天王。 逸絵さま、道世さま、里枝さま、美佐さま。 それにしても上級生のお姉さま方の試合が見れるとか感激ですわ」

 一年椿組ではホームルームが始まるまでの間、リリアンかわら版を見ながら夢中で話し続ける生徒たちで騒然としていた。
 もちろん、ほかのクラスでもその様子は同様である。

 特に剣術部門、格闘技部門の生徒たちは目の色を変えている。
 まだ、期末試験まで1ヶ月以上もある。
 高等部一年時に大化けする生徒は多い。
 今の時点でこそ、剣術は細川可南子、格闘技は白薔薇のつぼみ、二条乃梨子が頭一つ抜けているとはいえ、1ヶ月もあれば逆転してみせる。
 そう心に誓う生徒も多かった。

 リリアンでは、一年生の間は剣術・格闘術・弓道・魔法にそれぞれ分かれての専門授業であるが、2年生以上は部門を越えた総合訓練が行われている。
 このため、体術vs剣術が行われることも、また各部門から選抜されたメンバーどおしで戦うグループ戦が行われることもある。
 特に、バランスよく剣士、拳闘士、アーチャー、魔法使いを組み込んだ6人チーム、シックスマンセルの訓練が多い。
 
 かわら版には、各専門分野の最強を決める、とは書かれていない。
 どのような公開模範試合なのか、様々な推測が飛び交っていた。



☆★☆

〜 6月1日(水) お昼休み リリアン女学園 薔薇の館 〜

 二条乃梨子は、午前中の授業の終了のチャイムがなると同時に教室を飛び出し薔薇の館に向かう。

 なんといっても、今日は料理がプロ級だ、というロサ・フェティダ=支倉令が自分のためにお弁当を作ってきてくれることになっている。
 『まぁ、由乃と自分の弁当を作るついでだから気にすることないよ』、と言ってくれたのだが。

 それでも、一番下っ端の自分が一番に薔薇の館に行って掃除とお茶の準備をしておくべきだろう。

 乃梨子が薔薇の館の2階の会議室の窓を開けていると、遠くに紅薔薇姉妹が仲良く歩いてくる様子が見えた。

 薔薇の館に来るときは、たいてい祐巳と由乃のペア、志摩子は一人、祥子と令のペアの順になることが多い。
 祐巳と由乃はクラスメイトなので、一緒に薔薇の館に来るのだ。

 だから、祥子と祐巳が放課後以外に一緒に歩いている風景、というのは最近珍しい、とも言えた。

(うわ〜。 さすがに紅薔薇姉妹が並んで歩くとオーラが違う・・・。 2人とも本物のスターってところだよね)
 乃梨子はほんの数秒、窓の外の美しい景色に見惚れるが、あまりのんびりとはしていられない。

 軽く掃除をし、お湯を沸かす。 テーブルを拭き、カップの準備をしていると、令と由乃が志摩子と共に部屋に顔を出した。

「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、みなさま」
「乃梨子ちゃん、わたしも手伝う・・・、ってもう準備終わってるのね。 さすが〜」
「乃梨子、ありがとう。 お疲れ様」

 令は3個のお弁当箱を持ってきていた。

「ロサ・フェティダ、すみません。 今日はご馳走になります」
 と、ぺこりと令に頭を下げる。

「気にしないでいいよ。 2個作るのも3個作るのもそんなに手間はかわらないからね」
「ふっふっふ〜。 乃梨子ちゃん期待していいわよ。 今日はわたしも少し手伝ったんだから」
「え? 由乃さんがお弁当作りを手伝ったの?」
「・・・志摩子さん、そのいかにも ”心配” って顔をされると傷つくんだけど?」
「あらあら、気のせいよ。 乃梨子、楽しみね」
「あ、はい。 あれ? 志摩子さん、ロサ・キネンシスと祐巳さまに会っていないの? 皆さんたちよりも早くここに来ると思ってたのに」
 
