【3473】 薔薇は気高く咲いて  (ex 2011-03-08 21:21:21)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 (仮題「祐巳の山百合会物語」)

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:これ】【No:3474】第二部完結

第3部
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:3521】第3部終了(長い間ありがとうございました)


※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 → 第2弾【No:3404】〜【No:3426】から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


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〜 7月1日(金)午後 リリアン女学園 武道場 〜

「ごきげんよう」
「みなさん、ごきげんよ〜」

 いつもの令の声にもう一つ明るい声。

「祐巳さま!」 と、いち早く可南子が祐巳のもとに駆け寄る。

「ごきげんよう、可南子ちゃん」
 と、ニコニコと笑顔を可南子に向ける祐巳。

 二日前、格闘技部門の指導に祐巳が現れたことは可南子ももちろん知っている。
 一年生魔法部門のカリキュラムを進め過ぎてしまった紅薔薇姉妹。
 そのため、魔法部門以外の指導に祐巳が来た、ということはあっと言う間に一年生の間に広まっていた。

「祐巳さまと組み手をいたしましたの!」
「祐巳さまの動き、まるで流れる水のよう。 誰一人攻撃をあてることができませんでしたのよ」
「祐巳さま、棒術を専攻なされているとうかがっていたのですけれど、無手だったのに信じられないくらいお強くって」
「乃梨子さんですらまったく太刀打ちできませんでしたのよ」
「さすが、”リリアン最強” の祐巳さまですわ。 何をなさっても素晴らしいですわね」

 格闘技を専攻した生徒たちが口々に祐巳と組み手をした喜びと、その強さに対する驚きを語り合っていたのだ。

 だが、もともと剣術部門の祐巳が格闘技部門に指導に行ったということが可南子には不満だった。

 たとえ、ロサ・フェティダが剣術部門を指導しているとはいえ、こちらに祐巳が来てもいいはずではないか、と思ったのだ。

 その祐巳が今日は剣術部門の指導に来てくれた。
 可南子の喜びはどれほど大きかっただろう。

 令と祐巳の二人の前に一年生が集合すると祐巳が一歩前に出て挨拶をする。

「今日の訓練はわたしもロサ・フェティダのお手伝いをします。 よろしくお願いいたします」

 期待していたとおりの挨拶に、一年生たちの間で悲鳴にも似た歓声が上がる。

「やれやれ、祐巳ちゃんほんとうに一年生に大人気だね」
 と、令が祐巳の耳元で囁く。

「そんなぁ。 でもいきなり互角稽古でいいんですか?」

「あぁ。 これでも一ヶ月以上わたしがみっちりと鍛えたからね。 もう何人かは ”史上最強” と言われる2年生と戦えるレベルになっているよ」

「うわ。 うちのメンバーとも戦える、ですかぁ。 そりゃものすごく強くなってますね」

 祐巳の所属する2年生剣術部門。
 そのメンバーは ”リリアン史上最強” と言われる猛者の集まり。
 一騎当千、と言われる祐巳と志摩子の2人と訓練を共にしたメンバーは令でさえ舌を巻くほどの強さを身につけていた。

 そのあまりの強さゆえ、月に何度も小笠原研究所に呼ばれ、戦術研究の手伝いをしている状態。
 特に集団戦闘においては魔法・魔術騎士団を凌ぐ攻撃力を持つ生徒たち。
 彼女たちはいまや小笠原研究所にとってもなくてはならない存在だった。
 このため、2年生の剣術部門の生徒は、パトロール隊に参加できなかったのだ。

「よし、みんなよく聞いて。 今日はわたしと紅薔薇のつぼみが全員と互角稽古を行います。
 最初は、刀・剣を使用する生徒は紅薔薇のつぼみと。 棒・槍系を使用する生徒はわたしと。
 それが終わったら対戦相手を入れ替えます。 紅薔薇のつぼみは棒術だからね。
 わたしとは違った指導になるでしょう。 では、何時ものように身長順で対戦を行う。 準備はじめ!」

