【3521】 ギュッと抱きしめる  (ex 2011-05-31 19:05:11)


「マホ☆ユミ」シリーズ 第2弾 「祐巳の山百合会物語」

第1部 「マリアさまのこころ」
【No:3404】【No:3408】【No:3411】【No:3413】【No:3414】【No:3415】【No:3417】【No:3418】【No:3419】【No:3426】

第2部 「魔杖の名前」
【No:3448】【No:3452】【No:3456】【No:3459】【No:3460】【No:3466】【No:3473】【No:3474】

第3部 「進化する乙女たち」
【No:3506】【No:3508】【No:3510】【No:3513】【No:3516】【No:3517】【No:3519】【No:これ】(第3部終了)

※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は 第1弾【No:3258】〜【No:3401】 → 番外編【No:3431】〜【No:3445】 から継続しています。 お読みになっていない方はご参照ください。


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〜 7月10日(日) 夕方 福沢家 リビング 続き 〜



「あの、祐巳さま。 わたしたち、今日志摩子さんからミサンガを見せていただきました。
 そして、少しだけですが着けさせていただきました。
 とても苦しいものだったのですが・・・。 でも、わたしたちにミサンガを与えてはくださいませんでしょうか?
 可南子さんと二人、きっと耐え抜いて見せます。 いえ、耐えることが出来なければこの計画自体、計画倒れになってしまいます」

「ええっ?! 二人とも、あれをつけたの?」

 今度は祐巳が大いに驚く番だった。
 だって、江利子さまは、この二人にミサンガのことは言うな、っていってたじゃない、と志摩子を見る。

「ごめんなさい、祐巳さん。 すぐにばれちゃったの。
 今更だけど、江利子さま、この二人が気付くのをわかっていたんじゃないか?って思うのよ」

「あ〜!! 江利子さまなら! わかっててこの二人を試した、って言うのね?」

「ありそうでしょう?」
「う・・・。 そうだねぇ。 そう言われれば・・・」

 ・・・ まぁ、この志摩子の予想、図星なわけで。
 そうして志摩子の力が抑えられていることに気付いたのなら、このランダマイザが練りこまれたミサンガに挑戦するだろう、と。

 鳥居江利子もまた、不確定な脅威がすぐ傍まで近づいているのではないか、と予測しているのだ。
 そうであるなら、一刻も早くこの力量豊かな二人に効果的な修行をさせたい、と思っている。

 江利子自身、その思いが利己的であることもわかっている。
 だが、どんな手段を使ってでも・・・。 江利子の隠された熱情は未だ暝く渦巻いているのだ。
 先々月いとなまれた鳥居家の長兄の一周忌。
 その場で、再度江利子は誓ったことがある。

「たしかに、あのミサンガは伸び盛りの乃梨子ちゃんと可南子ちゃんには効果的、かもしれないんだけど・・・。
 とても苦しいんだよ・・・」

 困った顔で乃梨子と可南子を見る祐巳。
 しかし、その熱い視線に心を打たれる。

「でも、覚悟を決めてるみたいね・・・。
 しかたない。 志摩子さんも乃梨子ちゃんに渡す決心をしたからここに二人を連れてきたんだよね?」

「えぇ。 乃梨子なら乗り越えてくれるわ。 それに、さっきの乃梨子、見たでしょう?
 わたしたちなんかより、よっぽど乃梨子の方がしっかりしているわ。 信頼してもいいと思うの」

「うん、そうだね・・・。 可南子ちゃんもすごい友達思いのところを見せてくれたし。
 わたし、可南子ちゃんが乃梨子ちゃんを庇って立ったとき、すごく嬉しかったんだよ」

「祐巳さま、それじゃぁ・・・」

「うん! 可南子ちゃんにはわたしが使っているミサンガをあげる。
 そのかわり、とっても苦しい試練だから注意書きをよく読んでお使いください」

「祐巳さん! 注意書き、なんてなかったじゃないの!」

「ん〜、志摩子さん、素早いツッコミだけどひねりが無いなぁ・・・。 もうちょっと修行しようね」

(んな、アホな!) と、乃梨子は心の中で突っ込んだが、さすがに口にはしなかった。




 祐巳からミサンガを付ける時間、絶対にはずさなければならない時間、効率的な使用方法、などを事細かに説明を受けた乃梨子と可南子。

 そして・・・。

「まずい! もうこんな時間だ!」
 一生懸命説明していた祐巳と、祐巳の言葉を二人に通訳していた志摩子。
 気がつけば、夜10時が近い。

「志摩子さん、二人を妖精王のリングで送ってくれる? 瞳子ちゃんは私が送るから」

 祐巳が志摩子に頼む。

「それと・・・。
 今日、わたし瞳子ちゃんのお宅に泊まる約束をしてきたの。
 瞳子ちゃんのご両親にはもうお許しをいただいたのよ。
 せっかく、ここまできてるのにあと一歩なんだ。 どうせなら今夜中に瞳子ちゃんに身につけてもらいたいの」

