クゥ〜さまSS(ご注意:これは『マリア様がみてる』と『AQUA』『ARIA』のクロスです)
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】→【No:1424】→【No:1473】→【No:1670】→【No:2044】→【No:2190】→【No:2374】→【No:3304】
まつのめSS(ご注意2:これはクゥ〜さまのARIAクロスSSのパラレルワールド的な話になると思います)
【No:1912】→【No:1959】→【No:1980】→【No:1990】→【No:2013】→【No:2033】→【No:2036】→【No:2046】→【No:2079】
ケテルさまSS(まつのめのSSをベースに、クゥ〜さまのSSと連結させたもの。乃梨子視点進行のつもりのSS)
【No:3091】>【No:3101】>【No:3111】>【No:3126】
(由乃視点の姫屋編)
【No:3156】>【No:3192】>【No:3256】>【No:3559】
まつのめ・P・B SS(再開・ケテルさまのとはパラレル)
【No:2079】→【No:3716】→これ
≪登って飛んで≫
地下世界は壮大だったり神秘的だったり不可思議だったりしたのだけど
そこから戻ってみれば狭い路地にレンガやモルタル作りの建物たち。
見上げれた良く晴れた蒼い空。
ネオ・ベネツィアは今も穏やかに平常運転中だ。
「あの地下世界もネオ・ベネツィアの顔の一つなんですよね……」
「なあに。改まっちゃって」
「いえ、なんか『帰って来た』って感じちゃいまして。ここも『異世界』なのに」
「あー、判る。何だかんだいって私も馴染んじゃってるわ」
「ですよね」
浮き島行きたーい、とか言ってるし。
そんなこんなで、姫屋前の広い河岸に出たのだけど……。
「……誰?」
乃梨子たちの使っていたゴンドラの前で妙な男が待ち構えていた。
◇
黒い長髪をオールバックにまとめたちょんまげ的ポニーテール。
服装は緑のシンプルなタートルネックの上に裾に炎のような赤い模様の入った白い法被(ハッピ)を羽織り、下は黒ゴツい編み上げのブーツに渡りの太い白のズボン、そのズボンの裾は全部ブーツに入れたいわゆる土方(どかた)スタイル。
まあ、全体のバランスを言ったらコーディネイトは悪くない。
そんな彼が、二人を認めるとくわっと目を見開きこちらを睨んできた。
ちなみに目つきは悪い。
「……なんか怒ってる?」
「ゴンドラが邪魔だったとか?」
でも彼は桟橋の真ん中で仁王立ちで立ちはだかり開口一番こう言った。
「おまえらがガチャ子とキン太だな?」
「はい?」
二人で顔を見合わせつつ、とりあえず彼に聞こえないように内緒話。
「もしかして、関係者……かしら?」
「一応聞いてみたら良いんじゃないですか?」
「そ、そうね」
というわけで、第一印象怖かったのでここは積極性に定評のある由乃さまにお願いして。
「……もしかして、浮き島とか、サラマンダーとかの関係者さんですか?」
「いかにも俺様は浮き島で働くサラマンダーの男、出雲暁様だ!」
どんぴしゃだった。
さっきのアルさんのパターンからするとこの人も仕掛人たちの知り合いであろう。
「えっと、藍華さんか灯里さんのお知り合い……ですよね?」
「おう。ガチャペンもモミ子も知ってるぞ。俺のことは暁(あかつき)と呼んでくれ」
再び内緒話。
「……ガチャペン、モミ子って藍華さんと灯里さんのことでしょうかね?」
「なんか失礼なヤツだわ」
「でもこれできっと二つまで謎は解けますよ」
「私は島津由乃です」
「二条乃梨子です」
向こうが名乗っていたので一応自己紹介しておいた。
というわけで早速質問タイム。
「ひとつ聞いても良いですか?」
「うん? 一つと云わず何でも答えてやるぞ。今日の俺は気前が良いんだ」
「では」
「待って。私が先よ」
「由乃先輩? 良いですけど」
「その『ガチャ子』と『キン太』ってなんなんですか?」
そっちかい。
