「先日福沢邸にて行われたパジャマパーティの顛末を、紅薔薇さまこと私、小笠原祥子と」
「黄薔薇さまこと私、支倉令が『激萌え! お泊り会衝撃告白』の名の下にお送りしたいと思います」
周りから巻き起こる拍手。ちょっとだけ作為的な雰囲気を漂わせつつ。
「それにしても、祐巳――あのパジャマは反則よ」
「うんうん、淡いピンクにデフォルメタヌキなんて……瞳子ちゃんとか今にも失神しそうな表情だったしね」
「ええ、『そのパジャマとっても似合っていてよ、祐巳』って、頭を撫でて抱きしめてあげたい……」
「おーい、祥子戻っておいでー」
目の前で手を左右に振るものの、それに気付く気配は一切見られない。
「………」
「ははは、ダメみたいだね。それじゃあ次は――瞳子ちゃんかな?」
「はっ!? わ、私ってば一体!?」
「お帰り祥子、それで次は瞳子ちゃんなんだけど」
「瞳子ちゃん、淡いグリーンのパジャマで、祐巳にも似合っているって褒められていたのよね」
「その言葉に頬を染めて、ホント瞳子ちゃんも青春しているよねぇ」
「でも、瞳子ちゃんならもっとフリルとかのたくさん付いたものを予想していたのだけれど、随分とシンプルだったわね」
意外そうな表情の祥子がそこまで言ったところで、ポンッと手を叩いて何かをひらめいた様子の令。
「――あ、思い出した」
「どうかして? 令」
「あれって確か、祐巳ちゃんと一緒に買いに行ったんじゃなかったっけ?」
「……なっ!?」
そのときの表情を一言で言うならば、愕然。でも、ほんのちょっとの納得も含んでいて。
「確か祐巳ちゃんが瞳子ちゃんのを、瞳子ちゃんが祐巳ちゃんのを選んだとか」
「そういえば……以前そんな話を聞かされたような気がするわ。きっと記憶の奥底に封印していたのね」
ポンッと、黄昏る祥子の肩に手を置いて。
「祥子――」
「いいのよ、令。確かに瞳子ちゃんの見立ては文句無かったのだから」
「そ、そうね……」
お願いだから、そんな痛々しいものを見る目で見ないで――と、そんな声が聞こえてきそうなその一言の前には、何も言い返すことなど出来ないのだった。
「えっと、それじゃあ気を取り直して、次は私の由乃に行ってみようか」
「そうね――由乃ちゃんのパジャマは、白を基調としたとっても落ち着いたものだったけれど」
今度こそ心底意外そうな表情の祥子に、何故か嬉しそうな令が。
「うん、あれって私が作ってあげたんだけど、そしたら思った通りよ〜く似合っちゃって」
「なるほど、あれは手作りだった訳ね……どうりで」
深く納得した様子の祥子。令は何に納得をしているのかも分かっていないようで。
「どうりでって、何が?」
「いえ、由乃ちゃんっぽくないかなって。由乃ちゃんなら、『先手必勝!』とか『悪・即・斬』とか、そういうのが不可欠と思っていたから」
「……本人はそうしようとしていたんだけど、全力で阻止したから」
「――な、なるほど。苦労しているのね、令」
「ははははは」
乾いた笑いが響き渡る。ああ、痛々しいことこの上ない。
「あとはそうね、菜々ちゃんとも上手くいっているようだったし」
「だね。姉としては複雑な気持ちだけど」
「その気持ち……よく分かるわ。祐巳も瞳子ちゃんと楽しそうに話をしていたし……」
「 「……………」 」
舞い降りる沈黙。ああ、せっかくの話題転換も効果薄し……というより『二人揃って落ち込んでしまったのだから、どちらかというと失敗例?』とも思いつつ。
「と、とりあえず次に行こうか!」
「そ、そうね!」
全ては棚上げ、無かった事に忘却の彼方に記憶の奥底に。あっさりと脳裏から追い出して。
「――で、次は菜々ちゃんかな?」
「あの子の参加は、正直意外だったわね」
「まあ瞳子ちゃんの口車に乗せられた感はあるけれど、本人が参加を希望していたのは確かみたいだったしね」
「それに、由乃ちゃんに会ったときの嬉しそうな表情といったら……同時に緊張も最高潮だったみたいだけど」
「そして由乃の嬉しそうな顔も……ううぅ」
思わず泣き崩れる令。憐憫に満ちた視線で見守っていた祥子だったが。
「令、泣いちゃダメ。強く生きないと」
「うん、分かってるよ、祥子」
「私だって、祐巳が――」
ああ、さっきからこればかり……。
「と、とりあえず菜々ちゃんのパジャマは淡い黄色がベースみたいだけど……でも、全面にデフォルメひよこがプリントされていて、黄色一色よね」
「ちょっと意外だったけれど、何故かイメージ通りでもあったのよね」
「うん、とっても似合ってた」
