「トリックオアトリート!」
扉を開けると黒い三角帽子をかぶったお姉さまが両手を前に広げ、明るい声で出迎えてくれた。
ああ、今日はハロウィンだったっけ。
そいういえばこの前、街中で目と口の形に切り抜かれたかぼちゃや魔女の格好をした売り子を見かけたなあ。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、瞳子」
とりあえず先ほどのことはなかったことにして、ごきげんようの挨拶から。
紅薔薇さまとして全校生徒の見本となるべき、と考えているのかどうかはわからないけれど、お姉さまもいつも通りにごきげんようと返してくれた。
さあ、瞳子。次の一言が勝負だ。
できるだけ自然に、さりげなく最初の一言をなかった事にしなければ。
紅薔薇のつぼみと呼ばれるようになって半年以上。
その間に鍛えた私の勘が、このままだとまずいと告げている。
危険を察知するだけで、打開策は一向に思いつかないけど。
思えば前紅薔薇さまの祥子さまが卒業してからずっと、お姉さまに弄ばれてばかりいる気が……。
いや、諦めるな私。今度こそ成長した私をお姉さまに見せつけるのだ。
「こっちはあまり成長してないみたいだけどね」
「え?」
いつの間にか目の前にいたお姉さまが、まるで私の心を読んだかのようなことを言った。
それに意表をつかれてしまい、私は間抜けな声を出す。
お姉さまの手が大きさを確かめるように私の体を触っていて――
「って、なにをしてるんですか!?」
お姉さまの手を振り払い、両手で自分の体を抱きしめながら後退りして抗議の声を上げる。
「え? トリートだけど?」
当たり前だとばかりに答えるお姉さま。
「なにがトリートですか! さっきのはどう見てもトリックのほうじゃないですか!」
精一杯睨んで言ったけれど、お姉さまは平然とした顔。
「私にとって瞳子は、お菓子のように甘くて魅力的だからトリートであってるわよ」
「何なんですかそれは!?」
紅薔薇さまと呼ばれるようになって、いつの間にか身につけていた凛々しい顔で答えるお姉さま。
下級生、特に去年までのお姉さまを知らない1年生の紅薔薇さまファンはこの凛々しさに憧れてファンになった子も多いという。
妹である私から見てもこの顔のお姉さまは素敵だと思う。口にする言葉が理不尽じゃなかったら。
私の叫びを無視してこちらに近づいてこようとするお姉さま。
お姉さまから離れようと、一歩後ろに下がると壁に体が当たった。
あれ、追い込まれてる?
扉から入ってきたのは私の方なのに、いつの間にか私と扉の間にはお姉さまが。
焦りが顔にでたのか、私の顔をみてお姉さまがニヤッと笑う。
ああ、お姉さま。その黒い三角帽子、とっても似合ってますね。今のは魔女が獲物を前にして笑っているようにしか見えませんでした。
「あの、近づかないで欲しいのですが」
「魔女が獲物の言う事を聞くと思う?」
思いません。
というか、さっきからどうやって私の心を読んでるんですか?
私は心の中で思っただけで、口に出しては言ってないですよね?
「それで、どっちにする? トリック・オア・トリート?」
えーと、トリックだとお姉さまにいたずらされて、トリートだと自分をお姉さまにさし上げる、と。
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「どっちも同じじゃないですかー!」
「そうね」
その日、満足そうな顔をした紅薔薇さまと疲れた顔をした紅薔薇のつぼみが、手をつないで帰る姿が多数の生徒に目撃された。