【3466】 勝利の女神は微笑む  (ex 2011-03-02 21:21:21)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:これ】【No:3473】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 → 第2弾【No:3404】〜【No:3426】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 6月28日(火) お昼休み 薔薇の館 〜

「ごきげんよう」
 祥子がビスケット扉を開けて会議室に入ると、お茶の沸く音。 そして何時もの愛しい妹の声。

「ごきげんよう、お姉さま。 お一人ですか?」
 何時もは乃梨子の仕事であるお茶の準備を祐巳がしていた。

「えぇ。 令は剣道部のミーティングをするから今日はこれない、と言っていたわ。 それよりまだ誰も来ていないのね?」

「はい。 由乃さんはお昼からの実技のことで格闘技部門のクラスメイトとお話しがあるとのことでした。 白薔薇姉妹は聞いてないんですけど・・・。
 でも、この時間に乃梨子ちゃんが来ていない、ってことはもう今日は来ないと思います」

「あら。 それでは今日は祐巳と2人きりなのね。 なんだか久しぶりのような気がするわ」

「そういえば、2人っきりの時間なんて先日の古い温室で杖をいただいたとき以来です。
 それにしても、すごい杖です。お姉さま。 わたしとの相性がとってもいいみたいなんです。
 なんて言うか・・・。 とても軽くて腕の一部みたいに馴染んでるんです。
 攻撃系の真言呪文は怖くて使えませんけど、他の呪文なら ”フォーチュン” 並みに力が出せるんです。
 ひょっとしたら ”癒しの光” にも耐えられるかもしれません。 ほんとにありがとうございました」




 祐巳が祥子からプレゼントされた新しい杖、”シェリール”。
 世界最高峰の腕を持つ杖師・織部の手によるその一品は祐巳に合わせてしつらえられたオーダーメイド。

 織部はこの杖を作るに当たり、小笠原研究所で祐巳の記録映像を何時間にも渡って見続けたそうだ。

 パピルサグ、フラロウスとの戦闘で使用した ”テトラカーン” や ”アギダイン” 。
 暗黒ピラミッドで使用した ”癒しの光” や、”ザンダイン”。
 氷の最高精霊・魔狼フェンリルを召喚し、水野蓉子達を仮死状態にするために作った氷の棺 ”サスペンド・フロゥ”。

 その他の様々な魔法を使用する祐巳を見た。

 そして、暗黒ピラミッドの遥か底でこの世界最高の杖の一つ、”フォーチュン” と自身の瞳を犠牲にしてソロモン王を倒した祐巳の姿に涙を流し続けたと言う。

 ソロモン王を封印した、 ”ワープ・プリゾン” 、 ”スピリット・ブレイク・アイ”。 そして最終呪文 ”ファイナル・ブレイク”。
 その魔力の強さと、それ以上に強い精神力にさすがの織部も圧倒された。

「こんなすげぇ子がいるなんて・・・。 あんたたち一族のすごさは知ってたつもりだがな。
 こんなとんでもない子がいたとは驚きだ。 あんたの妹なのかい? あまり似てないようだが」

 小笠原研究所で祐巳の映像を何回も繰り返し見た織部は、その足で小笠原邸を訪れ、祥子に質問した。

「血の繋がった妹ではありません。 でも、わたくしにとってそれ以上の存在なのです、祐巳は。
 祐巳のためになることでしたら、わたくしは何でもいたします。 どうか祐巳にふさわしい杖を作っていただけませんでしょうか?」

「任せておきな、最高の杖を作ってやる、と言いたいところだが、ひとつだけ問題がある」

「・・・ それは何でしょうか? 素材でしたらご希望のものを取り寄せますが?」

「素材のことなら心配はしていない。
 だが・・・”癒しの光” ってどれくらいの魔力を使ってるんだ?
 それだけはあの映像を見てもわからないんだ。 それがわからねぇとあの子にあう杖は作れない。
 あの子は絶対に ”癒しの光” を使うのはわかっているからな。
 たとえ、一回きりで杖が壊れてしまうほどの強力な呪文でも、あの子なら躊躇無く使うだろう。 
 ・・・、例えば、あんたが危ない目にあったときとか、な」

「残念ながら、その呪文だけはわたしくしも使えないのです。 その呪文を知っているのはこの世にたった一人だけ。
 山梨県の祝部神社の大巫女様、山梨のおばば様だけがその呪文を知っています。
 ただ、おばば様は神社から外にはめったに出ないのです。 こちらから尋ねて行くほかありません」

