【3592】 伝えきれない思い  (紅蒼碧 2011-11-19 00:19:18)


【No:3584】→【No:3587】→ これ



〜放課後〜

「やっぱりここにいたんだね〜」

そう祐巳が声をかける。

「・・・どうしてここが?」
「乃梨子ちゃんがね、教えてくれたんだ。きっと志摩子さんはここにいるはずだって。流石姉妹(スール)だね〜」
「・・・そう」

ここは、志摩子が聖と出会い乃梨子と姉妹(スール)を交した場所。
桜の木を眺めながら志摩子は返答していた。

「ねぇ、志摩子さん。私とここでお弁当食べたの覚えてる?」
「・・・えぇ、もちろん」

不思議な祐巳の問いかけに、志摩子は振り返る。

「懐かしいよね〜。あの頃は、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったよ」
「・・・」
「それにしても、いつの間にかこんなにも遠くに来てしまったんだね・・・」
「・・・そうね」
「でも、そのおかげでこうして志摩子さんと一緒に居られる」
「えっ!?」
「由乃さんからお願いされたの、志摩子さんを救ってあげてって。でも、私にはどうしたらいいか分からないし、何もできないからせめて話を聞いて思いを伝えようかなって」
「由乃さんが・・・言ったから?」
「ん?、あぁ〜、最初の理由はそうだよ?でも、由乃さんに言われなくても志摩子さんと話がしたかったんだ。志摩子さんのこと。お互いのこと。由乃さんとのこと。そして今後のこととか色々とね」

祐巳は、志摩子に微笑みながらそう言った。
志摩子は、何時もと変わることのない祐巳の笑顔を見て「ふふふっ」と小さく笑った。

「やっと笑ってくれたね」
「ふふふっ、やっぱり祐巳さんは凄いわね」
「えぇ〜!?そんなことないよ?ってより、何のこと?」
「何でもないの」

そう言って、また笑う志摩子。
?マークを頭に浮かべながら、如何にも【全く分からないぞ】みたいな顔をする祐巳。
二人の内、どちらからというわけではないが、良く弁当を食べた場所に腰を下ろした。
そして、目の前の桜の木を眺める。
訪れる静寂。
二人の間には優しい風が吹き抜けていく。
とても心地良い風だった。

「私ね、志摩子さんに感謝してるんだ」
「え?」
「私の夢を一つ叶えてくれたから」
「私が祐巳さんの願いを?・・・何かしら?」
「一年の頃、教室で私が一方的にだけど、【一緒に山百合会を背負っていこう、だから待っていて】って思わず言っちゃったけど、その約束通りにちゃんと待っていてくれたから。そのお陰で、こうして一緒に薔薇様になることができたんだ。あっ、もしかしたら関係ないかもしれないけど・・・」
「・・・そんなことないわ。私はあの時の祐巳さんの言葉があったからこそ、踏ん張ることができたの。あの言葉がなかったら、今このリリアンに、そしてこの場所にはいなかったと思うわ。だから感謝するのは私の方よ、ありがとう祐巳さん」
「志摩子さん・・・」

二年越しに叶った祐巳の夢。
二人一緒に薔薇様に。
それは、決して祐巳一人では叶えることのできない夢。
志摩子がいて、初めて成り立つ約束。
志摩子もまた、この誓いがあったからこそ、自分を乗り越える原動力になっていたのだ。

「志摩子さん、悩んでること教えて?」
「・・・」

祐巳の質問に、志摩子は黙った。
言うべきか、言わざるべきか。
祐巳ならば大丈夫。
そうは思っていても、言うことによって見放されないかとても心配だった。

「志摩子さんはね、私が高等部に入って初めての友達なんだ〜」
「えっ・・・でもそれは」
「確かに桂さんとは良く話したし友達だけど、ん〜何ていうのかな〜、身近じゃないっていうか、話し相手っていうか・・・。つまり、他の人より特別ってこと!!」
「!?」

