【3460】 理由が分からない涙  (ex 2011-02-26 20:30:02)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:これ】【No:3466】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 → 第2弾【No:3404】〜【No:3426】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


〜 6月27日(月) 放課後 薔薇の館 〜

 松平瞳子は、木曜日に約束したとおり薔薇の館に向かって歩いていた。

 祐巳は瞳子に 「折り入ってお願いがある」 なんて言っていた。
 
(いったいなんだろう?) と瞳子は思う。

 リリアンでは大きな行事は2学期に集中する。 一学期のこの時期は一年生たちが学園に慣れるため、という目的もあるのかあまり行事がない。
 必然的に山百合会の仕事も少ないのだ。
 せいぜいクラブの活動のスケジュール調整や、小額な予算の要求・支出決定など。

 薔薇様3人で十分こなせる量の仕事しかないため、お手伝いに行く必要もないはずだった。
 しかも、先週からはリリアンの周辺のパトロールを魔法・魔術騎士団が行うため、ますます仕事がないはず。

 今日の演劇部の活動は、体育館や屋上などを他のクラブが使用する日なので部室内での自主練だけ。
 多分ほかの部員たちは発声練習や脚本を読もうという生徒たちしか参加しないだろう。
 瞳子が演劇部の部長に今日の活動はお休みする、と言ったときも簡単に許可が降りた。

 さすがに祐巳も山百合会幹部。 演劇部の活動スケジュールを知った上で瞳子を誘ったのは明白だった。

(まさか、このタイミングで、『妹になって』 なんて言うはずもありませんわよね・・・)

 瞳子の心の中で少しの不安と期待、様々な思いが浮かんでは消える。

(せめて呼び出す理由だけでもおっしゃってくださればいいのに。 人の気も知らないで・・・)
 ぶつぶつと文句を呟きながら歩いているうちに薔薇の館が見えてきた。

 窓ガラスがあいており、明かりが点いているのが見える。 もう祐巳は来ているようだ。

 ふっ、と軽く深呼吸をして瞳子は足早に薔薇の館へと急いだ。



「ごきげんよう、祐巳さま」
 ビスケット扉を開け、中に入るとお湯の沸く音と水道の音が聞こえてきた。
 祐巳の言ったとおり、ここには祐巳しかいなかった。

「あ、瞳子ちゃんいらっしゃい。 ちょっと待ってね。 いまお茶を入れてるから。 紅茶でいいかな?」

「あ、はい。 お手伝いいたします」
「いいのいいの。 今日の瞳子ちゃんはお客様だからね。 座って待ってて」

 もうほとんど準備は終わっているようだ。 瞳子は手伝いをあきらめ静かに座って待つことにした。

「お待たせ〜。 お口に合うといいんだけど」
「紅薔薇のつぼみの入れてくださったお茶ですもの。 不味い、なんて言ったらほかの一年生たちから袋叩きにあってしまいますわ」
「あはは。 そんなたいそうなものじゃないよ。 でも瞳子ちゃんに美味しい、って思ってもらえるようにいれたんだよ」
「それはありがとうございます」

 ニコニコ笑っているだけの祐巳と、理由も教えられず呼び出されたことで少々不機嫌そうな瞳子。
 瞳子の少しとげのあるような言い方も、祐巳にかかっては柳に風のようにすりぬけてしまう。

「あ・・・。美味しい」 紅茶を一口飲んで思わず瞳子が呟く。

「ほんとう? よかった〜。 瞳子ちゃんが来てくれていたとき、瞳子ちゃんのお茶のほうが美味しかったから私も見習って練習したんだよ。 頑張った成果が出たかな?」

「ま、まぁ、まだまだ瞳子の入れたお茶のほうが美味しいですけど。 けどこれはこれでなかなかのものですわ、祐巳さま」

 瞳子は少なからず驚いていた。
 学業も剣術も学年トップ。 紅薔薇のつぼみという地位にありながら自分が劣っているを事があれば素直に認め努力していくその姿。
 なるほど・・・。 これでは普通の人は祐巳さまにかなうはずもない。 と、瞳子は改めて思い知る。

