「聞いたわよ。乃梨子ちゃん」
「は?」
薔薇の館のビスケット扉を開けた瞬間、由乃さまにガッシリと肩を掴まれ、乃梨子はいきなり逃げ場を失っていた。
由乃さまの後ろでは、祐巳さまがすまなさそうな表情と気の毒そうな表情と、(ゴメンねー、こうなった由乃さんは誰にも止められないから)と言わんばかりの表情を足しっぱなしにしたような表情で傍観していた。………って止めろよ。
「気持ちはわかる。だから協力してあげましょう」
「なんのことでしょう?」
「だから、志摩子さんのメイド服姿が見たいんでしょう?」
「はいいっ!?」
なんだそれは。いったいどういう話だ?
「だから、乃梨子ちゃんが志摩子さんの1/1サイズフィギュアを自作してそれにメイド服を着せて毎晩不気味な笑いを浮かべているっていうから、だったら本物の志摩子さんに……」
「ちょっと待ったあ!!」
「お、ちょっと待ったコール」
祐巳さま、最初のセリフがそれですか。
いや、確かにアレを菫子さんに見られて、実家に電話で『深刻な話』をされそうになったり必死でそれを止めたりという微笑ましい(?)情景があったりしたけれども。あくまでもそれは家の中の話だ。
「いったいなんの話ですか?」
そんな乃梨子の動揺を知ってか知らずか、由乃さまは何事もなかったように自分のセリフを続けていた。
「なに、礼には及ばないわよ」
話しを聞けぇっ!
「私達も見たいしね。志摩子さんのメイド服姿」
「うん」
「だから待ってください。いったいどこからそんな話がっ!?」
「どこからって…」
祐巳さまと由乃さまが顔を見合わせる。
「たぶん菫子さまから志摩子さん経由じゃない?」
菫子さん…帰ったらいっぺん話付けて………………って、
「ええーっ! し、志摩子さんって……」
知られた? 志摩子さんに?
「大丈夫よ」
「志摩子さん、ちょっと照れてたよね?」
「は?」
「他ならぬ乃梨子ちゃんだもん。そこまで好かれてるってことなんだから志摩子さんだって悪い気はしないでしょう」
そう……なの?
「他の人だったらその場で挽肉にされかねないけどねー」
祐巳さま、今さらっととんでもないこと言いませんでしたか。
「話は付けてあるから乃梨子ちゃんは明日そのメイド服持ってきてね」
「は? 明日ですか、ってもう決定済み? どう話をつけたんですか?」
「そこはうまく話したわよ」
「乃梨子ちゃんが見たがってるからメイド服着てあげてってね」
「そのまんまだーっ!」
翌日。
薔薇の館にはそれはもう目が潰れそうなほど美しくも愛らしい、メイド服を着た志摩子さんの姿があった。観客は蕾の三人。それとどこで聞きつけたのかメガネが一匹。
「って、何やってるんですかっ!」
「見てのとおり、写真を撮ってるのよ」
「なんであなたがここに…」
関係者以外に見られるのも写真を撮られるのも嫌だった。
「おや、あなたは反対なの?」
眼鏡をクイッとずらして自称写真部エースはのたまった。
「だとしても、本人の許可を貰っているのだから、あなたに文句を言われる筋はないわね」
「くっ」
志摩子さんは誰にでも寛容過ぎる。追い討ちをかけるように眼鏡をキラリと光らせて、蔦子さまはおっしゃった。
「それに、後でこの写真欲しくない?」
「うっ」
…………………………えーと。
「すいません。お願いします」
「まかせなさい」
いいんだ。蕾二人に笑われたって。
しかしこの二人、巧妙に(?)乃梨子一人だけのせいにして自分達もいっしょに堪能するとはなんて狡猾な。
二人のお膳立てがあればこそ実現したのだから強くは言えないのが辛いところだ。そりゃ嬉しくないと言えば大嘘つきだが。
でも何だって志摩子さんは了承したのだろう。
志摩子さんの答はこうだった。
「私で何かの役に立てるなら」
ゴフッ
それはご奉仕の精神ですか?
メイド服を着た志摩子さんが天使のような微笑でお茶を入れてくれる姿を見て何も感じないでいる人などいようか。いや、いまい。反語。
決して乃梨子がどうとかいう話じゃない。その証拠に祐巳さまも由乃さまも悶絶してるし。
「はい、どうぞ」
ティーカップを丁寧に乃梨子の前に置く志摩子さんのメイド服が、がっ、がふぅっ
その日、薔薇の館は(鼻)血の海に沈んだという。