「「はい!!」」

 いよいよ祐巳と訓練とはいえ手合わせできる。 最終戦に可南子はすべてを賭けよう、と心に誓った。



 ヒュン、と風切り音が祐巳の隣を通り過ぎる。
 タンッ、と床を蹴り方向転換をして再度襲いかかる剣戟。
 体捌きだけでその剣戟のすべてを避けきって見せた祐巳は、5合目の剣戟をガキッ、と杖で受けとめる。
 思った以上に重いその剣戟に祐巳の顔がほころぶ。

「うん、なかなかいい踏み込みだね。 でももうちょっとダラ〜ってしてからギュッと、じゃなかった。 えっと、打ち込む直前脱力しておくと瞬駆のスピードも上がるよ」
「はい!」

 祐巳のアドバイスを受けた生徒は4,5mほど後退すると模擬剣を正眼に構える。
 そして、その体制のまま緩やかに体を回転させ始めると・・・
「裂・竜天斬り!」 とコマのように回転しながら瞬駆を超えるスピードで祐巳に突っ込んできた。
 そのスピードは通常の瞬駆をはるかに超える ”瞬身” により加速したもの。 それに体重を乗せた回転斬りを加えてきたのだ。

 その攻撃を見た祐巳は、
(あ〜、まずいなぁ) と少し顔をしかめる。
 だがそれはコンマ以下の瞬間。

 ふっ、と体を浮かせその攻撃をかわした祐巳は交差する瞬間に無防備な肩をトン、と押す。
 見た目は少しだけジャンプして左手を伸ばしただけの動き。

 しかしそれだけの動きで目標を見失いバランスを崩されてしまった生徒はドウッ・・・と派手な音をたてて床に転がる。

「回転斬りも瞬身もよくできてる。 でも今の攻撃じゃ動かない相手にしか通用しないよ。
 攻撃のことだけ考えるんじゃなく、先の先を読んで戦略を立てること、ね。 もっと手数を増やして流れの中で今の回転斬りが出せるようになったらもっと伸びるわ」

「う・・・。 は、はい! ありがとうございました!」

「うん。 がんばって。 じゃ、次の人!」

「お願いします!」

 次々に一年生剣術部門の生徒と互角稽古を続ける祐巳。
 令の言ったとおり、2年生剣術部門の生徒達すら凌駕する攻撃力を持った者も多い。
 しかし・・・。 しだいに祐巳の顔から優しい笑顔が消えてゆく。

 いよいよ後二人。
 昨年、中等部の剣術部門主席だった ”槍弾正” 保科俊子と、現在の一年生剣術部門トップ、細川可南子。
 令が、「今年の2年生とも戦えるレベル」 と言った二人。

「一年松組、保科俊子。 紅薔薇のつぼみに憧れていました。 よろしくお願いします!」
 ヒュンヒュン、シュタッ! と頭上で長さ2・7mのタンポ槍を振り回した俊子が槍の中央部を左右の腕で握り半身に構える。

「うん。 攻防一体の構えだね。 よく覇気も練れてる」
 と、声をかけた祐巳だが、(無駄な動きが多いなぁ) と残念に思った。

 たしかに、ここまで戦った一年生の力量は全員が及第点を与えてもいいものだろう。
 特に攻撃力だけに限ればたしかに2年生に匹敵するものも数人いた。
 このレベルに到達するにはどれほど修練を積んだのか、と思わせる。

 だが・・・。 一本気に自身の攻撃力を鍛えることはいい。 しかし、戦闘は相手が居るのだ。
 相手の力量を見極め、それに対処する攻撃をしていかなければどんなに攻撃力が並はずれていても空回りするばかり。

 これまで戦ったすべての一年生にそれは言えることだった。

 どんなに相手が強くてもそれを呑み込んでしまう力とスピードを持った令であればそれでいいだろう。
 だが、ここにいる全員がそのレベルに到達してはいない。
 圧倒的な力量を持った令の動きを見てそれを真似するだけの存在。 それがここにいる一年生たちだった。

 正直、もったいないな、と祐巳は思う。
 そして、この子たちに足りないものは何なのか・・・、と思いを巡らせる。
 型にはまりすぎているのか? 応用力がないのか? それとも別の何か、だろうか?