「それで祐巳さま、今日ここに私を呼んだ理由、まだお聞かせいただいていないのですが」
 単刀直入に瞳子は祐巳に疑問をぶつけてみた。

「あっ!」 と一声。 ぽんっ、と手を打った祐巳はそのことを忘れていたようだ。

「あはは、美味しいお茶を入れようと思ったらそっちに一生懸命になっちゃって忘れちゃってた。 
 えっとね、早速で悪いんだけれど、瞳子ちゃんの杖、見せてもらえるかなぁ?」

「もう、何度も見ているではありませんか。 何をいまさら・・・」
 
「うん、実は杖のことに詳しい人にいろいろと杖のことを教えていただいたの。 それで瞳子ちゃんの杖のことが気になったんだ。 
 たしかマホガニー製でアメジスト(紫水晶)の石が組み込まれてたわよね」

「えぇ、そのとおりです。 このとおり・・・」
 瞳子は、胸のポケットに入れた杖を大事そうに取り出して祐巳の前に置く。

「うわぁ、やっぱり綺麗な杖だなぁ。 よほど有名な杖なんでしょうね」

「有名な杖かどうか、は解りませんわ。 この杖は高等部進学のお祝いにお祖父様からいただいたものです。
 長い間お祖父様がお使いになっていた杖で 『古いものだがよいものだから瞳子に使ってほしい』、と申されました」

「お祖父様って、松平先生のことだよね? やっぱりそうなのね。 この杖、多分世界で一番医療呪文に適した杖なんだと思う。
 そして、この杖は瞳子ちゃんにもっともふさわしい杖なんだね」

「瞳子にふさわしい、ですか?」

「うん。 瞳子ちゃんの将来の夢は何? なんになりたいの?」 

「それは・・・。 祐巳さまには関係ございませんわ」

 瞳子には大きな夢が二つある。 一つは何にも縛られず心の底からそうなりたい、と願うもの。 そしてもう一つは・・・。 それはまだ絶対に他人に言ってはならない願い。

「たしかにそうだけれど・・・。 ちょっと気になっちゃって。 ほら、瞳子ちゃん医療呪文を中等部の頃から勉強してた、って言ってたでしょう?

「えぇ。 瞳子もお祖父様のようにこの世になくてはならない存在になりたい、と思ってまいりました。
 わたしくしの自慢の存在なんです。 お祖父様は」

「そうだよね。 だって日本一の魔術医師なんだもの。 わたしも尊敬しているわ。
 だって、わたしのおとうさんとおかあさんの命の恩人なんだもの。 それに清子様を応急手当してくださったのも松平先生だったわ」

「はい」 と、瞳子は軽く頷く。
 5年前の清子が両足を失った事件のこと。 そして祐巳の両親、祐一郎とみきが入院していたのは松平医師が経営する ”山の麓の松平病院” だったことを瞳子も知っているからだ。

「それでね、悪いんだけど、瞳子ちゃんはこの杖の本当に力を引き出してないんじゃないか、って思ったの。
 たしかに、瞳子ちゃんのセーフティー・ワールドは綺麗だったし強かった。
 だけど、この杖と瞳子ちゃんの力はあんなものじゃない。 そう感じたの。
 もしそうだとしたら、もったいないなぁ、って。 だからここに来てもらったの」

「この杖の本当の力・・・ですか?」

「うん。 瞳子ちゃんくらい強い魔力があれば、どんな杖でもその力を引き出すことが出来るはずだわ。
 普通はそれでいいの。 でもね、本当に杖と魔法使いの力がシンクロしたとき、ものすごい力を発揮することが出来る。
 わたしは、そのことがよくわかったんだ」

 瞳子は訝しげに祐巳を見る。 本当に祐巳の言うことは驚かされることばかりだ。
 魔法の使用方法もそうだった。 魔導式の構築の仕方なんて瞳子が考えもしないものだった。
 それに、精霊に直接命令をする真言呪文の存在。 そしてそれを操ることが出来る人がいる、と言う事実。

 祐巳が嘘をつけない人間だ、ということは短い付き合いの期間だがよくわかっている。
 しかし、今度もまた ”杖の力と使用者の力がシンクロする” などと、誰も考えていないことを平気で言う。