「わかった。 住所を教えてくれ。 それと地図をくれないか? これからそこに行って来る。
 こんな興奮したことは初めてだ。 俺自身最高の杖にしてみせる。
 ・・・だがな、一つ忠告しておく。 杖が出来たとしても、その杖で攻撃呪文だけは使わせるな。
 いや、忠告するまでもないか・・・。 この子は俺の作った杖で攻撃魔法を撃つことはないだろう。
 そう思われるような杖を作って見せるよ。 じゃ楽しみに待っていてくれ」

 そう言い残すと、織部はあわただしく山梨の祝部神社のおばばのもとに飛んだ。

 そして、そこでおばばから ”癒しの光” の力、祐巳の持つ不思議な力や、その明るく素直な性格を聞きだすと、
「暫くこの神社の離れを貸してくれないだろうか?」 と、おばばに頼んだ。

 織部は実に一週間にわたり祝部神社に逗留し、杖の製作に取り組んだ。

 山梨のおばばも、この青年をいたく気に入り、自身の持つ白杖の昔語りを聞かせるほど打ち解けたと言う。




「・・・、と、そういうわけなの。 だからその杖は ”癒しの光” を使えるはずよ。 これまでのように ”セブン・スターズ” を顕現させなくてもいいはず。
 それと、言い忘れてたけど攻撃呪文は使わないこと、だったわ。 祐巳の攻撃呪文なんて随分見ていないから忘れてたわ」

 祥子はお弁当を食べながら ”シェリール” の誕生にまつわる話を祐巳にしていた。

「そうですね。 わたしがお姉さまに攻撃呪文をお見せしたのは・・・。 もう一年以上前ですもんね。
 最後に使ったのは魔界でしたから。 でも、できればもう二度と攻撃呪文を使わなくてすむ平和な世界であって欲しいです」

「そうね。 ほんとにそうだわ」

 紅薔薇姉妹2人っきりの穏やかな空間。
 異空間ゲートの発生件数も減ってきており、6月17日(金)を最後に祐巳を中心とするパトロール隊は解散した。

「一年前のあの事件のことを思うと、今の平和が身に染みるわ。 去年の今頃は祐巳は山梨だったものね」

「そうですねぇ。 とっても寂しかったです。 でも山梨に行ったおかげで ”癒しの光” を会得することが出来ました。
 お母様の足を治療することが出来て、わたしの心も随分軽くなったんです。
 やっぱり戦う力も必要だけど、医療呪文ってほんとに必要なんだな、って思いました」

「医療呪文は医者の娘や親族でない限り、大学部の魔法医術学部に進学しないと勉強できないわ。 それを祐巳は身につけた。
 しかも、 ”癒しの光” はすべての医療呪文の頂点に立つ呪文。
 最初に見たときは驚いたものだわ。 よくあんな複雑な呪文を身につけたわね」

「あのときは、”フォーチュン” がありましたから。 あの杖がなかったら多分今頃、こうしてお姉さまと過ごせていないかもしれません。
 ほんとに不思議な運命ですね。 ”フォーチュン” と出会ったことで、わたし、随分救われました」

「医療呪文、といえば、あなた昨日瞳子ちゃんとお話をしたのでしょう?」

「はい。 その事をお姉さまに報告しようと思っていました。 それと、またお願いがあるのですが」
 食事を終えた祐巳と祥子は今日の本題、とも言える瞳子のことについて語り始める。



 祐巳は、薔薇の館のメンバー全員に、「6月27日の放課後、わたしに薔薇の館をお貸しいただけませんでしょうか?」 と頼んでいた。
 もちろん、その理由を祥子たちは祐巳に聞いたのだが、祐巳は 「終わったらご報告します」 とだけ答えた。
 由乃たちはその理由を聞きたがったのだが、祥子はただ、「わかったわ」 と答えた。

 ロサ・キネンシスが何も言わず許可した以上、他のものが口を挟むこともない。
 最近の祐巳はとにかく穏やかだ。
 普段からあまり緊張も見られない祐巳であるが、ここ最近はどっしりとした落ち着きを見せている。
 すでに、大輪の薔薇を咲かせ始めている、と全員が思い始めていた。

