朝目覚めると、胸に重たい感触があった。
もしやと思ってさわってみると、確かに胸のところに大きな隆起がある。
やった!今まで「由乃さんは貧乳」と言われて悔しい思いをしてきたけど、
マリア様へのお祈りって効くものなのね。
…って、なんか景色が違うんですけど。
時代物好きの自分としてはこの和風の部屋と和服の寝巻は嫌いではないけど、
一体ここはどこなの?
それに頭を動かすと色素の薄い髪の毛のようなものが見えるけど、
これじゃまるで志摩子さんじゃない。
…志摩子さん?
まさか私は志摩子さんになってしまったのか。あわてて手鏡を探すが、
自分の部屋でないのだからどこに何があるのかわからない。
ガラス窓に薄く映った姿で、やっと本当に自分が志摩子さんになったことを確認した。
まああの白兵衛は他人の視線に妙に無頓着な面があるので、
本当に手鏡を持っていなかった可能性はある。
何にせよ困った。いくら巨乳になれたからといってこれでは意味がないし、
これから志摩子さんとして生きていくのも困る。私はあくまで島津由乃なのだ。
とりあえず今の自分にできることを確認するために、一通り体を動かしてみた。
すると何かおかしい。信じられないほど力がみなぎってくるではないか。
まさかこの見慣れた体に、これほどのエネルギーが眠っていたとは。
うれしさに今の事態を忘れ、アチョーとポーズをとりながら蹴りを入れていると、
うっかり柱をへし折ってしまった。
「志摩子、また柱を折ったのか!気をつけなさいと何度言えば済むんだ!」
志摩子さんのお父さん(以下、「藤堂氏」)が怒鳴りながらやってくる。
まずい。ただでさえ異常事態なのに、うっかり壊してしまった。
それにしても志摩子さん、これまでにも家を壊したことがあったのか。
「む?お前は志摩子ではないな?お前は誰だ。いったい志摩子をどこにやったんだ!」
「あらいやだわおほほほほ。私、藤堂志摩子よ」
「志摩子はそんな娘じゃない!」
しまった。これは祥子さまだった。考えてみればこのタイミングで
正直に話せばよかったのに、これではもう話すことすらできない。
仕方ない。とりあえず藤堂氏を締め上げておとなしくさせて、
それから状況を説明しよう。これだけの力があるならできるだろう。
私は藤堂氏の頭に左足で上段蹴りを放ったが、あっさり払われた。
それでも払われた勢いを利用して右足のかかと蹴りを狙ったのだが、これもかわされた。
「甘いわ!」
藤堂氏の右足が動いたかと思うと、私の後頭部に衝撃が走った。
肉体は自分の娘のものなんだから、もう少し大事に扱ってよ…
気が付くと、私は藤堂氏と志摩子さんのお母さん(以下、「藤堂夫人」)の前で、
ぐるぐる巻きに縛られていた。気を失っていたようだ。
「さあ言え。お前は何者だ」
「…島津由乃です」
「え?本当に由乃ちゃんなのか?いや、まだ確定ではないぞ」
だがその状況もすぐ終わった。
藤堂夫人が、私の家から志摩子さんが電話をかけてきたのを受け取ったからだ。
やはりというか、逆に志摩子さんは私になっていたらしい。
一応誤解は解け、私の拘束も解かれた。柱を折った件についても、
「他人に乗り移ったことで体のコントロールが利かなかったのだろう」と
好意的に受け止めてくれ、不問となった。
さすがに本当にお祈りの効果だとも思えないし、これでいいのだろう。
このままどうするのかは不安だったが、とりあえず学校を1日休み、
その晩眠ったら、次の日には自分の体、自分の部屋に戻っていた。
胸だけはそのまま残っていてくれないかと願っていたが、むなしい願いだった。
「…ということがあったのよ」
「いやー、由乃さんも志摩子さんも休んじゃって心配したけど、
そんなすごいことが起こってたんだぁ」
「ところで志摩子さんの方は何をしてたの?」
「私もすることがなくて困っていたのだけど…あっ、おばさまが
私にいろいろごちそうしてくださったわ。」
「あ、それについては私が言い出したのよ」
令ちゃんが話に加わる。
「ほら、由乃も結構好き嫌いが多いじゃない?いずれ由乃に戻るだろうから、
心が志摩子のうちに、グリーンピースや小魚などを食べさせて、
栄養をつけておこうと思ったの」
なるほど。ちょっと不愉快な扱いだけど、つらい仕事を済ませてくれたと考えればいいか。
「いやー、あの家はまさに修羅の世界だったわ。こr…」
「これが本当の『藤堂修羅』だね」
・
・
・
「令、あなたは一体何を言っているのかしら」
「祥子!そんな反応はないだろう!」
「令さま、私も意味が分かりません」
「祐巳ちゃんまで!」
「いえ、これはそういう名前の人がいたのと私の家のことを掛けたご冗談で…」
「志摩子、ギャグの解説はしなくていいから!」
うーん、これが日常よね。本当に戻れてよかった。
…それにしても、令ちゃんが先に言ってくれて助かったけど、
うっかり同じことを言っちゃうところだったわ。