思わず心の中でツッコんでしまったが乃梨子も気になっていたから良しとする。
「モミ子が言ってたぞ。三つ編みの方が『ガチャペンもどき』で」
「は?」
「もう一人は金太郎の髪型だって」
「なっ……!」
「……ちなみになんで『モミ子』なんですか? 灯里さんのことですよね?」
「水無灯里のあの立派なもみあげをしらんのか」
あれはもみあげではないと思うのだけど。
とりあえず、妙なあだ名で呼ばれた原因はあの灯里さんにあったようだ。
「ちなみにガチャペンは藍華Sグランなんたらフルネームは忘れたがヤツのことだ!」
この男が誰に対しても失礼なヤツだってことは判った。
「ガチャ子は止めてください。初対面で失礼じゃないですか」
「私もキン太はちょっと……」
女の子のニックネームとしてどうなんだ。
「む? ならば……」
あごに手をやり少し考えた後、ビシっと由乃さまを指さして、
「猫っぽいから『ミケ子』!」
そのまま乃梨子に向けて。
「髪が海苔っぽいから『のり坊』!」
「「誰がっ!」」
「……どうしてくれよう」
「あだ名を付け返しますか?」
「良いわね。いい歳してポニーテールだから」
「ポニおじさん?」
「それいこう」
というわけで。
「ん? なんだ?」
「「ポニおじさん!」」
「ぬな!?」
「……あれ?」
「……おじさん……おじさん……そりゃ俺はもう成人だし一人前のサラマンダーだが……」
なにやら丸めた背中を見せてどろどろしたオーラを放っている。
「意外とダメージが大きかった?」
「あ、あの?」
かけた声に振り返った暁氏はなにやらげっそりしていた。
「せ、せめて、お兄さんと呼ばんか?」
「じゃあポニ兄さん?」
「ポニイさん?」
「似合ってないわね」
「……」
なにやら雰囲気が悪くなってしまったので話題を変えてみた。
「……で、サラマンダーってどんなことをしているんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。良い質問だ!」
あ、復活した。
暁さんの話を要約すると、元々低いアクアの気温を『浮き島』という大気を暖める装置で人の住める温度に保っているのがサラマンダーなのだという話であった。
「なるほど、気候制御技術者ですか」
「うむ!」
◇
「えーと、私たち藍華さんたちの企画で宝探しをしているんですけど」
「おう、聞いてるぞ」
「それで、暗号を解きつつ宝を探しているんです」
「暗号は解けたのか?」
「『浮き島』、『サラマンダー』までは」
「そうか。ならば浮き島までは俺様が案内ずるぞ」
また内緒話。
「……なんか、毎回藍華さんたちの知り合いがガイドしてくれる趣向みたいですね」
「そのようね。とりあえずあの男も無礼なだけで危険はなさそうだし」
二人がそんな密談をしているうちに、
「よし、ならば早速出発だ!」
と、暁さんはさっさとゴンドラに乗り込み、席にどっかりと座り込んでしまった。
飛び乗る時の安定感を見るに、ゴンドラの乗り降りには慣れてる様子。
でも。
「私たちペアウンディーネだからお客さんは乗せられませんよ」
「問題ない。営業行為じゃなければいいのだ」
「まあ。お金は取ったりしませんけど見習いウンディーネが公然と一般の人を乗せてて大丈夫なんですか?」
今まで乗せたことがあるのは先輩のウンディーネだけだ。
「ちょっと友達を乗せてるだけだ。おまえらがガチャペンやモミ子の友達ならば俺はその友達だから友達の友達で俺たちは友達だ!」
「なんか無茶言ってる気がするわ」
「後で叱られたら暁さんのせいですよ?」
「心配しなくとも前にもこんなことはあった。別に怒られなかったぞ」
まあ、そう言うのであれば。
「さあミケ子よ、飛び魚のごとく浮島行きのロープウェイ乗り場へ急ぐのだ!」
「ミケ子いうなっ!」
これは後で聞いた話だけど、暁さんは『問題ない』といっていたこの一件は結局噂になり、企画者の藍華、灯里、アリスがお目玉を食らったそうだ。
◇
「ところでまだ私が漕ぐ番ですよね」
乃梨子はゴンドラの上でオールを取った。