「「「えええっ!!」」」

 瞳子を除く3人が飛び上がって驚く。 

 この二人の間に、今日何があったのだ? と訝しげに見る三人。

「嫁入り前なのに・・・」
 いや、そうじゃなくって。

「えへへ、多分みんな明日になったらとても驚くことが起きる。 期待していていいよ。
 じゃ、志摩子さん、二人をお願いね。 それと戸締りもね!」

 こうして、二条乃梨子と細川可南子をそれぞれの家に送り届けた志摩子。

 祐巳は、無事松平家に泊まる事ができたようだ。

 夜半、一人、福沢家に帰ってきた志摩子はめまぐるしかった今日一日のことを考えながらもさすがに疲れていたのだろう。

 妖精王のリングは一度使うだけで体力を半分ほど持っていかれる。
 自分の部屋のベッドに腰掛けた志摩子は、ほんの三分と持たず深い眠りに落ちて行った。



☆★☆

〜 7月10日(日) 夜 松平邸 〜

「おば様、瞳子さんを送り届けるのが遅くなってしまいました。 申し訳ありません」

 夜10時を過ぎて松平家に瞳子を送り届けた祐巳は恐縮しながら瞳子の母親に頭を下げる。

 松平家も由緒正しい旧家。 その広い敷地の中に古めかしくも豪華な洋館として建てられた邸宅の広い玄関ホール。

 正面には大きな階段がこれまた巨大な支柱2本の間を真っ直ぐ伸び、壁から先は左右に分かれて2階へと続く。

 階段の両脇には奥へと続くドアが左右に配置されており、屋敷の広さが伺われる。

「そうね。 いくら連絡をもらっていたからと言って、少々感心しない時間ですよ」

 瞳子を一回りふくよかにしたような上品そうな婦人。
 祥子の父親、小笠原融の姉の嫁いだ先が柏木家。
 瞳子の母親は、現・柏木家当主の妹に当たる人物である。

 小笠原家とは外戚関係に当たるこの婦人は、厳しい言葉を投げかけたのだが、その表情はあくまでも穏やかだった。

 祐巳と瞳子の母親は小笠原家のパーティで数回会っている。
 もちろん、祐巳の 『魔界のピラミッド事件』 での活躍も映像で見ていた。

「お母さま、祐巳さまを責めないでください。 予想外のお客様があって時間を取られてしまいましたの」

 祐巳の隣で瞳子が少し困った顔で母親に謝っている。

「まぁ。 瞳子がこんなに遅くなることなんて無かったことでしょう? お父様も心配していらしたのよ」

「ごめんなさい。 お父様にはあとで謝りに行くわ」

「祐巳さん。 瞳子が夕食をご馳走になったことはお礼を言っておくわ。 それと、瞳子に部屋に寝具は準備させていますから。
 明日も学校なのだから、あまり遅くならないようにね」

「ありがとうございます、おば様」
 祐巳は瞳子の母親に再度頭を下げる。

「では、瞳子は祐巳さまを部屋に案内してきます。 お父様の部屋にはそのあと行くわ。 いいでしょう?」

「いいえ。 先にお父様の部屋に行きなさい。 祐巳さんは私が案内しておくから。 さぁ、早く」

「え、でも・・・」

「いいから早く。 お父様がお待ちなんですから」

 瞳子に有無を言わせず命じた母親は、祐巳にこちらですよ、と一言かけて2階に上がってゆく。

「祐巳さま、申し訳ありません。 すぐに部屋に戻りますから」
 と、瞳子は祐巳に一礼すると、瞳子の母親が上ってゆく階段とは反対の階段を上がってゆく。

 瞳子が階段を上がりきり、その先の廊下に消えてゆく気配。

 その気配を感じ取った瞳子の母親はゆっくりと祐巳に向かって振り返る。

「祐巳さん、清子さまのこと・・・。 あなたが治療したのでしょう? ほんとうにありがとう」

「え?! いいえ、あれは私の責任です。 清子様には4年もの間苦しい生活を・・・。
 わたし、取り返しの付かないことをしてしまいました。」

「でも、あなたは立派に償ったわ。 わたくし達は誰もあなたを責めてはいないのよ。
 覚えていて頂戴。 柏木家と松平家は最後まで小笠原家を守り抜く覚悟があります。
 それに両家とも、祐巳さんのことを気に入っているわ。 わたくし達だけは信頼していいのよ。
 その上でお願いがあります。 瞳子のこと・・・、これからもよろしくお願いしますね」

「あ・・・。 はい! でも、瞳子ちゃんにはこれから苦しい試練を課す事になるかもしれません。
 瞳子ちゃんの才能のすごさは私なんかよりずっと上なんです。 だから・・・。
 瞳子ちゃんには辛い試練になるだろうってわかっているんですけど・・・。 えっと・・・」

 祐巳は一生懸命に瞳子のこれからのことを説明しようとするのだが、緊張のせいか上手く言葉に出来ない。

「うふふ。 祐巳さんの想いは十分伝わっていますよ。 でも言ったでしょう?
 松平家は最後まで小笠原家を支える、と。 そのためにその才能を生かすことが出来るのだとしたら、瞳子も喜ぶでしょう。
 瞳子は、いつも無理に自分を抑えているんです。 母親の私にはわかります。
 だけど、ここしばらく、瞳子はとても生き生きとしていますの。 祐巳さんのおかげだと。
 わたくしもそう思っているわ」

