【3500】 夢の続きが追いかけてくる  (蛙サラダ 2011-04-30 01:11:00)


自室で手足を投げ出すようにして床に寝そべり、ぼんやりと天井を眺めていると思っていたら、
次の瞬間には近くにあったクッションに顔を埋めて、そのままじっと動かなくなったりする。
さらには部屋の端から端までごろごろと転げ回り、それを数往復くり返したりする。
そして大きく溜め息をつき、むくりと起き上がると、何をするでもなく頭を抱え込んでしまっている。


ある日の、二条乃梨子の様子である。
彼女は煩悶していた。
それまでの人生でもトップ3に入るくらい悩んでいた。
苦悩を幾重にも重ね、想像を翼のように広げ、
そうして懸命に可能性の糸を探りながらも、しかし乃梨子が望む結論には到底至らない。


いや、そもそも、どんなに考えようとも無駄なのだ。
乃梨子はその事実を充分理解していた。
けれどそれでも考えずにはいられない。
だから人は苦しむのだ。


一体、何だったんだ。


泥沼の底で苦しみ、あがきながら、乃梨子はもう何度目となるのか分からない疑問を自らに投げかけた。


一体、何だったんだ。
祐巳さまがあの時はいていた、ぱんつの柄は……。








放課後のことだった。
一人薔薇の館へと向かっていた乃梨子は、途中の中庭に差しかかった辺りで、前方によく見知った背中を見かけた。
紅薔薇のつぼみこと、福沢祐巳である。
祐巳は特に急ぐ様子もなく、二つに結わえた髪を小気味良く揺らしながら、
薔薇の館までの道中を楽しむかのようにのんびりと歩を進めていた。
後方の乃梨子には、まだ気づいていない。


何たる僥倖か。
乃梨子は内心ガッツポーズをした。
これで薔薇の館、さらに言うなら二階会議室まで、祐巳と二人きりである。
時間にすればものの数分程度であろう。
しかしそのたったの数分間は、祐巳と二人きりという付加価値を伴うことによって、黄金よりも勝る喜びとなるのだ。
あぁ今日は良い一日だった、と早くも思う乃梨子であった。


急激に高まった心拍を必死になだめ、顔の火照りを冷まそうと、深呼吸を数回。
同時にどのように声をかけようかと考えを巡らせる。


ごきげんよう、祐巳さま。


これが一番スタンダードか。
無難ではあるが、しかしちょっとつまらないかもしれない。
或いはあえて声をかけないというのもありか、と乃梨子は思い立った。
気づかれないよう気配を消してこっそりと近づき、そして祐巳の肩に手を乗せる。
そして驚いて振り向いた祐巳の頬を、伸ばした人差し指でつつくという寸法だ。
何とも古典的な悪戯。
しかしただお決まりの挨拶をするよりかはフレンドリーだし、
お茶目な後輩に対して口では怒りながらも、
祐巳はきっと眩いばかりの笑顔を向けてくれるだろう。


そんな場面を想像して、乃梨子は口元を緩ませた。
よし、これで行こう。
そう決意した矢先のことだった。
祐巳が怪奇な悲鳴と共に足をつまづかせたのは。


豪快な転びっぷりだった。
むしろ清々しささえ感じさせるくらいだった。
両手で持っていた鞄は綺麗な放物線を描いて放り出され、
当の祐巳はまるで潰れた蛙さながらに、情けなく地面に突っ伏していた。
はっきり言って無様だった。


そして乃梨子はと言うと、助けに駆け寄ることもなく、すぐそばにあった植え込みに姿を隠していた。
何故か。
情けないところを後輩に見られてしまった祐巳の心情を考慮したからではない。
真の理由は、乃梨子が穴が開くのではというほどに凝視している視線の先にあった。


ぺろんと、祐巳のスカートがめくれていたのである。
一体どういう転び方をすればそうなるのか分からないが、
リリアン特有の長いスカートがきれいにめくれて、祐巳の太ももが露わになっていたのである。
その健康的な艶やかさに、乃梨子の視線は釘付けになった。


