【468】 人口密度が高い夏祭り  (柊雅史 2005-09-03 14:42:19)


「あれ? 由乃さん?」
「祐巳さん? うわー、偶然ね!」
夏休みの終わりにK駅前の自然公園で開かれる夏祭り。
祥子さまと二人でお祭りに参加した祐巳は、偶然にも公園の入り口で由乃さんと令さまに出会った。
「ごきげんよう、令」
「ごきげんよう、祥子。祥子がこんなところに来るなんて珍しいじゃない?」
「それを言うならあなたこそ。浴衣姿なんて初めて見たわ。中々似合っているじゃない」
「そう? 久しぶりだったから、ちょっと不安だったけど」
照れ笑いを浮かべている令さまはなんかちょっと可愛い。由乃さんも同じく浴衣姿。祐巳も浴衣を着てくれば良かった、と後悔する。
「今日で夏休みも終わりだし、きっと色々な人が来ているんじゃない?」
せっかくなので一緒に回ることにして、屋台の並んだ道をぶらぶら歩きながら、由乃さんが言う。
「なにしろ祐巳さんでさえ来ているんだものね」
「え? それってどういう意味?」
「てっきり宿題が終わらずに泣いてるかと思ってた」
「うわ、酷いなぁ」
由乃さんの中々鋭い指摘に祐巳は苦笑する。実は由乃さんの看過した通り、宿題が終わったのは今日のお昼だったりするのだけど、それは秘密にしておこう。
「噂をすればなんとやらね。志摩子たちがいる」
祐巳たちの会話を聞いていた令さまが、ちょっと驚いたように言った。
「え、どこどこ?」
「もうちょっと先。りんご飴覗いてる」
さすが、頭一つ分群集から飛び出ている令さまは視界良好だ。令さまの言う通り、程なくして見えてきたりんご飴の屋台に、志摩子さんと乃梨子ちゃんがいた。
「志摩子さん、頑張って。じゃんけんで次も勝ったら、32本だよ!」
「く……お嬢ちゃん、なかなかやるじゃねーか。しかし俺も屋台村のじゃんけん王と呼ばれた男! 6連敗はしねぇぜ!」
祐巳たちが近づいてみると、屋台のおじちゃんが汗まみれの顔で「うおおー!」と気合いを入れていた。
『じゃんけんでバイバイゲーム!』と書かれたその屋台では、じゃんけんで勝てば二本、もう一度勝てば四本、更に勝てば八本と、もらえる本数が倍になって行くルールになっていた。
「乃梨子ちゃん、ごきげんよう」
「え? あ、皆さん。ごきげんよう」
由乃さんが声を掛けると乃梨子ちゃんがちょっと驚いたような顔で振り向いた。
「ねぇねぇ、何してるの?」
「ご覧の通り、お姉さまが記録を更新中です」
言われて祐巳たちは志摩子さんを見た。
「いくぜ、嬢ちゃん!」
「(こくこく)」
「じゃーんけーん……ぽい! っぐああああああああっ!」
志摩子さんがぐー、おじさんがちょき。おじさんは頭を抱えて仰け反った。
「バカな……生涯成績8割の勝率を誇る俺様が、6連敗だと……!?」
だらだらと汗を流しているおじさんは、なんかちょっと可哀想だった。志摩子さんも困っているようだ。
「く……しかし、このじゃんけんの辰に二言はねぇ! 持って行け、お嬢ちゃん!」
おじちゃんがぐいと差し出したりんご飴16本を、志摩子さんは困ったように受け取る。既に両手はりんご飴でいっぱい。それどころか志摩子さんの口からは割り箸が8本生えている。ぷっくり膨らんだ頬を見るに、持ちきれないりんご飴8本を、頬張っているのだろう。ちょっと涙目だ。
「さぁ、お嬢ちゃん。次の勝負と行こうじゃないか」
ゆらり、と背中に炎をまとわせておじちゃん――じゃんけんの辰さんが言う。志摩子さんはふるふると首を振ったが、辰さんは聞いていなかった。
「へへへ……俺をここまで追い詰めたのは、ぶち込みのサクラ以来だぜ。だがサクラも7連勝は出来なかった。次の32本勝負に負ければ、俺にはもう今日の商売ダネがねぇ。追い込まれた男の執念、見せてやるぜ……」
ぐっと腰を落とす辰さん。
「行くぞ! じゃーんけーん……ぽん!」
 ズザッ!!