「二段突き!」
 ぼんやりと思いを巡らせている祐巳に俊子の必殺の一撃が襲う。
 (攻撃は鋭いんだけどなぁ・・・) と、顔色も変えず、ふわり、と体を横に流すだけでその攻撃をかわす祐巳。
「双龍破!」
 と、さらに鋭い攻撃。 
 (なんでこんなに隙だらけの攻撃をするんだろう・・・)
 祐巳は、ふっ、と踏み込んで槍を突き出す俊子の頬に軽く手を添える。

「ねぇ。 攻撃だけ考えていてもダメだよ? 相手から避けられたらどうするつもり?」
 あわてて俊子が飛び退く。

 自信のあった双龍破をいとも簡単にくぐりぬけ、攻撃するどころか軽く頬に触ってくるなんて・・・。
 紅薔薇のつぼみが恐ろしいまでの戦闘力を持っている、ということは噂に高い。

 これまで自分たちを指導してくれた令自身が、「わたしより祐巳ちゃんのほうが強いからね」 と何度も言っていたからだ。

 しかも、これまで対戦した生徒たちに、覇気も見せないのに赤子の手をひねるようにあしらった祐巳の実力は予想以上だった。
 なにせ金剛杖は持っているものの、その杖での攻撃は一切ない。
 一年生を試すように何度か剣戟を杖では受けているものの、なぜか祐巳からの攻撃は左手一本。
 それも素手で押したり、体に触れるだけ。 いわゆる寸止めに近い攻撃しかしていないのだ。

(わたしの必死の一撃さえ、紅薔薇のつぼみには届かない・・・)
 俊子の顔に絶望と恐れが浮かぶ。

 たった一学年・・・。 祐巳と自分にはそれだけの差しかないはずだ。
 だが一体何なんだ。 この力量さえわからないほどの桁外れの実力差は・・・。

 カラ〜ン・・・。 と音を立て、俊子の手からタンポ槍が床にすべり落ちる。
 次いで、がっくりと膝をつき、四つんばいになって涙を流す俊子。

 祐巳の言葉は優しかった。 だがその優しい言葉の中に失望の響きを感じてしまった俊子は自身のふがいなさゆえ膝に力が入らなくなってしまったのだ。

 一ヶ月以上、剣聖とも称えられるロサ・フェティダの指導を受けてきた。
 瞬駆を超える加速技、瞬身さえ身につけた。
 回転を加えた必殺の双龍波は周囲の空気を震わせ、熱風を生み出すほど鋭く強大になった。
 その必死の鍛錬の結果が・・・。 ただ、祐巳の期待を裏切るだけのものだったのだ。
 憧れ続けた祐巳の一言は予想以上に俊子にとって重いものだった。

「も・・・、申し訳ありませんっ、紅薔薇のつぼみ・・・。 わたしは・・・、わたしはどうすれば強くなれるのでしょうか?!」
 ぐいっとこぼれた涙をこぶしで拭うと、必死の形相で祐巳を仰ぎ見る俊子。

「え? えっと、どうしたら強くなれるのか、って・・・」

 面と向かって強くなる方法を聞かれた祐巳。
 だが祐巳は自分がどうして強くなったか、をあまり意識せずにきたのでその問いに急には答えることができなかった。

「う〜ん。 俊子ちゃんは十分強いんだけど・・・。 何かが足りないのよねぇ。 なんだろう?
 攻撃力はある。 動きも早い。 でも隙が多い。 なんで隙が出来るのかな?」