午前中は乃梨子が漕ぐ約束だった。宝探しが始まった時点でどうなんだろうとは思ったけれど。
「よろしく、乃梨子ちゃん」
「む、そうか。まあ頑張れ」
ここから陸側のロープウェイ乗り場となると、蛇行するカナル・グランデを通っては遠回りだ。
島の外回りで行った方が早い。
ということで姫屋前を出て、今日も賑やかなサンマルコ広場を右手に通り越しカナル・グランデの入り口はスルー。
そして右にネオ・ベネツィア本島、左に細長いネオ・ジュデッカ島を見ながら陸方向を目指してゴンドラを進めた。
島の間のカナル・グランデより数倍広い海路は運河よりも波があり、その波頭が高くなって来た日差しを受けてキラキラと光っていた。
本島と同じようにネオ・ジュデッカ島にもクラシカルな建物達が並んでいる。
そして、このあたりも観光案内の対象らしく、海路を行き交う舟には白いゴンドラもちらほらと混じっていた。
「うむむ」
「揺れるわね。こんなもんだったっけ?」
「そうですよ。初心者ですから」
男性のお客さんがいてゴンドラのバランスが違うこともある。それと乃梨子が先を急ぎ気味なこともあるのだろう。
乃梨子の漕ぐゴンドラは右へ左へと判るくらいロールしていた。
「揺れてる割にあまり進まないし」
すみませんね。
乃梨子的には急いでたつもりなのだけど、実際遅かったから悔しい。
「……急いでみます?」
「あれ、やるの?」
「この先、潮流がやばいかもしれませんから、その方が良いと思いますが」
鉄道橋のかかっている島と陸の間の海域は時間帯にもよるが潮流が複雑なのだ。
前にそれに捕まって苦労した事がある。
「む? なんだ、アレとは?」
「ゴンドラの向きを変えて逆に漕ぐんです」
「おお、モミ子の必殺技ではないか。のり坊も出来るのか?」
「え? 灯里さん?」
「ずいぶん前の話だが、モミ子の逆漕ぎはぶっちぎり速かったぞ」
「へえ……」
そういえば今日の午前中その灯里さんの逆漕ぎは目撃してた。最初の宝箱をもらった時だ。
「乃梨子ちゃん、やっちゃって」
そんなことを言う由乃さまは早く浮き島へ行きたいだけなんでしょうけど。
「じゃあ、いきますよ」
漕ぎ手が前になるようにゴンドラの向きを変える。
「おっ?」
そして、向きが定まった所で体重をかけてオールを振るう。
ぐいっと舟が加速する。
「おおっ!」
「速い速い」
基本姿勢は後ろ向きでオールは側部の器具に中途を引っ掛け、テコの原理で柄を思い切り引くのだけど、これは前を見てないのでいまいち方向が定まらないのが欠点だ。
それでも一応、今までの練習の応用で初めて漕いだ時より進行方向が制御出来てる気がする。
ウンディーネさんたちのゴンドラ作法を完全に無視したやり方なので、見つかったら怒られるかもしれないのだけど。
「モミ子とはまた違うのだな」
「そうなんですか?」
「よく判らんが、そんな気がする!」
◇
そんなこんなで無事ロープウェイ乗り場前に到着した。
「浮き島、浮き島♪」
いよいよ由乃さまが浮かれているのだけど、
そんな由乃さまには暁さんと先に降りてもらって乃梨子は最後に降りてゴンドラを係留した。
「ほれ、チケットだ」
「あれ? 良いんですか?」
「従業員に配給される無料チケットだ。毎回余るから遠慮は要らないぞ」
「なら遠慮なく」
そしてロープウェイに乗り込む。
「タイミングが良かったな。待たないで済んだぞ」
そういえばロープウェイなんていままで乗った事は無かった。
ケーブルカーなら小さい頃に乗ったような覚えがあるけどこういうのは初めてだ。
ロープウェイのゴンドラは都会を走る電車一両の三分の一程の大きさで、窓は大きく席は窓に背を向ける長椅子になっていた。
時間帯のせいか他に乗客はなく、曉さんが長椅子の真ん中にどっかり座り乃梨子たちはその対面を二人で占領していた。
「わくわく」
「由乃先輩、行儀が悪いでよ」
それにワクワクって口で言いますか。
「いいじゃない。そういう気分なのよ」
どういう気分なんだ。
由乃さまは他人が居ないのを良いことに座席に後ろ向きに膝で座って窓に張り付き、動き出すのを今か今かと待ち構えていた。
