【3683】 私の居場所=貴方の隣咲き誇る薔薇の様に  (イチ 2012-08-14 23:46:05)


〜剣道場〜

「はーい、今日の練習はこれまで!!後は、各自終わっていいわ」

部長の声が響き渡った。
最近の練習は、大会を意識して試合形式で行われていた。
この練習いかんで、出場メンバーが決まる為、皆とても熱が入っていた。
それは、補欠にも入れないのが確実であろう、お姉さまでも変わりはなかった。
大袈裟かもしれないけど、私にはそれが誇りだった。
でも、今日は…

「由乃さん、ちょっといいかしら」
「…ええ」
「由乃さん、何で呼ばれたか分かるわよね?」
「………」
「その顔だと、分かってはいるようね。じゃあ、居残り練習の内容は、菜々ちゃんに言っておくから。
まぁ、お目付け役ね」
「…ええ……くっ………」

今日のお姉さまは酷かった。
何が酷かったかというと、お姉さまの‘負け方が’だ。
いつもの粘りが全く無くあっという間に負けてしまった。
そう、簡単に負けすぎたのだ。
それは誰の目にも明らかで、部長の目にも止まってしまったようだ。
居残り決定だ。

「菜々ちゃん、ちょっといいかしら」
「私、ですか?はい」
「菜々ちゃんから見て、由乃さんという人はどう見える?」
「いきなりな話題ですね。………妹の欲目でもよろしいでしょうか?」
「ふふ。構わないわ」
「剣道部に、山百合会に、勉学に、と完璧と言っていいと思います。
ですが、今日は簡単に負けすぎていたかなと思います。いや、でも、誰にだってそういうときはあると思います!!」
「ああ、そこを責めようってわけじゃないわ。由乃さんがどうこうってわけじゃなく、私達の問題ね。
世の中には頑張りを見せない人が居るでしょ?でっ、そういうタイプの人って、傍から見ていると何でも出来る完璧超人だと思われがちだけど、
実際は違う場合が多くて、そのほとんどの人がすっごく努力していると思うの」
「はぁ…」
「まぁ、つまり、何が言いたいのかって言うと、由乃さんはその手のタイプの人間であって、今、すんごく疲れているんじゃないかって事」
「あっ」
「最近まで、それに気付けなかったのは部長としての私の責任だと思うわ。部員の健康管理も部長の責任よね。
だから、菜々ちゃんが気に病む必要は全く無いの」
「ですが…」
「菜々ちゃんは、由乃さんの手術前の姿を実際に目の当たりにしていないから仕方ないわ。もうこの話はお終いね」
「…はい」
「それでなんだけど、これ居残りメニューね」

そう言って、部長は紙を差し出した。

「あの、先ほどの話からしますと、体力回復に努めるために部活動を休ませるか、
早めに帰宅させるようにした方が良いかと思いますが?」
「いいから、いいから」
「…はい。―――あの…妹と雑談って……?」
「さっき言った事に関連するけど、体力面については、あまり心配していなの。
もうちょっとすれば、部活動に専念出来る時期になるからね。それよりも心配なのは、精神疲労の方ね。
だからこそ、菜々ちゃんと雑談なのよ」
「あの、私と雑談する事と精神疲労が回復する事とが繋がらないのですが…」
「そうかしら。私はそうは思わないわ。まぁ、騙されたと思って、ね。気が向かなければストレッチでもさせればいいから」
「はぁ…分かりました」
「それじゃあ、私帰るわね。ごきげんよう」
「あっ、はい、お疲れ様です。ごきげんよう」



「お姉さま。お待たせしました」
「ええ、とても待ったわよ。それで練習メニューは何なの?」
「えっ、あの、ス、ストレッチです」
「へっ?」
「いや、だから、ストレッチです」
「変なメニューね、体が硬いわけじゃないし、残ってまでやるもんじゃないでしょうに。
それに、家でちゃんとやってるっての。でも、まあいいわ。せっかくだから手伝ってちょうだい」
「ダメです」
「えっ、何でよ」
「私、お目付け役ですから」
「ふーん。と・こ・ろ・で、菜々〜聞いて〜。昨日、令ちゃんがね「お姉さま、仮にも部活動中ですので」
「なによ〜。私達しか居ないのに。それにね、私は副部長だからいいのよ。
部長が居ないって事は、今一番偉いのは私って事よ。島津由乃副部長が命じる、有馬菜々、雑談に付き合いなさい!!」
「何ですか?今の。まぁ、確かにその通りかもしれませんが、その一番偉い部長の命で私はここに居るので、ダメです」
「むっ、言うわね。じゃあ、絶対に逆らえない魔法の言葉を使っちゃうけど?」
「絶対に…ですか。ん〜、お姉さまに何か弱みを握られていましたっけ?」
「あら、分からない?菜々は、私に最大の弱みを握られているじゃない」
「そうなんですか?全く見当がつかないのですが…。それで、弱みって何なんですか?」
「ふっふっふ〜。そ・れ・は・ね、菜々、あなたが私の妹だって事よ。
お姉さまとして命じるわ。菜々、私と雑談をしなさい」
「なるほど。確かに、絶対に逆らえないですね。
副部長の命なら突っぱねる事が出来ますが、お姉さまの命とあれば、妹はただ従うのみですから」
「ふふ。それでいいのよ」

その後、時間を忘れて私はお姉さまとお喋りをしたのだった。
正直、こんな事が疲労回復に繋がるとは思わないけど、こんな楽しい役目ならいつでも請け負おう。


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