【383】 ちょっと照れ臭い甘い時間  (水 2005-08-18 01:30:41)


 夏休み中の山百合会の集まりからの帰り道。

 今日の集まりは早めに終わったんだけど、ちょっとしたヤボ用が由乃にはあって。
 いつもなら令ちゃんも待っててくれるけど、今日は家の道場の稽古に駆り出されちゃったから。
 祐巳さんが『待っててあげようか』と言ってくれたけれど、それは丁重にお断りして。 何時になるか判らなかったし、やっぱり祐巳さんにわるいからという理由。
 それで。
 いまだ残暑もきびしい夕方の帰り道、由乃はひとりだった。


(たまにはこういう日もあるわよね)
 どこかの部活が今終わったのか、遠くの方からざわめきが聞こえてくるけれど、誰かとすれ違う事も無く。
 ひとりで帰るのは慣れっこのはず。
 病弱だった頃。 早退する時には割と由乃ひとりだったから。 ときには、令ちゃんやお母さんの付き添いもあったけれど。
 でも、それは少し昔の話だから。
 それでどこか淋しかったのかも。 認めるのは、なんかしゃくだけれど。
 そんな心境のせいだろうか。 座っている彼女に気付いた時、なんとなく目が離せなくなった。
(藤組の桂さんね…… なにしてんのかしら)
 志摩子さんと同じクラスの桂さん。 去年は祐巳さんとよくいっしょに居たから、由乃も見知っている。 明るい笑顔が印象的な彼女。
 最近はあまり見掛けなかったけど、おそらくは部活で忙しいのだろう。 確かテニス部よね。 あそこもこの辺では強豪だし。
 道をちょっと外れた芝生の上に、桂さんは膝を抱えて座っていて。 俯いたまま動かない。
(貧血や熱中症とかじゃ無さそうに見えるけれど……)
 なんだか気になるし、とりあえず声を掛けてみようかな。
(柄じゃないんだけれどね……)

「ごきげんよう桂さん。 どうしたの? 具合でも悪い?」
「えっ、あ…… 黄薔薇のつぼみ…… ごきげんよう」
 よく観察してみる。 うーん、やっぱり具合が悪いわけではないみたい。 じーっと見つめていると、ちょっと赤くなって、また俯いてしまう。
「そろそろ帰らないと、校門閉まっちゃうわよ。 まだ少しは時間あるけど」
「ええ…… そうね……」
 見るからに元気が無いようす。
 なにか悩んでいるのかも。 部活でなにか行き詰っているとか、だれかに叱られたとか。 『姉妹』関係の事かもしれないわね。
(ほっとけないわよね)
 そう考える自分に内心驚いた。 人見知りのはげしさは、由乃も自覚するところであったから。 一旦親しくなれば、イケイケで行っちゃて歯止めが掛からないけれど。
(こういうのも、剣道の修行の成果のひとつなのかしら)
 お人好しな『姉』を脳裏に浮かべてみて、それに倣ってみる。 ココはひとつ、相談に乗ってあげるとしよう。
「よっと」
 桂さんの隣に腰を下ろし、問いたげな視線を向けてくる彼女に語りかける。
「なんかあったの? 聴いてあげるから、私に言ってみたら? なんか力になれるかもしれないし。」
「えっ…… そんな……」
「まあ、話によってはなにも出来ないけど。 よく言うじゃない、話すだけでも楽になれるとかって。」
「黄薔薇のつぼみ……」
「由乃、でいいわよ、桂さん。 同じ2年生じゃない、遠慮しないで」
 あまり桂さんに負担を感じさせない様に、サバサバした物言いをしながら、由乃はさりげなく様子をうかがう。
 どうにも言いたくなさそうなら、あとは励ましの言葉を掛けて退散しようと思って。
 でも桂さんは言うのを迷ってる感じだから、聴いても良い事だと思うし。
(もうひと押しかな)
 それは自分でもメチャクチャな理屈だと思ったけれど、由乃は思い切って言ってみた。
「祐巳さんの友達なら、私の友達でもあるわ。 友達に遠慮はいらないの、思い切って言っちゃいなさい」
 桂さんは驚いて目を丸くする。 それでも強引な理屈に気分を害したようではなくて、由乃はこっそり胸を撫で下ろした。
「ありがとう、由乃さん…… 聞いてくれる?」
「もちろんよ」
「お姉さまにも言ってないの…… 祐巳さん達にも内緒にしていてね……」
「まかせて。 こう見えて、くちは堅いのよ」
 令ちゃんには隠し事をしたことが無い由乃だけれど、ここは腹を括ることに決めた。 そう、武士に二言は無いのだ。
「私……」
「うんうん」
「え、えっと…… お、男の人を好きになっちゃったみたいなの……」

「へ?」
 思考が止まる。 由乃が最も苦手とする分野。 恋愛はおろか、片思いとかだってしたこともないし。 令ちゃんのように少女小説でも読んでいたなら、あるいはなんとか……
「……それで?」
 とりあえず先を促す。
「でも…… 名前もわからなくて…… どうしたら良いのか……」
「ふーん……」
 桂さんは話しながら耳まで真っ赤で。 聴いている由乃の顔も火照ってくる。 ホント照れくさいったらこの上ない、けれど。
 ちからになるって決めたから。
「もっと詳しく訊かせて貰っても良い?」
 桂さんは真っ赤な顔でコクリと頷いて。
「3日前のことなんだけど……」
 ゆっくりと語りだした。 大切な物をいとおしむ様な柔らかさで。




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