「眠いわね」
「眠いですねー」
「眠いですわー」
秋なのに、春を思わせるぽかぽか陽気。
中庭の芝生でお弁当を食べ終わった祥子さまの呟きに、ご一緒していた祐巳と瞳子ちゃんの呟きが続いた。
「春眠暁を覚えずと言うけれど、本当よね。昨日は10時には寝たのだけど」
「春じゃないですけどねー」
「さしずめ秋眠暁を覚えずですわー」
半ばうとうとしながら軽いボケをかます祥子さまと、半ばうとうとしながら律儀にツッコミを入れる祐巳と、半ばうとうとしながら一捻り加えてくれる瞳子ちゃん。
なんだか余計にまったりした空気が流れて、眠さが増長するような気分だった。
「今日は午後の授業、ないのよね」
「土曜日ですからー」
「半荘ですわー」
なんかもう、眠くて「瞳子ちゃんマージャンじゃないんだから」ってツッコミも、もにょもにょと言葉にならなかった。
「少し寝ましょうか」
「良いですねー」
「賛成ですわー」
祥子さまの提案に祐巳も瞳子ちゃんも揃って賛成し、三人揃ってごろん、と横になってみる。
もうそれだけで、一気に夢の中へと落ちて行きそうだった。
「ん……祐巳、腕枕してあげるわ」
「ありがとうございますー」
祥子さまの伸ばした腕に、祐巳は頭を乗せた。恥ずかしいですとか、そんな畏れ多いこと、なんて感情は、強烈な睡魔の敵ではない。
「んん……祐巳さま、ズルイですわー」
「じゃあ、瞳子ちゃんもこっちへいらっしゃい」
瞳子ちゃんの力のないブーイングに、祥子さまが反対の腕を伸ばしたようだ。もう目を開ける気力がないので、祐巳には見えなかったけど。
「祐巳さまの腕枕の方が良いですー」
「んー……」
瞳子ちゃんのリクエストに祐巳は無意識に祥子さまとは反対の腕を伸ばそうとするけれど。
祥子さまの腕が、伸ばそうとした先にあるので上手く伸ばせない。
「ダメだ、伸ばせないよ瞳子ちゃんー」
「でも祐巳さまが良いですわ……」
「そんなこと言われてもー」
「祐巳さまが良いのですー」
「むー……」
瞳子ちゃんのリクエストに祐巳は回らない頭で考えるけど、回らないんだから良い案なんか浮かんでこない。
「それなら、私にも祐巳が腕枕すれば良いのよー」
祥子さまが間延びした感じで提案し、祐巳の頭の下から腕を抜く。
なるほど、祥子さま→祐巳→瞳子ちゃんと腕枕しようとするから、祐巳は祥子さまの腕が邪魔で腕を伸ばせないのだ。
これを祥子さま←祐巳→瞳子ちゃんと腕枕すれば、祐巳が左右に腕を伸ばすだけ良い。
「さすがですー、お姉さま」
「うふふ、よくってよ、祐巳」
「さすが祥子お姉さまですわー……」
祐巳が両腕を伸ばすと、瞳子ちゃんと祥子さまがそっと頭を乗せてきた。
これで万事解決、万々歳だ。
難問を解決し、祐巳は心おきなく眠気に身をゆだねることが出来るのだった。
目が覚めると腕が痛かった。
「あああ……両腕が、両腕が痺れてますぅ……」
痺れる両腕を振る祐巳に、目を覚ましてすっきりした顔の祥子さまと瞳子ちゃんが苦笑している。
「大丈夫、祐巳?」
「大丈夫じゃないです……なんで私が、両方とも腕枕してたんだろ?」
祐巳は記憶を辿ってみるけれど、どうも祥子さまに腕枕をしてもらって以降の記憶が曖昧だ。その時点でほとんど眠っているようなものだったし。
「し、仕方ないではありませんか。祐巳さまが真ん中だったのですし」
何故か瞳子ちゃんが焦ったように言う。そりゃ確かにそうだけど……確かに祐巳は、最初は祥子さまに腕枕をしてもらっていたハズなのだけど。
「おかしいなぁ……。んー……よく覚えてないけど、なんかこう、瞳子ちゃんに凄いことを言われたような気がする」
「べ、別に瞳子は何も言っていませんわ! そんな記憶はありませんもの!」
「そ、そうかなぁ?」
「そうですわ!」
ぷん、と何故かそっぽを向く瞳子ちゃんに、祥子さまはちょっと記憶を探るように首を傾げた。
「――まぁ、良いじゃないの、祐巳。これはアレよ、アレ」
「アレ?」
「そう。――適材適所?」
首を傾げながら言う祥子さまに、記憶はおぼろげながらも祐巳は思う。
それは多分、びみょ〜に違うと思います、お姉さま。