「信じられない、って顔をしているわね。 まぁわたしもこのことに気付いたのはこの杖のおかげなんだけど」

 祐巳はそういうと、自分の胸ポケットから魔杖 ”シェリール” を取り出す。
 そして、その杖を瞳子の杖の隣に並べる。

「ね、よく見て。 この二本の杖、作られたのは多分100年以上も違う時代のものなのによく似ていると思わない?」

 そう言われ、瞳子はじっと二本の杖を見比べる。

 ニワトコの杖とマホガニーの杖。 埋め込まれた宝石は薔薇水晶と紫水晶。
 似ているところと言えば杖の握りの太さや長さが似ているくらいのもの。 でも魔杖はだいたいこんな形をしている。
 特に似ているところが見当たらない。

「あの、特に似ているところが見当たらないのですが・・・。 それに祐巳さまの杖はニワトコですから芯材はローズ・ウッドでしょう?
 瞳子の杖はシマフクロウの風切羽が使われています。 全然別物ではありませんか?」

「ふ〜ん。 瞳子ちゃんには似ていないように見えるのかぁ。 わたしは双子、とはいわないけど姉妹くらいには似ている気がするんだけど」
 と、ちょっとがっかりとした声で呟く祐巳。

「わたしが似ている、っていうのはこの杖たちの持つ内面の力なの。 この子達は魔法使いの力に応えてくれる杖なんだよ。
 わたしの ”シェリール” はそうだもの。 きっと瞳子ちゃんの杖もそうなんだと思うの」

 祐巳はそう言うと、2本の杖を左右の手に一本ずつ持って魔力を注ぎ込み始める。

「よく見て。 宝石の輝きを。 シェリール、あなたの力を見せて。 そしてあなたも本当の姿を現して!」

 薔薇水晶を組み込まれた祐巳の魔杖、”シェリール” が暖かな光を放つ。
 そしてもう一本。 瞳子の杖も優しい波動の晄を放ち始める。

「えええっ!!」 
 
 まさに驚愕。 瞳子の瞳が大きく見開かれたまま固まる。

「やっぱりそうだ。 この杖最初に瞳子ちゃんと一緒にセーフティ・ワールドを使ったときから懐かしいような感覚があったの。
 まるでわたしが半身のように大事にしていた ”フォーチュン” に。
 ”フォーチュン” はエルダー・ワンドだったから力があるのは当然なんだけどね。
 元々は生命の無い木と石にここまでの力を与えることが出来る杖師ってやっぱりすごいなぁ」

 祐巳は優しい波動を放つマホガニーの杖を瞳子の手に握らせる。
 しかし、その晄は次第に暗くなりやがてもとのアメジストに戻ってしまった。

「どうして・・・。 祐巳さまが持ったらこの紫水晶が輝いて瞳子が持ったら消えたのでしょうか?
 それと、お祖父さまがこの杖を使った時にも紫水晶が輝いたところを見たことがありません」

「それはね、まだ瞳子ちゃんがこの杖の力を知らないから、なの。 それに杖に魔力を注ぎ込む方法も知らないでしょう?
 きっとその二つのことが出来たら、わたしが今見せたのよりももっと強く輝くようになるはずだわ。
 それから松平先生が使った時もこの杖は輝いてると思うんだけど・・・。 松平先生は手が大きいから水晶が隠れちゃうのかな?
 それか、瞳子ちゃんが患者さまのことばかり見てて杖は見てなかったんじゃないの?」

「そうかもしれません。 杖に力を与える方法。 ・・・紫水晶を輝かせる方法を祐巳さまお教えくださるんですか?」
 瞳子は、大事そうにマホガニーの杖を抱きしめて祐巳にすがりつくような視線をおくる。

「うん! もちろんだよ。 そのためにわたし、有名な杖師の方にいろいろ伺った、っていったでしょう?
 その方にまず、瞳子ちゃんの杖のことを説明したの。 外見のことを言っただけなんだけどね。 でもさっきシマフクロウの風切羽を芯材に使っている、って言ったでしょ?
 それわたし知らなかったんだけどぴたり、と予言が当たったの。 驚いたなぁ」

「その方って?」

「うん。 わたしのこの杖を作ってくれた人なの。 先日アフターサービスだ、って言って使い心地についていろいろ・・・。
 今、イタリアにいる方なので直接は会えなかったんだけどね。 感激しちゃった。 名前は織部さん、っていうのよ」

