作者:水『超人激突ちびのりこ【No:399】』からの続きになります
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今朝のちびのりこは、うつろな顔での登校となった。
昨夜は午後8時には眠くなり、眠い眼を擦りながらもなんとか宿題を片付け――ちなみに宿題はパソコンで打ち出した。 情けないが字がちゃんと書けないから――床に就いたのは午後11時で。 まあ要は寝不足なのだ。
本来ならどうという事はないはずだけど、今はちびっこだから。 ちびのりこの夜は早いのだ。 老人の、いや菫子さんの朝が早いように。
「うぅ…… ねむしゅぎる……」
泣き言を呟きながらも急ぎ足でせっせと学校をめざす。 うかうかしていたら遅刻するに違いないので。 同じ通学距離でも、ちびのりこのスペックでは約3倍もの歩数がかかるのだから。
そういう訳で、校門に着く頃にはぐったりとして。 俯き加減で歩くちびのりこは、目の前に立ち塞がる影にはギリギリまで気が付かなかった。
「うつってしまったわ」
いきなりそう声を掛けられ、反射的に顔を上げたちびのりこの目前には、両手を腰に当て、胸を張っている女の子がいた。
長い碧の黒髪の、見惚れるような美少女。 ちびのりこよりは少しお姉さんな感じで、ちょっと違った格好をしている。 これは確か小学部の制服だったはず。 ランドセルも背負っている。
その勝ち気そうな眼差しには確かに見覚えはあるんだけど。 (だれだっけ……)どうにももどかしい。
「だから、うつってしまったの!」
ちびのりこの反応を待たずにこう詰め寄ってくるけれど、いまだ冴えない頭では『なんなんだ、このガキンチョは?』という感想しか思い付かない。 自分も今はガキンチョなんだけど。 それはまあ置いといて。
「えぇと、なんでしゅか?」
目の前の少女の勢いに押されながらもこう返したが。
「だーかーらっ、あなたのちびっこがうつってしまったとゆっているでしょう、のりこちゃん! もうっ、わからないひとねえ」
こう言い放たれてやっとピンときて、『なるほど!』と『んなあほな!』が同時に押し寄せたショックで一気に目が覚めた。 ああ、目の前の現実にめまいがしそうだ。 目は覚めたはずなんだけど。
開いたままの口を塞ぐついでに、確認の為の一言を搾り出す。
「あ、あなたは、しゃちこしゃま……?」
「そうよ、やっとわかったの?」
ちびのりこの眼前で踏ん反り返るガキンチョ、いや、お方は、麗しの紅薔薇さまこと小笠原祥子さま、そのひとだった。 とりあえず、ごきげんようと挨拶を交わすが。
「ちびをうつしたせきにんは、とっていただくわよ」
その一言に目の前が暗くなる。 目は覚めたはずなんだけど。 でもそのまま呆けては居られなかった。
「ほら……」
そう言って祥子さまが手を差し出してくるのに疑問符を浮かべていたら、片手を取られた。
「なんでしゅ?」
「せきにんとってもらうとゆったでしょう」
「しぇきにんでしゅか」
「そうよ。 こころぼそくないように、いっしょにゆくの。 いいわね?」
「しゃちこしゃま、こわいんでしゅか?」
「ば、ばかねえ。 あなたがこころぼそくないようにじゃないの」
「はぁ…… ありがとぅごじゃいましゅ……」
成り行き上、このまま手を引かれて行く事にする。 これで責任とやらが取れるなら、まあ安いものだろう。
校門からしばらく進むと、ちびっこ二人は今度は黄薔薇姉妹に出会った。 お二方とも、くちを三角に開け放ったまま固まってるので、解凍するべく呼びかける。
「「ごきげんよう」」
思いがけずちびっこ二人、声が揃った。 どうでもいいけど。 挨拶も返ってきたから、お二方共とりあえず正気に戻られたようだ。
「祥子さま?」
由乃さまの問い掛けがまず飛んできて、顔を向けるとさらに言葉を続けてきた。
「祥子さまはなぜ小学生なんですか? 乃梨子ちゃんは幼稚園児なのに……」
「よしのしゃま……」
まずそれを訊くか…… やはり侮れない存在だ。 確かに疑問ではあるが、原因すら謎なのに答えが出るわけないだろう。
「あたりまえじゃないの。 わたくしはのりこちゃんよりふたつもおねえさんなのよ。 しょうがくいちねんせいでおかしくはないわ」
「あ、それもそうですね」
……あっさりと答えが出た。 由乃さまは『ばかだなぁ』って、ご自分の頭をコツンとやってらっしゃる。 納得したんですね、あなた。 ああ頭いたい……
「れい、いいところであったわ」
「な、なに、祥子……」
令さまの方は、まだ立ち直っていらっしゃらないようだ。
「れい、あなたこんどはわたくしのせいふくをつくりなさい。 こうとうぶのものよ、わかって?」
「な、なんで私が…… あなたの所のお手伝いさんにでも作って貰えば……」
「いーい? おひるやすみまでにはつくるの。 わかったらはやくゆきなさい、ぐずぐずしないの」
「聞いてよ、祥子……」
「めいれいよ! ゆくの!」
「わ、わかったわよ…… もう……」
