【3475】 小笠原祥子の憂鬱  (杏鴉 2011-03-15 21:45:37)


これは以前掲載したお話を別視点から描いたものです。
先にこちら↓をお読みいただかないと、理解しづらい迷惑な代物です。

『祐巳side』
【No:2557】→【No:2605】→【No:2616】→【No:2818】→【No:2947】→【No:2966】→【No:3130】→【No:3138】→【No:3149】→【No:3172】(了)





あの子は私の太陽だ。
でも、私だけの太陽ではない。
ひとりじめしようと太陽を抱きしめる愚か者は、跡形もなく燃え尽きるだろう。

あの子の光は私に届いている。
だから私は……今のままでいい。


  ☆


朝は苦手だ。
血圧が低いせいか、なかなか目が覚めてくれない。
起きてもしばらくの間はぼんやりしている事が多かった。

「祥子さん。少し痩せた?」

だから朝食の席で母からそう言われた時も、質問の内容を理解するのに多少の時間がかかってしまった。

「……そんな事はないと思いますけれど」
「そう?ならいいけど」

母はそう言いながらも心配そうに私を見ている。
そういえばこのところ体重を量っていなかった。自己管理という面からすればこれはあまり良くないだろう。
けれど、べつに体調は悪くない。
毎日顔を合わせている母にそれと分かるほど、体重の変化があるとは思えなかった。

「では、行ってまいります」
「祥子さん。まだ残っているじゃない」
「朝からそんなに食べられませんわ」

心配性の母が私の好き嫌いにまで言及し始める気配を察し、早々に席を立った。
それはいつもと同じ朝のはずだった――。





銀杏並木を歩く私の目に妙な光景が映った。
マリア像の前に祐巳がいる。
べつにそれ自体は妙でも何でもない。
祐巳もリリアン生らしく登下校の時にはきちんとマリア様にお祈りをしているのだから。
問題なのはその格好だ。
どういうわけか祐巳は跪いてお祈りをしていた。
お御堂ならまだしも……、敬虔なクリスチャンである志摩子だってあそこまではしないだろう。

普段は立ったままお祈りしていたはずの祐巳がどうして今日は跪いているのだろう。
しかもなんだか楽しそうな顔をしている。
まったく理解できない。

頬が自然と緩んでいく。
あいかわらず見ていて飽きない。
あの子は時々、突拍子もない事をして私を驚かせてくれる。
大切な、私の妹。

祐巳を遠巻きに見ていた生徒たちが私に気付き始めた。
私は笑みを消すと、姉に相応しい表情で祐巳に歩み寄った。

「……祐巳。あなた何をしているの?」
「ごきげんよう!」

勢いよく振り返った祐巳のスカートの裾がふわりと舞った。
はしたない、とは思わなかった。
祐巳のちょっとした仕草や表情、私を呼ぶ声、そのすべてが可愛くて仕方がない。
……自分でもどうかしていると思う。

姉が妹を可愛く思う事の何がいけないというのか。
そう開き直れるなら、どんなにいいだろう。
けれど無理だ。

私は祐巳のまっすぐな笑顔から目を逸らした。
そんなふうに見ないでほしい。
ワガママな私は本気でそう思った。

マリア様……。
どうかそこで見ていてください。
私が太陽に手を伸ばさないように。
この暖かな光を失わぬように。





入浴を済ませた私は体重計に乗った。
今朝、母に言われた事を思い出したのだ。

「……え?」

二度、量りなおした。
体重計のデジタル表示に変化はない。何度やっても同じ数字だった。

3キロも減っている。

最後に体重を量ったのは確か先週だ。
一週間かそこいらで3キロも……?
食事も普段どおり食べていたし、ここしばらくは体調を崩してもいなかった。
それなのに……
これといって不調は感じないけれど、一度掛かりつけのお医者さまに診てもらった方がいいかもしれない。
明日、母に話そう。


――この時の私には、これがハジマリだなんて気付けるはずもなかった。





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