「えええっ! その方、今世界一の杖師、って言ってもいいくらいの方ですわ。 有名ですもの」

「お〜。 瞳子ちゃんも知ってるんだ。 じゃ話は早い。 じゃ織部さんがこの杖について言ってた事を説明するね」

 祐巳の話を逐一書くと行ったりきたりするので簡略化。

 まず第1点。 マホガニーの杖は ”誇り” を象徴するもの。 そして使用者の不安を鎮める力がある。
 第2点。 アメジスト(紫水晶)は、 ”高貴・誠実・平和” を象徴する。 使用者の想像力を豊かにし、隠れた才能を開く力がある。
 第3点。 シマフクロウの風切羽は、 ”守護” を意味する。 愛するものを守り抜く力を持っている。

 そして最も重要な事。
 それは、薔薇十字かエルダー・ワンドでしか使用できない妖精の真言呪文であっても使用者の力との相性が合えば使用することが出来る、というものだった。

 祐巳が子供の頃使っていた杖も、もともとは清子が使っていたすばらしい杖だったのだが、それでも妖精の真言呪文 ”テトラカーン” には耐えたが、 ”マハラギオン” には耐え切れず焼け焦げてしまった。

 それは、祐巳の持つ特性、守りの力とシンクロしたことにより 守護呪文は使うことが出来た、ということ。
 そして、相性の悪かった炎熱攻撃魔法にはシンクロした力が発揮できなかったので破壊されてしまったのだ、と説明された。

「松平先生は、清子さまの足をわたしが傷つけたとき、妖精の真言呪文を唱えたわ。
 覚えてる? ”ディアラハン” を使ったのよ。 それは妖精の真言呪文の中でも治療を行う強い魔法なの。
 だから、瞳子ちゃんがこの杖と力をシンクロさせることが出来れば妖精の真言呪文を使うことが出来るようなるわ。
 多分、それが出来る人っておそらく世界でも何人もいないと思う。
 瞳子ちゃんは、その気になれば日本最高の魔術医師になることが出来るの」

 杖師・織部は瞳子の持つマホガニーの杖の正体を看破した。
 100年以上前にイギリスの伝説の杖師・オリバンダーの製作したものである、と。
 その杖はアメジストの高貴な紫の光が宿るとき、傷口から流れ出る血をたちどころに止め、倒れた人を立ち上がらせた、と伝えられる世界最高の医術用の魔杖なのだと。

「わたし、きっと松平先生は瞳子ちゃんに医療魔法の道に進んで欲しかったんじゃないかなぁ、って思ったの。
 でも、瞳子ちゃんは学年トップだし。
 きっと、2学期には攻撃魔法部門に推薦されると思うんだ。
 で、ここからがわたしのお願い。
 もちろん、断ってくれてもかまわない。 それは瞳子ちゃんの意思次第だから。
 ・・・。 できれば、攻撃魔法部門に推薦されても辞退してくれないかな」

「そんな・・・」

 頭を下げる祐巳を瞳子は驚きの表情で見つめる。

「瞳子は、この世のためになるために、と、攻撃魔法を身につけることを夢見てきたのです。
 その力で大事なものを守り抜く力を身につけるために。 それなのに・・・」

「うん。 わかってる。 だから強制はしない。 でもよく考えてみてくれないかな。 倒れた人を治療することの出来る力、それって誰でもが持てるものじゃないんだ。
 医療呪文がどんなに難しいか、瞳子ちゃんはよくわかってるでしょう?
 ヒーリング系の魔法ですら、普通は大学、大学院に進まないと習得できないレベルなんだから。
 それに、妖精の真言呪文を使う医療呪文なんて多分脳が茹で上がるほど複雑な魔導式になるの。
 それが出来るのは、きっと瞳子ちゃんだけなの。 だからお願いします。
 まだ、2学期が始まるまで時間があるから、ね。 よく考えておいて」

「祐巳さま・・・」 と、一声呟いた瞳子であるが、それから先の言葉が出てこない。

 言いたいことは山ほどあった。

 なぜ、あなたは瞳子の将来を決めるようなことを言うのか、
 なぜ、あなたは自分自身のためでもないことに頭を下げるのか、
 なぜ、医療魔法と攻撃魔法を両方身につけてはならないのか、
 あなたは瞳子が攻撃呪文クラスに進まなかったことを知った松平の両親がどれだけ落胆すると思っているのか、
 攻撃呪文を身につけ、リリアンの戦女神になりたい、と思っていたこの気持ちをどうしてくれるのか、と。