「わたしに、隙が多い・・・、ですか?」

「うん、そうだよ。 だから簡単に懐に入られるの。 槍のように長い得物を使って戦うんだから懐に入られたらダメでしょう?」

 祐巳が俊子に語りかけ始めると回りで見ていた一年生たちも祐巳のもとに集まり話を聞き始める。

「なぜ隙が出来るのかわかる? えっと、俊子ちゃんだけじゃなくみんなもそうなの。 みんな攻撃力はあるけど隙だらけだった。
 お互いが隙だらけなら攻撃力とスピードのあるほうが勝つでしょう。
 でも、隙がない相手なんていくらでもいるわ。 自分に隙があることさえわからないようじゃそんな相手には勝つことは出来ないわ」

 一年生たちは顔を見合わせる。
 お互いに自分自身に隙があるとも思っていなかったし、戦闘訓練でも相手に隙を見つけることすら難しかった。
 隣にいる仲間たち全員が、隙のないすごいライバルだ、と思っていたと言うのに。

「そうか・・・。 それがわからなければこれから先の伸びは無いわ。 攻撃力だけは上がるでしょうけどね。
 ひとつヒントを上げましょう。 それは ”呼吸” 。
 自分自身の呼吸と、相手の呼吸。 それとグループ戦をするときには自分の味方、相手のチーム全員の呼吸を感じること。
 その呼吸のリズムに合わせて動いてみなさい。 まずはそれから。 それができたら今度は空気の動きを体全体で感じてみて。
 そうだね・・・。 わたしが昔していた修行方法を教えるね。 なにか丸いものは無いかな?」

「あ、わたし握力を鍛えるためのゴムボールを持っています」
 と、一人の生徒が答える。

「ん〜。 壊しちゃうからそれはだめだなぁ・・・。 仕方ない、ちょっと待ってて」

 祐巳は武道場の外に走り出るとこぶしほどの大きさの石を拾って帰ってきた。

「えっとね。 これは一人ででも訓練できるから。 暇なときに試してみてね。
 まず、こんなふうに上空に跳ね上げます」

 カツーン、と乾いた音を立てて石は祐巳の杖に弾かれ上空に打ち上げられる。 その石が落下を始め、床に落ちる寸前、もう一度上空に弾き上げる。

「これは石を見ていれば簡単に出来るんだけど。 そこでこれを眼を閉じて行います。 石が得物に当たる音と、落ちてくるときの音。 それと空気の流れを感じるのよ。 空気の流れだけでこれが出来るようになったら、今度は耳をふさいで音を遮断した状態でしてみてね。
 だんだん、高く上げていって、何回も続けられるようにしてね。 そして、石のどの部分が強いか、どこが脆いのか、を見極めるの。
 そして、その脆い位置が体の中心に来るように落下するように打ち上げて・・・」

 ビュッ・・・。 と目にもとまらぬ杖の動き。
 次いで、シュッと床に滑り込む祐巳の体。

「ね、こんな風に脆いところを見極めれば固い石でも木の杖で簡単に切れるようになるの」

 祐巳の手の上には真っ二つに両断された石が乗っていた。
 落下してくる石を木の杖で両断したばかりか、床に落ちる前にすくい上げて見せたのだ。

「じゃ、まずはこの辺で。 これが出来るようになれば多分かなり強くなってると思う。 あとは呼吸と隙。 それを考えてみてね」

 ゆっくりと一年生たちを見渡す祐巳。

 しかし、一年生たちは祐巳の言葉と石を両断した技に引き込まれぽかーんと口をあけているばかりだった。

(いきなり、とんでもない課題を出すなぁ、祐巳ちゃん。 でもこの技を習得できるのは居るのかな?
 でも、出来なくても呼吸を感じ気配を読み取る修練にはなるかも、ね)
 一年生の後ろで苦笑しながら祐巳を見ている令がいた。
 
 しかし数ヵ月後、令は自分の見立てが大きな見誤りだったことに気付かされる。



「えっと、ちょっと脱線しちゃったね。 最後は可南子ちゃん。 待たせてごめんね」

 周りで見ている一年生たちを唖然とさせた祐巳は最後の対戦相手である細川可南子に微笑みかける。

 可南子は先ほどの祐巳の話を考え続けていた。 その話は何度も父親から聞かされたものと不思議に符合した。

 まず、相手の隙を見つけること。 それは暗殺術として発達した細川流の槍術にとってもっとも基本的なこと。
 相手の隙に付込み、最大の成功率となるチャンスを見極め、その一瞬に攻撃を仕掛ける細川流。