それを聞いた志摩子の顔は、見れば分かるほど赤く染まっていた。
祐巳は祐巳で、言ったことが恥ずかしかったのか、かなり照れていた。

「この縁をずっと大事にしたい。この薔薇となった1年もそう。卒業してからも、そして年老いてもずっとず〜っとね!!」

体を一杯に伸ばし、手を天に伸ばすようにしてそう言った。
そして、もう一言。

『私の掛け替えのない親友として』

眩しいほどの笑顔を志摩子に向けて言った。
志摩子は、その言葉に溢れる涙を堪えることができなかった。
胸に詰まるほどの思いが込み上がり、涙として流れて消えていく。
【親友】だと思っていてくれたことが嬉しかった。

「祐巳さん、もしかして知っていたの?」
「何のこと?あぁ〜、由乃さんからは本当に何も聞いてないよ?」

こういうところは祐巳らしい。
嘘か真かは表情を見れば一目瞭然なのだから・・・。
そう、今の祐巳は【心底困ったぞ】というような顔をしている。

「唯、私の思いを伝えたかっただけだから。最近の志摩子さんを見ていると、一年の頃みたいに遠くに行っちゃうように思えて・・・」
「・・・大丈夫、私は何処にも行かないわ。だってこのリリアンが、皆のいる山百合会が、今の私の居場所だから。それにここから離れてしまえば、お姉さまや乃梨子、由乃さん、それに祐巳さんとも会えなくなってしまうわ」
「そっか、それが聞けてよかった。安心したよ〜」

祐巳は、志摩子の答えに満足したのか、「よいしょっと」と言って立ち上がった。

「冷えてきたし、そろそろ行こっか?」
「っ!?」

志摩子は思った。
このままではダメだ。
今までの自分と何も変わらないし、変えられない。
今言わなくて、いつ言うのだろう。
緊張の余り、心臓が早音を上げる。

「待って祐巳さん!!」
「ふぇ?」

歩きだそうとしていた祐巳を、ふるえたような声で止めた。
次の言葉が出てこない。
喉に言葉が詰まっているような錯覚を覚える。

「何かな?」

祐巳がゆっくりと振り返り、少しだけ首を傾げる。
ここで言わなければ一生言えないだろう。
だからこそ、今言わなければならない。
志摩子は小さく息を吐くと、祐巳の顔を真直ぐ真摯に見つめ言った。

『私も祐巳さんのこと、親友だと思っているから!!一番大切な親友だから!!』

叫んだ後、志摩子は顔を真っ赤にし、俯いた。
志摩子が言った言葉に祐巳はとても驚いた。
まさか、志摩子が自分の本当の気持ちを話してくれると思っていなかったから。
だから、嬉しい気持ちで一杯になった祐巳は、思わず志摩子に抱き付いた。

「志摩子さん、ありがとう。本当に嬉しいよ。これからもずっと親友でいてね」
「えぇ、もちろん」

お互い額を合わせて微笑み合う。
志摩子の思いが通じた。
祐巳がそれに答えた。
志摩子は、勇気をだして言って良かったと思った。
今まで抱え込んでいた思いが実った。
祐巳ではないが、志摩子も夢が叶ったのだ。
【親友】という宝物を手に入れたことを・・・。


・・・・・
・・・



それから二人は、気恥ずかしさもあってか、ゆっくりと歩いていた。
火照った顔に、冷たい風が心地良い。
ゆっくりと歩いていると、沿道のベンチに由乃が座っていた。
由乃は、二人に気づいたようで読んでいた本をしまい、立ち上がるとこちらに歩いてきた。
由乃が二人の前に来ると、由乃は志摩子を見つめた。
その表情は、感情の読み取りにくい表情をしていた。
志摩子も、由乃を見つめ返す。

