【3499】 何か言ってよ薄紅色の世界で二人だけのお茶会  (ものくろめ 2011-04-29 16:49:54)


窓から入る夕焼けの光が部屋の中をうっすらと赤く染めていく。
あともう少し。
世界が完全に薄紅色に染まったら、二人だけのお茶会は終わりを告げる。
どちらからともなく席を立ち、私がカップを片付けて、祐巳さまが窓の戸締りを確認する。
そうしてそれぞれの鞄を手に持って、お互い何も言わずに薔薇の館を後にする。
マリア様の前でお祈りをして、学園を出たところで初めてお互いに声をだす。

「ごきげんよう」

そう言ってそのまま互いの家へと帰っていく。
いつもどおりの二人だけのお茶会は、前もってそう決めていたかのように、毎回決まった手順で終えられていく。

黄薔薇姉妹と瞳子が部活、志摩子さんが委員会などの用事で薔薇の館に来れなくて、特に山百合会の仕事が無い時だけに行われる二人だけのお茶会。
黄薔薇姉妹はもちろん、志摩子さんや瞳子だっておそらくは知らない時間。

その日は私たちしか薔薇の館に来ないとわかった時からお茶会は始まる。
お茶はだいたい私が入れるけれど、事前に他の人が来ないことがわかっていて、祐巳さまが私よりも先に来た時だけは祐巳さまがお茶を入れる。
そうして明かりをつけないで、声を出さないで二人向い合ってお茶を飲む。
陽が沈むまでの僅かな時間、私は祐巳さまの顔をじっと見つめる。
祐巳さまはいつも何かを言いたそうに口を開こうとするけれど、私の顔をみるなり口を閉ざしてしまう。

ねえ、祐巳さま。
いつも何を言おうとしてるんですか?
なんでいつも私の顔を見て、言うのをやめるんですか?
その言語は私を悲しませることなんですか?
だから優しいあなたはそれを口にしないのですか?
それとも、もしかしたら、その言葉は私を喜ばせることなんじゃないですか?
例えば私との関係をもう少し親密にしたいとか?

そうやって心のなかで祐巳さまに問いかける。
でも私はそれらを口に出そうとはしない。
こうやって祐巳さまの顔を黙って見つめているだけで、私の心は満足してしまうから。
今この時だけは私の心の中は祐巳さまのことだけでいっぱいだから。

そしてこの時だけは私が祐巳さまを独占している。
祐巳さまの瞳を見ればわかる。
きっと祐巳さまも私のことしか考えていない。
だから今はまだこのお茶会はこのままでいい。
お互い何も言わずに向い合って紅茶を飲みながら、世界が薄紅色になるのを待つだけの時間でかまわない。
いつかこれだけで満足ができなくなる時がくるまで、私は決してこのお茶会で言葉を口にすることはないだろう。

私か瞳子に妹ができるか、祐巳さまが卒業したらこの薔薇の館でのお茶会は終わってしまうだろうけど、その時は場所を変えてまた二人だけのお茶会を開いている気がする。
そんな未来を頭の中に描きながら、私は冷めた紅茶の入ったカップを口元に運んだ。





薄紅色の世界での、私と乃梨子ちゃんの二人だけのお茶会。
それはお互い向い合って紅茶を飲むだけの時間。
特にこうしようと決めて行っているのではなく、ただ気がついたら自然と行われていた出来事。
ひとつ言えることは、福沢祐巳はこのお茶会が、時間が、世界が好きだということ。
ただ一つある不満なことを除けば。


いつからだろう、見ているだけで満足できなくなったのは。
もしかしたら、このお茶会の最初からそう思っていたのかもしれない。
乃梨子ちゃんの声が聞きたい。
私の思いを声にして伝えたい。
二人だけのお茶会の回数を重ねるごとに、その思いは強くなっていく。


「何か言ってよ」

その一言がどうしても口から出てこない。
何度乃梨子ちゃんにそう言おうと思っただろうか。
それなのに乃梨子ちゃんの顔を見るたびに思いとどまってしまう。
乃梨子ちゃんの満足そうな顔を見ると私だけが現状に満足していないようで、なんとなく自分がわがままなだけなのではないかと思ってしまうから。
それとも乃梨子ちゃんには私とは違うものが見えていて、それがあるから満足できているのだろうか。


「私の何を見ているの?」

じっとこちらを見ている二つの瞳。
そこに映る私の顔。
毎朝鏡の前で見ている見慣れた顔のはずなのに、乃梨子ちゃんの瞳に映るそれはなぜか私の知らない顔のように見える。
なにかを思い煩っているような、そんな顔。
そしてそれは乃梨子ちゃん自身の顔にも当てはまる。
私の顔を見つめて乃梨子ちゃんは何を思っているのだろうか。
もしかしたら私と同じことを思い悩んでいるのかもしれない。
それとも違うことかな?


「何を考えているの?」

聞きたいけれど、知りたいけれど、言えない言葉。
二人で向い合ってお茶を飲むだけの時間。
何も言ってはいけないようなそんな空間。
儚く脆い、うたた寝の時の夢のような世界。
言葉はきっとそれを簡単に壊してしまう。
それでもいつか私は何かを言うに違いない。
誰か新しい人が山百合会に入ってきてこのお茶会が無くなる前に、私がこの世界を終わりにするのだろう。

なんで始まったのかわからない二人だけのお茶会。
もしかしたらそれは、私が乃梨子ちゃんのことを意識しはじめたときに始まったのかもしれない。
それとも乃梨子ちゃんが――?
そんなに昔のことではないはずなのに、始まりはもうわからない。
まだ両手で数えられるくらいしか行われてないはずなのに、もっと多くの時間を乃梨子ちゃんとこうやって過ごしている気がする。
二人の共有した時間に比例して、二人の関係も近くなってきているのかな。
この世界が壊れても、また二人だけのお茶会を開けるくらいまで。
そして時間と場所を変えたあたらしい二人だけのお茶会で、新しい世界が生まれるのだろう。

そう遠くない未来にそれは叶うはず。
二人の共有した時間をもう少しだけ重ねて、二人の関係があと少し近くなればきっと。


部屋の中が薄紅色の染まっていく。
私はカップに残った紅茶の雫を飲み干すと、いつものように戸締りを確認しようと席をたった。


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