「かしらかしら」
「青田買いかしら」
とある昼休み。乃梨子がわりと集中して『フェルマーの最終定理―最近純粋数学ってどうよ?』を読んでいると敦子美幸がこの二人にしては珍しい取り合わせのしかし良く知った二人を従えて現れた。
「聞いたわよ乃梨子さん」
「青田買いですって?」
「…どうして喰いつくかな、日出美さんに笙子さん」
興味津々な次世代報道コンビに乃梨子は頭を抱えた。
「乃梨子さん、この方々も同好会に参加したいと申してくださったのですわ」
「会の趣旨に賛同してくださったのですわ」
「参加って……」
これ以上増やしてどうする。
既に廃棄処分になってるってのに、この勢いはなんなのだ。
「……大方可南子あたりが入会を取材の条件にしたんじゃないの?」
「それなら話が早いわ。白薔薇のつぼみが祐巳さま似の可愛らしい後輩を妹に内定したんですって?」
「是非、写真を1枚。できればツーショットで」
予想通りであった。
乃梨子は、片やメモ帳にペンを持って、方やデジカメを構えて迫る二人に思わずのけぞった。
というか、いつからそういう話になったのか。
「「そして、これがその噂の妹ですわ!」」
「なんだってー!?」
「さあ」と敦子と美幸に促されて教室の入り口から控えめに入ってきた中等部の制服に身を包んだ一人の少女。俯いていて顔はよく分からないが、祐巳さまのような髪型のツインテールは少しだけくるくると癖がついていて志摩子さんっぽいかなと思った。
どこから拉致ってきたんだ。
「白薔薇さまの妹に内定した感想は?」
「あ、その恥ずかしつつ嬉しいそうな表情が!」
早速取材にかかる日出美と写真を撮りまくる笙子。
その少女は頬を赤らめて小さな声で受け答えしているようだ。
相変わらず俯いていて目が良く見えないが。
でも口元の表情や仕草から「今私、幸せ」ってなオーラがほとばしっているのが判る。
あ、涙が。
初々しくて良いよね。きっと内気な子で「こんな私が」って感激したんだろうね。
「よかったですわね」とか敦子と美幸はそばでもらい泣き。
乃梨子はおいてきぼりだ。
「さあ、乃梨子さんも人事みたいに眺めてないでこちらへ」
だって人事だもん。身に覚えないし。
敦子と美幸に引っ張られて問題の少女の前に出た。
長めに切りそろえられた前髪で目を隠しているのは内気な子だからなのか。頬を真っ赤にして俯き加減に畏まる少女は乃梨子の目にもなにかこう、くるものがあった。
ぶっちゃけ萌えた。
いや、それは置いといて。
「えっと、あなた、名前は?」
「……祐巳子です」
「じゃあユミコちゃん、聞いて」
「はい」
「あなた、騙されてるわよ」
そう、こんな異次元空間はさっさと終わらせるに限るのだ。
「え?」
先ほどの幸せいっぱいが一変して超不安なオーラになった。
「こんなこというのは残酷かもしれないけど、私、妹を内定した覚えなんてないの」
がーん
と効果音付きで驚愕する少女。
っていうか効果音!?
何処に潜んでいたのか可南子がカセットレコーダーを操作している。
「そ、そんな……」
不可に崩れ落ちた少女がハンカチを噛みながら涙を流す。
「ちょ、ちょっと」
なんだこの子。
「あのとき、優しい言葉をかけてくださったのに」
「いや、そんなときないって」
「『ずっと一緒に居ようね』ってそれで私は『はい、乃梨子さまが嫌でも離れません』って」
「いや、あのね……」
もしかしてこの子誰かと勘違いしてない?
「そう! それは桜が満開になる季節のことでした」
「は?」
彼女はいきなり拳を握りしめて立ち上がった。
「三年生になった姉である白薔薇さまも受験のためあまり乃梨子に構っていられない。そんな寂しさのためか早朝一本の桜の木の下に佇んでいた乃梨子が出会った一人の少女!」
「っていきなり語り!? 未来の話!?」
「桜吹雪の中、『ごめんなさい』と言って去っていった少女は実はかつて青田買いで乃梨子が声をかけた少女だった!」
「そんな彼女と乃梨子さんのロマンスを描く問題作ですわ」
「主演は乃梨子さんですわ」
「企画は青田買い推進委員会ですわ」
「というわけで乃梨子さん。よろしくですわ」
……
…………
………………。
「……ってあんた瞳子じゃない!!」
人間、突込みどころが多すぎると手近なところに突っ込むものなんですね。