「ちなみに、令ならあの子にどんなパジャマを着せてみたい?」
「そうねぇ……怪獣のきぐるみとか?」
思い浮かんだのは、デフォルメされた某怪獣のきぐるみを着て、『がお〜』とか平仮名の声の聞こえてきそうなほわほわしたイメージ。
「――それは、きっと私とか祐巳よ」
「そ、そう?」
「なんていうか、紅薔薇ファミリーの……伝統?」
「そ、そんな伝統があったなんて――」
ふと思う、きっと過去には同じようにきぐるみを着た蓉子さまや、現在進行形で着せられて真っ赤になっている瞳子ちゃんなんてのもありかもとか何とか。
「ま、まあ菜々ちゃんにはあのパジャマが一番似合っているということかしら」
「そうだね」
「由乃ちゃん、菜々ちゃんのことをずっと抱え込んでいたしね……後ろからギュッて」
「ううぅ……由乃、よしのぉ(泣」
「……薮蛇だったわね」
思わず嘆息、ああ無常ナリ。
数分後
「令も落ち着いたようだし、次に行きましょうか」
「えっと、次は志摩子だけど……まさかああ来るとは思わなかった」
「私もよ。まさかネグリジェとは――やるわね、志摩子」
「しかも見るからに似合っていたし。乃梨子ちゃんとか間違いなくノックアウトされていたよね」
明らかに褒めている、感心している発言であり表情でもあるのに、そこにはわずかながらに敵意も感じられて。
「ええ、祐巳も多少照れた表情を見せていて――ふふふふふ」
「さ、祥子!? ハンカチが……」
ビリビリと、音を立てて崩れ去るレースのハンカチ。あの体の何処にそれほどの力が秘められているものなのか。
――きっと、永遠不滅の謎であろうかと。
「――はっ!? 私ってば何を」
「気持ちは分かるけど、落ち着いて……由乃もそうだったんだから」
遠い目を、遥かなる彼方に向けつつ――二人共に、見事なまでの妹馬鹿。こんなことで、本当に妹離れを実現できるのかどうか。
「令……そうね、そうなのよね。瞳子ちゃんと菜々ちゃんはそんなことは無いようだったけれど、ただ単に別の相手に夢中だっただけのことなのよね」
「初々しいよね……でも、志摩子って普段からネグリジェなのかな?」
「普段から――そうね、お寺でネグリジェって違和感を禁じ得ないでしょうから」
その情景のあまりの不思議空間ぶりに、思わず頭痛を覚える二人。
「だから家出なんて考えたのかも……」
「志摩子なら、本気でそう考えかねないところが怖いわね」
「ええ――」
あまりにも真実味を帯びたそんな考えに、二人揃って言葉も出ないようで。
そのまま二人、そんなことなど無かったかのように頷き合うのだった。
「さて、最後は乃梨子ちゃんだね」
「何気に仏像柄とか、本気でやりかねないと思って楽しみにしていたのだけど……」
「それは――さすがに無いでしょ」
言いつつも、どこか――いや、ものすごく残念そうな声音と表情。まあ乃梨子ちゃんならやりかねないかなとは思えるけれど……。
「そうね、正直残念。実際普通のパジャマだったのだし。薄い青というか水色というか、淡い色調の落ち着いた物だったわね」
「みんなに褒められて、照れた表情をしていたのが印象的だったかな」
「あの子のああいう表情って、滅多に見られないものね」
「きっと志摩子にとっては、そんな表情を見られただけでも十分嬉しかったんだろうね」
「乃梨子ちゃんにとっても、志摩子に褒められればそれで満足だったでしょうし」
「ホント、もう半年近く経つっていうのに、いつまで経っても初々しくて微笑ましいんだから」
そこでふと我に返る。そういえば――って。
「でもさ、これで一通り終わったわけだけど、『激萌え』とか『衝撃告白』とか――そんな要素ってあったっけ?」
心底不思議そうな表情。まあ事実上パジャマ解説だったのだから、当然と言えば当然かもしれないけれど。
でも、祥子はその質問にも動じない。
「あら、そんなの決まっているじゃない。私が後日、祐巳を家に招いて二人だけのパジャマパーティをしたからよ」
「は?」
その答えは予想もしていなかったのか、さすがに思考が停止しているようで。そんな様子に満足した祥子は。
「祐巳と向かい合って、手を繋いだまま色々な話をして……由乃ちゃんや志摩子とのパジャマパーティの思い出の話もあったのが、ちょっとだけ癪だったけれど」
「あのー……祥子さん?」
「手を繋いだまま、祐巳の顔を見て『おやすみ』を言うあの一瞬は……ふふふ♪」
「ああ、トリップしちゃってる……っと、負けてなんていられないわ、私も由乃とパジャマパーティを開かないと!」
以降両者続行不能により、ゲームセット(ぇ