【479】 まぼろしの糸  (ケテル・ウィスパー 2005-09-05 21:11:12)


* * * 私のHP内のSS『瞳子のリリアン摩訶不思議報告』の設定を使っています。 ただし時間は進んでいましてそれぞれ進級しています。 御多分に漏れず祐巳の妹は瞳子、由乃の妹は菜々で行かせていただきます。 私のSSのお約束ですが由乃と祐麒は付き合ってます。 今回祐麒は名前だけですが・・・・・・。* * *

「え〜〜と……その……こ、今度の………日曜日は…」
「……紅薔薇さま……」
「は、はい!!」

 黄薔薇さまである由乃さまに声を掛けられたお姉さま……祐巳さまは体をビクッっと震わせて少し涙目になりながら由乃さまの方をソ〜〜っとご覧になりました。 お姉さまファイトですわ!! まあ、無理もありませんけれど、あんなに睨まれては……。

「はっきり言って。 ようするに今度の日曜日は”出て来なければならない”の? ”出て来なくてもいい”の?」
「………ごめんなさい……出て来て下さい……」
「……白薔薇さまもそれでいいのね?」
「ええ、私はかまないのだけれど……由乃は、いいの?」
「………しょうがないでしょ…この場合。 仕事量もかなりあるし、それに薔薇さまが休みなんて格好がつかないし決も取れないでしょ」

 ここのところ非情と言えるほど仕事量が増えている山百合会。 閉門時間まで残るのは当たり前、菜々ちゃんと由乃さまは部活もお休み。 休日出勤上等、っていう感じですわ。 ことに由乃さま、彼氏の祐麒さんとのデートの約束が6週連続延期になっていらっしゃるとか。 電話やメールで連絡されていらっしゃるでしょうし、祐麒さんも生徒会長をされていらして祐巳さまの弟さんですから、ご理解いただいているはずですが、やっぱりお会いしたいのでしょう。 
 
「ごめんね由乃さん……」
「お姉さま、今度のデートは私が行きましょうか?」
「「「「「いやそれはだめでしょう!!」」」」」
「冗談です」

 菜々ちゃん、さらっと不穏なことを言ってくれます、将来が心配ですわ。 でも、落ち込みかけていた由乃さまを復帰させるには十分なインパクトのある言葉でしたわ。

「はぁ〜なんでだろ? 会おうとすると急に仕事が増えたりしてなかなか会えないなんて。 呪われている私たちって? どう、志摩子さん……」

 ちょっと弱気な由乃さま、呪いだなんて。

「そうね………呪いって言うことはなさそうだけれど……私もある程度見えるだけだから、詳しくは分からないわ」
「やっぱり見えるんだ志摩子さんって」
「見えるだけ、その後どうすることも出来ないわ。 ただ……」
「ただ?」
「知り合いにリリアンで有名な霊能者はいるわ」

 え? 私は乃梨子さんの方に視線をめぐらすと乃梨子さんもこちら目を向けています。 以前『話してはいないけれど気付いてはいるはず』と言っていらしましたわね。

「二人とも〜、ここで怖い話はやめようよ〜」

 情けないことをおっしゃっている祐巳さま。 当然のように祐巳さまの発言はスルーされてしまいました。 情けなさ過ぎですお姉さま、でもそこが……。

「リリアンで有名な霊能者? って、この前リリアンかわら版に載っていた人?」
「ええ。 ねぇ、乃梨子」

 覚悟を決めていたらしい乃梨子さんは、ため息を一つ吐いて志摩子さまの方を向きます。

「やっぱり気が付いていたんですね。 お姉さま」
「ええ、いつも私や祐巳さんに憑いていた霊(もの)を祓ってくれていたでしょう? 由乃さんのことを視てやってくれないかしら?」
「たしか、『六条梨々(ろくじょう りり)』だったっけ? え? 乃梨子ちゃんがその『六条梨々』なの?」
「ええ、そうよ。 ね、瞳子ちゃん、ふふふ『杉浦仁美(すぎうら ひとみ)』ちゃんだったわね」

 こちらもお見とおしですか、当然ですわね。 祐巳さまも由乃さまも目を丸くしていらっしゃいます。 こちらも当然ですわね。 お姉さま方には話していませんもの。 

 『六条梨々』は私が乃梨子さんの偽名として考えたもの、『杉浦仁美』は私の偽名ですわ。
 一ヶ月ほど前この偽名を使って、私が体験し乃梨子さんが解決した霊体験を綴った『仁美のリリアン摩訶不思議報告』がリリアンかわら版に掲載されて結構な評判になったのですわ。

「どうします由乃さま? お姉さまに言われたことですけれど、最終的にどうするかは由乃さまに決めていただかないと……」
「視るかどうかね? いいわ視てちょうだい。 何か憑いているなんて言われたら気味悪くてしょうがないじゃない」
「分かりました。 ちょっとお待ちください」

