【3549】 たとえ会えなくても愛の逆転ホームラン技術の無駄遣い  (C.TOE 2011-09-22 17:54:37)


祭!祭!祭!

前書き

『シバリ』ですか。
パエリア・・・全然引けませんでした。
白薔薇コースの『登場人物は三人までにする』で。

注意書

時期は祐巳達が三年生になって約半年。
乃梨子と瞳子に妹はいません。
祭と付きませんが、学校行事です。



【短編祭り参加作品】



「やっほー」

「聖さま!?」

明るい声と軽いノリで部屋に入ってきたのは志摩子さんのお姉さまで前の白薔薇さまの佐藤聖さまだった。

「ノリリン達が修学旅行でいないって聞いたから、志摩子達が寂しがってるんじゃないかと思って、来ちゃった」
「ぎゃう!」

聖さま志摩子さんのところへ行くと見せかけて祐巳を背後から捕獲。久々に叫んでしまった怪獣の子供。

「せ、聖さま、『志摩子さんが』って言っておいてどうして私のところに来るんですか」
「え?私はちゃんと言ったよ。『志摩子達』って」

はぁ。最初から祐巳狙いのフェイントだったんですね。
たしかに、ここにいる山百合会のメンバーで妹が修学旅行で不在なのは志摩子さんと祐巳。
尤も、ここにいるのも志摩子さんと祐巳だけだ。由乃さんと菜々ちゃんの黄薔薇姉妹は剣道部に行ってて不在だ。

「ところで・・・祐巳ちゃんはともかく、志摩子まで深刻な顔をしてるのは、どうしたわけ?」

聖さまは祐巳と志摩子さんの顔を見ながら言った。
実は祐巳達は現在ある問題に直面していた。
祐巳と志摩子さんが顔を見合わせる。
元山百合会メンバーで、頼りになる先輩とはいえ、言ってしまっていいのだろうか・・・

「ははん、二人が困ってるのはこれのせいか」

聖さまは目聡く見つけて、テーブルの上を見た。
テーブルには、金属製の箱。書類などを入れる手文庫だ。ナンバーロック式の頑丈な金属の箱を、生徒会の現金を入れる金庫として利用していた。普段は人目につかない場所に置いておき、必要な時だけ取り出す。その箱がテーブルの上に乗っている。

「祐巳ちゃんは、これが開かなくて困っている、と」

祐巳はあわてて顔を隠した。聖さまに限らず祐巳の百面相を見て大抵の人が状況を理解してしまうからだ。

「・・・祐巳ちゃん、今更隠しても遅いから。というか、この状況ならそれくらいわかるから」

聖さまは呆れたように祐巳から離れた。というか、今までべったりくっついていた。久しぶりの祐巳の抱き心地は変わらずよかったらしい。それは全然成長していないということでしょうか?

「私の頃と代替わりしてるね、これ」

聖さまにそう言われて、祐巳はぴくんと反応した。志摩子さんがおっとりと返答した。

「以前のはかなり歪んでいて、開閉に支障があったものですから」

志摩子さん、さらっと言ったけど、事情はそんな単純ではない。
歪んでいたため、解錠してもなかなか開かない手文庫にぶち切れて、

「右斜め45度から殴れば直る!」
「由乃さん、それはテレビ、それも昔のブラウン管の話だよ!?」

祐巳が止めるよりも速く竹刀一閃。
すんなり開いた。
今度は閉まらなくなった。
仕方なく生徒会予備費で新しいのを買ったのが今年の3月。祥子さまと令さまが卒業し、菜々ちゃんはまだ入学していない時の話。お姉さま達が卒業した後でよかった。そして由乃さんは『まだ菜々が入学前でよかった』って言ってた。令さまは無視ですか。

「あー、歪んでた、歪んでた。私がよく蹴飛ばしてたからなー」
「蹴飛ば・・・聖さま、一体何をしてたのですか?」
「んー?私が蹴る役で、江利子が笑う役で、蓉子が怒る役?」

それは一体何の役割分担ですか。というか、山百合会はいつから子供の遊び場になったのですか。

「歪んでたから、修正するために反対側から力を加えて私が蹴ったんだ。そしたらやり過ぎちゃって。今度は逆向きに歪んで、結局開け閉めしにくいままだった」

いやー、あの頃は若かった、などと過去を懐かしむ聖さま。
歴史は繰り返すって言うけど、嫌な繰り返しかただ。

「で、管理しているのは修学旅行でいないどっち?電動ドリルちゃん?」
「違います聖さま。違うというのは瞳子ではないという意味と、呼び方が電動ドリルではないという両方です」
「じゃあノリリンか」
「乃梨子ですわ」

