【348】 桜の木の下  (まつのめ 2005-08-11 12:08:46)


(No314 真説逆行でGOから) No.318の裏。



「あ……」
 声を出したのはどちらが先だっただろうか。
 二メートルと離れていない距離に、桜吹雪を浴びた少女が目を丸くしてこちらを見ていた。
 一瞬、私は栞を思い出した。
 別に似ていたわけではない、ただ、思い出したのだ。
 というか目の前の少女は栞のような長髪ではなく癖のある髪をツインテールにした、この少女には失礼かもしれないが、綺麗というよりむしろ可愛らしい感じの少女だった。
 知った顔ではなかった。どこか幼い感じから恐らく新入生であろうと推察した。もっとも在校生の顔だって殆ど覚えていないのだから当てにならないが。

「あなたは……」
 言いかけて私は言葉を失った。
 彼女が、微笑んだのだ。
 それは栞とも違う、包み込むような安心させるような、とても私が真似できないような心からの笑顔だった。
「ごきげんよう」
 少女は言った。
 彼女が微笑みながらそう言った瞬間、桜吹雪の中に白く輝く天使の翼を見た。
 それは私の錯覚だったのかもしれない。だが、私はその神々しさに逃げ出すことはおろか、指先一つ動かすことが出来なくなってしまった。
 彼女の唇が言葉を紡ぐために形を変えた。
「せっ……」
 ドキリとした。
 「聖」と名前を呼ばれたかと思ったのだ。
 その瞬間、硬直ていした私の意識が呪縛が解けたように再び動き出した。
「あの、どうかなされましたか?」
 心配そうに私を見つめるその少女は最初に見た普通の女の子に戻っていた。
「え、いや、君は?」
 もはや冷静になれなかった。
 これでは栞のときと同じだと心のどこかで警告が鳴っている。
 だが、彼女のことを知りたくてたまらない気持ちは抑えがたかった。
「私ですか? 私は……」
 そのとき彼女は翼を広げた。
 いや、違った。
 ふわふわの羽に見えたのは人の髪の毛だった。
 茶色のウェーブがかかった髪が光の加減で白く輝いて見えたのだ。
 彼女の後ろに友達であろうかもう一人少女が居た。
 こちらは長い髪と色素の薄い肌が西洋のアンティーク人形を連想させるような容姿だった。
「えっと、こちらは志摩子さん」
「ちょっと祐巳さん、どうして私を紹介するの?」
 後ろに居た彼女のお陰で少女の名前がわかった。
 天使といわれれば殆どの人が後ろの少女を指すであろうが、私は不思議と彼女に興味が湧かなかった。
「ユミちゃんか。苗字も教えてくれない?」
「えっ? わっ、私?」
 驚いたように目を見開くユミちゃん。
「そうよ、あなたよ」
 見ていて判ったが彼女はころころとよく表情が変わる。
 一言話すごとに、ユミちゃんに対する興味が増すのを感じていた。
「あの、福沢祐巳です。こちらは藤堂志摩子さん。二人とも一年桃組です」
 もっと知りたい。好きなものはなに? 家族構成は? 兄弟はいるのかしら?
 止まらなくなりかけた私の心にストップをかけたのはユミちゃんの後ろに居たシマコという少女だった。
 ユミちゃんが彼女の名前を言ったとき、彼女と目が合ったのだ。
 既視感。
 それも冷たい風が吹きすさぶ冬のような。
 ――これでは栞の時と同じだ。このまま突き進めばきっと彼女を壊してしまう――
 彼女の目をみて栞を追いかけていたころの自分を思い出してしまった。
 私は少々不自然なことは承知で「それじゃあ」といって逃げるようにその場を後にした。


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