【483】 封印指定奥義全身ドリル  (水 2005-09-06 09:18:26)


 ある日の放課後、乃梨子は薔薇の館に行く途中、祐巳さまを見かけた。
 道をちょいと外れた所でしゃがんでなんかやっている。

「祐巳さま? そんな所で何をなさってるんです?」
「あっ、乃梨子ちゃん。今、瞳子ちゃんの絵を描いてるんだよ」
 見ると、祐巳さまは棒で地面にぐりぐりとやってらっしゃる。なるほど、瞳子だ。
「そりゃまた、何でです?」
「だって、最近会ってないから淋しいんだもん」
 そう言って祐巳さまはぐりぐりする。なんかもう夢中で。
「あ、瞳子と言えば。祐巳さま、私の新作見ませんか?」
 乃梨子は鞄の中から包みを取り出し、こちらに怪訝な顔を向ける祐巳さまに中身を開いて見せた。
「ふわ〜〜? こ、これ……!」

 十分の一サイズ、瞳子人形。祐巳さまの目はもう釘付けだ。
「ふふふ、私の持ってる技術の粋を集めて作りました」
「じゃ、じゃあ、奥義全身ドリルも出来るの?」
「は? 奥義? 何です、それ」
「え〜、なんで〜。それじゃあ動かないの、このドリル?」
「いえ、それは勿論動きますよ、当然じゃないですか。私の技術の粋は今作ではそこだけに集中してるんですから。可動範囲もバッチリです」
 馬鹿にしないで欲しい。この二条乃梨子を誰だと思っているんですか。モーターライズは基本ですよ。
「じゃあ大丈夫だね。ねえ乃梨子ちゃん、これちょうだい?」
 祐巳さまは目は瞳子人形に釘付けのまま、ストレートに訊いて来た。乃梨子の蒔いた餌に上手く掛かったようだ。ニヤリ。心の中でほくそえむ。
「なら、対価を頂きませんと」
 乃梨子もストレートに返す。真剣な商談に自然、二人ともキリっと真面目な表情になる。
「うん、良いよ。いつもので良い?」
「はい、結構です」
 ゴクリ。喉が鳴った。
「う〜んと……この間の雨の日の帰りに一緒になったんだけど、傘から落ちたしずくが制服の襟から入っちゃって、志摩子さん『ひゃぁぁっ』って言ってたよ」
「……商談成立ですね。良い取引でした」
 ふたりとも爽やかな笑顔で固く握手をした。

「ところで祐巳さま、先ほど奥義がどうのと言っておられたのは?」
「あっ、奥義全身ドリルだね。乃梨子ちゃんも知りたい?」
 祐巳さまときたら、それはもう天使のような笑顔で。
「それはまあ。次回作に生かせるものがあるかも知れませんし」
「じゃあ、教えてあげるよ。え〜とねえ……」
 祐巳さまは生き生きとして、瞳子人形をいじり始めた。
「まずはドリルを両方とも上に向けます。この時左右のドリルを前か後ろ、それぞれ別の方向にちょっと傾けるのがポイントです」
 祐巳さまは何故か説明口調だ。
「そうしたら瞳子ちゃんを逆さまにしちゃって、ドリルを地面につけてあげるの。この時瞳子ちゃんを持ってる手は軽く添えるだけなんだよ、危ないんだから」
 今度は随分フランクに。興奮してきたのだろう。そしておもむろに。
「で、スイッチオン♪」

 うぃ〜〜ん、どりどりどり。
「な、なんとまあ……」
「すごいでしょ♪ これが奥義なんだよ!」
 本当に嬉しそうな祐巳さまの声を耳にしながら、乃梨子はその様子を見つめ続けた。うぃ〜〜ん、どりどりどり。
 逆立ちで地面を少しずつ掘って行く瞳子人形。角度を付けたドリルの作用で人形全体が回っている。これは確かに全身ドリルだ。流石は奥義。
「ほおぉ……」
 乃梨子が感心して見ているうちにも、奥義は確実に掘り進んでいって。もう見えてるのは足首辺りだけ。ん?
「あっ!!」
 慌てて乃梨子は穴に手を突っ込んで、瞳子人形を一気に引き上げスイッチを切った。危なかった。
 乃梨子が乱れた呼吸を落ち着けていると、祐巳さまの呑気な声が。
「どうしたの? 瞳子ちゃんはまだまだ掘れるんだよ?」
「……その後どうやって回収するんです?」
「え? んん? ……あっ! そうかぁ。私、分かんなかったよ……乃梨子ちゃん、瞳子ちゃんを止めてくれてどうもありがとう」
 祐巳さまは何も考えてなかったようで、感心した様子の後、乃梨子に頭をペコリと下げた。
「いえ、私も作品が行方不明になるのはイヤですから。それより祐巳さま、もう奥義全身ドリルは封印ですね……」
「うん、封印するよ。しょうがないよね……」
 奥義破れる――!! この事実に二人はうな垂れた。

 と言うか、乃梨子がリモコン操縦の可能性について思索していると。
「ああっ!! そうだ〜〜!!」
 それまで静かだった祐巳さまが、いきなり大声を上げた。何か考えていたらしい。乃梨子にはそうは見えなかったが。
「どうされました?」
「ど、どうしよう、乃梨子ちゃん。瞳子ちゃんに早く言わないと!」
「なんです?」
「奥義は絶対使わないでって。教えてあげないと瞳子ちゃんが地の底に消えてっちゃうよ!」
「あ、それは大丈夫かと……」
 半分予想通りの内容に、乃梨子は落ち着いて返答したが、祐巳さまは聞いちゃ居ない。
「私、瞳子ちゃんに奥義全身ドリルは危ないんだって教えてくるよ! 乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんの居場所に見当付かない?」
「はあ、あの……」
 どうしたもんだか。この勢いの祐巳さまを止められるのは紅薔薇さまか――
「それには及びませんですわっっ!!」
 奴か。

「久しぶりに祐巳さまにもご挨拶をと、瞳子がお近くまで寄ってみれば、お二人してなんと言うお話をされているのですっ!!」
「で、でも瞳子ちゃん、奥義はホントに危ないんだよ……」
 祐巳さまはそう言って瞳子人形をギュッと胸に抱いた。それを見た瞳子は顔を赤らめながらも無視して話を進める。
「何のお話ですかっっ! 奥義などと訳の分からない事をおっしゃって。覚悟はおよろしいのですわね。乃梨子さんも」
「えっ? 私はただ人形を――」
「瞳子ちゃん、危ないんだよ――」
「問答無用なのですわっっ!!」



 乃梨子は祐巳さまと二人、瞳子からの罰として駅前でハイジとクララの演技をさせられた。


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