「あ・・・、ありがとうございます」

「わたしからはそれだけ。 さ、もう瞳子も帰ってくるでしょう。 その先が瞳子の部屋です。
 ごゆっくり、と言いたいところだけど、明日も学校があるのだから無理はしないでね」

「はい!」

 祐巳の返事に軽く頷いた夫人は瞳子から姿を隠すように足早に立ち去る。
 ちょうどその時、突き当たりの廊下の扉を開けて瞳子が祐巳の前に出てきた。
 回廊になっているので、父親の部屋からはこっちのほうが早い。

「祐巳さま、お待たせしました。 お母さま、何か言ってました?」

「えっと・・・。 いいお母さまだね!」

 志摩子さんなら、「いいえ、なんでもないわよ」 なんて微笑み一発で相手を丸め込むのだろうが、さすがに祐巳にその技は無い。

 でも、瞳子の母親の言葉にジーン、っと胸の奥が熱くなっていた祐巳はそれでも精一杯の笑顔で瞳子に応えた。



★☆★

〜 7月10日(日) 夜 松平邸 瞳子の部屋 〜

 女の子らしく可愛く装飾が施された部屋。

 ピンクを基調とした部屋に豪華な天蓋付きのベッド。
 机の隣には大きな三面鏡。 部屋の中央にはソファと小さなテーブル。
 テーブルの上にはティーコジー(保温カバー)のかけられた紅茶のセットも準備されている。

 奥の壁一面には巨大な本棚があり、文芸書、洋書、それに演劇のDVDや解説書などがたくさん並んでいる。

「すご〜い! とても居心地のいい部屋だね〜」
 瞳子からソファーに座るように勧められた祐巳はクルクルと頭を動かして瞳子の部屋の中を見ている。

 実は、あまり他の女の子の部屋を見たことが無いので珍しくてしょうがないのだ。

 と・・・。 祐巳の視線が一点で止まる。
 本棚の中・・・。 何冊も並んだ洋書の中に一冊の本を見つけ出す。

 そのタイトルは、『Quant au riche avenir (豊かな未来のために)』

「そうか・・・。 この本、輝いて見えると思った。 瞳子ちゃんの好きな本なんだね?」

「はい。 瞳子が ”アヴェニール” に魔力を注ぎ込んだとき、この本のことが頭に浮かんだんです。 だからこの名前をいただきました」

「瞳子ちゃん、フランス語の原書を読むんだね〜。 すごいなぁ」

「うちはカナダに別荘があるんですの。 だから英語とフランス語は幼いころから習っていました。
 それに、演劇関係のものはどうしても英語とフランス語が多いので」

「そっか! 瞳子ちゃん、演劇部だもんね。 これだけ語学も勉強してて声も通るし。 将来は世界的大女優だね!」

「ま、まぁ将来のことはわかりませんわ。 それより祐巳さま、あの続きをしないとそれこそ寝る時間がなくなってしまいます」

「あ! そうだった。 ここ、居心地がいいんで忘れてた。 えへへ、ごめんね」
「いいえ。 祐巳さまがぼんやりとなさっている分、瞳子がしっかり手綱を締めてさし上げます」
「うわ、瞳子ちゃん酷い」

 しっかりとしているのか、抜けているのか・・・。

(あぶない、あぶない。 また祐巳さまのペースに巻き込まれてしまいますわ)
 瞳子は照れたように笑う祐巳にお茶を勧めながら話を切り出す。

「祐巳さま、お宅で 『あと少し』、と仰ってから何も話が進んでいませんわ。
 なにが 『あと少し』、でそれをどうすればいいのか教えてくださるはずだったじゃないですか」

「うん、そうだったね。 えっと、瞳子ちゃんは魔法を使うとき、魔力を集中させて演算、展開をしてから使ってるよね?」
「えぇ、それは祐巳さまのお教えどおりに。 それが何か?」

「うん。 じゃぁ聞くけど、魔力を集中させるその前、魔力はどうやって生み出しているの?」

「はい。 臍下、丹田の位置に気を集中するイメージを持ってゆったりと呼吸をします。
 丹田以外の部分は力を抜いてリラックスした状態にして、丹田から杖を振るう右腕に丹田に生じた魔力を流しています」

「つまり、丹田に力を入れることで魔力が生み出されている、ってことだよね?」

「え? えぇ。 そうですけど・・・。 中等部の頃から魔法の授業ではそのように教わってきましたし。
 違うんですか?」

「えっとね。 わたしの事なんだけど、”丹田”、とか”気を集中させる”、とか知らないうちから魔法が使えたの。
 お姉さまが魔法を使うのを見ているうちに自然に魔法が使えたんだよ。
 ってことは、私の魔力と瞳子ちゃんの魔力ってまったく違うものなのかな?」

「魔力に強い、弱いはあるかも知れませんが、魔力に違いがある、なんて聞いたこともないです。
 祐巳さまは天才だから・・・。 自然に丹田に気を集中させていたんじゃないんですか?」

「ううん。 あのね、私たちは魔法が使える。 リリアンの生徒の多くは魔法が使えるでしょう?
 でも、総ての人が魔法を使えるわけじゃないし、魔法を使える人の中でも簡単な魔法しか生み出せない人がいるじゃない。
 それって変だと思わない? 丹田に気を集中するだけなら令さまが最高の魔法使いになってるはずだよ?
 でも、令さまは魔法を使えない。 集中した覇気はすべて直接攻撃のために生かされている」

