【3777】 不適切な発言があった間違いなく間違い令ちゃんの憂鬱  (紫豆腐 2013-10-03 23:47:13)


【短編祭り参加作品】

私こと支倉令は、体育教師になるべく大学で勉強している。
大学には必修科目の他に選択科目があるが、栄養学関係をたくさん選んだ。
趣味である料理にも関係しているからだ。
ただし栄養学は、先端のスポーツ理論などと比べると運動全般との関連が弱い、
と見られがちなようで、意外に受講者は少なかった。
そのため私は、栄養学系の先生の多くから顔を覚えられ、
声もかけられるようになった。
「そう、支倉さんは料理が好きなのね。だったらそろそろ、
あなたの身の回りの人に作ってあげてみてはどうかしら」

そこで思い当たることがあった。体育教師としての栄養学なのだから、
家族よりも生徒に食べさせてみたい。
ちょうどリリアンの剣道部も大会が終わったところなので、彼女たちに食べてもらおう。
さすがに全員の分だと他の人の手を借りる必要があるので、
活動を終えた三年生たちの慰労会、という名目で。
由乃も賛成してくれたので、剣道部の三年生に集まってもらった。

「あ、令さま、お久しぶりで〜す。」
「令さま、大学でも剣道は続けてらっしゃるんですよね」
かわいい後輩たちとの再会に心が躍る。
彼女たちのために心を込めて作った料理を出して、慰労会が始まった。
楽しそうに食べてくれていてよかったのだが、
その笑顔がニコニコというよりニヤニヤなのが気になるところだ。
しかも私の方を見て。


「さて……」
料理の方も一段落ついたところで、ちさとちゃんが私の方を向く。
「令さま、彼氏ができましたね」
えっ、いきなり何を言うの。彼氏なんていないって。
谷中くんの件は別だし、そんなに頻繁に会っているわけでもないし。
「きゃーっ、谷中さんっていうんですか。大学で知り合ったんですか」
「それで今どこまでいってるんですか。もうお泊りくらいは済ませてます?」
「いや、谷中くんってずっと年下だし。」
「えーっ、年下の彼をものにしちゃったんですか。令さまやるじゃないですか」
なんだか非常にまずい流れになってる。由乃助けて、と目で合図したが、
由乃は気づいているのに何もしてくれない。
考えてみれば、今までこの手のときに由乃が私を助けてくれたことなどなかったのだ。
結局乙女たちのエネルギーに抗えるはずもなく、
全てを洗いざらい白状させられてしまった。
ただし現実に進展要素などないわけなのだけど、
みんなは納得していないのか、それぞれ勝手な推測を言い始めた。
「ここまで来て何もしていないなんてありえないですよね」
「いや、令さまのお部屋には既に大量の隠し撮り写真と盗んだ下着があって…」
「そう、それで毎週末には夜の剣道を熱血指導して…」
もういい加減、勘弁してくれないだろうか。


そのとき言われたことを振り返って整理してみると、大体こういうことだったようだ。
今回の私の料理は、女の子っぽくなかったらしい。
それは納得する。今までも大会に昼食を持って行って分けてあげることはあったけど、
サンドイッチのように軽めのものが多かった。
今回はデザートにケーキやプリンなどを作っていたとはいえ、
メインのおかずは蒸し鶏だったし、レバニラ炒めや豆アジの南蛮漬けなどもあった。
野菜でもにんじんの煮物やらひじきやら、
家庭的過ぎたし、栄養面を重視しすぎたかもしれない。
みんなはそこに男の影を感じたらしいのだ。

でも違う。それは親の立場になれば、だれでも考えることなんだ。
私は先生になろうと意識して、栄養学も学んだために
この歳で少女の味覚を卒業しちゃったけど、その日は誰にでもやってくる。
特別なことではないんだ。
今日は不本意な形だったけど、ある意味で慰労の役割は十分に果たしたともいえる。
「彼氏」の件の誤解はいずれ解けるだろうし、
彼女たちが大人になって、この日の献立を普通と思う日を楽しみに待つとしよう。


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