「うまく言えた?」
「えぇ、由乃さんのおかげよ」

祐巳は二人のやり取りを見守っていたが、内心は【何のことだろう?】で一杯だった。
二人は、まだ視線を外さない。
小さな静寂が続いた後。

「この場で、この間の質問をもう一度するわ。いいかしら?」
「えぇ」

由乃が言い、志摩子が相槌をうった後、間を開けてから由乃が言った。

『志摩子さん、あなたは何?私にとっての何?祐巳さんにとっての何?』

志摩子は、由乃の問いかけを受けると目を瞑った。
自分の中にある本当の気持ちを伝えるために・・・。

「私は私、他の何物でもないわ。私は由乃さんと祐巳さんの友達であり、薔薇の仲間であり、親友よ!!」

由乃は、力強く言い切った志摩子の目を見つめ返す。
本心かを確かめるために・・・。
そして、志摩子の思いが揺るがないことを確認すると、由乃は微笑んだ。

「ありがとう志摩子さん。親友だと言ってくれて。とっても嬉しい」

由乃の返答に志摩子もホッとしたのか、微笑み返す。
今まで傍観していた祐巳はというと・・・。

「由乃さん!!志摩子さん!!」
「あっ!?ちょっと!?」
「きゃ!?」

嬉しくて堪らなくなり、二人に抱き付いた。

「今後も私たち三人は、ずっとず〜〜〜っと親友だよ!!」

祐巳は元気いっぱいの笑顔を見せる。
由乃は、苦笑を浮かべている。
志摩子は、幸せそうに微笑んだ。


・・・・・
・・・



「志摩子さん、そんなこと悩んでたんだ〜」
「祐巳さん軽く言わないで、私にとっては凄く勇気がいる行動だったのだから・・・」
「志摩子さんは考え過ぎなのよ。第一仲間だと思っていなかったら、祐巳さんに顔も名前も憶えて貰えないんだから」
「それはそうかもしれないわね・・・」
「もぅ!!二人ともひどいな〜!!」

祐巳は頬を膨らまして【怒っているぞ】をアピールしている。
二人はそれを見て、笑い合っていた。

「でも、素直に嬉しい。私は友達だ、親友だって思っていたけど、実際は由乃さんしか言ってくれなかったから自信がもてなかったんだ〜」
「・・・ごめんなさい」
「あっ!?ごめんね、気にしないで、責めているわけじゃないんだよ?」
「ええぇ、大丈夫」

やっぱり、思いは伝えないと伝わらない。
当たり前の様で、実に難しいことだった。
志摩子は、少しずつだがようやくそれができるようになったと思う。

「そう言えば今週の土曜だけど、志摩子さんも泊まりに来ない?」
「「えっ!?」」
「祐巳さん、どういうこと!?」
「折角、前より仲良くなれたんだから、もっとも〜っと仲良くなりたいなって。ねっ、由乃さん」
「そう・・・ね」

少し難しい顔をしていた由乃だが、やっぱり祐巳には敵わないなと諦めると苦笑した。
志摩子は祐巳の言葉に戸惑いながらも、祐巳の家に行ってみたいと思い、由乃に言った。

「由乃さん、いいのかしら?」
「・・・えぇ。皆で楽しくお泊りしましょう」
「ありがとう。由乃さん」
「別にお礼を言われるようなことはしていわよ」

少し顔を赤くし、視線を外した由乃。
それを見た、祐巳と志摩子は微笑み合うのだった。

「それじゃ〜土曜日は私の家で楽しもう!!」
「お〜!!」
「えぇ!!」

そして三人は、銀杏並木を話しながら歩いていく。
前とは違い、そこには明らかに変わったことがあった。
それは、会話の中に志摩子が入っていること。
志摩子自身は心配していたが、何の問題もなく話に入っていた。
当人ですら、気づいていないこと。
それがもう無意識化でできているのだった。
話の内容は土曜日に何を持っていくのか、また祐巳のお宅で何をするのか。
そんな簡単なことだが、三人一緒にいれば、話題が尽きることはなかった。
だから三人一緒に歩んでいける。
三人一緒なら、きっとやっていける。
今から一年という身近ようで長い道のり。
しかし三人の内、誰一人としてそれを疑う者などいなかった。


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