「・・・。 それはそうですけど。
 それでは魔力は先天的なもので、生まれつき魔法使いに生まれなければ魔法は使えない、ってことなのでしょうか?」

「そうだね〜。 そう言っていいのかもしれない。
 でも魔法を使える人と使えない人、使えても少ししか魔力を生み出せない人。
 その人たちが違う人種だ、なんて事はないと思うの」

 まったく、この人の言うことはいつも驚かされる。
 これまでの常識を一切覆すことを言う祐巳を瞳子はじっと見つめるしかない。
 これまでも、魔法の構築の仕方、詠唱の方法などいつも瞳子の学んだこととは違うことを言う祐巳に驚かされたものだが。

「あのね。 わたしは1月に令さまと志摩子さんの3人で魔界に行ったの。
 魔界は酷い世界で精霊なんてどこにも居なかったわ。 濃い瘴気に覆われた世界でとても精霊が住める環境じゃなかったの。
 それでも私は魔法が使えた。 ただし、私の中にある魔力と、私の中に居る精霊の力だけしか使えない、って言われたんだけどね」

 祐巳が魔界で使った呪文は僅かに4種類だけ。
 祐巳の守護精霊である大気の精霊=エアリアルの力を使用する浮遊呪文 ”レビテト”。
 それに、霧を生み出す 『幻霧招散・・・スァイトフォッグ』
 ロック鳥、ランチを救った 『癒しの光』
 そして残りの魔力と、セブンスターズに蓄積された炎の精霊の力を総て解放した ”マハラギダイン”

 それ以外の魔法はまったく使わなかった。 いや、”癒しの光” を何度も使わなければならない状態ではそれ以上使えなかった、と言うほうが正しい。

 もちろん瞳子も1月に行われた 「黄薔薇十字捜索作戦」 のことは知っている。
 瞳子が知ったのは4月に山百合会の手伝いとしてしばらく薔薇の館に通っていたときに由乃や令たちが話していることを聞きかじった程度なので詳しくは知らないのだが。

 たった3人で魔界に乗り込み、令の失った薔薇十字を探し出して戻った、ということは山百合会の関係者以外は一部のものだけしか知らないことなのだ。

「だからね。 私たちの体自体に魔力は存在するの。 私たちの体そのものが魔力を蓄積する電池みたいなものなんだよ。
 ただし、生まれつき性能のいい電池もあれば悪い電池もある。 自動車を動かせる電池もあれば、豆電球しか灯せない電池があるように。
 そして、性能のいい電池でも使い方を知らなかったり、間違った使い方をすればその力が出せないの。
 瞳子ちゃんの言った、 『丹田に気を集中する』 っていうのは、上手く魔力を使うようにすることであって、魔力を生み出す、って事じゃないんだよ」

「瞳子の体が、魔力の電池、って言うことですか?! そんな事、聞いたこともございません」

「そうだよねぇ。 わたしも話すのは初めてだし。 でも、多分間違いのないことなんだよ。
 それでね、魔法を使ったら魔力はどんどん減っていくんだけど、電池と同じで充電することでまた魔法が使えるようになるの」

「そうですね・・・。 そう言われれば納得できます。 でもどのようにすれば魔力を補充できる、って仰るんですか?」

「だからね、私たちの魔力の元はこの世界に存在する精霊たちが分け与えてくれているの。
 魔力を使ってしまってスカスカになった体に精霊が入り込んでくる、って感じかなぁ。
 で、そこで強制的に魔力を回復するためには覇気とその覇気を生み出す体力が必要になるんだと思うの。
 もちろん、精霊に愛されていれば、自然に体の回りに精霊が集まってくれるから強い魔力も使えるしすぐに魔力が回復できるんだよ」

「祐巳さまが授業で仰っていた 『精霊を愛し、精霊に愛されること』 って言うことに繋がるんですね?」

「そう! さすが瞳子ちゃん、飲み込みが早くて助かるわ。 それとね、練り上げる覇気は攻撃的な覇気じゃなくって、なんて言うかなぁ、え〜っと」

「”優しい覇気” とか、”暖かな覇気” と言うものですか? よく祐巳さまが言われてますが」

「ん〜。 近いけどちょっと違う。 もちろんそういう覇気を精霊は大好きだからそれでも集まって力を貸してくれるんだけどね。
 えっとね、”一緒にあそぼう” とか、”楽しいよ”、とか、なんでもいいの。 精霊って純粋なものなんだよ。
 "私、怒ってるの” でも、”困った、助けて” でもいいし。 そういう心の声に精霊は応えてくれるんだよ。
 そして、精霊に言葉を伝えるために覇気を練り上げるの。
 精霊に力を貸してもらいながらその覇気に載せて魔力をコントロールして魔法を使う。
 私はそうしてきたし、実は瞳子ちゃんも近いことをしてきていたんだよ。 気付いてなかっただけで」

