【3684】 過去も現在も未来もそれでも  (くま一号 2012-08-31 14:08:12)


【No:3554】のつづき、降誕祭の奇跡シリーズです。
【No:3554】→これ【No:3684】→【No:3685】→【No:3686】

#注意:あくまでもフィクションですので、文中の医学的記述にちゃんとした裏付けはありません。
#筆者は医学にはど素人ですよー。そのまま信じないでください。


「ねえ、奇跡って信じる?」

……とうとう探し当てた奇跡。でも、それは本当に起きたことだったんだろうか。


 †  †  †

 ひかり


 私、黒須ひかりは三田今日子さんを誘って、近くの神社へ初詣に来ていた。今日子さんが、あのキョウコさんだったことがわかった降誕祭から一週間たった正月二日のこと。
 虫垂炎の手術のあと、退院してからまだ一週間あまり。なので、体を締め付ける着物は着ない、今日子さんの家の近くであまり混まない神社にしようってことにして、二人でお参りを済ませて参道をぽこぽこ歩いているところ。
 少し、曇り空。

「ふうぅ、寒いねえ」
 白い息を吐いて毛糸の手袋の両手をすり合わせる今日子さんは、赤くて、もこもこで、フードつきのコート姿でやってきた。いつものちょっとお姉さんっぽいキャラよりもなんとなくかわいい。
 私は黒のセーターにチェックのスカート、その上にダッフルコート。紺のソックスの上はがんばって生足で来た。リリアンにいるとこんな時くらいしか見せ場がないからね。見せる相手は今日子さんしかいないけどねー。
「今日子さん、調子はどう? 大丈夫?」
「うん。年明けからは少し身体を動かした方がいいって言われたの。三学期から普通に登校するしね」
「もう痛くないの?」
「そうねえ、ちょっとひきつった感じがしたりするくらいかなあ。お風呂も普通に入ってるよ」
 微笑む今日子さんはたしかに元気そう。おなかを切ってから二週間しか経ってないって考えると、ちょっと不思議な気がするんだけど。

「ほんとにキョウコさんと一緒に歩いてるんだなあ」
そのことに感動する。だけど、なぜだかそのことはごく自然で、不思議だとは思えないのね。
「ひかりちゃんは、五年も、ずーっと私のことを捜していてくれたんだね」
今日子さんがほっこり笑う。いやあの、こんなにかわいい人だったっけ。ちょっとどぎまぎした。

 どぎまぎして話をそらすわけじゃないんだけど、心配事がひとつある。
「でもさあ、私たちのどっちかが、時を駆ける少女体質だったりすると困るね。せっかく逢えたのに、もう離れたくないもん」
「私は、もう起きないと思うの」
なぜかちょっと困ったような顔で今日子さんが言った。
「は?」
「うーんと、奇跡みたいなことって、起きちゃったら二度はないんじゃないかなって。私たちは会えてめでたしめでたしになったんだから、もう続きはないって……そんな感じがするだけ」
「そう言われるとそうだよね。それに……心配してもどうにもならないし」

「それにね」と、まだ不満げな私に向かって今日子さんは笑う。
「もし、五年や十年飛ばされたって、ひかりちゃんには絶対また会えると思うんだ。絶対に」
「そ……そうだね」
 なんだか強くなったなあ、今日子さん。


 † 新学期。

 山百合会の役員選挙にロサ・カニーナこと蟹名静さんが立候補して、予想外のことに私たちは立ち上がった。三つの薔薇を四人で争う選挙に臨み、クラスは、黄薔薇のつぼみ支倉令さんの支援のために盛り上がってる。
 令さんと仲良しでお弁当グループの今日子さんと私は、もちろん選挙運動の陣頭に立っている。ポスターを貼る手伝いをしたり、教室の後ろのホワイトボードに投票まであと何日とか応援メッセージを書いたりとか、なんだか充実した日々。

 そして。勝手に『支倉令選挙対策本部』を結成しちゃいました。
リーダーは、いつも放課後に令さんを迎えに来る島津由乃ちゃん。
あーでもないこーでもないって、あまり役に立たない『選対幹部会議(約三名)』をやっていると、令さん御本人はなんか苦笑いして見てる。でも、あまり傍観していると、あとで由乃ちゃんに『自覚が足りない』ってはっぱをかけられる羽目になるらしい。
 その由乃ちゃん選対本部長は、図書室に偵察に行ったり、静さんのいる藤組をのぞきに行ったり、お姉さまのために精力的に活動しているらしい。いや、その情報が役に立つかどうかは知らないよ。

 今日子さんと私、もともとよく話す仲だった。それがクリスマス以来いつもくっついているようになったので、あのサンタクロースども、とか言われてる。誰が言い出したか知らないけど、三田・黒須でサンタクロースって、うまいこと言った。
「ねえ、ひかりさん。私たちってスールではないけれど、姉でも妹でもなければなんだろう?」
今日子さんが言う。うーん、スールでなければなんだろう。
「えーと双子かな?」
 そこへ、いつの間にか聞いていた令さんが口を挟んだ。
「似てないから二卵性双生児かな」
「それだ!!」
 今日子さんと息があった。

