【3695】 志摩子怪電波発信中  (柊雅史 2012-09-24 02:55:31)


【短編祭り参加作品】


テーブルを囲むのは、三人の薔薇さまとそれぞれのつぼみ。
その中央には可愛らしい封筒と一枚の便箋が置かれていた。

「……で、これは何だと思う?」

便箋を取り上げて、由乃さまが全員を見回す。

「ら、ラブレターではないかしら?」
「そう見えるなら志摩子さん、病院行った方が良いよ?」

おずおずと手を上げた志摩子さんに、由乃さまの容赦のないツッコミが入る。しょんぼりする志摩子さんは可愛いけど、さすがの乃梨子にも今の見当違いの発言はフォローできない。

『198979236』

便箋に書かれていたのは、そんな意味不明な数字の羅列。
薔薇の館に最初に来た乃梨子が発見した封筒には、ただそう書かれた便箋が入っていただけなのだ。
確かに封筒は可愛らしいものだし、封をしていたシールはハートマーク。でも内容的に考えて、ラブレターとは到底思えない。

「いくはくなくにさむー」

とりあえず適当に語呂合わせをしてみるのが祐巳さまのジャスティス。

「意味が分かりませんわね」
「そうだねー」

首をかしげる瞳子に、祐巳さまも頷く。二人はぶつぶつと「いきゅ? はきゅ?」などと他の語呂合わせを試し始めた。

「何か数字の並びに法則があるとか?」

菜々ちゃんは手元に広げた自分のノートに件の数字を書き込んで、隣り合う数字との差を書き出している。中々捻った考え方だ。

「えーと……8、−1、1、−2、2、−7、1、3……意味分かりませんねー」

うん、意味が分からない。菜々ちゃんのアプローチはハズレのようだ。

「そもそも、これは山百合会充ての手紙で良いんでしょうか?」

乃梨子の根本的な質問に由乃さまが封筒を手に取る。

「んー……宛名はなかったのよね、乃梨子ちゃん?」
「はい。なので、皆さんが来るのを待ったんですけど……」
「あ、宛名を書き忘れた……とか?」
「それはないわね」

志摩子さんの意見を由乃さまが両断する。

「こんな、挑戦的な内容を送ってくる相手よ? そんな間の抜けたこと、しないでしょ」
「う……ん……、そ、そうよね……普通、しないわよね……」

しょんぼりする志摩子さん。今日の志摩子さんは少々勘が外れてばかりなのか、天然なところが運悪く発動しているのか、イマイチ有効な意見を出せていないのを気にしているようだ。

「これは、どう見ても挑戦状よ! 私たち、山百合会に対する! 面白いじゃない、受けて立つわよ!」

由乃さまが力強く宣言する。志摩子さんが頭を抱えたのは、多分、これで今日の山百合会の仕事が潰れたことに対する嘆きだろう。
面白いことという餌を与えられ、爛々と瞳を輝かせる由乃さまと、それに同調して「頑張りましょう!」と拳を突き上げる菜々ちゃん。
どうやら黄薔薇姉妹は戦力にならないと悟り、乃梨子は軽く溜息を吐いた。




  †  †  †




書類を書き込むペンの音と、カチャカチャという電卓を叩く音。そして「うーん」という唸り声。
ペンの音は白薔薇姉妹、電卓の音は紅薔薇姉妹、唸り声は黄薔薇姉妹の発する音である。
尚、この中で仕事に関する音は書類を書き込むペンの音だけであり、紅と黄色の姉妹は未だに正体不明の手紙と格闘中だ。

「どう、菜々? 何か分かりそう?」
「んー、駄目ですね……携帯でグーグル先生にも聞いてみましたが、特にこの数字ではヒットしませんでした」
「検索しても駄目かぁ」

由乃さまの思い付きでネット検索をしてみた菜々ちゃんが首を振る。

「瞳子、例えば数字を全部足したらどうかな?」
「えーと、54ですね」
「そっかー」

祐巳さまが適当に思いついたことを瞳子が計算し、やっぱり首を振る。
珍しく瞳子が遊びに付き合ってるなぁ、と見てみれば、電卓を覗くためにぴったりくっついてくる祐巳さまに、大いに顔を蕩けさせていた。
まぁ、これでは瞳子が怒らないのも無理はない。

「……乃梨子、次の書類をちょうだい?」
「あ、はい」

一方で志摩子さんは鬼気迫る勢いでお仕事を消化中だ。祐巳さまや由乃さまの分の仕事まで請け負っている。
何も志摩子さんがそこまでやらなくても……と思うのだが、志摩子さんは力なく笑って「良いのよ、乃梨子……」と首を振る。
大丈夫なのだろうか、今年の山百合会……。

「んー……なんだろうねー。瞳子、分かる?」
「わ、分かりませんわ……」

祐巳さまはだんだん目的が変わって来たのか、いつの間にか席を立ち、瞳子の背後に回って抱きすくめるような体勢で、瞳子の肩越しに電卓を眺めている。
瞳子の握った電卓を適当にカチャカチャ押しているけれど、本当に適当に押しているのだろう。謎を解くよりも瞳子とのスキンシップ――というか、セクハラ?――をお楽しみの様子だ。