 そして、呼吸。
 呼吸一つで周囲すべての状況把握に努めるのが細川流だ。
 暗殺者が呼吸を敵に気取られて失敗した、など恥ずかしいことは出来ないからだ。
 さらに、複数での攻撃を仕掛ける場合、また、単独の行動で暗殺対象が複数の場合など、全員の呼吸を感じることが前提なのだ。

 そして空気の流れと音。
 暗殺対象は、それなりの手練であることが多い。 空気の流れ、殺気を感じ対策を練る技に秀でた対象者を狩る。
 そのために音を消し、空気の流れと一体になって自身の体を動かす。 そうすることで必殺の暗殺術が完成する。

(お父さんの言っていたことは祐巳さまの教えと一致する・・・。
 わたしの技は闇の暗殺術だ、と信じ後ろめたい思いもしてきたけれど・・・。
 でも、それを祐巳さまはきっと嫌わず受け入れてくださる!)

 可南子は嬉しかった。 もう思い悩まなくてもいいのだ。 祐巳の言葉が可南子の心の枷を解き放ってくれた。

「一年椿組、細川可南子。 祐巳さま、全力で参ります!」
 可南子の覇気が膨れ上がる。
 真っ赤なオーラが立ち上るのを祐巳は見ていた。

「待って! 可南子ちゃん!」 と、祐巳が可南子を止める。

「それだけの覇気・・・。 もったいなさすぎる。 まず、覇気を体の内にギュギュギュ〜ってすべて貯める! そして攻撃の瞬間にバッてすべてを放出するの。
 あなたの課題はまずそれよ。 ぐっと押さえて・・・。 ほら、エルダーさまに最初に会った時を思い出すのよ」

「あっ・・・」
 忘れていた。 祐巳が自分の覇気を 「あったかくって気持ちいい」 と褒めてくれた時のことを。

「すみません、祐巳さま。 思わず嬉しくて無我夢中になってしまいました。 では、あらためて・・・」

 可南子は長さ3.6mにもなる大槍を半身に構える。
 そして、つま先と、右腕だけにごく少量の覇気を乗せるよう心がけながら油断なく祐巳の周囲を廻り始める。

「うん、よくなった。 その調子だよ。 覇気が綺麗に流れてる。 じゃ、わたしも本気出そうかな」

 祐巳は可南子の構えに驚きを隠せないでいた。
 足音も立てず流れるように祐巳の死角、死角を探るように動く。 祐巳が強く呼吸をするとすっと下がり、ゆっくりと息を吐き出すとじわり、と距離を詰める。
 祐巳が杖を上げると可南子も槍の角度を杖の動きに合わせ最も防御に適した構えに変わる。
 それでいて、祐巳が少しでも隙を見せないか、とうかがう鷹のような視線。

(これなら・・・。 可南子ちゃんなら出来るかもしれない・・・。 試してみようかな・・・)

 祐巳は他の一年生たちには自ら攻撃することは無かった。 すべてカウンターで倒してきたのだが可南子にだけは自身から攻撃を仕掛ける。

(まずは、瞬駆から震雷・・・)
 通常の者であれば動体視力の限界を超えるスピードで可南子に突っ込む祐巳。
 その祐巳の動きを見ても可南子は顔色も変えず安全な距離をとって逃げる。

「お〜。 よく見えてる。 まぁ、瞬駆程度、可南子ちゃんなら問題なかったかな?」
 と、嬉しそうに笑う祐巳。
 だが、表に出さないもののさすがに可南子は肝を冷やしていた。