 そんな祐巳に祥子は絶対の信頼を置き、そのことをたった一言で示して見せた。


「”シェリール” を頂いてから、魔杖のことにとても興味を持ったんです。
 オーダーメイドの杖や、お姉さまやおかあさまの使っている素晴らしい杖。
 杖によってこんなに魔法威力が変わるなんて思ってなかったんです。 それに杖の特性も。
 それで、瞳子ちゃんの杖のことが気になっちゃって。 瞳子ちゃんの杖、”シェリール” の感覚に似ていたので、その事を話しました」

「そう。 でも、それだけじゃないわね? よかったら、瞳子ちゃんと何を話したのか教えてくれるかしら?」

 実は、祥子はこの部屋に入ってすぐに祐巳の首もとをさっと確認した。
 そして、その首に自分の与えたロザリオがかかっているのを見て少し安心したのだ。

 祥子が今日の朝登校してすぐに、クラスメイトから昨日の夕方に祐巳と瞳子が並んで帰っていたことが知らされた。
 祐巳は学園での有名人だし、瞳子は生粋のリリアンっ子であり、しかも先日の魔法部門で1年生トップ。
 その特徴的な髪型でも有名になってきており見間違いのない情報だった。

 早とちりしたクラスメイトから 「祥子さん、お孫さんが出来たのね。 おめでとう」 なんて言われ内心驚いていたのだ。
 だから、今日の昼休み、内心ドキドキしながらこの薔薇の館に来た。
 祐巳から、「お姉さま、妹が出来ました」 と、報告があるかもしれないと覚悟してきたのだ。

「瞳子ちゃんの杖、医療魔法用としては世界最高の杖だ、と織部さんがおっしゃったんです。
 それを聞いて、松平先生の想いに気づいてしまいました。 先生は瞳子ちゃんに医療魔法を身につけて欲しいんじゃないかなぁ、って。
 でも、瞳子ちゃんは中間テストで一年生トップになっちゃいました。 まぁ瞳子ちゃんの実力ならそうなるだろう、って予想してましたけど。
 だから瞳子ちゃんにお願いしたんです。 攻撃魔法部門に推薦されても辞退して、って」

「なんですって?!」

 驚いた。 わが妹ながらほんとに何時もいつも驚かせてくれる。
 瞳子の実力を持ってすれば攻撃魔法部門でもトップの成績を取るに違いない、と祥子も思っていたし、そうなることがリリアンの将来のために必要なことだ、と期待していたのに。

 まして、妹でもない瞳子の今後の進路に係わることをお願いした、なんて。
 攻撃魔法部門に進むことは、一流の魔法使いになることを目指すリリアンの魔法部門専攻の生徒にとって最初の試練。
 名家の子女として絶対にくぐりぬけなければならない関門なのだ。

 松平家の一人娘、瞳子が攻撃魔法部門に進むことは松平家や、その親族、ひいては小笠原家としても規定路線。
 そして・・・。 これまで薔薇さまになった生徒で魔法専攻だった場合、攻撃魔法部門でなかった者はいない。

 つまり、攻撃魔法部門に行かないように、と祐巳が言ったことは瞳子を薔薇の館の住人とすることをあきらめさせた、と言うこと。
 祐巳の妹にもする気はないのか・・・と。

 でも、祐巳はニコニコ笑って祥子を見つめる。

「瞳子ちゃんには了承を貰いました。 だからとっても嬉しくって。
 えへへ。 ほんとはお姉さまにこのお話をするの、楽しみで楽しみでしょうがなかったんです」

「ねぇ祐巳。 どうしてそれが嬉しいことなの? わたくしにわかるようにちゃんと話しなさい」

「はい! 瞳子ちゃん、やっぱり思ったとおり勇気があります。 それにとっても強いです。
 瞳子ちゃんだったら、絶対やり遂げることが出来る、って信じられます。 それがわかったからとっても嬉しいんです」

 ほんとに嬉しそうに・・・。 手に握りこぶしを作って大きな身振り手振りで祥子に説明する祐巳。

「はぁ・・・」 と祥子は頭を抱える。

「祐巳・・・。 あなたねぇ、少し落ち着きなさい。 そんな説明じゃさっぱりわからないわ」

「あうぅ・・・」
 
 やはりいくらしっかりしてきた、どっしりした、と言っても祐巳は祐巳だ。 嬉しい気持ちが大きすぎると暴走してしまう。
 だが祐巳なりに一生懸命、昨日の瞳子とのやりとりを説明した。