聖さまの質問に志摩子さんも答えながら訂正した。
由乃さんは謹慎、祐巳は迂闊、瞳子は新人、志摩子さんは暢気、ということでしっかり者の乃梨子ちゃんが担当する事になった。当時としては極めて妥当なことだった。
ところが、修学旅行の準備等でドタバタして、支払いが一件あるのを皆忘れていたのだ。期限は明日。金額的には二人で立て替えればなんとかなる額だったが、とりあえず開ける努力をしよう、ということになったのだ。

「ふーん、数字は000000から999999までの100万通り。ひとつ1秒でチェックしても十日以上かかるね」

聖さまは数字をいじりながら言う。そう都合よく開くわけもなく、すぐに諦めた聖さまは志摩子さんのほうを向いて言う。

「数字を知ってるのはノリリンだけ?」
「はい、まさかこんな事になるなんて・・・」

乃梨子ちゃんは、数字に強い、記憶力もいい、丈夫で学校も休まない、部活にも入っていない、とまさに適任だった。だから乃梨子ちゃんが不在の状況になるなど誰も想定していなかったのだ。

「今修学旅行中で、こちらから連絡がつきませんし」

イタリアが夜になったら志摩子さんに電話してくるかもしれないが、コレクトコールの決まりなので可能性はそんなに高くない。それにイタリアで今夜(日本時間だと・・・明朝?)するとは限らない。修学旅行は一週間あるのだ。
教師が非常用に携帯電話を持っているが、ここにいるメンバーは誰も番号を知らない。職員室に行けばわかるだろうが、それではこの事態が発覚してしまう。

「厳しいね。じゃあ、私が壊せばいいんだね」
「聖さま、それは最後の手段ということで」
「でも、数字がわからないとどうにも・・・ねえ、数字は知らなくても、ノリリンに何か聞いてない?ヒントみたいなこと」
「・・・あ」

聖さまにそう言われて祐巳は不意に思い出した。

「そういえば昔瞳子が・・・」
「電動ドリルちゃんが何だって?」
「だから聖さま、瞳子です。・・・瞳子が、たしか、乃梨子ちゃんに聞いた事があるって」
「何て言ってたの?」
「たしか・・・『今の私の大切な数字にした』・・・みたいなことを言ってたって」
「祐巳さん、そういう大事な事はもっと早く言ってください」
「今思い出したんだし・・・」
「とにかく、ノリリンは金庫のパスワードを大事な数字にしたって電動ドリルちゃんが言ったんだね」
「だから電動ドリルじゃなくて瞳子です」

祐巳の抗議もどこ吹く風。聖さまはあくまで電動ドリルで通す気のようだ。

「乃梨子が大切にしてるといったら・・・」

「志摩子さんだよね」
「やっぱり志摩子かな」
「・・・え?私?」

驚く志摩子さん。志摩子さん以外は何の躊躇も無かった。乃梨子ちゃんの志摩子さん専用ぶりは既に公然の秘密なのだ。(志摩子さんを除く)

「そんな、乃梨子ったら・・・」

頬を染めて照れる志摩子さん。でも志摩子さんが本当に理解していない事も既に公然(以下略)

「だから開かなかったのね」

志摩子さんがしみじみという。既に乃梨子ちゃんの誕生日や住所等で試したのだが、開かなかったのだ。

「管理していたのが電動ドリルちゃんだったら、祐巳ちゃんの誕生日だったのかな。そういえば私祐巳ちゃんの誕生日知らないや」
「聖さま、だから電動ドリルじゃなくて瞳子です。それと、私の誕生日を知ったらプレゼントくれるんですか?」
「もちろん」
「随分気前がいいですね。なにをくれるんですか?」
「何でも。そのかわり、私の誕生日には、そうだなー、祐巳ちゃんが欲」
「お断りします」
「ちぇっ。まあ、いいや。じゃあ志摩子、まずは誕生日からいってみようか」