 そして、最も大きな気持ちが思わず口をついて出てしまう。

「祐巳さまは・・・。 瞳子に戦う力を与えたくない、ということですか?!」

 祐巳は瞳子を見上げながら少し悲しそうな顔になる。

「たしかに攻撃呪文を身につけることが出来なければ戦う力がない、って言われるかもしれないわ。
 瞳子ちゃんがその気になればお姉さま並みの強力な攻撃呪文を身につけることができる。 それは私が保証する。
 お姉さまが卒業した後・・・。 そのときにお姉さまの ”ノーブル・レッド” を受け継ぐのはきっと瞳子ちゃんしかいない、って思ってる」

「瞳子が・・・。 祥子お姉さまの ”ノーブル・レッド” を?!」

「うん。 瞳子ちゃんしかいない、と思ってるのは本当だよ。 まだその時期じゃないけど、瞳子ちゃんが薔薇十字所有者に相応しい力を身につけた、と判断したらわたしが瞳子ちゃんに薔薇十字への道を示す。 約束するわ」

 正直驚いた。
 この人は一体何を言いたいのだろう? 
 しかし、これほどまでに自分を買ってくれている祐巳。

(瞳子が、薔薇十字所有者に相応しい、って祐巳さまは思っていてくれているの?)
 それがどんなに栄誉なことかわかっているつもり。

 だが、攻撃呪文を身につけることも出来ないで薔薇十字所有者になれるものなのか・・・。
 生徒一人を守る力も持たない薔薇十字所有者があっていいのか。

 それは無理な相談だろう。 祐巳がそれを認めても、薔薇十字を授けてくれるという妖精王が認めるはずも無い。

 それに、薔薇十字所有者になる、ということは薔薇さまになる、と言うこととほとんど同義なのだ。
 たとえ、薔薇十字所有者になったとしても、戦う力のない薔薇が選挙で生徒たちの信任が得られるとは思えない。

 たしかに、薔薇さまにならなくても薔薇十字所有者となる権利はあるだろう。
 しかし、それは例外中の例外。
 二条乃梨子が白薔薇のつぼみとなった今、瞳子の世代での薔薇さまになるためには、祐巳か由乃の妹、つまり、つぼみのプチスールになる、というのが全一年生の思いのはず。

 瞳子の混乱はピークに達する。

「一体、祐巳さまは何を考えていらっしゃるのですか?!
 瞳子に医療呪文に専念して戦う力を持たない薔薇十字所有者になれ、と言っているんですか?
 医療呪文に専念して薔薇十字所有者になるな、と言っているんですか?
 それとも、攻撃呪文を極めて ”ノーブル・レッド” の後継者になれ、と言っているのですか?
 さっぱりわけがわかりません!」

 思わず大きな声で叫んでしまう瞳子。

 しかし、さらに聞きたかったこと。 
(瞳子に、”祐巳さまの妹になれ”、とおっしゃっているのですか?) と。
 だが、その言葉だけはこの場で言ってはならない気がしていた。

 祐巳はじっと瞳子を見つめ・・・。 ふっ、とため息をつくと椅子から立ち上がる。

「お茶、冷めちゃったね。 入れなおすわ。 瞳子ちゃんもいかが?」

「いえ・・・。結構です」 と、瞳子はかぶりを振る。
「そう。 じゃ、少しだけ待ってね」 
 祐巳は瞳子に背を向け、流しに向かう。

「あのね、攻撃呪文を使うことが出来ない薔薇十字所有者が居てもいいと思うんだ。
 医療呪文は選ばれたものしか身につけることが出来ないものなの。
 戦いで倒れたとき、癒してくれる人がいる、っていうのはとても心強いことなのよ。
 もちろん、瞳子ちゃんが魔法で戦う力を身につけたい、っていうのなら反対はしないわ。
 それに、わたしでできることがあれば全力で瞳子ちゃんを支える。
 瞳子ちゃんの杖は医療呪文にも適しているけど、攻撃呪文を使っても十分にその力を発揮できるすごい杖なんだよ。
 でも、攻撃呪文を使うようになればその杖の医療呪文の力は落ちてしまうの。
 松平先生は決して攻撃呪文をその杖で唱えたことはないはずだよ」