 いま祐巳は、「瞬駆」 と言った。 嘘だろう・・・と思いたい。 ここにいる一年生たちがものにした、と思い込んでいる瞬身より早い動きではないか。

「じゃ、これはどうかな? 震天紅刺!」
 祐巳の神速の突き技。 かつて水野蓉子ですら刺し貫いた必殺の突き。

 だが、可南子はその攻撃を・・・
 ガキッ・・・と槍の先端で受けて見せた。

「うわっ! よく見えたね! まさかこれは防がれると思わなかったよ」

 いや、反対だろう・・・と可南子は思う。
 祐巳は大げさな動きで突き技を予告。 それにあわせてカウンターを撃ってくるであろう可奈子の突きを予測しその軌道上に突き技を放って見せたのだ。

 だが、いくら予告があったとはいえ、祐巳の震天紅刺にカウンターを出すことが出来る可南子の力量がすごい。

 たった2合のからみ。 たったそれだけで可南子の息は上がりそうになっている。
 思った以上に祐巳のプレッシャーはきつい。

「じゃ、次は上中下、だよ。 しっかり防いでごらんなさい」

 祐巳は少しだけ体をかがめると・・・ 「風身!」
 ついに可南子の動体視力を持ってしてもそれを凌駕するスピードで祐巳が宙に舞った。

「天竜崩落撃!」
 その攻撃が来る瞬間、可南子は槍を垂直に頭上に突き上げる。
 祐巳の姿は既に見えない。 しかし、その攻撃が頭上から来ることを可南子は全身の神経で感じ取っていた。

 バキイィィィ! と樫が爆ぜる音。
 その音が聞こえた瞬間、可南子は今度は槍を体にひきつけ、両手に最大の力を込め衝撃に備える。
 熱風が顔面を過ぎて行く。

 ガキッ、と音がした瞬間、可南子は方膝立ちになり、槍を床に突き立てる。
 銀白色の塊が可南子の目の前を通り過ぎているのだが、可南子は既に目を瞑り、感覚だけで体を守っていた。

 ガン、ダッ!! と、最後の音がして・・・

「よくできた! お見事、可南子ちゃん!」

 嬉しそうな声が頭上から降ってきた。

 祐巳の体の柔軟性を最大限に生かした天竜崩落撃。
 頭、腹、脚を次々に砕いてゆくその攻撃を可南子はたった一本の槍で防いで見せたのだ。

 だが、可南子にはわかっていた。 自分がここまでだ、ということは。 
 床に突き刺した長さ3.6mもあった槍は・・・。
 3箇所にものすごい衝撃を受けたせいで、粉々に破壊されてしまっていた。

「参りました。 祐巳さま。 ありがとうございました」

 ゆっくりと立ち上がりながら可南子は頭を下げる。

「ううん! 可南子ちゃん、すごかった。 あの攻撃を防ぐとは思わなかったよ。
 ね、みんな! 可南子ちゃんに大きな拍手を!」

 祐巳の声に我に帰った一年生たちは 「可南子さん、すごい!」 と口々に褒め称える。

「今の可南子ちゃんの動き。 ほんとにお手本になるものだったの。
 相手の隙をうかがい、呼吸を感じ、空気の動きで対策を立てる。
 みんなも、今の動きが出来るようになったら、一気に実力が上がるわ。 がんばって!」

「「わかりました!!」」

 剣術部門の一年生に大きな目標が出来た。

 今はまだ、可南子だけが紅薔薇のつぼみに認められた存在。 それが現実であれば受け入れよう。
 しかし、大きなヒントを貰った。
 しかも、祐巳の神速の動きを見ることで、”最強” の本気にわずかばかりでも触れることが出来た。

 これから行く道に大きな明かりがともったことを、ここに居る全員が感じていた。


☆★☆

〜 7月2日(土) 午後(放課後) 小笠原研究所内 武器・防具開発部門 〜

「ごきげんよう、祐巳ちゃん。 お久しぶりね」

「ごきげんよう、江利子さま。 ・・・って、どうして江利子さまがここに?」

「あら、わたしはここで働いているんだもの。 いて当然でしょ? そちらの子もごきげんよう」

「ごきげんよう。 初めまして、リリアン女学園一年椿組、松平瞳子ともうします」

「うふふ、初々しくていいわねぇ。 祐巳ちゃんの妹なのかしら?」

「えっと・・・。 瞳子ちゃんはまだ妹、ってわけじゃないんです。 わたしと一緒に修行をすることになったので今日はコマンダードレスを作りに来ました。 もうすぐお姉さまも来ます」 