合図と共に志摩子さんがバッと浴衣をはだけて両足を開いた。
「あれは……足じゃんけん!?」
何故か由乃さんが驚いたように言う。別に驚くようなものでもないと思うから、多分、ただのノリで驚いたんだと思う。
「ば、バカ、な……」
ぐっと拳を握った辰さんが崩れ落ちる。両足を広げた志摩子さんはパー。志摩子さんの勝利だった。
「へ、へへへ……世界は、広いな。俺もまだ、若造だったということか……」
辰さんが屋台に並んだりんご飴をかき集め、志摩子さんに差し出した。
「持って行け。そして――俺の屍を越えてゆけ!」
志摩子さんがすっごく嫌そうに首を振った。


「結局、みんな揃っちゃったねー」
志摩子さんからりんご飴を分けてもらった祐巳は上機嫌に総勢6人となった一行を見回した。
「こういうのって嬉しいよね。待ち合わせしたわけでもないのに、一緒になるなんて」
「この分だともっと増えてもおかしくないんじゃない?」
由乃さんがきょろきょろと辺りを見回す。
「でもこの人ごみじゃあ、そうそう見付からないんじゃないかな?」
首を傾げた祐巳だが、その直後、いきなり背後からガバッと誰かに抱きつかれた。
「――ひぃあ!?」
「わー、祐巳ちゃんだー! 祐巳ちゃん発見ー」
ぐりぐりと後ろから頭をこすり付けてくる人物の声に祐巳は心当たりがあった。
「せ、聖さま?」
「当た〜り〜♪」
聖さまに解放されて振り向いた祐巳はびっくりした。聖さまの後ろには、苦笑している蓉子さまと江利子さままでがいたのだ。
「祐巳ちゃん、偶然だねー。これはもはや運命? 結婚する?」
「遠慮しておきます」
今度は正面から抱きついてくる聖さまを両手で突っぱねる。蓉子さまがこつんと聖さまの頭を叩き、祐巳を助けてくれた。
「その辺になさい。――みんな、久しぶりね」
「お姉さま、お久しぶりです」
祥子さまが蓉子さまに、令さまが江利子さまに嬉しそうに挨拶をしている。ちょっと由乃さんが不満そうだ。
ちなみに志摩子さんはりんご飴の消費に忙しそうだし、聖さまは祐巳にばかり構ってくる。この二人は相変わらずのようだ。
「お、おおおっ!? な、何この豪華なメンバーは!?」
そこにいきなり驚きの声と共に、パシャッとフラッシュが焚かれる。
「蔦子さん! それに真美さんまで」
「ごきげんよう、祐巳さん、偶然ね。向こうに三奈子さまもいるよ」
くい、と蔦子さんが指差した先には、江利子さまと蓉子さまに挨拶している三奈子さまがいた。
「なんかもう、偶然もありがたみがなくなってきたわねー。一体どれだけのリリアン生がいるのよ!?」
ついに12人に膨らんだ集団に由乃さんが何故か怒ったように言う。
確かに最初は驚いたけど、ここまで来るともう「なんでもアリ」って感じがしてくる。
「あれ? 祐巳さまじゃないですか?」
「ん? ああ、瞳子ちゃん。ごきげんよう」
なので、ひょっこり人ごみから瞳子ちゃんが二人の子と現れても、祐巳は全然驚かなかった。
「な、なんですか、そのどこか呆れたような顔は! 偶然会ったのに、その反応はないんじゃありませんの!?」
「あ、ごめんごめん。驚いてるよ。わー、瞳子ちゃんだびっくりだー」
「全然驚いてないじゃないですかっ!」
瞳子ちゃんが縦ロールをぶるるんと震わせて怒った。
「まーまー。はい、りんご飴あげるから」
「――りんご飴くらいじゃ誤魔化されませんわ」
と言いつつ、瞳子ちゃんはりんご飴を受け取って機嫌を直したのか、同行していた二人――敦子さんと美幸さんを紹介してくれた。