しかしむき出しになっていたのはそこまで。
下着の部分までは見えなかった。
いや、もしかしたら角度によっては見えたのかもしれない。
或いは、もう少し注視する時間があれば、覗けたのかもしれない。
いずれにしても、間もなく祐巳は立ち上がり、
焦った表情できょろきょろと周辺を見回してから足早に立ち去ってしまったので、それは叶わなかった。


祐巳が去った後も、乃梨子は微動だにせず、植え込みに姿を隠したまま。
だが心拍数は上昇の一途を辿っていた。
時間にしてたったの数秒間であったが、垣間見ることが出来た桃源郷。
スカートの中という、日常生活ではおよそお目にかかれないであろう神秘的領域を、
乃梨子は偶然にも目撃してしまったのだ。


己の記憶能力を限界まで駆使したおかげか、
あの露わになった祐巳の大腿を鮮明に思い出すことができた。
そうして興奮と恍惚に酔いしれる一方で、乃梨子は激しい後悔に襲われていた。
何故その先の領域を、この目にすることができなかったのかと。


乃梨子は見たかった。
さらなる秘境、ありていに言えば、祐巳のぱんつを。
太ももでさえ滅多に見れるものではないのだからそれだけで満足、とは決していかなかった。
欲望は、さらなる欲望を呼び寄せる。
その心理を乃梨子は思い知り、そして祐巳の太ももを思い出すたびに、狂おしいほどの欲求に苛まされた。


一体、何だったんだ。
祐巳さまがあの時はいていた、ぱんつの柄は……。


二条乃梨子の苦悩は、こうして始まったのだった。








その後乃梨子は薔薇の館に向かうのをやめ、そのまま家に帰ってしまい、そして冒頭に至る。
とても普段通りの活動ができる状態ではなかったし、何よりまともに祐巳の顔を見れそうになかった。
結果的に山百合会の活動をサボってしまったことになってしまい、
その負い目も多少は感じたが、それも結局は乃梨子の煩悶に呆気なくかき消された。


延々と乃梨子は考えている。
ぱんつを。
祐巳のぱんつを。
一体祐巳さまはどんなぱんつをはいていたのだ、と。
祐巳のぱんつが、乃梨子の脳内をぐるぐる駆け巡っている。


…………


白だろうか。
清楚、可憐、無垢。
祐巳さまらしいと言えば、らしい気がする。


それとも縞々か。
何だか可愛らしいし、これもあり得る。


同じ路線で、水玉とか。
これも個人的にはありだ。


動物とかがプリントされているやつはどうだろう。
でもこれはやや子供っぽすぎるか。


大人っぽく、レースのついているやつか。
少し背伸びしている感じがして微笑ましいかもしれない。


まさかの黒か。
祐巳さまのイメージとは全然違う。
けど、可愛いものほど裏腹に毒を持っていたりするものだ。
見た目がえぐい深海魚だって、食べたら意外に美味しかったりするではないか。
それと同じだ。
……同じか?


…………


祐巳のぱんつが、乃梨子の脳内を駆け巡っている。
ぐるぐる、ぐるぐる。
妄想の希望の加速を得て、勢い良く駆け巡っている。
いつまでも、いつまでも。
陽が落ち、夜が更けて、世界が眠りに落ちても、乃梨子は相変わらず考え続けていた。







翌朝。


「まぁ乃梨子さん。一体どうしたというのです、そのひどい有様は」


目は真っ赤に充血し、その下には立派なくまができている乃梨子を見て、
瞳子は驚きを隠しもせずに言った。
結局一睡もせず、一晩中悩み続けていたというわけである。
乃梨子は適当に返事をしながら、机にだらしなく突っ伏した。


