【3633】 最近見た夢  (ぺり犬 2012-03-15 16:56:22)


山村先生視線で書いてみました。







今日は卒業式。進行役としては教え子の卒業よりも式の進行の方が気にかかる。
気がつけば式はつつがなく進行し次は送辞だ。
送辞を読むのは黄薔薇である島津さん。
ハキハキとしたしっかりした口調で送辞を読んでいる。
練習のときもそうだったが今日もすばらしい出来映えである。
彼女に送辞を読んでもらってよかった。

普通の高校なら送辞は現生徒会長、答辞が前生徒会長となるのだろう。
しかし我がリリアン女学院においては生徒会長が複数いるので毎年選考が難しい。
今年の送辞の選考は結構もめた。最終選考にのこった者に甲乙が付けがたかったのだ。
一人は黄薔薇のつぼみ 島津由乃
一人は白薔薇 藤堂志摩子
一人は紅薔薇のつぼみ 福沢祐巳
三人の能力については特に問題になる点はなく、逆にいえばだれでも良かったのだ。

そこで問題になったのが、薔薇の色である、
昨年は紅薔薇の姉妹で送辞−答辞が行われた。
それが受けたので今回も姉妹間で送辞、答辞を行う案が持ち上がった。
昨年は紅薔薇だから今年は黄色か白がいいのでないかという意見があがると、白薔薇は今年卒業するものはいないし、むしろ来年、藤堂さんとその妹である二条さんで送辞、答辞を読ませるべきという者がいる。
そして、じゃあ今年は黄薔薇でいっとく?という流れになった。
昨年、送辞の小笠原さんが感極まって泣き出し、送辞を読むことができなくなったとき、その危機を救ったのが黄薔薇の支倉さんだった。
その功績もあり、今回は黄薔薇姉妹でと決まった。

答辞に立候補してくれた小笠原さんには気の毒な結果となったが、以外と感情の起伏が激しい、という不安要素も問題視され小笠原さんの答辞は見送られた。
逆に剣道で心身を鍛えた支倉さんにはそういった不安要素がなかった。



不安要素?


あれ?





支倉さんの不安要素が目の前で送辞を読んでいること私はやっと気づいた。

そのときだった。

きゃっと叫んで島津さんが尻餅をついた。
断続的に悲鳴が聞こえる。

あわてて壇上に私が上ったとき島津さんは手をふりながらあっちいけーと叫んでいる。
よく見ると黄色いなにかが島津さんの辺りを飛びまわっている。

ああ蜂か。

これに驚いたのね。見たところミツバチらしい。まだ飛んでいるなら刺された訳ではないみたいね。ほっとしたとき私は誰かにつきとばされた。
いや誰だかすぐわかった。犯人は大声で由乃と叫んでいる。

「由乃 大丈夫?
蜂?
さされたの由乃?」

「い、いや、さされていないから」

パニックに陥った支倉さんをみて島津さんは逆に落ち着いたみたいだが、支倉さんの暴走は止まらない。

「もしもアナフィラキシーになったら死んじゃう、由乃が死んじゃう!

救急車!救急車を呼ばないと!」

大丈夫だからと、止めようとする島津さんの言葉など耳に入らないようで、支倉さんは四つんばいでその場から逃げ出そう島津さんを引っこ抜くように持ち上げ、そのまま小脇に抱えて走り出した。

……さながら人さらいのように。

島津さんはやめて、おろしてと叫んでいる。

せめてお嬢様だっこぐらいしてあげたら?呆然としながらそう思った。



とりあえず、送辞は大部分読み終えていたので、答辞から式を再開することと決まった。
私は支倉さんの席に落ちていた答辞の原稿を回収し小笠原さんのもとへ向かった。

小笠原さんは自分の席で微動だにせずじっと前をみつめている。

私が声をかけようとすると、先に小笠原さんはこちらに向き直った。
一瞬、私は固まってしまった。小笠原さんの表情は一見普通だが、全体的に何か張りつめた雰囲気を漂わせている。

「わかっています、先生。答辞ですね」

「お願いできるかな?」

「もちろん。どんな形にしろ答辞を読むことは光栄なことですわ」

無論、本心は違うだろう。彼女が望んだのはこんな敗戦処理のような答辞ではないはずだ。
おそらく紅薔薇としての矜持がこの役を引き受けさせたのだろう。
私が答辞の原稿を差し出すと小笠原さんの片眉がぴくっとはね上がった。
私がさしだした原稿にはしっかり支倉さんの靴あとが残っていた。
支倉さんが飛び出したとき、原稿を落としたついでにしっかり踏んづけていったようだが、それに気づかなかった私も相当動揺している。

「あらあら令ったらそそっかしいこと」

やたらとフラットな声で小笠原さんはそうつぶやいた。

そして式は再開した。

「答辞 卒業生代表 三年松組 小笠原祥子」

「はい」

席を立ち、小笠原さんが舞台に向かって歩き出す。
思えば去年の水野さんの答辞で式の雰囲気は落ち着きを取り戻した。
いまは小笠原さんに期待するしかない、という私の願いはすぐにうち砕かれた。

『ピーポー ピーポー ピーポー … 』

救急車のサイレンが響いてきた。生徒や父兄もやや不安げに辺りを見回している。
そのサイレンの音は次第に大きくなってくる。サイレンの音が騒々しいレベルに達して確信した。
間違いない。あの救急車はここを目指している。

あの女、本当に呼びやがった。私はとっさに吐き捨てた

次第に大きくなるサイレンをバックに小笠原さんは壇上にあがり、ゆっくりと中央にすすんだ。
小笠原さんが中央まですすみ、舞台中央の机の前で、答辞の原稿をひろげたまま、まっすぐ前を見据え、だまって立っている。
サイレンが鳴りやまないことには答辞を読むことはできない。
無表情で睨みつけられている中央最前列の卒業生こそかわいそうだ。


1分だろうか、5分だろうか、時間の感覚が麻痺したころやっとサイレンがやんだ。
いったん、深呼吸してから小笠原さんは答辞を読み始めた。

「答辞 三年ま「令ちゃんのばか〜」」

それを島津さんの絶叫がうち砕いた。どれだけの肺活量しているの?島津さん。

再度、小笠原さんは答辞を読み始めたが、背後からなにやら黒いオーラが立ち上っている。
微笑を浮かべているが目は笑っていない。こわい、こわすぎる。
答辞の言葉の一つ、一つが呪詛にしか聞こえない。
やっと小笠原さんのガン睨みから解放されたかと思ったら、言霊の攻撃に、もはや式場内はお通夜よりも暗い。
生徒の中には懐からロザリオを取り出し、十字架をふるえる両手で捧げるように持っている者さえいる。
気持ちはわかるが小笠原さんには効かないだろう。

小笠原さんが、やっと答辞を読み終えるころ、体育館内のあちこちからすすり泣く声が聞こえきているが卒業式に感極まったためと信じたい。

答辞を終えた小笠原さんが、原稿を折り畳んでいる最中、不意に視線を空中にむけた。そしてその視線を泳がせている。
今度は私にも見えた。蜂だ。さっきの蜂が戻ってきたのだ。
蜂は机の上にとまったようだ。
小笠原さんは原稿をねじって棒状にし、おおきく振りかぶり蜂めがけてうち下ろした。







夢だった………


夢から覚めた私の寝間着は暖房もいれてないのに汗でびっしょりと濡れていた。
とりあえず今日の職員会議の議題に上る、送辞と答辞の選出には黄薔薇で決めさせないように努力することを決心した。


一つ戻る   一つ進む