 そうだ。 乃梨子は窓から紅薔薇姉妹を見ている。
 その時にはこの3人はまだ姿も見えなかった。 薔薇の館へは一本道なので到着時間が逆転することは無いはずだ。

 その言葉に由乃と志摩子は顔を見合わせる。

「・・・なるほどねぇ。 これは何かあるわね。 昨日から祥子さまの様子、どこか変だったもの」
 名探偵・由乃の推理が始まったようだ。

「考えるまでもないじゃない。 あそこだよ。 ま、そんなに遅くならないでしょ」
 あきれたように令が由乃を見る。

「もうっ! 令ちゃん、人が考えてるのになに台無しにしてるのよっ!」
 由乃は顔を真っ赤にして令を怒鳴りつけた。



「祐巳、約束のもの、昨日届いたの。 祐巳の体に合わせて作っているからわたしのよりも少し小さめだけれど」

薔薇の館に向かう途中、紅薔薇姉妹は少し道をそれ、古い温室の中にいた。

 祥子は手に持った小さなバッグから上質なベルベットで覆われた瀟洒な木箱を取り出し、祐巳に差し出す。
 箱には、紅薔薇が一輪刺繍され、 "YUMI " と名前が入っている。

「お姉さま、杖ですね! うわ〜、なんだかわくわくするなぁ」

「5月の連休のときにイタリアまで足を伸ばしたの。 そのときにお父様のつてでイタリアで活躍する一人の日本人杖師と知り合いになったのよ。
 その方が5月末にしばらく日本に帰国されているとうかがったのでこの杖の作成を依頼したの。 まだ若い男性だけれど、世界最高峰の腕を持っている方よ。
 織部さんというのだけれど。 その方、杖を作る前に祐巳の映像を資料としてほしい、と言って小笠原研究所まで来たそうよ。
 『使い手がどんな魔法を使うのか、使うときに何を考えているのかわからなければオーダーメイドの杖は作れない』、 とおっしゃったんですって」

「えええっ?! そんなすごい方が作ってくださった杖なんですか? お姉さま、本当にありがとうございます!」

「うふふ。 お礼を言うのは杖を見てからにして頂戴。 祐巳にあうといいのだけれど」

 祐巳は祥子から木箱を受け取ると、ゆっくりと蓋を開ける。

 そこには、薄い茶色、細くしなやかそうな杖が。 柄の部分にピンク色に輝く薔薇水晶が埋め込まれている。

「きれい・・・」
 祐巳はその美しい杖を取り出し、そっと両手で握ってみる。

 そのとたん、薔薇水晶に光が灯る。 祐巳の魔力を受け暖かな光を放つ。

「うわ?! この杖! まるで ”フォーチュン” が帰ってきてくれたようです!」
 祐巳はあまりの驚きに目を丸くする。

「気に入ってくれたかしら?」
「はい! とっても! お姉さま、ありがとうございます!」
 祐巳は祥子に抱きつき、感謝の言葉を述べる。

 祥子は祐巳を抱き返しながら
「この杖の名前は、『シェリール』 と言うそうよ。 フランス語で”慈愛”、”慈しむ” と言う意味があるわ。
 ね、祐巳にぴったりでしょう? あれだけ悲惨な状況で魔法を使い続けた祐巳に ”慈愛” を読み取ってくださったんだわ」

「こんな素敵な杖をいただけるなんて・・・。 作った方にもお礼を言いたいです」
「そうね。 この杖を祐巳が素敵に仕上げたら、一緒にイタリアにお礼に行きましょうか」

「はい! でも、こんな素敵な杖をいただいたのに、お姉さまに何もお返しできない・・・」

「あら? 今日、美味しいお弁当を作って来てくれたんじゃないの? それを楽しみにしてきたのだけれど」

「あ、そうでした! 品物に天と地ほどの差があって申し訳ないですけど。
 令さまたちも待ってますし。 早く行かないとみんなに怒られちゃいます」

「うふふ。 祐巳の作るお弁当がわたしにはもっと尊いものだわ。 じゃ、急ぎましょう」
「はい!」

 祐巳の手に再び魔杖が戻る。
 祐巳は、暖かな光を放つ ”シェリール” を胸のポケットに大事にしまいこむと、左手にお弁当の入ったバッグ、右手を祥子と繋いで嬉しそうに薔薇の館に歩き始めた。


