【短編祭り参加作品】
ごきげんよう
とつぶやけば
ごきげんよう
と帰ってくる
そういうもの、そういう学校
そう認識すればいい
「ごきげんよう」
郷に入っては郷に従うように私もリリアン色とやらに染まろうか。
そう思っていた。
「おす」
「へ?」
スムーズにいつもの文言を廊下にいた上級生に唱えた私にとんでもない言葉が帰ってきた。
雄?♂?いや‥まさか‥押忍‥?
「どうかした?」
どうかした?ではない。
ささやかながら私が勤めてきたルーチンワークに亀裂が生じていた。
「いえ、リリアンで『おす』なんて単語を聞くことがあるなんて思っていなかったもので」
ささやかな皮肉を交え、相手の意図を探ってみる。
「‥ああ、いやーそんなの特に気にする必要はないんじゃないかなー」
「とは言われましても‥」
「っ‥質問でーす」
抗議するかのような私に場にそぐわぬテンションで彼女は質問した。
立てられた人差し指は途端に逆さ吊りにされ、それは地べたを指さした。
「ここは何処でしょう?」
「何処も何もリリアン女学園でしょう」
何を言ってるのか‥
そう続けようとしたがどうも彼女は私の答えに納得していなかったようだ。
「んーもうちょっとマクロなものの視点で言ってくれないかな―」
「はあ‥では地球でしょうか?」
「ブー!もう!ここは日本でしょ日本!」
「それはそうですが‥」
「天道様が最も天高くあられる時間帯、我々大和乙女が口にするご挨拶とは?」
あーなるほど、なんとなく言いたいことはわかってきたが‥
「ごきげんよう」
「違う!『おす』だよ『おす』!Say?」
「ごきげんよう」
「なんて反抗的な後輩なの!」
「というより、ここは日本であられますが、同時にリリアン女学園という閉鎖的お嬢様学校でもあるのです」
そう、例えここが日本でも各地域に異なった伝統があるようにここリリアンにも挨拶はごきげんようという伝統があるのだ。
そう安々と変更できるものでもないだろう。
「リリアンでは皆がそうするからあなたもそうするの?」
「はあ、まあ私はそのつもりで今まで何度も挨拶してきました」
「そんな気持ちの篭っていない挨拶は相手に失礼だと思わない?」
「まあ‥そうですね。言われてみれば『おす』程の誠意は篭っていませんでした」
「うっ‥いい?世の中間違っていると思ってることや違和感を覚えたことにいちいち従ってるだけじゃ駄目なの。周りの誰かがそうするからじゃなくて自分がしたいことを正しい方法で行うべきよ」
「なんだが太く短く生きそうですね‥」
「そうならない時の為に私はこの『おす』に限定条件を付けているわ‥」
なんて変わった世界を持っている人なんだろう。
「1日1回とかですか?」
「ふふふ、中々いい目の付け所をしているね」
いい加減な憶測だったのだがなぜか彼女には高評価のようだ。
「条件はずばり12時30分にしか言わないことだよ」
「‥はあ‥それはなんとも‥」
なんともパッとしない真昼のシンデレラだ‥
時計を確認しながら言われても‥なんだが怪しいが‥
「何その目‥ジトッとしてる感じのその視線やめてもらえるかな‥う、疑ってるの?!」
何故狼狽しているのだろうか‥と言うより疑ってるってなにを‥?
‥ん?ちょとまてよ‥まさか‥
「まさか‥普通に言い間違えたんじゃ‥」
「い、いーえー?リリアン女学園生徒が挨拶を間違えるなんてあるわけがない」
声が明らかに裏返ってる。
そして途端に上級生には見えないほどの焦り具合、挙動不審。
「ごきげんよう、祐巳さん」
私が問い詰めようと思った矢先、横をすれ違いかけた上級生に目の前の上級生は挨拶をされていた。
「あ、あらごきげんよう由乃さん。あ、あら私お弁当教室に忘れてしまったみたいだわ、ごきげんよう皆さんー」
途端捲し上げるように出会いと別れの挨拶を済ませ、祐巳さまという人は足早に消えていった。
「‥どうしたのかしら?というかあっち教室と逆方向だし‥」
由乃さまという名の上級生は訝しげに祐巳さまの消えていった方向を見つめている。
なんだろう、この気持。
一言でいうならハムスターやリスを見た時に感じるあの触れたい衝動に似ている。
乾きに似たこの衝動を私は抑えることは出来そうにない。
それに彼女も言っていたではないか、やりたいことをやれ、と。
ならば触ろうではないか私という籠から逃げた彼女を!
「ごきげんよう、由乃さま」
「ごきげんよう、えっと‥」
「私は二条乃梨子と申します」
「乃梨子さんね。どうかしたのかしら?」
「祐巳さまに相談があったのですが、どうも急いでいたらしく‥」
「あー、そうみたいね」
やられたら‥やりかえす‥
「どちらの教室にいらっしゃるのか教えていただけませんか?」
―――倍返しだっ!
昼休み、それは至福の時間。
美味しいお弁当に、楽しい会話、放たれる勉学という重り。
全てがきらめく時間帯。
だが、昨日のような失態は犯さないようにしなければ‥
「由乃さーん!お昼お昼!」
「本当にお昼の時間は普段の2倍は元気そうね」
「いいじゃない、お昼はいいことが一杯だよ!」
手近な椅子に座りお弁当を机の上にポンとおく。
「ささっ、頂きましょう」
チラッっと見ると時計は12時29分を指していた。
昨日とてつもない言動を言い放ってた時間まで後一分か‥
とりあえず時間であの手の記憶は消えると信じて今は頬張るのみ‥
「頂きます!」
カチッ
時計の分針が動いた音が聞こえた気がした。
「アブラ・カタブラ」
背後から人間を地獄の底に引きずり下ろすのが趣味ですと言わんばかりの声が聞こえた。
振り向くとそこには大仰にも両手を広げた昨日の女の子がいた。
聖母に近しいものを感じる笑顔の為、その両の手で抱擁されるのかと思ってしまいそうになる。
が、実際はその両手は全く微動だにせず私を逃がすまいと囲いを作っている
そしてそのポーズ&意味不明な開門の呪文で教室中の視線は私とこの子に注がれている。
「私二条乃梨子と申します。12時30分ですよ祐巳さま?」
「ひっ‥?!や、やめ‥」
「ごきげんよう」
――終わり――