そしてドアが閉じ、それは動きだした。
ステーションを出て視界が開ける。
と同時に急角度でぐんぐん高度を上げていく。
「おー登ってるー」
由乃さまが隣ではしゃいでる。
「乃梨子ちゃん、見て見て」
「はいはい」
身体を捻って窓の外を眺める。
まず本島への鉄道橋がまっすぐ走っているのが目に入った。
その周りに濃い蒼色の海面。
よく見ると海が透き通って浅瀬になってる所の色が違っている。
そして、さらに遠くも眺めてみると……
「島が沢山ありますね……」
ネオ・アドリア海とか言ってたけれど、そこには『陸側』とよばれた大きな陸地とそれと鉄道橋で結ばれたネオ・ベネツィア本島以外にも緑に包まれた大小の島がいくつも浮かんでいた。
乃梨子たちが最初にやって来た島もあの中にあるはずだ。
◇
だんだん遠くなる海面や島々を眺めていたらあっという間に時間は過ぎて、もう目的地が近づいて来ていた。
「大きいですね……」
細部の構造が見えて来て、いよいよ浮き島の大きさが際立ってくる。
「おう。あれが俺の生まれ育った場所だ」
やがてロープウェイはステーションに飲み込まれ、地上を出発してから数十分、ようやく終点の浮き島に到着した。
「浮き島は初めてだよな?」
ロープウェイの中での反応を見れば判るでしょうに、降りてすぐ暁さんがそう聞いて来た。
「ええまあ」
「そうか。ならこの先の展望台からの眺めを見ておけ。腰抜かすぞ?」
「まあ地元の人のおすすめなら」
「ポニ男のいうことだから話半分に聞いておきましょ」
「むむ。まあ見て驚け?」
「……あっちじゃないんですか?」
降りた所の先にそれっぽい所が見えたのだけど、暁氏はそこに向かわず、速攻で駅を出て路地に入っていった。
「あそこよりいい眺めの所を知っている。黙って付いてくれば良い!」
路地を歩きながら浮き島の建物を観察した。
浮き島の建物は見た感じどこかごちゃごちゃしていて統一に欠け、土地が限られているからなのかやたらと上下方向に発達している印象があった。
そして少し歩いて、浮き島の崖っぷち。端っこの展望台らしき所に出た。
……。
本当に驚いた。
腰は抜かさなかったけど。
そこからはレンガ色の屋根が連なるネオベネツィア本島がミニチュアみたいに一望できた。
「すごい」
「……うん」
そう呟いたきり、しばし沈黙した。
言葉にならないというのはこういうことだろう。
絶壁だから真上の青空からほぼ足の真下までまる見えなのだ。
遠くを望めば水平線まで続く蒼い海。
その蒼さと対照をなす陽の光を浴びてレンガ色やオレンジ色に輝く沢山の屋根。
ロープウェイの窓ごしに見たのとは違いそれらと直に繋がる空気を全身で感じながら
こんな景色を眺めるなんて、早々出来る体験じゃないだろう。
「……サン・マルコ広場があんなに小さく見えます」
L時型の広場の脇にカンパニーレが飛び出してる。
「カナル・グランデが全部見えるわね」
本島を貫いて逆S字に蛇行するのが大運河。
そしてさっき通ったネオ・ジュデッカ島とネオ・ベネツィア本島の間の海路を行き来する船が白っぽく波を引いてるのが見えている。
「どーだ。流石のミケ子も驚いたみたいだな」
「……まあ、そうですけどポ二の手柄じゃないでしょ」
「なにおう?」
曉さんの呼称は『ポニおじさん』改め『ポニ兄ぃ』改め『ポニい』と来てとうとう『ポニ』になってしまったようだ。
「あの、由乃先輩。三番目の謎を解かないと」
「ああ、そういえばそうね」
『日の出前の東空』
「何でしょう?」
「日の出前の東の空って言ったら」
「言ったら?」
「明るくなって来てますね」
「当たり前よ。日が昇るんだから」
「この展望台って東向きですよね」
「一応そうね」
「明日の早朝まで待ってみます?」
「日の出前?」
「はい」
「流石に違うでしょ? 時限式で宝が出てくるっていうの?」
「うーん。さすがにここで一泊してってのはちょっと違うと思う」
「うーむ」
考えてもよく判らない。
ここは関係者にヒントを貰ってみるとか?