☆★☆

〜 6月1日(水) 午後 リリアン女学園 一年椿組 〜

「たのもう!」
「どうれ!」

 2回目だというのに、もはや恒例となった感のある挨拶。
 あいかわらず祐巳が教室に入ると暖かな雰囲気に包まれる。

 教室のドアを閉めた祐巳は、ぽん、っと教室のドアを押す。
 すると、その姿勢のまま歩きもしないのに教壇へ。

「え?!」
「まさか?!」
「浮遊呪文ですか?!」

 一年生の間にざわめきが広がる。

「うん。 今の呪文はね、”レビテト” っていうの。 先週、”ウィンガーディアム・レビオーサ” っていう物を浮遊させる呪文を見せたでしょう?
 この呪文は、自分を浮かせることが出来る呪文なの。 自由に空を飛ぶことは出来ないけど、とても便利な呪文なのよ」

 今日は、祐巳が行う一年椿組での4回目の魔法指導の日だった。
 5月18日の指導授業で、全員に絶対防御呪文 ”セーフティ・ワールド” を見せられた祐巳は、今後どうしようか、と悩んでいた。

 前回、5月25日の指導授業で、攻撃系呪文以外の魔法をどんどん使ってみたが、出来の良い一年生たちはスポンジが水を吸収するように祐巳の行う魔法を次々に身につけていった。

 正直、祐巳もこれ以上どう指導していいのかわかっては居なかったが、危険、と思われる呪文以外は自分が知っている魔法をすべて教えるつもりになっていた。

「あ! 祐巳さま、杖が?」
 祐巳の様子を見ていた瞳子がいち早く声をかける。
 
 前回の授業まで、祐巳は杖を持たずにこの教室まで来ていた。
 そのため、杖を使用するときには誰か生徒の後ろに立ち、一緒に杖を握って魔法を使っていたのだ。

「うん、今日、初おろしなの。 これから先はわたしも杖を持っていないとみんなを上手く指導することが出来ないでしょう?
 だから、今日から自分の杖を使うことにしたの。 じゃ、授業を始めます。 今日は浄化呪文をしますね」

 今日のお昼休み、祥子から祐巳に贈られたニワトコの杖、”シェリール” 。 
 祥子が言ったように、ローズ・ウッドの芯に薔薇水晶を組み込んだ祥子とお揃いの杖だ。
 ただ、身長にあわせるように祥子の杖よりも2センチほど短い。

 祐巳の手にしっくり合うように作られたその杖は芸術品のように美しい。
 祐巳の喜びはどんなに大きかっただろう。
 そして、その祐巳の顔を見た祥子もとても幸せになったのだった。

「祐巳さま!」 と生徒の一人が手を上げる。

「授業の前に、先ほどの浮遊呪文をもう一度お見せくださいませんか?
 自分が浮く呪文なんて見たことがございません。 よろしければ今日の授業はその呪文を教えていただきたいのですが」

 期待に満ちた一年生の顔。 見渡せば全員が先ほど祐巳の行った魔法を自分のものにしたい、という意欲で満ち溢れているのがわかった。

「あ〜。 え〜っとね。 今の呪文、普通の魔法じゃないの。 だからこの呪文は2年生になってから、ってことでダメかなぁ?」
 いかにも、失敗した、という顔になる祐巳。