 祐巳と瞳子は玄関で一旦別れた祥子より一足早く武器・防具開発部門に顔を出した。
 祥子は研究所長に挨拶に行ってから来ることになっている。

 しかし、江利子は武器・防具開発部門には参加していないはず。
 どうしてここにいるのか? という祐巳の疑問も当然だったのだが。

「ふふっ。 祐巳ちゃん、今、 「まだ」 って言ったわね。 じゃぁ 「近いうち」 に妹にするのかしら?」

「えっ? あっ・・・うっ・・・」 
 さすがに鋭い江利子の突っ込み。 頭の回転はいささかも衰えていないようだ。

「まぁいいわ。 『近いうち』 に吉報を待ってるわよ。 それより本職のゲート研究が行き詰ってるのよ。 平和でいいんだけどね。
 で、面白そうな話を聞いたからこっちにきたわけ。 コマンダードレスの新開発をする、って祥子が言ってたからそのお手伝いに、ね」

「ええっ?! 新開発、ですか? それは聞いていませんでした」

「あら、そう? 前回魔界に行ったときに令の背中の部分に何箇所も穴が開いたでしょう? その後のデータ解析はわたしがしたの。
 その解析結果が先月出たから、あれ以上の強力な服を作るプランを提出してたの。 それと祥子のリクエストが重なったからちょうどいいタイミングだったのよ」

「そうだったんですか。 ではよろしくお願いいたします。 江利子さま」

「もう開発プランは出来ているし、素材もある。 デザインは私がしたわ。 あなた達の採寸さえすれば来週には出来上がるわよ」

 今年の一月に行われた魔界での 「黄薔薇十字捜索作戦」。 その戦闘データが小笠原研究所に持ち帰られ、解析が進んだ。
 それに、もともと江利子は大学で芸術部門を専攻している。
 芸術的なコマンダードレスが出来上がるに違いない。 ・・・奇抜過ぎなければよいが・・・

 現在、魔法・魔術騎士団の各部隊やリリアンの戦闘訓練ではポリカーボネイト製の軽量で硬い半面、柔軟性のないプロテクターが採用されている。

 祐巳たちが魔界に着ていったコマンダードレスは肌に密着する構造で違和感なく着こなせるのが特徴。
 1月に着ていったものはプロトタイプであり、防御力の向上、戦闘スピードのアップなどの面でその有効性が証明された。

 このため、今回の開発で汎用品を作ることが小笠原研究所内で決定されている。
 これが完成すれば、通常の洋服を着るように纏える戦闘服が出来上がることになる。

「そんなに早く?! ありがとうございます」

「うん。 お礼を言うのなら・・・。 そうね、格闘訓練をするのでしょう? それならこの研究所の武道場でしなさい。
 わたしも気分転換に時々付き合ってあげるわ。 そして毎回ここにコマンダードレスを置いて帰ること。
 訓練が終わるごとにデータを解析してよりより物を作りたいから」

「わかりました!」 と、元気よく頭を下げる祐巳。

「よろしくお願いいたします」 と、瞳子も祐巳の横に並んで江利子に頭を下げる。

「ほんとにそうして並ぶとお似合いの姉妹よ。 早くスールになれるといいわね」

 楽しいことを見つけたときのように明るく笑う江利子。

「お待たせ。 祐巳、瞳子ちゃん。 ごきげんよう、本日はよろしくお願いいたします、江利子さま」
 
 さっそうと艶やかな黒髪をなびかせて祥子が研究室に入ってきた。
 江利子の顔を見ても驚かないところを見ると、ここに居る事を事前に聞いてきたようだ。

「うふふ、いらっしゃい祥子。 もう準備は出来ているわ。 あなたのコマンダードレスを作ることになるとは思わなかったけどね」

「もうあのような辛い思いはしたくありませんから。 それと、わたくしと瞳子ちゃんの武器なんですが、それも江利子さまが開発してくださる、と?」

「ええ、どちらかといえばコマンダードレスよりもそっちが本命。
 あなたのものは近距離からの敵の攻撃に耐え、軽量で邪魔にならないもの。 強力な攻撃力は必要ない、って注文ね?」

