「男は狼なの〜よ〜♪」
薔薇の館までの道を祐巳は上機嫌で歩いていた。
なぜなら、週末にお姉様とデートなのだ!
緩みまくる頬もそのままに時々くるりと意味も無く回ってしまうほどの上機嫌だった。
世界のすべてが平和なのではないかと思えるぐらいにハイテンション!
周りの一年生に笑顔を振りまき、困っている同級生に手助けをし、三年生には深深とお辞儀なんてしてしまう。
そんな祐巳だったから薔薇の館のすぐ側に来るまで、その違和感に気が付けなかった。
「そういうもの〜ょ・・・・・・」
薔薇の館にドリルが付いていた。それだけではなく基礎の部分はひっくり返った御猪口みたいになってるし、壁も木目をプリントした金属に変わっている。
「え〜っと、いったい何が」
背中を伝う嫌〜な汗が祐巳を正気に返らした。
何かよくないことが起こってるに違いない。と大慌てで翻るカラーもスカートも気にせず勢いよく階段を駆け上がるとそのままの勢いでビスケット扉を開けた。
「ごきげん!・・・よう・・・」
そこには瞳子ちゃんが一人何かの書類を見ながら作業をしている方々に指示を出していた。
「あら、祐巳様遅かったですわね」
祐巳が入ってきたことに気付いた瞳子が振り向いて微笑む。
「えっと、瞳子ちゃん?そのかっこ何?」
「あら、嫌ですわ祐巳様。昨日祥子様が仰ってたではないですか」
「え!き、昨日って・・・・・・もしかして薔薇の館の修繕のこと?」
「ええ、そうですわ」
「いや、それは知ってるんだけど。何で瞳子ちゃんが作業着を?」
「それは、もちろん現場を指揮して完璧な修繕を行わせるためですわ!」
ひらひらもふりふりもない、地味な色の作業着を着込んだ瞳子がその場でくるりと回ってみせる。
「そうなんだ・・・でも、これじゃあ薔薇の館じゃ無くなっちゃうよ!」
余りにも変わり果てた薔薇の館を見回して祐巳悲しくなってしまったのだ。
「何を言っているんですか祐巳様!躯体は損傷が激しいですし、水道は水しか出ません。階段もぎしぎし鳴りますし・・・何よりこれくらいの強度では大気圏は突破できませんことよ!!」
「え?瞳子ちゃん・・・大気圏て」
瞳子の余りにも変な喩えに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「い、いえ、別に既に改造はおえ、ゲフンゲフン!・・・つまりはそれくらい丈夫にしなければいけないということですわ!」
ここは私が何とかしなければいけない。
ひとつ深呼吸して落ち着いてから、一歩瞳子ちゃんに近づきそっと頬に手を当てる。
「でもね、私は前のほうが良いな。確かに古くなってきて木がささくれてたり危ない所とかもあるけれど・・・」
急に優しげに話しかけたものだから瞳子もびっくりしてしまったらしい。
ちょっぴち頬を赤くしながらもそのままにさせてくれている。
「何故ですの!?瞳子は祐巳様のことを考えて!」
「だって、お姉様のお姉様のそのまたお姉様のず〜っと昔から大切に使ってきた館だもの」
「祐巳様・・・」
「あのビスケット扉も、お姉様との思い出だし。階段を上がる音を聞きながらお姉様かな?なんてドキドキしたり。そんな毎日をこの館で過ごしてきたんだよ?」
「それは・・・そうですが・・・」
段々と瞳子の勢いも無くなっていく。心なしかぶら下がった縦ロールもしゅんとしてしまっている。
「瞳子ちゃんが私のことを少しだけでも思ってくれるのはうれしいけど・・・やっぱり今のままの薔薇の館で私は瞳子ちゃんと過ごして行きたいな・・・」
「う、ぐすっ。ごめんなさい、ごめんなさい祐巳様!」
うつむいた瞳子の肩が小刻みに震えている。そのままよしよしと、片手で抱きしめながら瞳子の頭を撫でてあげる。
「いいのよ。瞳子ちゃんが人一倍この館を愛してくれていることは私がちゃんとわかっているから」
ひとしきり瞳子が落ち着くまで抱きしめた。
(落ち着いたらあのドリルは外して貰おう)
「さ、とう・・・」
「ごめんなさい祐巳様!でも、でも、もう遅いんですの!」
「へっ?」
瞳子がいつの間にか手に持った何かのスイッチを押している。
グゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
「えっ!うわわわわわ!!な、なに?」
「既に改造は終わっていましたの・・・」
なんだか揺れがどんどんひどくなっている。しかも気が付けばさっきまで作業をしていたはずの人たちもいない!
「え?か、改造って!とととととととと」
何とか窓まで来ると回りは既に白い煙で覆われていた!
「祐巳様しばらくの間は黙っていていただけますか?少なくとも大気圏を脱出するくらいまでは・・・」
「え、ちょっと、瞳子、ちゃん」
演劇部のスキルなのか揺れまくる部屋の中でも瞳子ちゃんは平然と歩いていた。
「しばらくは揺れもひどいので祐巳様はこちらへ」
いつもの祐巳の席に座らせられ、何時の間に取り付けたのかジェットコースターのような安全装置をカチリと下ろす。
「さ、このベルトで体を固定していてください」
「瞳子ちゃん!なにこれ、うくっ、ん〜〜〜・・・外れない!」
「当然ですわ。発進してから歩き回るのは自殺行為ですから」
そう言うと瞳子も祐巳の隣の席に座り同じように安全装置を下ろす。
「い、いや〜〜〜!もう帰して。明日はお姉様とのデ〜〜〜トがあ〜〜〜〜〜!!!!」
じたばたもがく祐巳を尻目に瞳子は何か押してはいけなそうな赤いスイッチを押す。
「ドリルロケット3号発進!」
そして二人は星になった。
「祐巳様ごらんになって・・・あれが私たちが住んでいた地球ですわ」
「ううう、お家に帰りたい・・・」
「大丈夫ですわ祐巳様。火星の祐巳様を救出したらすぐに戻れますわ。これで細川加奈子と祐巳様を取り合うことも無いはず」
「そんなわけ無いじゃない!誰かた〜〜す〜〜け〜〜て〜〜〜〜」