「別にどっこもなんにもうまいこと言えてないんですけど……」
という由乃ちゃんのつっこみは、その通りだと思ったけど、完全にスルーされた。


 ところがやっぱり。今日子さんと仲が良くなればなるほど……またどちらかがどこかへ飛んじゃうんじゃないかって不安を感じ始めた。
奇跡ってあんまり何度も起きたら困るから奇跡なんだね。気になるんだよ。どうしても。
うかつに今日子さんに相談することもできなかった。

 考えあぐねて、『時駆け』のDVDを借りてきて見直したりした。そしたら、かえってすごくいやなことを考えついてしまった。
頭の中でどうしてもぬぐいきれない疑いになって形を取り始めた時、思いあまって職員室に鹿取先生を訪ねた。

「先生、クリスマスの時の話なんだけど、相談があります」
「奇跡の?」
 それだけで先生には何の話かわかってくれた。

「うん。奇跡って信じる?」
「信じるわよ」
 即答した鹿取先生は、去年のクリスマス・イブとは全然違う明るい顔をしていた。

「言い切ったね、先生。なにかいいことあったの?」
「そうね、私にも奇跡は起きたってこと」
「そっかあ」

 先生は、なんとなく話しづらい私の顔をのぞき込んだ。
「どうしたの? そんなに不安そうな顔をして」
「ねえ、先生。今日子さんに五つ上のお姉さんとか親戚とかいる? リリアンにいたことあるんじゃない?」
 その質問をしたところで、先生は私の言いたいことを察したらしい。
「ああ、お姉さんはいたわね。あれは何年度になるのかな、二年前の卒業生だから三田今日子さんの四つ上になるわね。だから計算は合わないわよ? 当たり前だけど名前はキョウコじゃないし」

「じゃあ、親しい近所のお姉さんかもしれない、もし、その人が……」
言いよどんだ。
「五年前のキョウコさんだったら、ってこと? それだったら三田さんが紹介してくれるわよ。わざわざ嘘をつく必要はないんじゃない?」

「うん、そう思う。そう思いたいんだけど……」
 思いついてしまったことは、すごーく言いにくいことで、質問も歯切れが悪くなる。
「なにが心配になったのかな。 もしもよ? たまたま五年後の同じ時期に盲腸になった三田今日子さんが、あなたのキョウコさんになってあげたとするでしょ。それだったら、話の内容であなたには本物かどうかわかるんじゃないかしら?」
「うん。わかるよ。今日子さんは私の知らなかったことも知ってたりして、間違いはないんだけど……」
「だけど? どうしたっていうの?」
 言葉にしてしまうと事実になってしまうような気がする。でも、聞かずに済ませることはもうできなかった。

 しかたない。思い切って質問をぶつけた。
「もし、私の捜しているキョウコさんが永遠に見つからないところへ逝ってしまっていて、三田今日子さんがそれを知っていて、それで、それで……」
 泣きそうになってその先を続けられなかった。

 意外に、先生は笑って、私の両肩をわしっとつかんだ。
「黒須さん。おちついて。
なんだか混乱して突っ走ってるけどそれは考え過ぎね。
その人がどうしてキョウコって名乗ったの? まるで三田さんが去年の暮れに盲腸になるのを五年前に予知していたみたいに? 三田さんはその人から小学校六年生の時に黒須さんの話を聞いて、あなたのキョウコさんになりすましているの?
 それは、もっとありえない奇跡ね」
「うん、そ、そうだよね」

 でも、まだ不安は残る。
「えーと、念のために聞いておきたいんですけど、その頃、高等部で在学中に亡くなった人はいる?」
「十何年来、いないわね。これで奇跡を信じる気になった?」

「なりました! ありがとう先生!」


 †  †  †

 真紀


 まだ少し腑に落ちないような顔をしながらだけれど、なんとか元気を取り戻した黒須ひかりが職員室を出て行った。

 しかし今度は私が気になる。
なるほどなあ、そういう辻褄の合わせ方もあるのか。けど、ねえ。
高等部在学中に亡くなった生徒は十何年間、つまり美嘉さん以来、いない。

 助けてもらったといってもいい黒須さんと三田さん。その奇跡を曇らせたくはない。それはやまやまだけれど、事実は知っておいた方がいいかもしれない。そういうわけで、つい、やっていた仕事を中断して記録を調べることにした。
 最近、自分でつけてる出席簿さえ信じ切れないのは、とりあえず棚に上げて忘れる。

 さて、どうやって調べようか。とりあえず五年前の出席簿なら倉庫に行かなくても職員室の棚にあるはずだ。



つづく


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