【3547】 センスが残念みんなでお祭り騒ぎ  (柊雅史 2011-09-19 04:22:55)



【短編祭り参加作品】


「今年の山百合会の出し物は、オリジナルの演劇にしようと思うの」

 学園祭に向けた会議の冒頭で、由乃さんがそんなことを言い出した。
 演劇にしない? ではなく、しようと思う、と表現する辺りに由乃さんらしさがよく現れていると思う。

「私は別に構わないけど・・・オリジナルだと、ハードルが高くない?」
「甘いわね、祐巳さん。山百合会主催という時点で、既にハードルはめちゃくちゃ上がってるのよ。そのクソ高いハードルに正面からぶつかって勝利するだけの戦力が、今の山百合会にあるかしら?」
「・・・なるほど」

 自信満々に情けないことを言う由乃さんに、祐巳は納得して頷いた。主戦力である三人の薔薇さまは、平凡を絵に描いたような紅薔薇さまに、普段はイケイケなのにイザとなったらヘタレる黄薔薇さま、目立つことは未だに少し苦手な白薔薇さまである。
 サポート役のつぼみは、演劇部の瞳子筆頭にハイスペックの乃梨子ちゃん、普段もイケイケだけど本番は更にイケイケになる菜々ちゃんと、良い駒が揃っているのだけど、いかんせん薔薇さまの戦闘力がたったの5では心許ない。

「確かに私たちはあまり、演劇とかは得意じゃないものね」

 同様の結論に至ったのか、志摩子さんも頷く。

「そこで私は考えました! 私たちに完璧な演技が出来ないのであれば、シナリオの方を私たちに合わせちゃえば良いのよ! これぞ、逆転の発想!」
「おおー!」

 由乃さんの力強い主張に、祐巳と志摩子さんが揃って拍手する。
 ちなみに現在、つぼみの三人はまだ来ていないので、三人が同意すれば満場一致。密室会議って素敵だと思う。

「ご賛同、ありがとう。というわけで、まずは早々にシナリオの骨格というか、あらすじみたいのを決めちゃおうと思うんだけど、どう?」

 由乃さんが準備万端に原稿用紙を取り出す。

「そうね・・・準備は早い方が良いと思うわ」

 志摩子さんがもっともらしいことを言い、祐巳もそれに頷いた。

「でも、どうやって決めるの? 由乃さんが全部書く?」
「さすがにそれは・・・私が全部書いちゃうと、菜々びいきな内容になっちゃうと思うし」

 珍しく由乃さんが殊勝なことを言う。

「それなら、順番に少しずつシナリオを書いて行ったらどうかしら?」

 志摩子さんがポンと手を叩いて提案した。

「それなら平等になるんじゃないかしら?」
「なるほど。それじゃ、私、祐巳さん、志摩子さんの順番で・・・あらすじだし、一人一枚くらいずつ書いていきましょう」

 由乃さんが原稿用紙を配りつつ話をまとめる。
 かくして学園祭に向けた三薔薇さまによるオリジナル演劇のシナリオ作りが始まったのだった。


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○由乃パート○
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『疾風怒濤の有馬流剣士の大冒険』
 時は動乱の時代。有馬流剣術の使い手であ
る超絶可憐な美少女が暴漢に囲まれていた!
「時代はここまで腐敗してしまったのですね」
 寂しげに呟く少女に暴漢の魔の手が迫る!
「ホーッホッホッ! この凶悪なドリルが見
えませんこと? さぁ、有り金全て置いて行っ
てもらいますわよ!」
「うへへ……こいつぁ私好みの美少女だ! 
ガチの血が騒ぐぜ! ドリルの姉御、構いま
せんかね?」
「はぁ……好きになさい」
 武器を構える暴漢に悲しげな目を向けて、
少女は剣の柄に手を添える。
「……有馬流剣術・疾風……」
 ひゅう、と一陣の風が吹いた……と同時に、
ビクンと暴漢二人の体が震え、くたりとその
場に崩れ落ちる。
「安心して下さい、峰打ちです」
剣を収めた美少女が憐憫の目を暴漢に向け
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「・・・酷い! なんかもう、酷い! 全体的に! なにもかも!」

 由乃さんから回ってきたシナリオに目を通した祐巳は、バシバシとテーブルを叩きながら抗議した。

「大体、勝手にタイトル決めちゃうなんてズルイよ、由乃さん! 有馬流剣士って、もう菜々ちゃん主役じゃない!」
「だってホラ、菜々の剣道の型とか、見栄えするじゃない? これを活かさない手はないと思うの!」
「それに暴漢役がドリルとガチって、瞳子と乃梨子ちゃんだよね!? しかも開幕で倒されちゃってるよね!?」
「やぁね、祐巳さん。誰も瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんなんて、書いてないじゃない」
「そうだけども!」

 しれっと祐巳の追及をかわす由乃さんに、祐巳は頭を抱える。
 百歩譲って菜々ちゃんが主役なのは構わないけれど、冒頭で高笑いしつつ登場し、見せ場もなく倒されてしまうなんて、瞳子があまりにも可哀想である。
 お姉さまとして、ここは妹を救ってやらねばならない。
 シャーペンを握る祐巳の手に、ぐぐっと力が漲った。