「そう・・・。 なるほどね。 これから瞳子ちゃんを祐巳のように直接戦闘と医療呪文を使えるように鍛える、って言うことなのね。
 祐巳二世、ってことになるのかしら?
 でも、よく瞳子ちゃん、攻撃魔法部門に行くことをあきらめたわね。
 それから祐巳。 さっき言っていた『お願い』ってなにかしら?」

「はい。 これから学期末まで放課後の薔薇の館の会議は週一回くらいですよね? だからそれ以外はしばらく薔薇の館には来れないのでそのお許しを頂こうと思ってます。
 もちろん、お昼休みはここに来ます。
 それから、瞳子ちゃん用にコマンダードレスを作って欲しいんです。 お姉さまの防御呪文を練りこんだものを。
 これから、かなりハードな修行になりますから、怪我をしないように」

「わかったわ。 ・・・ そうだわ! わたくしも暫くの間、その修行に付き合うわ。 わたくし用のコマンダードレスも作らせましょう。
 それでは祐巳、7月2日の土曜日、3人で小笠原研究所に行きましょう。 車は手配しておくわ」

「えええぇぇぇ!」 と今度は祐巳が驚いた声を上げる。

 祥子は祐巳と瞳子の戦闘訓練に付き合う、というのだ。
 これまで魔法に特化し、剣術や格闘技を行ってこなかった祥子。
 もちろん、ダンスなどを修練したことで、素晴らしい足捌きを持ち、攻撃呪文を使う魔法使いとしては最高クラスの加速技、瞬駆を身につけてはいるが、直接戦闘力は低い。

 もう決めたわ、と、してやったり顔で笑う祥子。

 祐巳には早く妹を作ってもらいたい、という気持ちもあるものの、まだまだ他の娘に祐巳を任せることはできない祥子だった。


☆★☆

 一方、そのころミルクホールでは・・・。

 紅薔薇姉妹の除く山百合会幹部、支倉令、島津由乃の黄薔薇姉妹と、藤堂志摩子、二条乃梨子の白薔薇姉妹、4人がテーブルを囲んでいた。

 令の剣道部のミーティング、由乃の格闘技部門のクラスメイトとの話し、というのは紅薔薇姉妹2人についた嘘だった。
 昨日、「祐巳と瞳子が、仲睦まじい様子で帰った」 という噂を聞いた4人がこっそり連絡を取り合ったのだ。

「由乃、今日の祐巳ちゃんの様子は?」
 まず、令が話の口火を切る。

「ううん。 何時もどおり。 それに、ちゃんとロザリオは首にかかってたわ」
 由乃は少し残念そうな、それでいて安心したような顔で令に答える。

「祐巳さん、家でも何時もどおりでした。 ただ、昨日のことについては話してくれていません。 でもなんだか嬉しそうでした」
 と、志摩子も状況を説明。 そして乃梨子を見ながら話を振る。

「乃梨子、瞳子ちゃんの様子は?」

「はい。 瞳子もいつもどおりです。 まぁ、瞳子の場合、祐巳さまと違って表情に出ないのでわかりづらいですが。
 もちろん、ロザリオは首にかかっていません」
 乃梨子も小声で志摩子に答える。

「そうか〜。 てっきり瞳子ちゃんに姉妹の申込みをしたのかと思っていたよ。
 じゃ、明日の昼休みに祥子から説明があるまで詳細はわからない、かな。
 由乃も無理に祐巳ちゃんから聞きださないこと、いいね」

「わかってるわよ。 でもじれったいわね。 もう瞳子ちゃんが妹候補として一年生の間では噂になってるんじゃないの?」

「噂にはなってますが・・・。 そこまで広まっている、と言うほどでもありません。
 祐巳さま、一年生に人気が高いですから。 みんな期待半分、不安半分、の状態です。
 先日も他の生徒をみんなの前で抱きしめたり、可南子さんと仲よさそうに話していたり、と言うことがありましたので、瞳子だけが妹候補、と見られているわけでもないんです」

 乃梨子の説明に由乃は肩をすくめる。

「ほんとにもう・・・。 天然の下級生たらしなんだから。 やきもきするこっちの身にもなってほしいわ」

「まぁ、妹候補がいないよりはましだよ。 そろそろ妹を作らないといけない時期なんだからね」

 どうも令は由乃の気持ちに感づいてないようだ。
 このあたりが令の良さでもあり、由乃を怒らせる原因なのだが。

(ふんっ! どうせまだ一人も妹候補がいないわよ!)