ついにこれで15人の大集団。これだけの集団が道の真ん中に立ち止まっていたら邪魔でしょうがない。ひとまず櫓のある広場へ移動することにした。
「この分だと、更に増えるんじゃないかしら? 他に来そうな人っている?」
由乃さんが指折り数えながら聞いてくる。
「んー……どうだろう。あ、うちの祐麒が友達と来るって行ってたから、会うかも」
「祐麒くんか。そうすると……来るかな、あの人」
「う……そうか。祐麒には会いたくないかも」
げっそりと呟いた祐巳だけど、程なくして聞きなれた「おーい、祐巳ー!」という声に呼び止められた。
「祐巳、偶然じゃん」
「あー……祐麒。うん、そうだね。偶然だね」
「? なんかあったか?」
訝る祐麒の後ろには、祥子さまの別荘に行った時に出会った花寺の面々がいた。小林くんに確か――日光・月光さん。
「やあ、祐巳ちゃん、さっちゃん。久しぶりだね」
そしてもちろん、柏木さんも。
普段なら嫌がるところだけど、なんかもう別に良いや、と祐巳は思った。祥子さまも同様なのか、柏木さんに溜息混じりの挨拶をしただけで、無視を決め込んでいる。
公園に到着した時は祥子さまと二人きりだったのに、広場に到着した時には、総勢20人の大集団。いくら夏休み最後のお祭りとはいえ、みんな参加しすぎである。
まぁ、祐巳も他人のことは言えないんだけど。
「祐巳と二人でゆっくり回ろうと思っていたのに――なんだか、騒がしくなっちゃったわね」
広場に到着したところで、祥子さまが笑いながら話しかけてきた。
「う……すいません……」
「あら、祐巳が謝ることではないわよ。それに、これはこれでなんだか楽しいじゃない? 祐巳と二人というのも良いけれど、偶にはこういう騒々しいのも良いわ」
祥子さまにそう言ってもらえると、祐巳としてはちょっと安堵である。一応、今日誘ったのは祐巳だったから。
「よーし、せっかくだし、踊ろう、令ちゃん!」
櫓の周りの踊りの輪を見て、由乃さんが令さまを誘う。
「あら、令は私と踊るのよ、由乃ちゃん」
「あら、令ちゃんは私と来たんです。江利子さまはどうぞ、あそこの屋台でくまのぬいぐるみでも当てて一緒に踊っててください。って言うか、振られでもしましたか? くまさんに」
「……言ってくれるわね。良いわ、由乃ちゃん、踊りで勝負よ!」
「望むところです!」
「え……? 由乃? お姉さま? わ、私は……!?」
踊りの輪に突進した由乃さんと江利子さまに、取り残された令さまがちょっと哀れだった。
気付けば、志摩子さんと乃梨子ちゃんも踊りの輪に加わっていたし、聖さまが「それじゃあまり物同士で」と蓉子さまの手を引いている。瞳子ちゃんたち三人も仲良く踊りの輪に溶け込んでいたし、祐麒は――祐麒は、なんか柏木さんにズルズル引きずられて行ってしまったけど、とりあえず見なかったことにしよう。
「――私たちも踊りましょうか?」
「そうですね」
祥子さまが差し出した手を握り返して、祐巳は笑った。
夏の終わりの夏祭り。
祥子さまと二人きりでの思い出にはならなかったけど、それ以上に賑やかで騒々しくて楽しい思い出が出来そうだった。
祐巳はそれで良いや、と思う。
だって今夜は、夏の最後を飾るお祭りなのだから。











「え、もう終わりなの?」
広場に到着した彼女は閑散とした櫓周りを見て立ち尽くしていた。
「え? 何? ドッキリ? なんで? なんで私だけ、合流出来ないの!?」
彼女の名前は桂さん。
オチを、ありがとう。


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