「調子が悪いのでしたら、無理はしないほうが良いかと思いますけれど」


「だーいじょーぶだよー」


と、ひらひらと手を振りながら、乃梨子。
確かに寝てはいないが、頭だけは妙に冴えている。
というか、未だに祐巳のぱんつが頭から離れていない。


「それと、昨日は一体どうしたのですか。連絡もなしに、帰ってしまうなんて……。
 何があったのかは分かりませんけれど、お姉さま方に迷惑をかけてはいけませんわ」


「うん、それは本当に悪かったって思ってる。ちゃんと後で皆にも謝るよ。でも……」


「でも?」


祐巳さまのぱんつが気になって仕方なかったんだもん。


(……なんて、言えるわけないよなぁ)


祐巳の太ももを思い出したり、ぱんつに想いを馳せたり。
さらにどんな色・柄が似合うかを想像力をフルに使って考え続けた。
冷静に振り返ってみれば、いかに自分が変態か、今更ながら思い知る乃梨子である。


「いや、やっぱり何でもない。ね、ところでさ」


「何ですか?」


「知らないほうが幸せなことって、あると思わない?」


「……はあ?」


「知ってしまったから、さらにその先を知りたくなる。
 実際にこの手に掴めないものだと分かっていても、その幻影を求めてしまう。
 ただ苦しい思いをするだけだって分かっているのに。
 ……それだったらいっそのこと、最初から知らないほうが良かったのかもしれない」


「な、何だか今日の乃梨子さんは、いつもと一味違いますわね」


言葉にすると格好良いが、実際乃梨子を苦しめているのは、祐巳のぱんつである。


「……乃梨子さん、何か私に隠しごとでもあるのでは?」


訝しげな、瞳子の声。


「……ないよ」


「では、悩みごとですか?」


乃梨子は答えない。
というか、答えられない。
確かに悩みごとである。
しかし内容があまりにもアレなのだ。


業を煮やしたのか、瞳子は溜め息をつくと、乃梨子の両手を包み込むように握った。
驚いて顔を上げた乃梨子と瞳子の視線が、真正面で交わる。
瞳子がいかに真剣であるか、乃梨子は直感的に悟った。


「乃梨子さん」


「な、何?」


「一人で何もかも抱え込まないでください。
 私達は、クラスメートで、仲間で、親友であると思っています。
 幸せも苦しみも分かち合える、無二の存在であると思っています。
 私は乃梨子さんの力になれると思いますし、その逆もあると思っています。
 ……それともこれは、私の勝手な思い上がりだったのですか?」


「瞳子……」


瞳子の真摯な言葉が、乃梨子の胸を強く打つ。
こんなに心配してくれる友人を裏切るような真似をして良いのか。
乃梨子はそう自責し、同時に感動を覚えていた。
瞳子になら打ち明けても良いかもしれない。
纏わり付く苦悩の全てを、瞳子なら、受け止めてくれるかもしれない。
乃梨子はそう思った。


瞳子は確信的な思いを得たのだろうか。
ただじっと、乃梨子の言葉を待っていた。
強く乃梨子の手を握って、辛抱強く待っていた。
沈黙が密度を増して、乃梨子に迫る。


ややあって、乃梨子はついに意を決し、口を開いた。


「瞳子」


「……はい」


ごくり、と瞳子は息を飲む。


「あのさ、」


祐巳さまって、どんなぱんつはいてると思う?


……


……


……


……


(なんて、やっぱり聞けるかあぁぁ!)


「え、ちょ、ちょっと、乃梨子さん!?」


瞳子の手を振りほどき、勢い良く立ち上がったかと思うと、
次の瞬間には乃梨子は教室を飛び出していた。
廊下にシスターの叱責の声が響いたが、それでもお構いなし。
瞳子が慌てて廊下に出たときは、もう乃梨子の姿はどこにも見えなかった。


わき目も振らずに廊下を駆け抜けながら、乃梨子は心の中で叫ぶ。


あぁ、祐巳さまは、一体どんなぱんつをはいているのだ!!



















「あ、志摩子さん」


「あら祐巳さん。ごきげんよう」


「うん、ごきげんよう。……志摩子さん、何だか嬉しそうだね。何か良いことあったの?」


「ええ。蔦子さんから、とても良い写真を頂いたの」


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