【3461】 静寂が包み込む部屋  (紅蒼碧 2011-02-27 16:55:56)


季節は冬
現在、薔薇の館には祐巳一人しか居ない。
この時期はとても忙しいのだが、今日はしばらくの間誰も来ることはない。
というのも、姉の祥子と令は、卒業目前と言うことで訪れることが少なくなり、今日も来ないだろう。
由乃は剣道部
志摩子は委員会
瞳子は演劇部
唯一、祐巳と一緒で所属が無く、薔薇の館に居る頻度が高いはずの乃梨子も、今日は珍しくまだ来ていない。

祐巳は窓際に椅子を持って行き、そこに座り窓の外を眺めている。
手には、普段使うことの無いマグカップを両手に持って。
カップの中身は、家に残っていたスティックのココアを持参して作った。

もし今、薔薇の館の2階の扉を開け、祐巳を見たものの多くの目には『儚げな少女』に映るだろう。
本人には、その自覚は無いだろうが、誰もが心配になってしまう。

その祐巳はと言うと、外から吹く冷風を受けながら物思いに耽っていた。
考えることは、もう間近に迫った姉である祥子の卒業である。
いつもは、考える時間が無いほど忙しいので考えずに済んでいるのだが、一人になったり、時間に余裕ができたりすると思考が持っていかれるのだ。
姉の卒業を考えると、まだ先にもかかわらず涙が出そうになる。
最近よく思うのが、瞳子という妹の支えが無かったら、今頃祐巳の心はどうなっていたか分からない。
瞳子という支えがあるからこそ、『泣きそう』で済んでいると思えるのだ。

「ふぅ〜〜〜〜」

祐巳は、気分を切り替えるため、深く長いため息をついた。
なるべく思考が『祥子の卒業』に向かないよう、何かするわけでもなく部屋の中を見渡す。
いつもは、何人もいるので、それほど広くは感じないが、今は椅子に座っていることもあり、とても広く感じる。
また思考が持っていかれそうになったので、窓の外を眺めている。
すると、不思議なものをみつけた。

不思議というより、ここにいる自体不自然な二人組みが、歩道を歩いているのだ。
その二人は、リリアン女学園の幼稚舎の女の子だった。
二人は、迷子にでもなったのか、お互い寄り添うように、手や腕を絡ませながら怖々と歩いている。

黙って二人の様子を見ていると、二人の内の一人が恐怖のせいか、座り込んで泣き出してしまった。
それにつられるようにして、もう一人もその場に立ったまま泣き出してしまった。

祐巳は、それを見ると急いで立ち上がり、部屋から飛び出した。
玄関から出た後は、驚かさないようにゆっくり歩いて近づく。

「どうかしたの?」

祐巳は、二人に声をかけた。
すると、二人は声をかけられたことに驚いたのか、体を『ビクッ』と硬直させる。

「大丈夫だよ、迷子になったの?」

祐巳は、努めて表情を笑顔にし、ゆっくり、優しく、丁寧に話しながら二人を落ち着けさせる。
すると、二人のうちの一人が

「ねこさんがいたの」
「猫さん?」
「ねこさん、とつぜんいなくなったの」

どうやら二人は、偶然通りかかった猫に好奇心をそそられ、追ってきてしまったのだろう。
猫は素早いので、途中で見失い、その後迷ったことに気づいたのである。

(猫って言うと、ランチのことかな?)

などと思っている間も、二人は泣き止まない。
よっぽど不安だったのだろう。

「大丈夫だよ、お姉さんが一緒に連れて行ってあげるから」
「・・・」

祐巳の言葉に反応はするも、返答が返ってこない。
祐巳は、疑問に思い

「どうかしたの?」
「ぬけだしたことしったら、せんせいにおこられるの」

(あぁ〜、なるほど)と祐巳は思った。
確かに、急にいなくなっているのが発覚した場合、それなりに注意は受けるだろう。
もしかしたら、もう探し回っているかもしれない。

うつむいて、目には涙を一杯溜めている二人を見て、祐巳は少し考えてからそこに屈み、目を瞑ると

「マリアさまのこ〜ころ、それ〜はあおぞら〜・・・」

唐突に『マリア様のこころ』を歌いだした。
二人はその歌に、「あっ」と顔を上げ、祐巳を注意する。
一番が終わったところで目を開け、『キョトン』としている二人見て、ウインクする。
この時には、流れていた涙が引いていた。
そして、そのまま2番へと進む。

「マリアさまのこ〜ころ、それ〜はかしのき〜・・・」

二人は一度お互いを見合うと、何故か楽しそうに歌っている祐巳につられて、歌を口ずさみだす。
この『マリア様のこころ』は、祐巳が幼稚舎の頃から歌っていた歌で、もちろん二人も知っている。
だからこそ、意識をそらす意味合いも含め、歌っているのである。

