【478】 柴犬と一緒あまのじゃく  (いぬいぬ 2005-09-05 15:02:10)


放課後の薔薇の館に、瞳子が久々に姿を見せていた。
用向きは演劇部の書類の提出。茶話会以来、祐巳にどう接して良いのか迷っていた瞳子は書類を出すとすぐに帰ろうとしたが、祐巳の「せっかくだからお茶でも飲んでいってよ」の一言で引き止められていた。
祐巳にどう接して良いのか判らないくせに祐巳の言葉には逆らえない。そんな自分に瞳子は少し自己嫌悪におちいっていた。
(私・・・何がしたいんだろう)
祐巳を意識してしまうあまり気軽にお喋りすらできずにいる瞳子は、一人静かに紅茶を飲みながら自問する。
(それにしても、自分で引き止めておいてほったらかしだなんて・・・)
恨めしげに祐巳を盗み見る瞳子。肝心の祐巳は瞳子の隣りに座っているが、何やら乃梨子とヒソヒソ話している。
(何を話しているのかしら?)
気になるのなら聞いてみれば良い、少なくとも今までの瞳子ならそうしたはずだ。でも今は、どうやって祐巳に話しかければ良いかも判らなかった。
(自意識過剰ってやつかしら・・・)
段々と気持ちが沈んでゆく瞳子。館の中にはこの三人しかいなかったので、他に雑談をする相手すらいない事が重苦しい気分を加速させる。
そういえば今まではどうやって話しかけていたのだろう?そんな事を考えてみるが、不思議な事に全く思い浮かばない。
(・・・そうか、何かあると祐巳さまの方から話しかけてきてくれてたんだっけ)
考えてみると自分は祐巳に近付くために何もしていない。そんな事実に愕然としていると、祐巳の楽しそうな声が聞こえてきた。
「そう!柴犬!言われてみれば柴犬と一緒かも!」
「でしょう?」
乃梨子の相づちも聞こえる。
「そっかぁ・・・言われてみればそのとおりだね。あの一見ツンと澄ました顔と良い・・・」
「澄ましてるくせに、心を許した相手には甘えるところと良い・・・」
「ねー!そのまんまかもね。ホントはすごく可愛い一面を持ってるのに、なかなかそれを見せてくれないトコなんか特にね」
乃梨子の相づちに祐巳は上機嫌ではしゃいでいる。
何を話しているのだろう?瞳子はやはり祐巳の事が気になって仕方が無かった。
「そう言えば、あのくるんと巻いたシッポもアレと似てるねぇ」
そんな祐巳の言葉に、乃梨子が珍しくぶっと吹き出している。
自分をほったらかしにして楽しそうな二人の様子に悶々とする瞳子。でもやはり「何のお話しですの?」とは聞けずにいる。自分も仲間に入れて欲しいくせに、どうすれば良いのか判らない。そんな時、乃梨子の言葉が聞こえてきた。
「自分にかまってほしいくせに、気の無い素振りをしちゃうトコなんかも・・・ね?」
瞳子は自分の気持ちを見抜かれたかと思いドキっとした。ドキドキしながら乃梨子のほうをそっと見ると、祐巳と目が合った。
突然の事に瞳子が目もそらせずに固まっていると、祐巳が話しかけてきた。
「瞳子ちゃんもそう思う?」
「は?」
いきなり同意を求められて困惑していると、祐巳はこう聞いてきた。
「あ、聞いてなかった?」
「いえ・・・あの、それは・・・」
まさか「気の無いふりをしてきっちり盗み聞きしてました」とも言えない瞳子がしどろもどろしていると、祐巳は続けてこう言う。
「瞳子ちゃんの反応が柴犬と一緒だっていう話」
「私の事だったんですか?!」
こんな返事をしては「さっきの話は全部盗み聞きしてました」と白状したも同然なのだが、瞳子は驚きのあまりその事にも気付かない。
「一見ツンと澄ましてて取っ付きにくいけど、慣れてくれれば可愛い顔を見せてくれる所なんか、そのものズバリだと思うんだけど・・・」
祐巳は同意を求めて微笑んでいる。素直になれない自分をあまりにも的確に表現されて、瞳子は絶句する。「可愛い顔」などと言われた事で、瞳子は赤くなり始めていたが、ふと先程の会話を思い出し、祐巳に確認してみる。
「さっきシッポと似ているとか言ってたのは・・・」
「コレ!」
祐巳は嬉しそうに瞳子の縦ロールに指を絡める。
「犬のシッポと一緒にしないで下さい!」
瞳子はそう怒鳴ったが、祐巳の手を振り払おうとはしなかった。不本意である事を示すために、ぷいと祐巳から顔はそらしたが。
「そうやって機嫌を損ねると無視しようとするトコなんかも似てるかも〜」
そう言って祐巳は瞳子の頭を撫で始めた。久しぶりの祐巳の手のひらの感触に、瞳子は自分の中に暖かいモノが広がるのを感じていた。
しかし、自分が喜んでいるのに気付かれるのが嫌な瞳子は、一応祐巳の事をにらんだりする。その瞳には全く迫力がなかったが。
「あ、そうだ」
祐巳は突然自分のカバンの中身を漁り始めた。
「・・・何を探しているんです?」
何か嫌な予感がした瞳子は祐巳に聞いてみる。
「柴犬さんは鎖で縛っとかないと・・・」
祐巳はそんな事を言い出し、カバンから細い鎖を取り出そうとしていた。
「私は犬じゃありません!!」
さすがに憤慨した瞳子は、勢い良く席を立ち、そのままビスケット扉を開いて出て行ってしまった。
「瞳子ちゃん?」
祐巳の呼びかけにも瞳子は応えてくれなかった。
音を立てて階段を降りながら、瞳子は早くも会議室を飛び出した事を後悔していた。
(次にここへ来る理由も無いのに・・・)
祐巳の傍に居たかった。でも、素直じゃない自分は、理由が無ければ祐巳に近づけない。今日はせっかく薔薇の館へ来る理由を、祐巳の傍へ来る理由を手に入れていたのに・・・
(あの人は私の気持ちになんか気付いて無いんでしょうけど・・・あんなふうにいつもの調子でからかわれてたら、伝えたい言葉も伝えられませんわ)
瞳子はトボトボと薔薇の館を後にした。