「その、暁さんはどう思います? ん? あかつ……」
そのとき、脳裏に閃くものがあった。
「どうしたの?」
「あかつきですよ! あかつき!」
「な、何だのり坊、いきなり呼び捨てか!?」
「違います! 『夜明け前の焼けた空』のことです」
「え? あ、ああ確かに『暁』ってそう言う意味だったわね」
「何の話だ?」
「つまり『夜明け前の東空』って暗号は『暁』を現してるってことですよ。つまりこの暗号の答えは出雲暁さん。あなたのことです!」
失礼を承知でビシっと指さした。地上でやられたので仕返しだ。
「お、おう」
「出してください。宝箱を預かってますよね?」
これまでの展開からすれば、これで間違いないはずだ。
「うむむ……」
と顎を上げて目を瞑り、思わせぶりに唸る暁氏。
やがて彼は姫屋の前でもそうしていたように『くわっ』と目を見開き言った。
「よし! おまえらは見事に謎を解いた!」
そう言って彼は懐から宝箱を取り出して、乃梨子に向かって差し出した。
「これはお前らのものだ。よくやったな!」
「あ……」
「乃梨子ちゃんお手柄よ」
「うん」
壮大な景色を背景にしてたからかもしれないが、由乃先輩の何気ない祝福が何故か素直に嬉しかった。
まあ考えてみたら回答の人物に案内されてここまで来たというとんだ茶番だったのだけど、絶景が見れたからまあ良しとする。
だってそういう宝探しだって言っていたし。
「それで中身は?」
「あ、待ってください」
早速箱を開ける。
「……また紙切れ?」
『空を泳ぐお魚は
届け物を風で運ぶ
精霊を待ちなさい』
「暗号文……」
「まあ、パターンですけど」
「これってさ、最初の一文とばして『届け物を』で切って『“風で運ぶ精霊”を待ちなさい』って読むんじゃない?」
「え? どうしてですか?」
「ウンディーネ、ノーム、サラマンダー。四大精霊の水、土、火まで判ってるじゃない。となると残りは?」
「風ですか?」
「そうよ。名前だけ聞いてるシルフでしょ?」
「ああ、『風の精霊』ですか。つまりシルフは届け物をする人ってことですか?」
「私の推理ではそうなるわ」
「暁さんは当然シルフってなんだか知ってますよね?」
「お、おう。知ってるぞ」
「それって届け物屋さんなんですか?」
「まあそこまで解けてれば言っても良かろう。その通り『風追配達人』と書いて『シルフ』だ。奴らなら今もネオベネツィアの空を飛び回ってるぞ」
「え?」
「ほれ、そこに双眼鏡がある。探してみろ」
というわけで展望台の端っこにあった観光用らしき双眼鏡で覗いてみる。
料金はいらないようだ。
「どう? 見える?」
「町並みがよく見えます……あ」
「なにか居た?」
「カンパニーレの上に登ってる人の姿がよく見えますね」
「どきなさいよ。私が探すわ」
「あ」
由乃先輩に押しのけられてしまった。
「じゃあ、私は肉眼で探します」
「まあ、ネオベネツィアの上空を飛び回るものの中じゃ小さい方だから見つからんかもしれんな」
「小さい?」
「見たことは無いのか?」
「よく判りません、まだここに来て4日目ですし」
展望台の端っこに立ち、目を凝らして飛行物体を探す。
「居ませんね」
「ううむ」
「あ、あれかな?」
「うむ。小さくて判らん!」
ここからだとごま粒のようだが、確かに空を飛んで動いてる。見た感じ鳥では無いだろう。
「由乃先輩! カンパニーレの左の方に!」
「え? 何処よ?」
「ほらほら! 今サンマルコ広場のあたりに降りていった!」
「えー?」
もう一つ見つけた。
今度は手前に向かって飛んで来てる。
これならはっきりその姿を捉えることができるかもしれない。
「由乃先輩今度はもっと下の方!」
「この双眼鏡あまり下に向けられないのよ」
「あーもっとこっちに来ますよ! ほら!」
――このとき乃梨子は浮かれすぎていたのかもしれない。
「お、おいっ!」
「ちょっと乃梨子ちゃん!」
「え?」
二人の焦った声に我で返った乃梨子は、気がつくと重力の感覚を失い、風に包まれていた。
「え? え? ……えええーーー!?」
「掴まるのだー!」
いきなり目の前に大きな背中。
訳も判らず乃梨子は夢中でしがみついた。
◇
「……た、助かりました」
「浮き島から落ちた人は初めて見たのだ」
乃梨子を空中でキャッチしたのは件の配達屋さんだった。
自分の最期を予感したり走馬灯とかが見えだすまでもなく、訳が判らないうちに受け止めてもらえたのは運が良かったのだろう。
今更ながら乃梨子は高所からの落下の恐怖を感じ、しがみついていた手に力が入った。
暁さんが『小さい』と言ってた通りその乗り物は大型のバイク程の大きさで、
というよりまさに『空飛ぶバイク』といった風にその配達人さんはそれにまたがって運転していた。
乃梨子は今その後部の荷物の上に座っていた。
「……あの、いままで落ちた人っていなかったんですか?」
浮き島は人が落ちないように厳重に囲われているわけでもなく、見ると端っこまで結構フリーダムに建造物が生えている。
実際、乃梨子のいた展望台も簡単な柵しかなく、考えれば結構危険な場所だった。
「聞いたこともないのだ」
「でもあんな何処へ行っても殆どフェンスが無いし危なくないんですか?」
「オレも浮島出身だけど、そんなことは一度も無かったのだ」
『慣れ』というやつだろうか? あるいはここの人たちは全員強運の持ち主で不幸な出来事は起こらないとか?