 祐巳は瞳子に背を向けたまま、訥々と思いを瞳子に告げる。

「・・・。 はい。 お祖父様が攻撃呪文を使っているところは見たことがありません」

「それに、仮に医療呪文を使えるようになったとして・・・。 それだけじゃダメだ、っていうのは瞳子ちゃんも思っているとおり。
 また、魔界のモンスターが現れてこのリリアンを守らなければならなくなったとしたら・・・。
 その時は医療呪文を身につけた者だけは決して戦いで倒れてはならないの。
 最後まで戦いの場に立ち続けることが求められるとても厳しいものなんだよ。
 そのために、医療呪文を身につけるためには、同時に戦闘能力を上げる修行が必要になるわ。
 だから、瞳子ちゃんに医療呪文を身につけて欲しい、っていうのはとても酷なことをお願いしている、ってわかっているつもり」

 祐巳は、紅茶の入ったカップを持って瞳子の向かいに腰を下ろす。
 そして、じっと瞳子の顔を見つめる。

「瞳子ちゃんは、ここに来てから大事なものを守るために力が欲しい、戦う力が欲しい、とは言ったけれど、戦いたい、とは言わなかった。
 それって、似ているようで絶対に違うものなの。
 だからわたしは瞳子ちゃんを買っている。
 はっきり言うわ。
 瞳子ちゃんに、わたしのすべてを教えたい。
 わたしを信じて、私についてきてくれないかなぁ?」

 祐巳を見つめる瞳子の大きな瞳から一滴の涙がこぼれる。

 この人はこんなにも自分を認めてくれている。
 ここまで自分を求めてくれている。

 それは瞳子の纏う仮面を優しく溶かしていく言葉。 心の底からの真摯な願い。

 そして瞳子はもう一つ大きな事に気付く。

 それは松平のお祖父様。 日本最高の魔術医師の想いを。

 瞳子が松平の本当の子供ではないことを気付いてから、瞳子の心の拠り所となった人。

 その人が、瞳子に世界最高の医療呪文を使える杖を託した。
 その杖は、使用者の不安を拭い去る力があると言う。
 瞳子の心に刺さっている大きな棘。 それを癒そうとしてくれてのことだったのだ。
 そして、攻撃呪文は破壊の魔法。 瞳子に破壊の力を持たせたくなかったのだ。

(瞳子はお祖父様の想いに気付きもしなかった・・・。 それを祐巳さまが気付かせてくれた・・・)

 一滴だけこぼれた涙。 しかし瞳子はじっと眼を閉じてそれ以上涙が零れ落ちるのを我慢する。

(強くならなければ・・・。 これほど強い思いをぶつけてくれた祐巳さまに失礼だ)

 ふーーーっ、と大きく深呼吸をしてゆっくりと眼を開ける瞳子。

「祐巳さま。 覚悟してくださいませ。 瞳子はこうと思ったら決して譲りませんのよ。
 祐巳さまが嫌っていっても喰らいついて放しませんから!」

「瞳子ちゃん!!」

 瞳子の決意のこもった声を聞いた祐巳は、椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる。

 そのとたん・・・入れたばかりの紅茶のカップを倒してしまった。

「ああああぁぁぁ!」

「もう、祐巳さま、なになさってるんですか!?」

 あわてて瞳子は流しに走り、雑巾を取ってきてこぼれた紅茶を拭き取る。

「あはは・・・。 やっぱりわたし、瞳子ちゃんが居てくれて助かった・・・」

「ほんとにもう・・・」 この人は・・・。

 思わず笑ってしまった瞳子の瞳からまた一滴涙がこぼれた。

(あれ? どうして・・・) 理由が分からない涙。 だがもう悩まない。
 この天然なんだかしっかりしてるんだかわからない不思議な人。 でもなぜか離れられない人。
 この人の前で涙なんて似合わない。 すっ、と指で涙を拭う。

(祐巳さまが笑顔でいる以上瞳子も笑顔でいます。 それに絶対はなれませんから!)

 瞳子は飛びっきりの笑顔で、照れたように笑う祐巳に微笑み返すのだった。



一つ戻る   一つ進む