 ”レビテト” は精霊魔法。 攻撃呪文ではないため危険性は少ないのだが、実は妖精の真言呪文を使用する特殊魔法なのだ。
 祐巳は完全に自分のものにしているため、ついつい一般の魔法と同様に使ってしまったのだ。
 
「やはり、かなり高度な魔法なんですね?! お願いします! そんな難しい呪文に挑戦できるなんてやりがいがあります!」

 頼まれれば、いや、と言えない性格の祐巳。
 どうしよう・・・。
 このままじゃ、授業もはじめられないし・・・、と少々パニックになってしまった。

「祐巳さま、そのように難しい呪文でしたら、魔導式だけでもお教えいただけませんでしょうか?
 どれだけ難しいかわかれば皆さんも納得すると思いますわ。 ね、そういたしましょう?」
 と、見かねた瞳子が祐巳に助け舟を出す。

「え・・・。 う〜ん。 瞳子ちゃんがそう言うなら・・・。 でも、みんなお願い。 このことは内緒にしておいてね?」
 とうとう向上心に溢れる一年生を前に根負けしてしまう祐巳。

「もちろんですわ!」 
「祐巳さまがお困りになるようなことはいたしません!」
 祐巳が決意したのがわかり、一年生の間に歓喜の声が上がる。

「じゃ、はじめるね。 魔導式の構築は日本語じゃないから変に聞こえるかもしれないけど・・・。
 基本は同じなの。 まず、心に願いを。 その願いをこの世界でわたしたちを包み込んでくれる精霊にお願いするのよ。
 そうだね・・・
 ”大気の精霊たちよ。わたしを重力の縛りから解き放ち自由に空に浮かぶ手助けをして。
 穏やかな心を象徴するこの空に。 わたしはあなた達に心からの尊敬と愛を贈ります”
 って気持ちで。
 魔導式はちょっと難しいから、詠唱からスタートするね。
 よく聞いておいて。
 アン・アペリジオーネ・アトモスフェリカ・ディ・ウーナ・ペルソナ・ヴィベンティ。 
 イーオ・ミ・ラスティアイ・ステイ・スタンド・ア・ガーラ・ネル・アリア。 
 イエ・ロ・スペディーセ・イーオ・ラスティアイ・イル・ミオ・コルポ。
 アルエンターレ・デラ・タッラ・ペリコロス。
 エド・イーオ・リンシエイト・アル・シエロ・パッケート・イエ・ロ・スペディーゼ。 レビテト!」

 穏やかな、それでいて力強い祐巳の詠唱。
 優雅な杖の動きに誘われるように、祐巳の周りを大気の精霊たちが包み込んでいく。
 ・・・ただ、その姿は誰の眼にも見えず、ただ空気の渦が祐巳を持ち上げているように見えるのだが。

 緩やかに杖を宙に躍らせながら魔導式を構築していた祐巳だったが、教室内の異様な雰囲気に気付き、思わず杖の動きを止める。

「祐巳さま・・・。 あの、今のはスペイン語かラテン語のように聞こえましたが・・・。
 いったい何ですの? ・・・いえ、すみませんでした。 まさかこんな魔導式だと思わずに・・・」

 呆然とする一年生たちの中で、唯一祐巳に話しかけることが出来たのは松平瞳子のみ。
 他の一年生たちは、祐巳が口にする妖精の真言呪文を聞いたとたん、あっけにとられてしまったのだ。

「たぶん、みんな実際に聞いたのは初めてだと思う。 普通は声に出すものじゃないから。
 いまのは、この世界にいる精霊たちに直接力を貸してもらう呪文なの。
 この世界は人間だけで構成されているんじゃないんだよ。 わたしたちはたくさんの妖精や精霊に守られているの。
 そして、精霊を生み出すのは実はみんななんだよ。 みんな一人ひとりが精霊の源なんだ。
 妖精の女王ティターニアさまが教えてくださったの。 子供が最初に笑うとき、その笑顔から妖精が生まれる、って。
 だからみんなには、妖精を尊敬し、精霊を愛する心を持って欲しいんだ。
 そうすれば、きっと精霊たちはあなた達に答えてくれる。 愛してくれるんだよ。 それはとても素敵なことなんだ」