 さすがにミルクホールというほかの生徒の目も多い中で、「令ちゃんのバカ!」 ともいえず、プルプルとこぶしを震わせているだけの由乃の姿。

 結局、なにも有益な情報がないままお昼休みは過ぎて行った。


☆★☆

〜 6月29日(水)お昼休み 薔薇の館 〜

 今日は普段に戻って、薔薇の館のメンバー6人がお弁当を食べるため薔薇の館に集まっていた。

 令たち4人は、結局直接紅薔薇姉妹から月曜、火曜の話を聞かなければもやもやした気持ちを晴らせない、と思っている。
 だから、祥子から昨日の話の説明があるものと期待してここに居るのだが・・・。

「ほんとに祐巳の作ったお弁当は美味しいわ。 毎週水曜日が楽しみでしょうがないの」
「ありがとうございます、お姉さま。 そう言っていただけると嬉しいです!」

 紅薔薇姉妹は何時もの熱々ぶりで仲良くお弁当を食べている。
 毎週水曜日に祐巳が祥子にお弁当を作る、というのも恒例になっている。

 祥子が、「お弁当を作ってもらうのだから」 といって福沢家に高価な食材を大量に配達させて、
 祐巳から、「お姉さま・・・、やりすぎです」 とあきれられたのは去年どおりだった。

 由乃、志摩子、乃梨子の視線が令に集中する。
 3人からの (早く聞きなさいよ!)(早く聞いてください!) という気持ちがびんびんと伝わってくるがなかなか切り出せない。

 しかたなく令は残りのお弁当を急いで掻き込むと 「ご馳走様!」 と自らを奮い立たせるような一言。

「え〜っと、祐巳ちゃん、祥子、いま学園で何が噂になっているか知っているかい?」

 唐突にそう切り出されて、紅薔薇姉妹の目が点になる。

「あの、令さま、噂ってなんでしょうか?」 と、全くわけがわからない、という顔の祐巳。
「そうよ。 何が噂になっているのか教えてくれなければ答えようもないわ」 と、祥子も返す。

「うそ・・・。 祥子は聞いてるはずだよ? 祐巳ちゃんの妹候補のことだよ。 月曜日、祐巳ちゃん、瞳子ちゃんと仲良く帰っていた、ってわたしの耳にも入ってきたんだから」

「あ〜! しまった、また迂闊なことを・・・」 と、困ったような顔になる祐巳。

「もう、それはあきらめているわ。 あなたったら、一生懸命になりすぎると他の事が見えなくなるんだから。
 でも、そうね。 昨日のこともあるし、わたくしから説明しましょう。 それに、みんなにもお願いがあることだし」

 お弁当を食べ終えた祥子はみんなを見渡して話を始める。

 その内容は全員を驚かせるもの。 そしてリリアン全体にかかわる未来を見据えたものであった。


☆★☆

〜 6月29日(水)午後 リリアン女学園 闘武場 〜

「ごきげんよう」
「みなさん、ごきげんよ〜」

 何時もの聞きなれた由乃の声。
 一年生の格闘技部門の生徒は挨拶が聞こえた瞬間、自身の最高速度を持って由乃の前に整列する。

「うわっ! みんな早いね〜。 由乃さんのしごきがきいてるのかな?」
 そこには由乃のほかにもう一人。 

「紅薔薇のつぼみ?! どうしてここに?」

 一年生、格闘技部門の生徒たちが驚いたように由乃の隣に立つ祐巳を見つめる。
 先日から一年生魔法部門の指導担当をしていた紅薔薇姉妹が、6月22日以降、その指導を休んでいる、というのは全員が知っていたのだが、まさかここに祐巳が来るとは思っても居なかったのだ。
 乃梨子がこのことを知ったのもつい先ほどの薔薇の館での話だったのでみんなに伝えていない。

「ふっ、ふっ、ふ〜。 もう一ヶ月以上基礎訓練漬けにしたからね。 もうこの子達、去年のわたしよりも早く動けるようになっているわ。
 祐巳さん、覚悟しなさいよ」

 由乃が教え子たちを前に不敵に笑う。
 5月18日以降、由乃は祐巳直伝の練習方法を一年生たちに課した。
 そしてこれまでの間、組み手は一切行っていない。
 スピードと柔軟。 その体術において最も重要なことを鍛え抜いてきたのだ。