「・・・・・・・うまく行かないモノだねぇ」
瞳子の逃げ出した後の館では、祐巳が苦笑いでそんな事を呟いていた。
「祐巳さま、それを出すタイミングが少しだけ遅かったんですよ」
「そうだね」
乃梨子に言われた祐巳は、カバンから先程の鎖を取り出した。
その鎖の先には、金色に輝く小さなロザリオがぶら下がっていた。
どうやら最初の雑談も含めて、祐巳と乃梨子はグルだったようだ。全ては瞳子にロザリオを渡すための前フリだったらしい。
「・・・・・・祐巳さま。こんな回りくどい方法じゃなくて、真正面からロザリオを渡してやってくれませんか?」
乃梨子が真面目な顔で頼んできた。
「だって!今更真顔で『妹になって』なんて言うの恥ずかしいもん!」
逆切れしてくる祐巳に、乃梨子はガックリと肩を落とした。
(瞳子もあまのじゃくだけど、この人も意外と素直じゃないよなぁ・・・)
祐巳は次の方法を考えているらしく、うんうん唸っている。
そんな祐巳を見て、乃梨子は溜息をつきながら思う。
(まあ良いか。お互いに姉妹になりたがってるのは間違いないし。しばらくほっといても問題無いでしょ)
祐巳は悩みすぎて「考える人」のポーズになっている。
(・・・・・・・でも、お互いに求め合ってるって事は二人には教えてあげないけどね。そのほうが見てて面白いし)

どうやら山百合会には、あまのじゃくが豊富に生息しているらしい。


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