「1、9、8、9、7、9、2、3、6でー……ん?」

適当に電卓を弄っていた祐巳さまが、不意に手を止めた。
その様子に由乃さまが期待するような目を向ける。

「どしたの、祐巳さん? 何か分かった?」
「あ、ううん……分かったわけじゃなくて、ちょっと意外な結果が……」
「意外?」
「うん……あ、別に意味が分かったとかじゃないよ」

祐巳さまが検算のために電卓を叩く。
意味が分かったわけではない、という祐巳さまの答えに由乃さまが残念そうな顔になり、志摩子さんもほぅ、と溜息を漏らした。

「……あいしてる……」
「ん? な、なぁに、瞳子? いきなり……」

ふと呟いた瞳子に、祐巳さまがデレデレと相好を崩す。

「べ、別にお姉さまに言ったわけではありません!」
「え、違うの?」
「違います! わたくしはただ、この手紙の意味が分かっただけです!」

ナチュラルに瞳子の呟きを受け止めた祐巳さまが「違うのかー」と残念そうに呟く。
しかし、残念がっているのは祐巳さまだけで、他の面々は瞳子の発言に驚きと期待に満ちた目を向けた。

「瞳子、分かったって、ホント?」
「ええ、もちろんですわ」

乃梨子の問いに瞳子が偉そうに胸を反らす。

「この数字の羅列の意味は……そうですわね、最初に白薔薇さまがおっしゃったことが、まさかの正解だったようですわ」

瞳子の答えに見てみれば、よほど意外だったのか、珍しく笑顔を引きつらせた志摩子さんがペンを取り落としていた。




  †  †  †




「この数字……198979236ですが、お姉さまが電卓を弄ったところ、ある特徴的な数字だと言うことが判明いたしました」
「特徴的な数字?」
「はい」

由乃さまの疑問に瞳子は実際に198979236と電卓に打ち込んで、ポンと一つのボタンを押す。
結果、表示されたのは。

「14106……?」

由乃さまが表示された数字を読み上げる。
瞳子が叩いたのは√のボタンだ。

「ええ、そうですわ。適当な数字を打っても、それが整数の二乗ということは、あまりないと思います。なのでお姉さまは『意外』とおっしゃったのですわ」
「あー……まぁ、二乗した数字なんて、せいぜい20まで覚えているかどうかよね……」

由乃さまがなるほど、と頷く。これは電卓を弄っていた祐巳さまのファインプレーだろう。

「ですが、14106の二乗だとして、どんな意味があるんですか?」

菜々ちゃんが首を傾げる。確かに14106という数字にも、何か意味があるとは思えないのだが――

「あぁ、なるほど。愛してる、かぁ」

ぽん、と手を打つ祐巳さまと、尚も首を傾げる菜々ちゃん。

「えーと、随分昔のことだけど、ポケベルって言うのがあってね。そこで語呂合わせみたいなのが使われてたらしいよ。お父さんが使ってるの見たことある」
「ええ。わたくしもお父様が昔使っていたのを見たことがありまして」

祐巳さまの説明に瞳子が頷く。

「その語呂合わせの1つとして有名なのがこの『14106』を『あいしてる』と読む語呂合わせなのです。最初の1をアルファベットのIと読むのがポイントですわね」
「だから、ラブレターなのかぁ……なんじゃそりゃ」

祐巳さまと瞳子の見事な連携で解き明かされた謎に、乃梨子は苦笑する。
確かに最初、志摩子さんが発言したラブレターは、意外なことに正解だったのだ。

「……乃梨子さん、随分と他人事みたいにおっしゃいますが」

コホン、と一つ咳払いして、瞳子が言う。

「このラブレター、乃梨子さん宛てですわよ?」
「……はぁ!?」

はい、と便箋を渡してくる瞳子に、乃梨子は目を丸くする。

「え、どうしてそうなるの!?」
「先程説明した通り、この数字は14106の二乗です。そして、この14106は『あいしてる』と読むものと思われます。それでは乃梨子さん、声に出してどうぞ」
「えーと……あいしてるのにじょう……」


 『 愛 し て る の 、 二 条 』


「怖いわーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

鳥肌が浮かぶのを感じながら、乃梨子は思わず絶叫していた。




  †  †  †




結局のところ、文面の意味は分かっても差出人は分からないということで、ひとまずこの手紙は熱狂的な数学好き乃梨子ファンのものだろう、と言うことになった。
乃梨子としては勘弁して欲しい結論だ。

「なんだったんだろうね、志摩子さん。あの手紙……ちょっと怖いよね」
「そ、そうね……なんだったのかしらね、乃梨子……」

帰り道を歩く志摩子さんは、なんだか少ししょんぼりしている。
そんな志摩子さんを見て、ふと乃梨子の頭には1つの推理が思い浮かぶのだ。
もしかしたら、志摩子さんは――

(ラブレター発言というボケが、真実を当ててしまったのを悔いているのかも……)

それは芸人がクイズでいきなり正解してしまうようなものだ。
頑張ってボケてみた志摩子さんとしては、ショックだったのかもしれない。

「大丈夫だよ、志摩子さん! そんな志摩子さんも私は好きだから!」
「乃梨子……ありがとう……」

元気付けるように言った乃梨子に志摩子さんが弱々しい笑みを浮かべる。
そんな志摩子さんを見て、乃梨子は今後、志摩子さんのボケはきっちり拾って広げてあげようと、心に誓うのだった。


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