 祐巳はそこまで話すと、テーブルにおいていたカップを持ち上げ、ゆっくりと紅茶を飲む。

「ん〜。さすがに美味しい! これおば様が淹れてくださってたの?
 そっか、瞳子ちゃんの入れたお茶が美味しいのはおば様譲りなんだね〜」

「あ、ありがとうございます」

 急に母親のことを褒められた瞳子は少し誇らしい気持ちになる。
 母に相応しい娘になるために・・・。 松平家に相応しい娘になるために努力してきたことをこの人は本当に素直な気持ちで褒めてくれる。
 それがとても心地よい。

「うん。 そう! その穏やかな気持ち、嬉しい気持ちに精霊は応えてくれるの。 
 今、瞳子ちゃんの周囲に光の精霊が集まって嬉しそうにしているのがわかるよ。 ほんとに瞳子ちゃんは光の精霊の申し子なんだね〜」

「それ、昨日小笠原研究所でもおっしゃってましたけど・・・。
 瞳子に光の精霊が力を貸してくれている、とか、自由にその力を使いこなせるようになるためには覇気と体力が必要だ、とか」

「うん、そうだよ。 前に、瞳子ちゃんは光の精霊に愛されているから光の魔法については最高の力が出せるはず、って言ったでしょ。
 それに、精霊の力は魔力だけに使うものでもないの。
 わたしや志摩子さんが使う ”風身” を昨日見たでしょう? 
 実は、わたしの ”風身” は、大気の精霊・エアリアルの力を借りて空気そのものの中を高速で移動しているの。
 それで、志摩子さんは風の精霊・シルフィードの力を借りてそれこそ風のように体ごと飛んでいるんだよ」

「似ているようで違う、という事ですね? では、ロサ・ギガンティアも魔法が使える、ということでしょうか?」

「ううん。 志摩子さんは魔法は使えない。
 志摩子さんのお姉さまだった佐藤聖さまが ”かぜ” っていうかシルフィードなんだ。
 だから志摩子さんの加護のためにシルフィードを志摩子さんに授けてくださったの。
 よくわからないけど、志摩子さんを妹にしたときに自然にシルフィードが志摩子さんを守るようになったんだって」


〜  〜

 聖と志摩子がスールになった日。

 その日、志摩子に 『志摩子、ダッシュ!』 と、姉としての最初の命令をした聖。
 その時、二人はお互いの手を繋いだまま ”風身” で飛んだ。

 聖の命令により二人を包み込んだ風の精霊・シルフィードに聖は心の中で頼んだのだ。
(この子が私の妹。 何があってもわたしが護り抜く。 シルフィード、あなた達も力を貸して!)
 そう無意識のうちに。

 それにシルフィードは忠実に応えた。
 それから志摩子の周りには聖と同様にシルフィードが見えない守護を行うようになった。
 もちろん、聖の使う高速移動 ”風身” もこのときに身につけたものだった。

〜  〜



「あの、瞳子にはよく理解できないのですが・・・。
 でも、なんとなくロサ・ギガンティアと、そのお姉さまが特別な存在だ、ってことだけはわかります」

「うん、精霊はその姿が見えないから実感しにくいと思うんだけど、私の言葉は信じて。
 で、ここからが本題。
 瞳子ちゃんと松平病院に向かう送迎バスに乗ったときのことを思い出して。
 あの時、 『わたしに覇気を返してきた?』 って聞いたときのこと覚えてる?」

「えぇ。 もちろんですわ。 そして、そのあと祐巳さまはずっと目を瞑ったままでした」

「私と覇気のオンオフの訓練をしてたでしょう? 私の覇気のオンオフは完全に一回切ってまた接続する感じ。
 パソコンの ”1” と ”0” を繰り返すようなものなのね。
 でも、瞳子ちゃんの覇気のオンオフの方法、あの時から変わった。
 私とは違うものになったの」

「そんな・・・! 瞳子は祐巳さまの教えどおりに覇気のオンオフをしてたのに・・・。 やはり瞳子には才能がないのですか?」

「あわてないで。 あの時、瞳子ちゃんはどんな気持ちで覇気を私に送り返してたのか教えてくれない?」

「え・・・。 言わないとダメ、ですか?」

 あの時・・・。 可南子と乃梨子に力の差を実感させられ、落ち込んでいた瞳子を励ました祐巳の言葉。
 その言葉は温かく、その気持ちが祐巳の覇気に乗って瞳子に流れ込んできた。

「うん。 それ、重要なことなの。 教えてくれないかなぁ?」

 ふぅ〜、と深いため息をつく瞳子。
 なんだか誘導尋問に引っかかっている気がしないでもない。
 でも、どうも告白しなければこの先の話に進まないようだ。

「あの時、瞳子の心が挫けそうになっていたとき・・・。
 祐巳さまが、『あなたには素質がある。 それに自分よりも、祥子さまよりも強い心がある。 これからも自分が支える』 というようなことを仰いました。
 その言葉に暖かな覇気を乗せて流し込んでくださいました。
 だからそれに応えよう、と精一杯の心で覇気を返そう、としていました」

「そっか・・・。 ありがとう、瞳子ちゃん。 それでわかった。
 あのね、瞳子ちゃんの覇気は、あの時から普通のオンオフをすることを止めてしまったの。
 ずっと一定に覇気の流れを保ったままなんだよ。 それってすごいことなんだ。
 多分、あのときに目覚めたんだと思う。 瞳子ちゃんの本質が」