残りの『うぐいす』『山百合』『サファイア』と順に歌い終わった頃には、二人の顔からはすっかり涙が消えていた。

「二人とも上手だね」

率直な感想を、笑顔にのせて言うと。

「たくさん、たくさんれんしゅうしたの」

さっきまでとはうって変えわり、誇らしげに言う。

「この歌は、とても大切な歌だから、今後も頑張って歌ってね」
「「うん!!」」

二人は、元気のいい返事をした。
そんな二人の顔を見て祐巳は

「そろそろ行こうか?」

途端に、二人の顔から笑顔が消えた。

「・・・」
「あぁ〜ごめんね。行くのはそこの建物だよ。一緒にココアでも飲もう?」
「「えっ!?」」

もちろん驚く二人。

「でも・・・」
「確かに、本当はよくないのだけれど、今更だし、起こられるときはお姉さんが守ってあげるから心配しないで?」
「うん・・・」

やっぱり不安なのか、二人の顔に笑顔は戻らない。
それを見て祐巳は

「よし!!じゃ〜行こう!!」

二人の手を素早く握ると、二人を立たせ、また『マリア様のこころ』を口ずさみつつ薔薇の館へと向かう。
薔薇の館に招き入れた二人を、2階へと案内する。
二人は、初めて入った薔薇の館に興味心身のようで、いろいろと眺めている。

「ひろい〜〜」
「たかい〜〜」

二人の様子に、微笑みながら階段へと足を向ける。
すると、古びた階段は幼稚舎の子の体重でも、軋みをあげる。

「ぎしぎしってなってる〜」
「おもしろい〜〜」

二人は気に入ったのか、何度も音を鳴らす。

「あまり踏みしめると底が抜けちゃうよ?」

途端、「「きゃ!!」」と二人は声を上げると祐巳にしがみつく。

「こわいよ〜〜」
「おちちゃう〜〜」

コロコロと行動や表情の変わる二人見て、祐巳は微笑みつつ
(私の顔もこんなに変化するのかな・・・)
と、少し落ち込む。

「大丈夫だよ。いい子にしていたら落ちることは無いから、しっかりお姉さんの手を握って、ゆっくり上ろうね」
「「うん!!」」

二人は元気に返事をすると、祐巳の手を握り返した。
階段の踊り場に差し掛かったところで、二人は足を止めた。
階段の踊り場の壁にあるステンドガラスに目を奪われている。

「わぁ〜〜、きれ〜〜」
「これ、ばらかな〜〜?」
「そうだよ。三色の薔薇。『ロサ・キネンシス』『ロサ・フェティダ』『ロサ・ギガンティア』だよ」
「ろさき・め・・ん??」
「難しかったね。ごめんね。紅色、黄色、白色の三色だよ」
「ほぇ〜〜」

しばらく見た後、祐巳が「さぁ、こっちだよ」と誘う。
祐巳も最初に来たときそうだったので、気持ちは分かる。
『ずっと見ていたい』と言う気持ちを。
通称『ビスケット扉』につくと、片手を離し、扉を開ける。

「さぁ〜どうぞ」
「「わぁ〜〜!!」」

二人は中に入ったままの姿勢で辺りを見回している。
祐巳はそんな二人を置いて流しに行き、空いているコップを出すと、3人分のココアを作る。
一つは先程まで、祐巳自身が飲んでいたが既に冷たくなっており、口に一気に流し込むとカップを注ぎ、ココアを入れなおす。
ココアを入れて振り向くと、二人はまだ入り口のあたりから見回していた。
カップを机に運ぼうとし、気がついた。
二人の身長だと、椅子とテーブルが高いため、満足に座り、飲むことができない。
そこで、先程まで椅子を置き、座っていた場所に行き、椅子を戻すとそこに座り、二人を呼ぶ。

「さぁ〜こっちにおいで」

二人は、『てくてく』と祐巳に近づくと腰を下ろした。

(多少汚れるかもしれないけど、しょうがないよね)
二人にココアの入ったコップを渡す。
二人のために、少し温めに作った。

「熱いから気をつけてね」
「「うん!!」」

熱くはないが決まり文句として言った。
二人は祐巳の言いつけを守り『フゥー、フゥー』と息を吹きかけてから飲み始める。

「「おいし〜!!」」
「良かった」

二人の嬉しそうな顔に満足し、祐巳は微笑み返した。
極寒の外、不安の中歩き回った二人は、暖かいココアを夢中で飲んでいる。
祐巳も、一口飲んだ後、深く息を吐く。
先程まで一人で居た部屋、偶然ではあるが一人ではなくなった。
そして、ふと気づく。
(私まだ二人の名前を聞いてない・・・)
もちろん名乗ってもいなかったが。
(まぁ、いっか・・・)
特に気にしないことにした。
必要になったら聞けば良いだけなのだから。