 すでに全員が50mダッシュで2秒を切るスピードを身につけている。
 あの、ありえないような柔軟運動も全員がこなせるようになってきていた。

 そして今日からは反応速度を上げる訓練。 反射神経を研ぎ澄まし、体捌きを身につける訓練を行う。

「今日の訓練はわたしも由乃さんのお手伝いをします。 よろしくお願いいたします」
 一年生を前に、にこやかに挨拶をする祐巳。

 一年生の間にざわめきが広がる。
 祐巳がここに来た、ということは単純な基礎訓練の終わりを告げるものだ、とわかったのだ。
 次のステップに進むために、由乃が祐巳をここに連れてきたのだ、と全員がそう思った。

 確かにそれも目的の一つだったのだが、祐巳にはもう一つ大きな目的があった。

「それじゃ、訓練の前にみんなにこの化け物の実力を見せましょうか。 日直はテニスボールを500個ほど、それとボールが10個ほど入るかごを全員分持ってきて。
 それと、チョークは、っと。 祐巳さん、直径5mくらいでいいかな?」

「ほんとにするの?」 と、ちょっと情無い顔になる祐巳。
「祐巳さんならいけるでしょ? 最初にガツンって見せておけば後が楽になるんだから。 文句は言わないの!」
「はぁ〜。 仕方ないなぁ。 でも金剛杖使ってもいいかなぁ?」
「杖で弾き返さないのならいいわ。 わたしもそこまで鬼じゃないわよ」
「・・・。 十分鬼だと思うんだけど」

 闘武場の中央に直径5mの円を書いた由乃は、ブツブツ文句を言う祐巳を円の中心に立たせると一年生たちに指示を出す。

「まずは紅薔薇のつぼみによるお手本です。 最初は5人からいってみよう。 この円を中心に10m離れてそれぞれ10球ボールの入ったかごを持って。
 号令と同時に円の中心にいる祐巳さんに思いっきりぶつけてみなさい。 ぶつけることができた人には紅薔薇のつぼみから直接組み手をしてもらえる特典付です」

 ええっ?と驚いた顔になる一年生たち。
 ボールを使って反射神経を鍛える、というのはわかるのだが、同時に5人から投げられのボールを祐巳は避けることが出来る、というのか?
 しかも由乃は 「最初は」 と言った。 ということは・・・。 最終的にはさらに人数を増やす、というこのなのか?

 しかし、いくら由乃の命令とはいえ、憧れの上級生、紅薔薇のつぼみである祐巳にテニスボールをぶつけるなんて。
 さすがに指名されなければ、我先に、とかごに手を伸ばす生徒はいなかった。

「なにおどおどしてるのよ。 こんなふうにすればいいの」
 いきなり由乃はかごに手を伸ばすとテニスボールを祐巳に向かって投げつける。

 その不意打ちの一球を 「うわっ!」 とのけぞって避ける祐巳。
「ちょ、いきなり投げるなんて卑怯だよ〜。 由乃さんの球、速すぎるんだから〜」

「ふん。 どうせ当たる気もないくせに・・・。 わたしは騙されないんだからね。 みんな良く見ておきなさい!」

 由乃は次々にボールを投げつける。 まずはかごに入った10球。 それがなくなると、500球のボールの入った大篭の前に陣取り手当たり次第に祐巳に投げ続ける。

「わっ。 ひえっ。 おっ。 よっと」

 目にもとまらぬ速さで100球ほどのテニスボールを投げ続けた由乃だがあいかわらず祐巳はかすらせもしない。

「ふーっ、ふーっ・・・。 みんな、見たでしょ。 どうやったってこの化け物にボールを当てることができないのよ。
 とにかく言われたとおり5人で同時に投げつけて見なさい。
 投げていない人は祐巳さんの動きをしっかりと見ておくこと。
 祐巳さん、どんどん人数を増やすけど、覚悟はいいわね」

「もう・・・。 ちゃんと組み手はするんだからさぁ。 これくらいで許してくれないかなぁ?」

「いいえ! こうなったら意地よ。 最後まで付き合ってもらうわ!」

 どうやら由乃の青信号に灯がともってしまったようだ。
 結局祐巳は一年生全員を相手にするボール避けに付き合わされてしまった。

 5人、10人、15人・・・。 さすがに人数が増えると僅か直径5mのサークル内では避ける場所がなくなっていく。
 それでも恐るべき先読みの力と体捌きで、高速で飛んでくるボールを避け続ける祐巳。