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○祐巳パート○
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ると、暴漢の一人が俄かに発光した!
「こ、これは……!」
 なんとドリルを構えた暴漢の正体は、天使
のような美少女だったのである!
「私は天から遣わされた久世の熾天使。あな
たの力を試したのですわ」
「は、ははーっ!」
 神々しいまでの瞳子の可愛さに有馬流の剣
士はひれ伏してしまう。
「時代は暗黒に彩られていますわ。しかし僅
かな光明も確かに存在する……少女よ、私と
共に旅立ち、共に世界を救うのです」
「よ、喜んでお供いたします! あぁ、私は
救われた!」
 瞳子の可愛さにメロメロになった少女は滂
沱の涙を流しつつ、忠誠を誓うのだった。
 こうして剣士を仲間にした久世の熾天使の
旅は始まったのである!
「ところで天使さま、こちらのもう一人の暴
漢はどうしましょう? へこへこ」
「そうですわね……彼女は……」
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「し、熾天使・・・?」
「うん! リリアンらしさを出してみたよ!」

 戸惑う志摩子さんに祐巳はぐっと親指を立てる。我ながら上手いこと、瞳子をフォローできたと思う。

「そこで『やったった!』みたいなドヤ顔できる祐巳さんが凄いわ……なんか主役が菜々から瞳子ちゃんになってるし。って言うか、思い切り瞳子ちゃんの名前出てるし」

 由乃さんが少々不満顔で言う。

「久世の熾天使とか、世界を救うとか・・・え、祐巳さんって今更中二病? エイラが邪眼で右手の封印がぐわあぁぁぁ、なの?」
「有馬流剣術・疾風とか書いてる由乃さんに言われたくないよ!」

 言い合う祐巳と由乃さんを横目に、志摩子さんが難しい顔をして筆を走らせている。
 なんと言うか・・・多分、オリジナルのシナリオ作りの行く手には、失敗の二文字しか待っていない気がした。


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○志摩子パート○
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  †  †  †
「……はっ、夢か……」
 暴漢として倒されたおかっぱの少女は目を
覚ましてほっと胸を撫で下ろした。なんだか
酷い夢を見た気がするけれど、もう内容は覚
えていない。
 少女は気を取り直してベッドから起きると、
手入れされた中庭に出た。毎朝庭の植物の世
話をするのが、日課であり楽しみなのだ。
「おはよう、銀杏さん!」
 銀杏は裸子植物の一種で、裸子植物門イチョ
ウ綱の中で唯一の現存している種である。イ
チョウの種子は、ぎんなん、ぎんきょうと言
い、殻を割って調理します。種子は熱すると
半透明の鮮やかな緑になり、彩りを兼ねて茶
碗蒸しなどの具に使うと良いでしょう。酒の
肴としても人気があるみたいです。ただ、独
特の苦味と若干の臭気があるので好みは分か
れると思います。生産量日本一は愛知県の稲
沢市です。注意したいのはギンナン中毒で、
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「「 夢オチにしちゃったーーーーーーーっ!! 」」

 禁じ手を躊躇なく発動させた志摩子さんに、祐巳と由乃さんが揃って驚愕の声を上げる。

「しかもなにこの後半? wikipediaかよ!」
「しかもこれ、次の人にギンナン中毒の説明丸投げだよ!? 由乃さん、ギンナン中毒について書けるの!?」
「書けるわけないじゃない!」
「あの、ギンナン中毒って言うのは、種の中身にビタミンB6の類縁体4−O−メチルピリドキシンが含まれていて――」
「知らないわよ! いらないわよ! 人生の中でメチルピリドキシンなんて単語を口にする機会なんてないわよ!」

 由乃さんが志摩子さんの説明を遮りながら、口にする機会のない単語を口にする。
 というか、由乃さん凄い! 人生で役に立たないこと間違いなしのメチルピリドキシンという単語を、一発で覚えちゃってるよ!
 私もなんか覚えちゃったよ、メチルピリドキシン! どうしよう、脳細胞を損した気分だよ!

「む、むうぅ・・・ギンナン中毒で文字数を消費するのは不利だし、どうやって誤魔化そうかしら・・・?」

 由乃さんが都合4枚目の原稿用紙を前に苦悩している。

「由乃さん、お願いだからマトモなシナリオにしてよ? 有馬流剣術はともかく、瞳子と乃梨子ちゃんを暴漢役とか、止めてよね?」
「分かってるわよ。祐巳さんこそ中二病は卒業してよね!」
「そうよ・・・二人とも、ちゃんとシナリオを書きましょう?」
「「 志摩子さんには言われたくないよっ!! 」」




 こうして書き上げた山百合会のオリジナル演劇『疾風怒濤の有馬流剣士の大冒険』は、実に原稿用紙120枚(40周)の超大作となり――




 瞳子の「没」の一言によって破り捨てられたのだった。


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