「え? 瞳子はオンオフをしているつもりです。 リズムもちゃんと一定だったではありませんか?」

「ううん。 瞳子ちゃんの覇気はずっと一定のままなの。 でも、ちゃんとオンオフもできている。 だからすごいんだ」

「もう! 祐巳さまの言っていること、瞳子には全然判りません! 
 一定なのに、オンオフが出来ている、とか言っていることが矛盾しています!」

 祐巳の言うことはいつも突拍子もないもので、瞳子はだんだん混乱してきた。
 最近はこのことにもだんだん慣れてきたのだが・・・。

(本当に困った人ですわねぇ・・・) と、瞳子の顔が語っている。

「ん〜・・・。 なんて言えばいいのかなぁ?」
 と、小首をかしげていた祐巳だが、ポン、と手を叩き、「そうだ!」 と嬉しそうな顔になる。

「ね、ねっ! 瞳子ちゃんの髪! それに手を縦に添えてみて」

 そう言うと、祐巳は瞳子の手をとり、髪の毛に手を添えてみせる。

「ほら、瞳子ちゃんの髪はクルクル巻いてるでしょ?
 それにこんな風に手を添えると、髪が当たってるところと当たっていないところが交互に来るでしょう?」

「え、えぇ。 あ! なるほど・・・。
 瞳子の覇気は螺旋のように巻いていてそれが表に表れるときはオン、隠れるときはオフ、そういう事でしょうか?」

「そう! さすが瞳子ちゃん。 それを言いたかったのよ。 よかった〜」

 つまり、祐巳の覇気のオンオフはピストンの上下のようなレシプロエンジン形式で、瞳子の覇気のオンオフはロータリーエンジン形式、ということらしい。

 祐巳は覇気をオンオフするときにいったん切った覇気を再度起動するので、その分出力効率が悪い。
 一方、瞳子のロータリーエンジン形式だとずっと覇気を切る必要がない。
 覇気を回転させ続けることになるので燃費は悪くなるが、その分強く一定の力を出すことが出来る。

「瞳子ちゃんの覇気はね、光の奔流。 しかもそれは渦巻き天に駆け上る ”光龍” の姿をしているの。
 瞳子ちゃんの本質は、光の最高精霊、光龍(こうりゅう)。 
 わたし、ずっとね、瞳子ちゃんは光の精霊に愛されているんだ、って思ってた。
 でも、全然違う。 瞳子ちゃん自身が光の最高精霊なんだ、ってわかったの」

「祐巳さま・・・?」

「多分、瞳子ちゃんは ”かぜ” の聖さまと同じ。
 きっと、遥か先祖に ”ひかり” の妖精の血が入っている人がいるんだと思う。 だから、瞳子ちゃんの血の中には ”光龍” が潜んでいるんじゃないかなぁ?
 そうじゃなければ、こんな覇気の流れ方をするわけはないもの。
 修行を続ければ、いつの日にか瞳子ちゃんも ”光龍” や、それに従う光の精霊=ウィスプたちを見ることが出来るようになると思うの。
 今はまだ、目覚めたばかりの赤ちゃんみたいなものだから、見えないのかもしれないけど」

 だからね、と祐巳は瞳子の手を両手で包み込んで笑いかける。

「これからの修行は不思議なくらい楽しいものになるはずなの。
 だって、たくさんの光の精霊たちが瞳子ちゃんを手助けしてくれるんだからねっ!」

「わ、わかりましたから。 ちょっと落ち着いてくださいませ!」

 よく判らないが、祐巳はとても楽しそうだ。
 そして、その喜びは自分のための喜びではなく、瞳子のために喜んでいるのだ、と判る。
 祐巳の言うことの半分ほどしか理解できなかった瞳子だが、そのことだけは十分に理解した。

「うん、ごめんごめん。 ちょっと興奮しちゃった。
 で〜、これからの修行方法なんだけど、二人で居るときは今までどおりね。
 でも、一人の時は違う方法を教えるわ。
 この技を究極まで高めると、眼を閉じていても周囲のことがわかるようになるの。
 それに、別々のことを同時に行えるようになる。
 例えば、頭の中で魔導式の構築の練習をしながら先生の話を聞いている、とかね。
 じゃ、まず両手を合わせてマリアさまにお祈りするような格好になって・・・」


