【46】 祐巳専用ウエディングドレス見せられた  (春霞 2005-06-18 04:33:12)


「あら、祥子さま。これは?」
純白の生地。其処此処にレースをふんだんにあしらい、綺羅きらと輝くビーズが散りばめてある。それでいて清楚さも失わない、あえてシンプルなシルエット。どちらかと言えば可憐という表現が似合うドレス。
久しぶりに訪ねた祥子さまの私室では、瞳子も見知った出入りのブティックのオーナと、数人のお針子さんが忙しくしていて随分と人口密度が上がっていた。
部屋の真ん中には一般的なものに比べると、随分と頭身も身長も低いマネキンが鎮座し、ドレスアップの真っ最中。
祥子さまなら、もう少し豪華な仕立ての方がよくお似合いになると思うのですが…。

「ふふ。素敵でしょう。夏にオーダーしておいたのだけれど。やっと上がってきたのよ。」
「祥子さまがオーダされたのですか? ですが、拝見したところ胸元も着丈も、祥子さまのサイズには大分足りないのでは。」
そう言いながら、作業の邪魔にならないよう気を付けつつ、ゆっくりと周囲を回り込む、と。こっこれは!!

「オー、ソーデスネ。オ嬢サマ。 ヤハリ最後ノ仕上ゲハ、ゴ本人二着テ頂カナイト。ユルイ、キツイトイッタ カンショクマデハ ナカナカ。」
「あら、問題無くってよ。そのマネキンは本人のあらゆる寸法からmm単位のずれも無くってよ。」
オーナと祥子さまの会話がどこか遠くに響いているが、瞳子にとって問題はそこには無かった。(いやちょっぴり聞き捨てなら無い部分もあったが。)

「祥子さま、腰の大きなリボンはともかく、このふさふさした物は?」
「似合うでしょう。そのしっぽ。」にっこり微笑んで言われても。
「祥子さま、ベールに付いている動物の耳らしきものは?」
「似合うでしょう。もちろん狸耳よ。」よだれを垂らしながら言われても。
「祥子さま。マネキンの後頭部の『彫・乃梨子』の銘は?」
「さすがに善い仕事をするわね。造形師の真髄を見せられたわ。」取り敢えず、乃梨子さんの始末はまた別の機会ですわね。
「祥子さま。先程mm単位のずれも無いとか…。」
「もちろんよ。姉として当然でしょう。」当然なんかいっ、と突っ込むべきか?

瞳子はマネキンの正面に回りこむと、じっくりとその頭部を凝視した。
今わベールが被せられているが、それを上げてみると、その顔はまさしく。

「素敵でしょう。祐巳専用たぬたぬオプションウェディングドレスよ。きっと私の隣で、とてもよく映えるわね。」
「ええ、きっと。」
とろけそうな表情の祥子さまなどどうでも良かった。女優技能をフルに動員して当り障りの無い表情、当り障りの無い受け答えをしつつ、頭の中は猛烈な勢いで回転していた。瞳子の人生の最凶・最大の敵が此処に居る。

こ・の・女・を・排・除・せ・ね・ば。

「できた。」
やがて小さくつぶやくと、瞳子は嫣然と微笑んだ。人生最高のシナリオを、最愛の人のために演じて見せよう。私とあの方の幸福な未来のために。勘違いお邪魔虫は排除されなくてはならない。

…そして。後に黒薔薇の、と異名を得る松平瞳子の陰謀劇の幕が、今、ここに、上がった。

                  未完


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