【49】 好敵手と書いてアイスクリーム  (素晴 2005-06-18 16:22:22)


自他ともに認めるとおり、祐巳は甘いものが大好きである。
ところてんは酢醤油より黒蜜だし、スコーンにはたっぷり蜂蜜をつけて食べるのがよいと思う。
だから、由乃とお買い物---といっても、ほとんどの時間はウィンドウショッピングに費やすのだが---に出かけたとき、そんな広告看板を見たら気にならないはずはなかった。

【★ S A L E ★ 今ならWの料金でトリプルになります!】

「……ねえ由乃さん、少し休まない?」
「ええそうね祐巳、それじゃもう少し行ったところの喫茶店で、」
とそこで由乃は言葉を切って、ニヤリと笑った。
「……わかっているわよ、祐巳、あなたが今だに私のことをさん付けで呼ぶときといえば。いいでしょう付き合いましょう付き合いましょう、ただし私はシングルしか頼まないわよ」
「いえいえ、付き合っていただけるだけで感謝感激恐悦至極」
そうして、二人はアイスクリーム店へと吸い込まれていった。


あいにくと、冷房の効いた店内は満席で、仕方なく二人は、道路に面したガーデンテラスの席に陣取った。
三段重ねにもなると落とさないようにバランスをとるのが難しいが、どうにかこうにか悲劇は避けられた。
「はい、祐巳、お水」
「ああ、ありがとう、由乃」
「いいわよ、祐巳に持たせてたら絶対アイスクリーム落として泣いてるから」
う、否定できない。
「そ、それよりその『ポッピング シャワー』っていうのは、おいしいの?はじけるキャンディーが入っているとか」
「わからない。でも、めずらしいし、面白そうじゃない、はじけるキャンディーって」
さすがチャレンジャー由乃。でも由乃は食べたことないのだろうか、はじけるキャンディー。
祐巳は子供のころ、少しだけ食べたことがある。確か、祐麒がお母さんにねだって買ってもらったものだけれど、祐巳にしてみれば口の中が痛いだけだった。肝心の祐麒はなんだか複雑な顔をしていたが、感想は祐巳と大差なかったのではないだろうか。ただ自分がねだって買ってもらったものだから、喜んで見せないと申し訳ないとでも思っていたのだろう。あの子は昔からそんな感じだったから。
「それで祐巳のは?」
「ええとね、上からバナナアンドストロベリー、レモンシャーベットにキャラメルリボンよ」
「甘いもの好き大王さんなら、真中もラムレーズンやチョコレートミントにするかと思ったわ」
「実はね、ナッツトゥユーと迷ったんだけれど、まあ箸休めというか中休みというか、ちょっとあっさりしたのもはさまないとね」
「ふうん」
おもむろにアイスクリームを口にした由乃は---なかなかの見ものだった。
口を開くことはないものの、くるくるとよく動くその瞳が、百面相とよく形容される祐巳をして驚嘆せしめるほどによく物語っていた。
「……っはーびっくりした。口の中で踊るのよ」
「うん、そう書いてあったじゃない」
「あまり驚かないのね。前に食べたことあるの?」
「そのアイスクリームはないけど、キャンディーだけは昔に」
「へえ。でもこれ、面白いだけでなくてなかなかおいしいわよ。あげるからちょっと食べてみない?」
「遠慮しておきます」
「そう?つまんないの」
由乃は何を期待しているのだろう?

「ねえ祐巳、あの看板なんだけど。」
由乃が先の看板を指差して言う。由乃のポッピングシャワーは早くも彼女の胃袋に納まってしまった。対して祐巳はレモンシャーベットと戯れている最中。シングルとトリプルだからこうなるのは目に見えている。
「ん?」
「前から思ってたんだけど、『ダブル』なら『W』ではなくて『D』って書くべきじゃないかしら」
「まあ、確かに『Double』だものね」
「『W』だと『Double U』になってしまうから、あなたが二人〜♪になってしまうわ」
「それ、何の曲?」
「知らない。今私が作った」
「何それ」
ひとしきり笑った後で、由乃が突然言った。
「あー祐巳、たれてるたれてる!」
「ん?パンダ?」
「ボケてる場合じゃないわよ、アイスアイス!」
ふと手元を見れば、コーンの下から、ポタリポタリとアイスクリームがたれていた。
「あーキャラメルリボンが!楽しみに一番下に置いたのにー!」
「油断大敵よ、祐巳」
「うー。」
確かに、この暑い中、いつもと同じペースで食べていては溶けてしまうのはあたりまえだ。
「イタリアでの失敗を、また……。侮りがたし、アイスクリーム。次はこうはいかないわよ」


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