 そう言うと乃梨子さんは愛用のお数珠をカバンから取り出して手に絡めます。 その大きな長いお数珠に驚いている皆さん。 祐巳さまが私の袖をクイクイっと引っ張ります。

「ねぇねぇ瞳子ちゃん。 瞳子ちゃんが『杉浦仁美』って言うことは、霊を拾いやすいってほんとなの?」
「はぁ、そのようですわ」
「い、いまも何か憑かれているとかないよね?」
「どうでしょう? 一応乃梨子さんのアドバイスで通学路は変えましたし、お守りもいただきましたから大丈夫だと思いますけれど」
「いま瞳子は守りが憑いているだけで危険な霊(もの)は憑いてい無いですよ。 由乃さま、いま主に視えるのは二人です。 一人が影響を及ぼしていますが、こちらは生霊ですね。 もう一人は…志摩子さんが視たのがこっちだと思いますけれど………後でお話します………お話してもいいですが、真偽はご自分でお確かめください、ご両親に聞けば分かると思います」

 何かつかんだようですわね乃梨子さん、早速両手を合わせておそらく生霊を説得しているようです。 

「何をやっているんですか今?」
「たぶん、生霊の方の説得だと思いますわ。 って菜々ちゃん何しようっていうんですの?!」
「いま脅かしたらどうなるのかと思いまして」

 菜々ちゃんは乃梨子さんの後ろに回って背中から脅かそうと身構えていますわ。

「……菜々ちゃんが呪われたいならいいだろうけど、もう終わったから」
「あら、すばやい……」
「で? 誰の生霊だったの?」
「………………令さま………です」
「ふ〜〜〜〜ん。 そうなんだ〜。 ……折檻決定!」
「いやあの、本人は生霊を飛ばしているなんて自覚はありませんから…その……ほどほどに………」

 止めないんですのね。 止めても無駄でしょうが。 菜々ちゃんがいたずらできなかったことなどまったく気にしないような軽い足取りで自分の席に戻ります。 由乃さまため息を吐かれています、大変そうですわね菜々さんのコントロールは。

「で? 令ちゃんの生霊の件は後で落とし前をつけるとして。 もう一人憑いているのって何なの?」
「……由乃さまは、ご自分が生まれた時のことをご両親から聞いていらっしゃいますか? 死んでいてもおかしく無かったって言うことを」
「………聞いているわ」
「え? 由乃さん……どういうこと?」
「生まれた時呼吸して無かったって……聞いたことがあるわ。 治療が遅れていたら今頃私はこの世にいないでしょうね」

 何とびっくりなことをおっしゃいます。 出生時のことを言い当てられたからか、由乃さまは真剣に乃梨子さんの言葉に耳を傾けていらっしゃいますわ。

「治療に成功して息を吹き返されたわけですね………でも……」
「『でも』?  って? え? え?」

 ……祐巳さま…………。  

「一緒に生まれて、でも、治療の甲斐も無くそのまま亡くなった、由乃さまの双子のお姉さま……。 もう一人憑いているのはその方です」
「?!」

 思わぬ展開に、私も含めて皆さんが乃梨子さんの声に耳を傾けます。 

「そ、そんなこと……お姉ちゃんが‥‥いたなんて聞いてないよ私……」
「乃梨子。 私には水子には見えないのだけれど?」
「成仏していらっしゃらないということですか?」
「水子とは言えないよ守護霊とも違うね、だってこの霊(ひと)由乃さまと一緒に成長しているんだもの。 それと瞳子、この霊(ひと)の場合は一般の成仏と一緒には語れないわ。 たぶんこのまま由乃さまと一緒だと思う。 そしてその方がお二人のためだと思う。 もしこの霊(ひと)を除霊もしくは浄霊してしまうと、由乃さまは精神的にかなり不安定になってしまうでしょうね」
「名前……名前ってついているの? 私に言いたいこととかあるのかな?」 

 自分を落ち着かせようと深呼吸をされてから由乃さまは顔を上げて乃梨子さんに問われました。

「…………『よしき』…由乃さまの『由』に”おきさきさま”の『妃』で『由妃』さまですね」
「由妃……」

 後で分かったことですが、死産の場合戸籍には記載されないのだそうですわ。

「伝えたいことは………『一歩立ち止まって周りを見て、それで少しは変わるはずよ』だそうです」
「ねえねえ乃梨子ちゃん、お姉さんってどんな人?」

 興味深々っという感じの祐巳さまは、身を前に乗り出して乃梨子さんに聞いてきます。 それは私も聞いてみたいですわね。 

「お顔は、やっぱり由乃さんに似ているわね、もう少し目元は優しい感じに見えるけれど。 ふふふ、何故かしら? スタイルはいいみたいね」
「どうせ!!」
「まあまあ、あくまで”そうなりたい”と言う体型なわけですから。 芸が無い表現ですが。 物静かな優しい方みたいですね。 でも内に秘めた強さは由乃さまと同じですね」

 たしかに良くある双子の性格付けですけれど。

 優しい姉に、元気な妹。 ひょっとしたらありえた世界かもしれません。 それはどのような世界になるのでしょうか。

「祐麒さんのことは、由乃さまと同じですね。 好感を持っていますね」



 その日はこの話で終始して、たまっていた仕事は明日に持ち越しということになってしまいました。
 校門に向かう途中、菜々ちゃんを見つめる由乃さまの眼差しが、いつも以上に優しく感じられたのは、私の気のせいなのでしょうか?


一つ戻る   一つ進む