〜 ☆ 〜

 こうして、祐巳は瞳子に一人でいるときの修行方法を教える。

 最初に両手を合わせ、そのまま鳩尾に押し付ける形にする。
 マリア様へお祈りするときの形に近い。

 次に、精神集中の要である丹田で覇気を生み出したあと、頭頂部まで一気に覇気を駆け上がらせるのが準備段階。
 そして、生み出された覇気を体にめぐらせる。

 まずは右の髪から。 縦ロールの流れに沿って覇気を観点させるイメージを持つ。
 その回転を始めた覇気を右肩、右ひじ、右の手のひら、と流し、手を合わせた左手に移す。

 左手に移った覇気は左ひじ、左肩を通って左の髪の縦ロールに入り、右の髪の縦ロールに流れ込むようにして一周させる。

 こうすることで、瞳子の覇気が体全体を巡り始め、体全体を覇気が覆う。

 覇気で覆った体は周囲の音、空気の流れ、匂い、振動などに敏感に反応することが出来るようになる。

 つまり、眼を閉じたままでも、眼を開けているときと同じように障害物を避けて歩くことも簡単に出来るようになる、と。

 また、脳内にも覇気が巡るので脳の神経も活発化され、パーティーションを分割させたコンピュータのように同時2処理が出来るようになる、というのだ。

〜 ☆ 〜


 瞳子が祐巳の前で両手を合わせ覇気の流れを作ろうとしている。

 1分・・・、5分・・・。

 しかし、体から覇気は湧き上がっては来るものの、思ったように体を巡っていかない。

 瞳子の額から汗が滴り落ちはじめる。
 合わせた掌をさらにぐいっと鳩尾にあてがってみたり、大きく深呼吸してみたり・・・。
 祐巳に言われた覇気のオンオフを何度も繰り返し行ってみたり・・・。

 だがいろいろ試してみても覇気が動いている感覚がない。
 それどころか次第に息苦しさがつのり、頭が茹で上がりそうになる。

 覇気の強さを一定に・・・。 そう言い聞かせてはいるものの次第にふらふらと体も揺れ始める。 覇気の量すら一定に出せなくなってきた。

 祐巳は最初に 『ゆっくりと目を閉じて』 と言ったきり声もかけてくれない。
 ただ見つめているだけなのか・・・。
 それとも、がっかりした顔をしているのだろうか・・・。

 瞳子の顔色が次第に青ざめ、色白な顔に血管まで透けて見えるよう。

(祐巳さま・・・。 祐巳さまの 『がんばって』 でもいい、『しっかりして』 でもいい。 何か言葉をください・・・)

 瞳子は渇望していた。

 祐巳の暖かく包んでくれる両手を。
 その手から瞳子の体に流れ込んでくる暖かな覇気を・・・。

 瞳子の脳裏に祐巳の温かな笑顔が浮かぶ・・・。

(祐巳さま・・・)

 もう一度心の中で祐巳に呼びかけた瞳子はそのまま意識を失い、横倒しにソファーにくず折れてゆく。



☆★☆

「光の御子に幸いあれ。 闇の中に見出せし天空の子らよ。
 汝らの行く手を照らす御子はここにありてその聖なる力を解放せんと欲したり。
 あまねく現世に存在する光の精霊たちに告ぐ。
 我は七星の名の下に力を委ねられた者なり。
 清廉なる大気の中、凍てつく氷の中。
 暗黒を支配する闇の精霊たち。 燃え盛る炎よ。 慈しみ深き大樹の息吹よ。
 力もち守護を司る鉄壁の大地よ。
 我は感謝し、この身に宿せし総ての魂を持って祈りをささげん。
 いざ示せ。 汝らの真なる支配者を呼び起こせし ”光龍” を。
 暝きこの世を切り裂く力を示したまえ」

 ・・・ 祐巳の声が聞こえる。

 ぼんやりと眼を開けた瞳子の眼に、淡い光に覆われぼんやりとした姿で舞い続ける天女の姿。

 7色の光を放つ ”セブン・スターズ” を緩やかに大気の流れに乗せながら舞う美しき巫女。

「・・・ 祐巳・・・さま・・・?」

 幻想的なその風景を眺めていた瞳子は、自分がソファーに横たわったままであることに気付く。

 いくら自分の部屋だ、とはいっても上級生である祐巳の目の前でソファーにひっくり返っている、なんてあまりにも礼儀知らずだ。

 急激に覚醒した瞳子はバッ、と上半身を起こす。

 だが、視線はぼんやりとした光に遮られたまま。 祐巳の姿は曇りガラスの向こうにあるように見える。

 と・・・。
 瞳子の起きた気配に気付いた祐巳がゆったりとした舞を舞いながら、
「もう少しだから・・・。 そこで座って見ていなさい」 と声をかける。

「光の海の虹の橋。 光の龍の行く手を示せ。 
 渦巻く大気、光輪弾き天駆けよ!」

 祐巳のセブンスターズから溢れ出した7色の光が瞳子を包み込む。

 瞳子の視線がぼんやりとしていた理由は祐巳のセブン・スターズが生み出した光の粒子に瞳子がどっぷりとつかっていたから。

 その光の粒子一つ一つに祐巳の七色の光が衝突し、華やかにはじけ飛ぶ。

「綺麗・・・」

 最後の一つの光の結晶が淡く消えてゆくと、瞳子の前に祐巳が膝をつく。

 美しい祐巳の顔が喜びに光り輝いている。

「間に合ったね! 瞳子ちゃん。 最後にこれを見せたかったんだ〜。
 最後まで気がつかないんじゃないか、って心配したからいつもよりゆっくりと踊っちゃったよ」

「あ・・・あの。 祐巳さま、すみません。 瞳子ったら祐巳さまの前だというのに気を失ってしまって・・・」
 祐巳の顔が近い。 瞳子はどぎまぎとしながら頭を下げる。

「ううん、黙っててごめん。 ちょっと荒療治だったかもしれないけどこの方法が一番いいと思ったの。
 繊細な瞳子ちゃん・・・。 ううん。 あなたは光。 だから誰よりも美しく輝ける」