「はい。 とにかくスピードを殺さずにすむものを。 それと不意打ちされても致命傷だけは負わないように防御に優れたものが必要なのです。 遠距離攻撃は問題ありませんので、近距離攻撃が出来るものが希望です」

「それならウィングシールドを作るわ。 普段は拳から肘までに巻きつけておいて、戦闘になったら扇状に広がるようにする。 
 素材は極薄の強化ポリカーボネイト。それに物反鏡の能力を持たせれば超軽量盾になるから。
 先端を尖らせておくから円刃としても使用できるわ」

「なるほど・・・。 それならわたくしの希望どおりの武器になりそうですわ。 ありがとうございます」

 祥子と江利子の付き合いも長い。
 江利子は、祥子の特性を理解した上で最新素材と最新技術を駆使しもっとも希望どおりの武具を作ってくれると言う。
 このあたり、瞬時の判断をする天才は、さすがミス・オールマイティと呼ばれるに相応しい。

「ウィング・・・。 素敵です、お姉さま。 きっとお姉さまにぴったりの武器になります!」
 祐巳は、ウィング → 天使の羽 → 天使の様に美しいお姉さま と、ぽ〜っとなって連想(妄想?)した。

「そう? ぴったりなら嬉しいわ」 と、祥子も祐巳に笑い返す。 

「それと、瞳子ちゃん。 あなたに相応しい武器はあなたの動きを見てから決める。
 祥子、あなたもまずは基礎訓練よ。 武器を使うなんてまだまだ先の話。
 祐巳ちゃんならビシビシ鍛えるでしょうけど、わたしのシゴキも厳しいから覚悟しておきなさい」

 江利子は楽しそうに笑うが、祐巳は 『祐巳ちゃんならビシビシ鍛える』 と言われたことにすこし頬を膨らませる。

「えっと、江利子さま。 わたしお姉さまをビシビシ鍛えるなんて出来ませんよ〜。
 お姉さまはどんなことにでも自分から立ち向かっていける人なんですよ。 だから私はお手伝いするだけです」

「ふふっ。 まぁそう思っているのならそうしておいて上げるわ」 とさらに江利子は笑う。

(祐巳ちゃんの”お手伝い”か。 それがどんなシゴキよりきついか、すぐにわかるわよ、祥子)

 祥子のような努力家は手を引かれても伸びてゆくのだろうが、後ろから見ていられるだけのほうがより伸びるもの。
 祐巳の信頼に応えたい、と言う想いが祥子をさらに高みに引き上げる。

 それがわかっているからこその江利子の笑いだった。

 そしてこの場にいるもう一人。 松平瞳子もプライドが高いことが見ただけでもわかる。
 言ってみれば、”孤高に咲く気高き薔薇”  まだ、大輪と咲くまでには程遠い蕾でしかないが、大きな将来性を感じさせる。
 才能溢れる魔法使いなのだろう。 それに心を隠すのが上手なようだ。
 いや・・・。 それ以上に何かと戦っていることが洞察力に優れた江利子には手に取るようにわかる。

(これは祐巳ちゃんも苦労しそうね・・・。 それよりこの子の繊細な心をわかって上げられるだけ祐巳ちゃんが成長しているのか・・・。 楽しみに見させてもらうわ)

 祐巳を見る眼は悪戯っぽく笑っているようで・・・。 その奥にあくまでも冷静にすべてを見透かす光が宿っていた。




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