そう言いながら聖さまは箱を志摩子さんの前に置いた。

「あれ?聖さま、ご存知ないんですか?」
「何を?」
「志摩子さんの誕生日」
「うん、知らないねぇ」

言った聖さまも表情を変えなかったが、言われた志摩子さんも変えなかった。
誕生日くらい知っていそうなものだけど・・・あいかわらずここの姉妹はよくわからない。

志摩子さんはとりあえず、6桁なので元号−月−日を入れた。
開かない。
西暦下二桁に変えてみる。
開かない。
順番を逆にしてみる。
開かない。

「次、住所」
「住所、ですか?」

志摩子さんの指が止まった。
聞けば、志摩子さんのところは山一つ丸ごと寺の所有で、一つの独立した地名なのだそうだ。だから普通の家の住所と呼ぶ地番等が存在しないらしい。

「じゃあ、電話番号」

開かない。

「出席番号」

クラスが数字ではないが、教室の並び順が3番目なので真ん中には03を入れてみた。

開かない。

01から06まで全部入れて試したが、開かない。

「身長体重」
「身長はともかく、私の体重を乃梨子が知ってるとは思えませんが。それにどうやって6桁に・・・」

乃梨子ちゃんならそれくらい知っていそうだと皆思いつつ、口には出さない。かわりに、間に0を入れる、片方だけ少数第一位までいれて無理矢理6桁にする、などと聖さまが指示を出していく。

開かない。

「視力」
「え?し・・・?」

開かない。

「やっぱり乃梨子は私じゃなくて、仏像に興味があるのではないでしょうか。マリア像も見ますし」

乃梨子ちゃんが一番興味あるのは作りものではなく生身なのだが、乃梨子ちゃんの志摩子さんonly loveを志摩子さんが(以下略)

「じゃあ、志摩子の寺にある仏像の数」

開かない。

「え?志摩子さん知ってるの?」
「ええ、知ってないと説明できないし」

お寺の人間なら、仏像の数くらい知ってるか。掃除するだろうし。

「山の高さ」
「山?寺のあるですか?」

開かない。

「え?志摩子さん知ってるの?」
「ええ、三角点があるの」

後で聞いたら、地図の測量に用いられる基準点らしい。授業で習ったらしいけど・・・乃梨子ちゃんはそんなものに興味は無いと思う。三角点は知ってると思うけど。

「ねえ志摩子さん、やっぱり乃梨子ちゃんが一番大切にしてるのは志摩子さんだと思うの。志摩子さん、乃梨子ちゃんから何か聞いてない?」
「ごめんなさい、本当になにも聞いてないの。乃梨子に任せっきりだったから」
「乃梨子ちゃんの事だから、万が一に備えて志摩子さんの知ってる数字にしたと思うのだけど」

『乃梨子ちゃんの事だから、間違えなく志摩子さんの数字にした(断定)』と言いそうになったのを瞬間変換する。祐巳の頭脳もなかなかだと思う。思いっきり褒めて欲しい。

「乃梨子と私が知ってる数字といわれても・・・」

困ったように志摩子さんが言う。
志摩子さんは理解していない。乃梨子ちゃんの志(以下略)

腕組をしてずっと考え事をしていた聖さまが、おもむろに発言した。

「ノリリンの性格と性癖・・・もとい、趣味を鑑みるに、志摩子の数字である事は間違いない」

聖さま今性癖って言った。というか、志摩子さんの数字って断定しちゃった。やっぱり聖さまも祐巳と同じ事を考えていたようだ。

「でも私の数字って何ですか?」
「たとえば・・・志摩子、ちょっと立って向こう向いてくれない?」
「ええ、いいですけど・・・お姉さま?」

すっと志摩子さんの背後に近寄った聖さまは・・・

揉みっ
ぎゅっ
さわっ
「!!!お、お姉さま!?」
「うん、わかった」
「わかったって、お姉さま、乃梨子が知るはずありませんし、設定するはずもありませんわ」
「でも、これしかない」

聖さまは6桁の数字を打ち込んだ。
うわっ、志摩子さん、そんなに大きかったんだ。リリアンの制服着てるとわかりにくいけど。
うわっ、志摩子さん、そんなに細かったんだ。リリアンの制服着てるとわかりにくいけど。
うわっ、志摩子さん、安産型だね。リリアンの制服着てるとわかりにくいけど。

開かない。

「違ったか。絶対あってると思ったんだけどなー」
「お、お姉さま!乃梨子を何だと思ってるのですか!?それにどうしてあんな一瞬で正確にわかるのですか」
「まあ、人には特技ってあるし」

聖さまの特技もびっくりだったが、祐巳には志摩子さんの3サイズのほうがショックだった。とても同級生とは思えない。これが格差社会の現実というやつか。格差反対!自由と平等を我が手に!打倒ブルジョア独裁!資本を解放せよ!