いずれにしても、これは『そういうもの』だと思うしかなさそうだ。
「ええと、じゃあ連れがいるので浮き島まで送っていただけますか?」
「判ったのだ〜」
そしてその“バイク”は浮き島の外壁伝いに上昇していった。
改めて浮き島下部の壁を見るとその大きさが実感できる。
ロープウェイのときはここまで近づかなかったから。
と、同時にこれだけの距離を落ちたんだと思わずぞっとした。
これと比べれば豆粒のような乃梨子を、上から見ればこれまた豆粒のような配達人さんが受け止めてくれたなんて本当に奇跡のようだ。
「おお、ウッディか、よくやった!」
「びっくりしたのだ。風の中を泳いでいたら女の子が降って来たのだ」
「よかった〜乃梨子ちゃん無事でほんと良かった〜」
「由乃先輩……」
由乃さまは本当に焦ったようで涙を浮かべていた。
◇
「綾小路宇土51世なのだ。ウッディと呼んで欲しいのだ」
乃梨子は既に降りていたが、ウッディさんは乗り物にまたがったまま話をしていた。
「暁さんのお知り合いでしたか」
「おう。ウッディは俺の幼馴染みだ」
「それで、君たちが由乃ちゃんと乃梨子ちゃんなのか?」
「あ、はい。初めまして」
「初めまして……?」
あれ? まだ自己紹介してなかった筈だけど。
「こちらこそなのだ。それから君たちにお届けものなのだ」
そう言ってウッディさんはバッグから小箱を取り出した。
「え? 私たちに?」
「そうなのだ。サインお願いするのだ」
「はい。名前で良いんですよね」
どうやら、宝探しの一環のよう。だってお届けものがまた宝箱だったから。
名前を知ってた件もこれで納得出来る。
ちなみに宝箱は最初こそ“それっぽい”小箱だったのだけど、
だんだん間に合わせで大きさだけ揃えた適当な箱になって来ていた。
これには企画した人たちの苦労が忍ばれる。
「あ、しまったのだ」
小箱を受け取ってからウッディさんがちょっと上ずった声を上げた。
「どうしました?」
「これは地上でお昼ご飯を食べている所へ配達すする筈だったのだ」
「ああ、段取りがあったんですね」
そういえば、今回は謎は解いて見つけたのとは違う。
偶然転がり込んで来たようなものだった。
「不味いのだ。時間はあってるから間違えたのだ」
「時間はあってる? もしかして宝探しが予定より遅れちゃってるのかしら?」
「そうかも知れませんね」
配達屋さんに時間まで指定して届けてもらってるってことは、その時間に地上に戻っていないとこの後の宝探しに支障がでるのかもしれない。
「どうしよ〜〜、なのだ〜」
「急いで地上に戻るしかないでしょうね。じゃあこれは地上に戻ってから開けるってことで」
由乃さまがそう提案する。
「それでいいのか?」
「もう貰っちゃいましたし仕方が無いですよ。いったん返して二度手間にするのも申し訳ないですし」
「すまないのだ。そうしてもらえると助かるのだ」
ウッディさんそうは謝りつつ、甲高いエンジン音を吹かせてバイクが浮き上がらせた……、
……ところで暁さんが呼び止めるように言った。
「おいウッディ!」
「なんなのだ?」
「そいつら地上まで届けてやったらどうだ?」
「「え」」
「急ぐんだろ?」
「おー、それはグッドアイデアなのだ」
一度浮き上がったバイクが降りてくる。
「二人も乗れるんですか?」
「大丈夫なのだ」
そんな訳で、乃梨子と由乃さまは地上までエアバイク(やっぱりそう呼ぶそうだ)で送ってもらえることになった。
◇
「また来るといい。今度はもっと面白い場所に連れて行ってやるぞ!」
「はい。今日はありがとうございました」
「モミ子達にもよろしくな」
「はい。ではまた!」
「達者でな」
乃梨子はウッディさんの後ろにくくり付けられたバッグの上に座り、両手は荷物を固定してる紐にしっかりつかまっている。そして由乃さまは後部の上下に付いてるコの字形の部品に下は足をかけ上は腕でしがみついていた。
由乃さまが後ろになったのは、荷物のおかげで若干緩和されはするのだけど足を開いてバイクにまたがるのを嫌がったからだ。