「祐巳さま・・・。 もう・・・。 どうして瞳子のわからないところで喜んでいるのか教えていただかないと!
 はぁ・・・。 まぁ、そこが祐巳さまなんでしょうけど」

「あのね、瞳子ちゃんは上手く光の覇気を巡らせることができなかったでしょう?
 どうしてかなぁ? ってずっと考えてたの。
 バスの中ではちゃんと出来てたんだよ。 それなのにさっきは出来なかった。
 多分、ふっと心の中が空っぽになったとき、とか、穏やかになったときとか、何かのきっかけがないと上手くコントロールできないんじゃないかなぁ、って思ったのね。
 瞳子ちゃんはいつも心のどこかで自分を抑えてる、って。 
 だから一旦心も体もスカスカになるまで力を出しきってもらったの。
 余分なものを総て出して、純粋に瞳子ちゃんの本質だけ残るように。
 だから、ね。 今度は大丈夫。 もう一度やってみて。 今は私の力も瞳子ちゃんに入っている。
 だから、今度こそ上手く覇気を巡らせることができるはず」

「もう一度、ですか? できるでしょうか・・・」

「うん! 自信を持って。 さぁ、両手を合わせて」
 祐巳は瞳子の両手に手を添えてお祈りをするときのように手を合わせる。

「わかりました。 いきますっ!」

 まず、丹田に力を。 そのイメージのまま頭頂部から螺旋を描くように覇気を流してみる。

「あぁ・・・・」

 なんだ、これは。
 光の渦が体を駆け巡っていく。

 自分の血の流れが。
 呼吸が。
 傍にいる祐巳の体温が。

 眼を閉じているのに周囲の様子が手に取るようにわかる。

「そうだよ。 これが瞳子ちゃんの本質。
 天駆ける光の龍が螺旋を巻いている。
 わかるでしょう? 瞳子ちゃんの髪、腕、肩。 すべてを螺旋の龍が駆け巡るのが」

「はい! はい、わかります! 瞳子の中を光を纏った龍が螺旋を描いています!」

 瞳子の体を覆い尽くす螺旋の龍が祐巳にははっきりと見えている。

 瞳子の縦ロールが覇気が流れるたびに揺れる。

「そう、それが瞳子ちゃんの覇気だよ。 この感覚を忘れないで。 あなたには私が付いている。
 この世の光の精霊たちもみんな瞳子ちゃんの味方なんだ。
 瞳子ちゃんは皆に受け入れられているんだよ」

 知らなかった。

 瞳子は瞳子が求めていることを自分が一番知らなかった。

 瞳子は、瞳子のことを愛してくれている人がどれだけ多いのかということを知らなかった。

「ね。 この世界は素敵でしょう? だからね、私はこの世界が大好きなの。
 何があってもこの世界は絶対に守り抜いてみせる。 
 だから・・・。 だからね、瞳子ちゃん。
 私と一緒に歩いてくれないかなぁ? 
 わたしの・・・」

「祐巳さま!」

 大声で瞳子が止める。

「もう少し・・・。 もう少しだけ待ってください。
 瞳子は・・・。 まだ、セーラのように良い子じゃないんです。
 だから・・・。 ありがとうございます、祐巳さま」

「うん。 わかった。 もう遅いし、寝ちゃおっか?
 続きは明日薔薇の館で。 みんなに瞳子ちゃんの本当の姿を紹介したいの!」

 遅い、と言われて瞳子が壁にかかった時計に眼をやる。

「え・・・! 祐巳さま、もう2時じゃないですか! なにやってるんですか!
 寝不足は一番美容に悪いんですよ!!」

「え? えっと、ごめんなさい」

 と、急にシュン、となってしまった祐巳。

「もう・・・。 しかたありませんわ。
 祐巳さまは熱中するとすぐに周りが見えなくなる、ってロサ・キネンシスも仰ってましたもの」

「たはは、面目ない」
 がっくりと肩を落とす祐巳。

「じゃ、瞳子はお休みの準備をしますから」
 そんな祐巳を微笑ましく思いながら、部屋の端においてあった寝具の準備を始める。

(瞳子が気を失ったのが11時くらいとして・・・。 祐巳さまは3時間以上舞い続けていたの?!)
 薄く肌触りの良いシーツを広げながらそのことに気付いた瞳子は愕然となる。

 今日一日、瞳子と一緒だった時間総て覇気を流し続けた祐巳。

 まったくもう・・・。 一体どれだけ体力を削り、瞳子を導いてくれたと言うのか。

「祐巳さま・・・。 廊下の突き当たりの右が洗面所になってます。 寝る前に行ってはいかがですか?」

 と、祐巳を振り替える瞳子の眼に飛びこんできたのは・・・。

 ソファーに突っ伏したまま、幸せそうな顔で眠る祐巳の姿だった。

(ふぅ・・・。 まったくあなたはどうしてこんなにも瞳子の心に魅力を刻み付けてくださるのかしら)

 瞳子は薄手の羽毛布団をそっと祐巳の肩にかける。

(ほんの少しだけ…。)

 瞳子は眠る祐巳を後ろからギュッと抱きしめた。






〜 あとがき 〜

このお話で第2弾第3部の終了です。
長い間ありがとうございました。

 ごきげんよう

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