終いの方では半分涙目になっていた祥子さまの剣幕に押され、完全に涙目の令さまは走って行かれた。 由乃さまもその後を追われる。 先を行く御方に罵声を浴びせながら。
「しゃちこしゃま。 きょーはまた、いちだんとしゅごいでしゅね……」
「れいのくせに、くちごたえをするのがいけないのよっ」
半分むずかりながら、ガーゼのハンカチで目元を押さえる祥子さまに、ちびのりこは呆れ返った。
「ごきげんよう、お姉さま。 ごきげんよう、ちびのりこちゃん。」
マリア像前にて遭遇するは、福沢祐巳さま。 紅薔薇姉妹がニッコリ見つめ合う中に、ちびのりこも挨拶を返す。
「お祈りしてしまいますから、少々お待ちください」
あれ……? ノーリアクションに拍子抜けする。 百面相ナンバー18番、『ザ定番! 驚き叫ぶ紅薔薇のつぼみ』を覚悟していたのに。 あ、知っていたのか? 祥子さまがデンワでもしたのかも。
「あの、ゆみしゃま。 しゃちこしゃまのことしってらしたんでしゅか?」
「え、なんのこと?」
振り返る顔を観察する…… ――まったく気付いてない―― さすがだ、それでこそ祐巳さま! 尊敬だ! ……嘘だけど。
「ゆみ…… じつは、のりこちゃんのちびがうつってしまったの」
「……そう言われると、なんだかお小さいような…… 判りませんでした……」
「そうなの?」
「はあ、お姉さまの美しさにお変わりありませんでしたから」
「そう…… そうね、ゆみ」
そういって祥子さまが、祐巳さまを見上げて笑顔で両手を差し出す。 なんだろ。 祐巳さまも首をかしげる
「もって……」
祥子さまがそうおっしゃった瞬間、祐巳さまは頬を染めて頷き、祥子さまを持ち上げた。
「たいがまがっていてよ」
大定番の紅薔薇タイ直し。 お二方とも嬉しそうな顔。 まあだからって、ちびのりこにはいまさら何の感情も湧いては来ないが。 でも。
「「ああっ!」」
それが起こった時、悲痛な叫び声が揃った。 祥子さまを地面に降ろすとき、祐巳さまのタイが、また曲がってしまったのだ…… おケガのないように、との慎重さが裏目に出てしまったのであろう。 沈黙が辺りを包み込む。 お二方とも悲しそうな顔。
祐巳さまは申し訳無さそうで、穴があったら入りたいと顔でおっしゃっている。
祥子さまはなんとも悔しそうで、またもや半分涙目になっている。
「なくほどのことでしゅか……」
その時通りかかった生徒には、なんともお気の毒なことだった。
「そこのあなた、ちょっとおまちなさい」
「えっ、あっ、わ、私ですか?」
「よびとめたのはわたくしで、そのあいてはあなた。 まちがいなくってよ」
「はあ」
「こちらへいらして」
「あ、桂さん、ごきげんよう」
「祐巳さん…… ごきげんよう、お久しぶりね」
そのお気の毒な方は祐巳さまのお知り合いのようで。 ……名前は覚えられなかった。 記憶には自信があるのだが、呪いでも掛かっているのだろう。
「あなた、わたくしのかわりにゆみのたいをなおしなさい」
「はあ? あ、あの…… 私がですか?」
「めいれいよ! するの!」
「え、えっと…… ですが……」
「して!」
泣く寸前の顔で頼まれては断れまい。 そのお気の毒な方は祥子さまの鋭い指示に、祐巳さまのタイを何度も直させられた。
「ありがとう、桂さん…… 後できっとお礼はするからね」
「そ、そう。 まあ気にしないでいいよ、友達じゃない」
ごきげんよう、と言い残して、そのお気の毒な方は去っていった。 もう顔も思い出せない。 これも呪いのせい。
「お姉さま、これ以上他の方にご迷惑をお掛けするのは……」
「だいじょうぶよ。 ここにあしばをつくればいいの。 ぎゃくにじめんをほりさげてもいいわ」
「あっ、そうか! そうですね、さすがお姉さま」
さすがじゃないだろう……
「さっそく、やまゆりかいでよさんをくまなくてはね。 おひるやすみはいそがしくなるわよ」
「はいっ! お姉さま!」
そうして二人手を繋ぎ、しずしずと歩いていった。
置いてけぼりをくらって、ちょっぴり泣きそうになったちびのりこだったけど。 遠巻きに見ていた瞳子と、気配を消していた志摩子さんがすぐにあらわれて。
二人にやさしく手を引かれて校舎に向かった。 その途中。
「「あ……」」
志摩子さんと二人、視線を交わす。
「あ、とぉこ。 もうしゅこし、むこういって。 えいっ、えいっ」
「な、なんですか、急に……」
手を繋いだまま、からだで瞳子を押し返すと素直に動いてくれた。 スキンシップにちょっと嬉しそうだ。
「しまこしゃん」
「ええ」
「「せ〜の!」」
志摩子さんとタイミングを見計らって一緒に、――ピース!―― 笑顔でVサインをした。
その日のお昼休みに、青い顔した武嶋蔦子さまから貰ったものは、志摩子さんとちびのりこのツーショット写真。
端っこに、瞳子の本質部分だけが写っていた。
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作者:水『暗黒大決戦ちびかなこ【No:416】』に続く