まあ、こんな服だし、体勢が体勢だから多少まくれ上がって足があらわになっちゃうけど気にする程じゃないのに。
「忘れ物はないのだ?」
「は、はい」「はいっ」
「心の準備はオーケー?」
「「はい」」
「では、テイクオフなのだ〜」
加速がかかり、今まで見ていた景色にそのまま飛び出す……。
……のだけど、
「う、上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
何故かエアバイクは浮き島から飛び立って思い切り上昇していった。
顔に風を受け、髪がなびいている。
振り返る余裕なんて無いけれど、後ろでは由乃さまの長いおさげが盛大に暴れている事でしょう。
「ぁぁぁぁぁ……あ?」
気がつくと加速と上昇はおさっていて、水平飛行に変わっていた。
「高いわね……」
後ろから声が聞こえた。由乃さまも落ち着いたのであろう。
「由乃先輩、大丈夫ですか?」
「なんか足の下が心許ないわ」
最初びっくりしたけれど、加速してなければそれほど怖くはなかった。いや慣れたのだろう。
受ける風は強いけれど、むしろこうして空を飛ぶのは心地が良いくらいだった。
「乃梨子ちゃん、上、見て」
「え?」
「真っ青」
本当だ。
見上げると、ここは日差しを遮るものが全くない大空のど真ん中。
「ネオ・ベネツィアで一番高い所に居るのはオレたちなのだ〜」
「なんか、気持ちいいですね」
「そうなのだ! 空を泳ぐのは楽しいのだ〜!」
「お、泳ぐんですか?」
「大空は海であり、今ここにいるオレたちはそこを泳ぐお魚なのだ〜」
「お魚ですか……」
暗号文の『お空を泳ぐお魚は』はこれの事だったのか。
そのままエアバイクは浮き島の上を一回り。
見下ろすと建物があり、木々の緑があり、上から眺めた浮き島はまさに一つの『島』だった。
「この眺めもなかなか凄いですね」
浮き島からの眺めでもうお腹いっぱいかと思いきや、こうして浮き島を更に上から眺めるのはまた違った迫力があった。
「もう少し近づいてみるのだ〜」
ウッディさんは乃梨子たちにサービスしてくれているようだ。
「……大気をあっためる装置なのに真上を飛んでも熱くないんですね」
乃梨子が率直に疑問を口に出したら、後ろから答えが返ってきた。
「そりゃそうよ。乃梨子ちゃん単純に巨大なやかんみたいなものだと思ってたの?」
「違うんですが? というか由乃先輩は判るんですか?」
「どういう仕組みかなんて判らないけど、そんな単純な暖めかたじゃない事は確かよ。そんなことしたら浮き島の上に雲が、いやきっと雷雲くらい発生するわね。だって星の気候を変えるくらい暖めるんでしょ?」
「ああ、そういえば……そうですね」
理科で習っていた。雲の発生するメカニズムだ。
ここがあまりにファンタジックな世界なのでそんなこと考えもしなかった。
「よく判らないのだ。そうなのか?」
「いえ、空気を上昇させると断熱膨張といって気圧の低下で容積が増えて温度が下がり空気中の水分が水になって雲ができるんです」
「ああそれなら判るのだ。高く飛びすぎると寒くなるし耳がキーンとなるのだ」
実体験でわかるとかなんか凄い。このバイクそんなに高く飛べるのか。
「じゃあ、そろそろ降りるのだ」
「ええ、お願いします」
「一気に行くのだ〜」
――自由落下。
浮遊感が全身を覆う――。
「わわっ」
後ろから由乃さまの慌てた声が。
バイクが急に真下に向かったためだろう。
乃梨子もお尻が浮き上がりそうになったけど、なんとか堪えた。
重力で加速しているのだろう。全身に当たる風がいっそう強くなる。
そのまま浮き島の横を抜け下へ回り込みながらエアバイクは大きく斜めの弧を描いてネオベネツィアの街並みへと降りていった。
「さらばー、浮き島ーー!」
由乃さまがなにか叫んでる。
「水平線が斜めー」
いや傾いているのはエアバイクの方なのだけどアクアの重力と遠心力やら加速度やらが合わさってそう感じているのだ。
一瞬太陽と浮き島が重なりその影を抜ける。
