きっかけは、何気ない一言でした。
「たまには、別の髪形もいいかもしれませんわね」
「聞いたわよ、瞳子ちゃん」
「まったく、あの方は何を考えてるのでしょうか」
(「大丈夫だって、お互いにキャラかぶってるから分かりゃしないわよ」)
瞳子は女優ですから全く問題ありませんけど、1年椿組で由乃さまがどうしてるかを考えると後悔でいっぱいですわ。祐巳さまと同じ教室という言葉にのせられた瞳子がばかだったのです。この1時間目が終わったらすぐに交代することにいたしましょう。それまで目立たないようにしていませんと。
「…乃、由乃さん」
「は、はい」私のことでしたわ。
「前へ出て、これを解きなさい」
…さすがに2年生の問題は難しいですわね。でも瞳子は毎日メイドさんに鍛えられているのです。
「正解」
おおー。どよめきがあがります。ひょっとしてかなり難しかったのでしょうか。少し抑えたほうが…。
「由乃さん、すごいなあ」
は、祐巳さまが小さく拍手まで。手を抜くなどとんでもないことですわ。
「大丈夫?由乃さん」
「少しはりきりすぎましたわ」いけません、つい口調が。
「今日、ほんとにすごかったからね」
「た、たいしたことないわよ」
「わたしもがんばらなくちゃ」
「祐巳さ…んはがんばればできると思うわよ」
それはそうと、先ほどから黄薔薇さまの視線を感じるのです。ひょっとしなくても見破られているのでしょうか。瞳子は由乃さまのご意向に従っただけなのでどうかご容赦願いたいものです。
それで思い出しましたわ。
「乃梨子ちゃんのクラスでは何か変わったことあったかな?」
様子を聞いておかなくては。
「今、瞳子が野球やってますよ」
「ぶっ」
「由乃さん、失礼だよ。確かに意外だけど」
「昼休みになったら、クラスの有志引き連れて校庭に飛び出していきました」
そう言ってこちらをみつめるその顔は、間違いなく気づいていますわ。
「乃梨子は行かなくてよかったの?」
「いろいろ面白そうでしたけど、こっちの方が気になりましたから」
ほんとうに楽しそうですわね。
放課後です。
「館に行こう、由乃さん。令さまがケーキを焼かれたそうだから急がなくちゃ」
黄薔薇さまのケーキ、それは心惹かれるものがありますが、食べてしまっては由乃さまの恨みを買いそうですし。
「ほら、早く」
仕方ありません。着いてから乃梨子さんに相談いたしましょう。
今度はサッカーに夢中という、乃梨子さんの言葉によりそのままケーキをお相伴することにしたのです。
「令、それにしてもどういう風のふきまわしかしら」
「ご機嫌ですね」
「だって、昔の由乃が帰ってきてくれたから」
「「「ぐっ」」」
「よかったですね」
「ほんとうに」
はからずも判明しましたが、今の反応から祥子お姉さまもお気づきのようですわ。
しかし、急に食べるのが申し訳なくなってきたのですけど。
「ねえ、由乃さん、宿題教えてほしいんだけど」
「あ、はい、いいわよ」
まあ、気にしないことにいたしましょう。今は幸せそうにご覧になってますし。