 しかし、20人を超えたところで、 「もう、無理〜!!」 と叫び、飛んできた21球のボールを一瞬で金剛杖で叩き落す。

「あ、祐巳さん、反則!」
「だから、無理だって!」

 それはそうだ。 20球のボールを避けるにも避けるスペースが全くない。 
 しかも、祐巳の直前でボールどおしがぶつかり、不規則に軌道を変える状態ですべてのボールを避けきって見せた祐巳。

 ボール投げに熱中していた一年生たちはその事実に思い至り・・・。 

 由乃の言う、「化け物」 の実力に震撼する。



「ねぇ、由乃さん。 もうみんなには ”衝撃手” は教えたの?」
「ううん」
「え?! じゃ ”震脚” は? ”虎砲” は?」
「だ・か・ら〜! この子たちにはダッシュと柔軟しか教えてないって」
「え〜〜〜っ! それじゃ、みんなつまんなかったでしょ?」
「いいのよ。 どうせわたしがここに来ない火曜と木曜は鹿取先生の指導で組み手をしているんだろうから。
 わたしは、一番大事なことを教えてたの。 それと今日からは反射神経を研ぎ澄ます訓練ね」

 一年生に散らばったテニスボールの片付を指示した由乃は闘武場の端で祐巳とこれまでの指導内容について話していた。

「あの、由乃さま」 と、二人のそばでボールを拾っていた乃梨子が声をかける。

「火曜日も木曜日も、わたしたち組み手はしていません。 ずっと柔軟とダッシュをしていました」

「なんですって?!」 と、今度は由乃が驚く。

「由乃さまに一日も早く認めていただきたくて・・・。
 それでみんなとも話したんです。 由乃さまがおっしゃっていた課題をクリアできるまでは一切格闘訓練は止めよう、って」

「う・・・そ・・・。 あなたたち、こんな面白くもない基礎訓練を40日以上も続けてきたの?!」

「はい。 由乃さまもここにいる時間すべて柔軟とダッシュをしているではありませんか。
 わたしたち、そんな由乃さまを尊敬しています。 由乃さまのおっしゃることでしたらなんでもいたします」
 乃梨子はそう言うと、テニスボールを手に由乃と祐巳に背を向け走り去っていった。

 乃梨子たちは、中等部まで心臓病で運動が出来なかった由乃のことを知り、今の実力を身につけるまでどれだけ努力してきたのかを鹿取教官から聞いたのだ。
 高等部進学当初は体も硬く、普通の前屈すら出来なかった由乃。
 100mを走らせたら20秒近くかかるほど足の遅かった由乃。

 その由乃が2学期の途中まで戦闘訓練は行わず、基礎訓練に明け暮れていたこと。
 血反吐を吐きながらも必死で同級生たちに喰らい付いて修行を続けたこと。
 佐藤聖、支倉令、福沢祐巳・・・。 そうそうたるメンバーからのしごきに耐え続けたこと。

 そして、一年が過ぎた今・・・。 格闘技部門では最強クラスの実力を持つようになった由乃。
 令、祐巳、志摩子の直接戦闘3強に食い込む実力を持ってなお基礎訓練に励む由乃。

 由乃の指導を受け、それをこなすことが出来れば由乃に匹敵するほどの実力を身につけることが出来るに違いない。
 一年生たちはそう信じて一月以上もの間、格闘訓練を行わずひたすら基礎訓練に励んだのだ。

「へ〜、由乃さん、『尊敬しています』 だって。 みんなから信頼されてるんだ〜」
 と、祐巳は走り去って行く乃梨子の背中を見ながら明るく笑う。

「・・・、う・・・うん」
 と、祐巳の横で、鼻にかかった声で頷く由乃。

「ど・・・、どう? 祐巳さん。 わたしの指導も、まんざらじゃないでしょ。 基礎が出来てこそ勝利の女神も微笑む、ってもんよ!」
 乃梨子の言葉に嬉しさを隠しきれず、思わず涙ぐんだ由乃。

 祐巳は由乃の涙に気付かない振りで、「由乃さん、さっすが〜」 と返すのだった。




一つ戻る   一つ進む