祐巳は消えた祥子さまを探しに図書室に来ていた。詳しい事情は原作の『イン・ライブラリー』を読んでもらうとして、とにかく図書室の中を丹念に探索していた。
あまり人の来ない目立たない一角で、祐巳は見覚えのある二人を発見した。
人形のようと称される二人の少女が本棚の側面によりかかり、寄り添うように一冊の本(古びてはいるが革貼りの立派な装丁のものだ)を読んでいたその姿はまさに美しい一幅の絵のようで、しばらく遠くから眺めていたいくらいっだった。
と、視線を感じたのか、志摩子さんがふと顔を上げた。
「あら、祐巳さん」
となりの乃梨子ちゃんも祐巳を認めて軽く頭を下げる。
「あ、邪魔しちゃってごめんなさい」
「いえ、ちょうどよかったわ。つい夢中になってしまって。もう1時間もたっていたのね」
時間を確認した志摩子さんが驚いたように言って、開いていた本をパタンを閉じた。
ここで祐巳の話を聞いた二人が祥子さまを一緒に探してくれることになる。
遠慮しようとする祐巳に構わず、志摩子さんが手にした本を棚に戻す時、そのタイトルがチラリと目に入った。
「………????」
読めなかった。
「え? 二人とも英語の本読んでたの?」
「いえ? これはラテン語よ」
「ら、らてんご? って何語?」
動揺した。志摩子さんも少し困ったような顔をして、文字が良く見えるように本の表紙をこちらに向けた。や、当たり前のように言われても見たってわからないから。
「……ええと、これは『ネクロノミコン』のラテン語版なの。この間見かけて、面白そうだったから一度じっくり読んでみたいと思っていたのよ」
「根黒の未婚? ど、どんな本だろ」
聞きたくないのについ言ってしまった。
「古い、魔道書なの」
なんだか嬉しそうに志摩子さんは言った。禁断の知識がいっぱいな本らしいけど。読書家だから本のことを話すのが嬉しいのだろうか。
「魔道書?」
「ええ」
にっこり。何故かひときわ嬉しそうだ。
「あ、じゃあ祥子さまを探す魔法とかないかな」
なんとなく冷や汗をかきながら祐巳は言ってみる。正直、自分でも微妙な提案だと思った。
「そういう、平和的な知識は無いと思うのだけれど、何か試してみましょうか?
………探す……むしろ呼び寄せる?」
ぱらぱらと本をめくって目を通した志摩子さんは奇妙な言葉を呟きだした。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅる……」
「い、いや、いい! やっぱりいい!!」
猛烈に嫌な予感がして、祐巳は慌てて志摩子さんを止めた。粘っこい空気がまとわりついてきたような気がして、おぞけをふるう。
「そう?」
なにやら残念そうな志摩子さんだが、いったい何を呼び出す気だったのか。祥子さまは邪神じゃないんだから。……たぶん。そもそも敬虔なクリスチャンが邪神なんか呼び出していいのか?
そしてまだ諦めきれないのか志摩子さんは。
「でも、聞いた話だと、なにか変わった生き物が見られるかもしれないそうよ?」
いや、それは間違ってはいないかもしれないが………、誰に何を聞いたのか、祐巳は問い詰めたい気分でいっぱだった。わくわくするわね。とでも言いたげな志摩子さんの様子から、見ただけで発狂しそうな異質で異形の生命体を嬉しそうに撫でている志摩子さんの姿を思い浮かべて、祐巳は眩暈を覚えた。
「とにかくそれは止めておこうよ。ほら、図書室の中に生き物はまずいし、今は祥子さまを探すのが先だし」
「そうだったわね。ごめんなさい」
こうして、祐巳が人知れず世界の危機を救っていたころ、祥子さまはのんきに眠りこけていたというが、それはまあ今回は別の話である。