【484】 小悪魔目標設定  (冬馬美好 2005-09-07 00:03:51)


「かしらかしら」
「小悪魔かしら」

 とある昼休み。自分の席で、なるほど、と頷きながら『失礼ながら、その売り方ではモノは売れません』を読んでいた乃梨子の元に、敦子と美幸はどこで見つけてきたのか、「↑↑」な感じの触角と「↓」な感じの尻尾を装着し、先割れスプーンをぴこぴこ振りながら、何やらにやにやくすくすと現れたのであった。

「かしらかしら」
「小悪魔かしら」
「・・・どこが?」

 本から一向に目を離さず、とりあえずといった風におざなりな声を返した乃梨子に、敦子と美幸は「えいえい」と先割れスプーンで乃梨子を突きながら、再びにやにやくすくすと笑みを零す。

「・・・地味に痛いんだけど。何なの、それ?」
「いえ、ちょうど良い三叉のものがなかったもので」
「コンビニでカレーを買った際に付いてきた、お匙で代用してます」
「いや、そのスプーンの事じゃなくて、お二人の格好のことを聞いてるんだけど」

 嫌が応にも目に付く「↑↑」と「↓」を、乃梨子は、むず、と鷲掴みにして引っこ抜きたい衝動に駆られながらも、そこでようやく本から顔を上げ、にやにやくすくす笑う敦子と美幸を見る。

「ですから、小悪魔なのですわ」
「小悪魔?」
「小悪魔です。ですから、イタズラをするのですわ」

 言うなり、再びちくちくと己を突き始めた敦子と美幸に、乃梨子はこの上ない鬱陶しさを感じながらも、穏便な状況打破の方法を考えていたが、つい、と視線をやった先に居た人物を確認すると、にやっと二人に負けず劣らずの含み笑いを浮かべ、「甘いわね!」と、ちくちく忙しない二人を振り返る。

「あなたたちは、全然『小悪魔』ってものを分かってないわ」
「え?!」
「どーゆーことですの?」
「彼女を見てごらん!」

 敦子と美幸は、乃梨子が指した指先を振り返り、そしてゆっくりと同時に乃梨子に視線を戻してくる。

「・・・瞳子さんが、どうしたのですか?」
「小悪魔というのは彼女みたいな事を言うのよ。・・・試しにその触角と尻尾を、瞳子に付けてみてごらん」
「・・・はぁ」

 乃梨子の言葉に半信半疑な表情を浮かべながらも、二人は言われた通りに、イチゴミルクをずずーいと啜っていた瞳子に、手早く「↑↑」と「↓」を装着する。

「・・・一体、何が始まったんですの?」
「はっ! こっ、これは!」
「すっ、すごい似合ってますわ! 瞳子さん!!」
「?」

 訝しげな表情とも相まって、まるで本当に「↑↑」「↓」が生えているかのような、その見事な小悪魔具合に、敦子と美幸は恐れおののくようにその場に跪く。

「どう?! これで分かったでしょう? こーゆーのを小悪魔というのよ!」
「・・・小悪魔? どーゆー事なんですの? 乃梨子さん」
「瞳子、ちょっと『ふふん』って顔してみて」
「は?」
「いーから!」

 何が何だか・・・とぶつぶつ呟きながらも、瞳子は一度大きく深呼吸をして呼吸を整えると、くいっ、と斜に構え、腕を組んだポーズを取ると、言われた通りの表情を浮かべる。

 ── ふふん。

「は、はぁぁぁっっ!!」
「こ、小悪魔がここに居ますわっ!!」
「はっはっは。これで君たちがまだまだと言う事が分かっただらう? うん、もうそんなバカな事はやめて、大人しくしていることだな!」
「・・・・・・だから、一体何なんですの?」

 それから数日のあいだ、乃梨子は平穏な昼休みを満喫し、存分に読書にも勤しめたのであったが、しばらく経って瞳子に弟子入りした敦子と美幸に、机にドラえもんの落書きをされたり、上靴にクリップを入れられたりして、余計鬱陶しさが増す事になるのだが、まぁそれは因果応報というものなのであり、結局、乃梨子はあの二人に悩まされつづけるのであった。


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