【3546】 ひそかな楽しみこれしかないの・・・きっと貴女に  (ものくろめ 2011-09-18 22:21:16)


【短編祭り参加作品】


あの手に触れたい どれほどそう思ったことだろう
ながいときは望まない ほんの刹那でいいから
ただそれだけの願い それも叶うことがないと思っていたのに
可笑しなぐらい簡単に見つけてしまう 私と波長が合う人を
探るようにゆっくりと 彼女の中に手をのばす
しらないモノが入ってくる それはどんなに恐ろしいことだろう
にくまれると思ってた それなのに彼女は――



8月の中頃。
暑さも少しは落ち着いてきた夕方、私はお姉さまが来るのを待っていた。
今日は朝からお姉さまと一緒だった。
私が亡くなった生みの親のお墓参りに行くと言ったら、お姉さまが「瞳子のご両親にご挨拶したい」と言ったので二人で行くことにしたのだ。
その後、浴衣を着て花火を見に行くということでいったん別れ、家で着替えてきて今にいたるというわけだ。

「お待たせ、瞳子」

お姉さまの声に後ろを振り向く。

(あれ?)

目に入ったのは髪をおろした浴衣の女性。
いつもの髪型ではないけれど、間違いなく私のお姉さまである福沢祐巳。
それなのに、一瞬目の前の人が誰だかわからなかった。
それも知らない人ではなく、知っている人なのに名前を思い出せないというように。
見たことがあるというよりは、その雰囲気を知っている感じ。

「……いえ、私も来たばかりですから」

見慣れない姿だったから勘違いしたのだろう。
そう思って言葉を返すと、今度はお姉さまがじっとこちらを見つめてきた。

「どうかしましたか?」
「綺麗になったね、瞳子」
「……その言い方ですと、さっきまでは綺麗じゃなかったみたいですね」
「え、いや、そんなつもりじゃなかったんだけど」
「それに綺麗になったのはお姉さまのほうだと思いますけど」

そう言ってお姉さまの髪に目をやる。
ふわっとおろした髪に浴衣が妙に似あっていて、普段とは違う艶めかしさがあった。

「せっかくだから髪をおろしてみたんだけれど、そんなにいつもと違うかな」
「ええ、普段より大人っぽくていいと思います」
「……それって普段は子供っぽいって言ってない?」
「さっきのお返しです」

私がいたずらっぽく笑って答えると、お姉さまはやられたといった感じで苦笑した。

「まったくもう。それじゃあ行こうか」
「はい」

差し出されたお姉さまの手をとる。
手を握ったあとに、自然にお姉さまと手を繋いでいる自分に驚いた。



結局、食べ物を食べる時以外はお姉さまと手を繋いだままで屋台を見てまわった。
食べ終わって手が空くと当たり前のようにお姉さまが手を差し出すので、私も自然とそれを手にとってしまうのだった。

「そろそろ花火が始まる時間かな」
「そうみたいですね」

お姉さまにならうように顔を上に向けると、暗くなった空が目に入った。
周りの人たちも花火を見ようと、花火の見える場所へと移動しようとしているようだった。

「それじゃあ、花火を見やすい場所に移動しようか。いい場所を知ってるから」

そう言っていたずらっぽく笑ったお姉さまをみて、私はなんとなく不安になった。



「さ、こっちこっち」

そう言ってお姉さまは瞳子の手を引きながら、石段の横の草木の中に進もうとする。

「え? でもここは道ではないですよ」
「大丈夫、大丈夫。別に茨の中を進むわけじゃないんだから」
「そうではなくて……いえ、それもありますけど、こんなところに入って迷ったりしたら大変じゃないですか」

ただでさえ街頭のほとんどないところにいるというのに、こんな林の中に入ったら迷子になってしまうのではないかと不安になる。
それに茨でなくとも、木の枝に浴衣を引っ掛けでもしたら大変だし。
そんな瞳子の心配をよそに、お姉さまは瞳子の手を引っ張りながら奥へと進んでいく。

「だから大丈夫。あ、もう花火始まってるみたいね」

花火が上がる音がして、木の葉の隙間から光が入った。

「到着っと。危ないからあまり前には出ないようにね」

木々のあいだを抜けると、そこはちょっとした崖になっていて、目の前に夜空が広がった。
どん、と音がなって光の粒が夜空にキラキラと舞った。

「やっぱりここからだとよく見えるね」

確かに花火はよく見えた。
でも、お姉さまはどうしてここを知っていたのだろうか。
こんな場所、空から見でもしないとわからないのではないだろうか。
お姉さまの方に目をやると、またさっきのように違う人のように見えた。
いや、違う人というよりも、目に入るお姉さまの姿とは別に、短い髪で細身の女性が重なっている感じだろうか。

「お姉さま?」

自分でもなにを期待しているのかわからなかったけれど、確かめるように声をかける。

「なに?」

こちらを向いた顔はいつものお姉さまの顔だった

「……花火、綺麗ですね」
「そうだね」

繋いだ手をぎゅっと握ると、二人分のぬくもりを感じられる気がした。
そうしているとなぜか、手をつないで花火をみる母娘の姿が頭に浮かんだ。


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