「二人ともお腹すいてない?」
「「すいた〜〜」」
「ふふっ、ちょっと待ってね。余りたくさんは駄目だけど、直ぐに出すね」

そう言うと、祐巳はなるべく埃をたたせないようにしながら、戸棚へと向かい缶からクッキーを取り出す。
再び戻り「どうぞ」と二人の前に出す。

「ありがと〜〜」
「いただきます」

二人は目を輝かせながらクッキーを食べ始める。

「二人は今日どんなことを学んでいたの?」
「きょうは、だんすのおけいこがあったの」
「ひらひら〜ておどったの」

そう言うと、二人は立ち上がり、少し離れて踊りを披露してくれた。
祐巳は、曲が無いと踊りにくいと思い、手拍子をしながら『マリア様のこころ』を歌う。
踊り終わると

「二人とも上手、上手!!」
「いっぱい、い〜〜っぱいれんしゅうしたの」
「おねえさんも、おうたじょうず」
「ふふっ、ありがとう」

二人は、祐巳に寄ってくると再度腰を下ろし、ココアを飲む。
もう完全に、安心しきったのか、しばらく話をしていると、『コクコク』と船を漕ぎはじめた。
祐巳は、こぼしたらいけないのでコップをどけ、二人を抱き寄せる。
格好としては、祐巳の両膝に二人が頭をのせている状態。
しばらくすると寝息が聞こえはじめる。
そんな二人の頭を、祐巳はゆっくりとなぜる。
優しく、愛おしそうに・・・。
それから、何十分かたった後、窓の外から声が聞こえてきた。

「・・・ちゃ〜〜ん!!、・・・〜〜ん!!」

はっきりとは聞こえないが、誰かの名前を呼んでいるようだ。
それが誰のことか瞬時に判断した祐巳だが、立ち上がることができない。
なので、ポケットからハンカチを取ると腕を伸ばし、『ヒラヒラ』と手を振る。
もちろん気づいてもらえるかは分からないが・・・。

「あっあれ!?」
「何かしら?ハンカチのようだけれど・・・」
「あのハンカチ、お姉さまのです!!」
「行ってみませんか?」

最初が『島津由乃』
二人目『藤堂志摩子』
三人目『松平瞳子』
最後が『二条乃梨子』である。

4人+1人?の足音が階段を上ってくる。
直ぐに扉が開いたところで、祐巳は口元に人差し指をあて『静に』といったポーズとウインクで示す。
最後に入ってきたもう一人は、幼稚舎の先生だった。

「こんなところにいたの・・・」
「先生、申し訳御座いません。本来なら直ぐにでも連れて行くのが役目なのですが・・・」
「そうね、そうしてくれると助かったわ」
「はい、申し訳御座いません」

祐巳は、座った状態で深く頭を下げた。

「お叱りは私が受けます。なのでどうか、この子たち対しては、あまりきつくお叱りになられないで下さい。偶然とは言え、抜け出してしまったことは本当ですが、二人ともすごく反省し、泣いていました。だからどうか・・・」

祐巳が真摯に先生へと訴えかける。
先生は、そんな祐巳の目をじっと見つめたと、「ふぅ〜」と張り詰めていた息を吐き

「分かったは、あなたに免じてお小言だけにするわ。それくらいは言っておかないとね」

と、笑顔を浮かべ、祐巳にウインクをする。

「ありがとう御座います」

「よかった〜」と後ろにいた四人が口をそろえて言った。

「では、二人を引き取るわ」
「お一人で大丈夫ですか?」
「普段から、この子たちに鍛えられているから大丈夫よ」

そういうと、二人を起こさずして抱きかかえる。

「それでは、行くわね。相手をしてくれてありがとう」
「いえ。私も楽しかったので」

祐巳が、痺れた足に、苦悶の表情を浮かべながら立ち上がると、我慢をしながら変な笑顔で答えた。
先生が扉から出て行こうとして

「そういえば、あなたのお名前は?」

振り返って、祐巳に問う。

「自己紹介が遅れました。高等部二年の福沢祐巳です」
「あぁ〜、あなたがあの・・・」
「えっ?」

先生は、少し驚きの表情をした後、「ごめんなさい、なんでもないの」と言い、出て行った。
祐巳を含む5人は、薔薇の館の外まで見送りに行き、先生は最後に「ありがとう」といって戻って行った。

5人は部屋に戻ると、乃梨子と瞳子が

「直ぐに紅茶を入れますね」

と言って、流しに向かった。

「それで、それで、何があったの??」
「私も聞きたいわ」

二人とも、今日起こったことに興味津々の様子。
二人だけではなく、どうやら流しに行った二人も、こちらを向いており、気になっているようだ。
祐巳は、「ふふっ」と思い出し笑いをしながら

「紅茶がきてからね」

内心では(やることいっぱいあるんだけどな・・・)と思いながらも、苦笑で答えた。


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