「これで振り出しに戻ったね」

胸の前で腕組して考え込む聖さま。
胸を腕で隠して涙目の志摩子さん。
胸を見て涙目になる祐巳。
祐巳の受けたダメージは志摩子さんの胸より大きかった(祐巳の主観)が・・・

胸の大きさの差が能力の決定的差でないことを教えて・・・やれない・・・

でも乃梨子ちゃんの気持ちが少しだけ理解できた。

「・・・ちゃん、祐巳ちゃん?」
「え?あ、はい、なんですか聖さま」
「ノリリンは志摩子の妹であって、祐巳ちゃんには電動ドリルちゃんがいるから」

また百面相してた?祐巳はあわてて顔を隠しかけたが、それよりも言わねばならない事がある。

「聖さま、電動ドリルじゃなくて瞳子です」
「そんなことより祐巳ちゃん」
「全然そんな事じゃありません!」
「瞳子ちゃん、もっと他に何か言ってなかった?」
「だから瞳子じゃなくて電動ドリルです」
「だから電動ドリルであってるんでしょ」
「・・・あれ?」

今聖さまは何て言った?祐巳は何て答えた?・・・・・・

聖さま・・・謀ったな、聖さま!?

「そんなことより祐巳ちゃん。瞳子ちゃん、もっと他に何か言ってなかった?」
「・・・・・・」
「祐巳ちゃん、戻っておいでー!」
「ぎゃう!」

本日2回目の怪獣の子供。叫んだらなぜか思い出した。

「そういえば・・・電・・・瞳子はノリ・・・子ちゃんが『私の大切な今の数字にした』って言ってました」
「『今の数字』?『今の私』じゃなくて?」
「はい、てっきり言い間違いだと思っていたんですけど、ひょっとしたら意味が違うのかなって」
「これを交換したのっていつ?」
「今年の3月ですけど」
「じゃあ、ノリリンの『今』はその時、つまり志摩子はまだ2年生か」
「2年生と3年生で違うものといったら・・・」
「出席番号!」

志摩子さんは2年生の時の番号を入れた。

開かない。

「やっぱり私じゃなくて乃梨子自身では」

乃梨子ちゃんの1年生の時の番号を入れた。

開かない。

「今と『今』で違うもの・・・?」

考える志摩子さん。
考える聖さま。
考える祐巳。

腕組をしてずっと考え事をしていた聖さまが、おもむろに発言した。

「ノリリンの性格と性癖・・・もとい、趣味を鑑みるに、志摩子の数字である事は間違いない」

聖さままた同じ事言ってる。

「ただ、それは今の数字ではなく、『今』の数字ということだ」

祐巳には聖さまが何を言ってるかわからなかった。
でも志摩子さんは何かに気付いたのか、両腕で胸を隠した。
え?またそこ?

「ところで志摩子、また大きくなったみたいだね」
「お姉さま!」

じっと眺める聖さま。
顔を真っ赤にする志摩子さん。
え?志摩子さん、その大きさで成長途中なの?今も成長期なの?祐巳なんてたいして成長しないうちに成長期終わってしまいましたよ?格差が拡大してる?

「まあまあ、これで違ったらノリリンの潔白も証明されるんだし、開いたらお金を取り出せるし。悪い事は何も無いでしょ?」

志摩子さんはしばらくためらっていたが、乃梨子ちゃんを信じたようだ。信じる者は救われる・・・かどうかは祐巳にはわからない。というか、本当に成長途中だったらしい。先程とは違う数字を入れ始めた。プロレタリア文学万歳!蟹工船!



開いた。



「よかったね、二人とも。無事開いたよ・・・祐巳ちゃん?・・・えい!・・・あれ?怪獣の子供の鳴き声もしない。・・・仕方ない、志摩・・・・・・・・・えーと、志摩子、じゃあ私帰るから」



P.S.

一週間後のことは語りたくない。



P.S.2

由乃さんが知った。
仲間が増えた。
全然嬉しくなかった。


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