「祐巳さま・・・」

「大地の精霊、光の精霊、大気の精霊。 そんな精霊たちはいつもみんなを見守ってくれています。
 そして、みんなが精霊を愛する気持ちは精霊にきっと伝わるの。
 精霊たちは何も見返りも求めずわたしたちに尽くしてくれるんだよ。
 特に、自分が生み出した精霊はわたしたちが見向きもしなくなったらそばを離れていくの。
 酷いときには精霊もこの世から消えてしまうかもしれない。
 だから、たとえなにがあっても精霊を裏切るような行動はしちゃいけないんだ」

 祐巳の言葉が一年生たちの心に染みこんでゆく。

「わたしたちも精霊を愛し、大事にしていれば、精霊が力を貸してくれる、ということでしょうか?」
 瞳子が祐巳を見つめながら問う。

 精霊の存在、それは、現世では眼にすることが出来ない。 存在を感じることもなかなかできない。
 まして、精霊が何を考えているのか、なんてこれまで気にしたこともなかった。

「うん。 精霊を信じ愛する心があれば、精霊は答えてくれるの。 どんなものにも精霊は宿っているんだよ。
 道端の草にだって。 わたしたちを包み込むこの空気の中にも。 そして闇の中にも。
 あ、だからって、道端の草を踏んじゃいけない、ってことじゃないんだよ。
 わたしたちが踏むことで道端の草はより強くなる。 枯れたとしてもその命は栄養となり次の世代に引き継がれていく。
 ただし、悪意を持って破壊することは精霊の一番嫌うことなの。
 攻撃魔法はわたしたちを魔物の手から守るために必要なものだけれど、遊びで使ったり他のものを傷つけることがあるかもしれないでしょう?
 だからみんなには、正しい心で魔法を使って欲しいんだ。
 わたしも、まだまだそこまで行きついてないから偉そうな事はいえないんだけどね。
 魔法を使うこと、力を持つことは同時に大きな責任を負うことになるの。
 ・・・昔、大きな失敗をして辛い目にあった先輩として言っておくわ」

(あのときに清子さまを怪我させたことを祐巳さまは未だに心の疵として抱えているんだわ)

 瞳子は自分が初等部5年生だった頃の正月。 祐巳が使った魔法により小笠原清子が大怪我を負ったことを思い出していた。

 静まり返る教室内。
 一年生たちは普段明るく優しい祐巳の姿しか知らなかった。
 その祐巳の心にある大きな傷。 その闇に触れ、思わず涙を流す生徒もいた。

「あ〜、ちょっとしんみりしちゃったね。 ごめんごめん。
 えっと、と、言うことで、この呪文はみんなが精霊を感じ、そして精霊がみんなの周りにいっぱい集まってくれるようになったら教えるね。
 それより、今日の授業を初めま〜す。
 今日は浄化呪文をするからね。 難しい呪文だからしっかり身につけてください!」

「「「あ、は、はい!!」」」

 あまりにも不思議な祐巳の話と真言呪文に驚いてしまった一年生たちであったが、”難しい” の言葉に気を取り直し、熱心に祐巳の授業に耳を傾けるのだった。

 この現世を構築する不思議な人間と精霊たちの関係を知ることになった一年生たちは、ますます祐巳に惹かれていく。

(祐巳さまに認められるためには、祐巳さまと同様に精霊に愛されなければならない、ということですわね・・・。
 そのためにももっともっと心の鍛錬を積まなければ・・・)

 祐巳の、ただ一つ伝えたい言葉。
 それは、この世に存在するすべてのものを愛し、愛される存在になること。

 その想い。 瞳子をはじめ、一年椿組、魔法専攻クラスの生徒たち、この場に居る全員が理解していた。


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