そして海面が大きく迫ったところで最後に一気に減速し、水平感覚が正常になった頃にはもうネオ・ベネツィアの街並みがすぐ目の前だった。
「……ジェットコースターみたいだった」
「ん? 私に言ったの?」
「いえ、独り言ですけど……」
「もうすこしなのだ〜」
もう河岸を歩く人を普通に視認出来る所まで来ている。
さて何処に降りてもらおうか、というところに考えが及んだ時、乃梨子は思い出した。
「あの、ゴンドラを置いているのでロープウェイの乗り場の方にお願いしていいですか?」
「おっと、そうだったのか〜」
転進。急に横Gがかかる。
「きゃっ!」
後ろで由乃さまが声を上げた。油断してたようだ。
「大丈夫なのか?」
「あ、平気です」
また加速した。今度は地上にかなり近く、速度を体感出来る。
「なんか、街の人の視線が……」
「見られてるわね」
何やら河岸を歩いている人やゴンドラを漕ぐ人が振り返ってこちら見ているのだけど、この時は単純にシルフ+ウンディーネ×2の組み合わせが珍しいのだと思っていた。
そしてそこから、さっきゴンドラを漕いで渡った海上をギュンと飛ばし……、
……あ、見覚えのあるゴンドラ発見。
「あれってアリア・カンパニーでしょ?」
水色のラインはそのはずだ。
「灯里さん?」
「と、もう一人いますね」
後ろから接近すると、ピンクの髪は多分灯里さん。
彼女が漕いでいて、もう一人ウンディーネさんが乗っているのが見えた。
そのアリア・カンパニーのゴンドラは丁度乃梨子たちの行き先、ロープウェイ乗り場の方向に向かっているようだった。
「お先なのだ〜!」
「あー! ウッディさん〜〜ん〜〜」
間延びした灯里さんの声に軽くドップラー効果かかって聞こえ、通り過ぎた。
「なんか頑張って追っかけてきてるみたいよ。こっち見てる」
由乃さまは振り返って見ているようだけど、乃梨子はしがみついた手を離せないので真後ろは向けない。
「というか、逆漕ぎしてませんでした?」
「あ、そういえばそうね。灯里さん前に立ってるわ」
何事だろう、と思いつつもあっさり引き離し、あっという間にロープウェイ乗り場の前に到着した。
「はぁー、速かったわね……」
エアバイクが着地したところで由乃さまが感慨深くつぶやく。
「大空の散歩はどうだったのだ?」
「気持ちよかったです」
エアバイクを降りながら乃梨子はそう答えた。由乃さまも手を離して飛び降りていた。
「風を切って飛び回るのって楽しいですね」
「それは良かったのだ」
「ここまで、どうもありがとうございました」
「いえいえなのだ。お届け物があったら浪漫飛行社をよろしくなのだ〜」
そういってウッディさんは飛び去っていった。
時間は既に正午を回っていたが、ウッディさんのおかげで結構時間を短縮出来たようだ。
「……あそこから飛んできたのよね」
由乃さまが浮島を見上げて言う。
「満足できました?」
「もう少し色々見てきたかったわ。なんか線路があったのよ」
「それは次の機会にしましょうよ」
「そうね。今日のところはこの土地の概要を知るってことで」
「概要、ですか……」
『地の底』から『空の上の上』まで、考えてみればとんでもない『概要』だ。
たった半日でここまで振り回してくれたこの藍華さんたちの企画は
このあと自分たちをどんな所へ導いてくれるのだろう……。
「……あ」
「どうしたの?」
「いえ、別に」
、、、、、、、、、
乃梨子はそれを普通に楽しもうとしていた自分を発見し、慌てて心をひき締め直した。
いや、楽しむのは別に悪くないのかもしれない。
でもここは乃梨子にとってアウェイであり脱出すべき場所なのだ。
乃梨子のホームはあくまで元の時代の日本であり、もっと言うなら志摩子さんと出会いそして日々を過ごしてきたリリアン学園だ。
これを忘れてはいけない。
◇
「乃梨子ちゃ〜ん、由乃ちゃ〜ん!」
名前を呼ばれて振り返るとさっき追い越した白いゴンドラが船着き場に到着していた。
乗っているのは手を振っているピンク髪のウンディーネ=灯里さんと、そしてもう一人……。
◇ ― ◇ ― ◇ ― ◇ ― ◇
つづきます