「お姉さま」
小笠原祥子が、姉の水野蓉子に呼びかけた。
「祥子、どうしたの?」
「実は、大変珍しい食べ物を入手しましたの。よろしかったら、お召し上がりになりません?」
「なになに?いったいどんなの?」
瞳と凸をキラキラと輝かせながら、蓉子よりも先に鳥居江利子が反応した。
「祥子が珍しいって言うんだから、相当のものだよね」
興味津々と、佐藤聖までが口を挟む。
「そうね、祥子がよければ、明日の放課後、みんなでいただきましょうか」
「分かりました。それでは明日、薔薇の館に準備しておきますわ」
祐巳、由乃、志摩子たちも、期待に胸を膨らませていた。
取り皿やフォーク、飲み物など、全ての準備が整い、山百合会関係者全員が席に着いていた。
あとは祥子が言うところの、『大変珍しい食べ物』の登場を待つばかり。
ワクワクという効果音が、実際に聞こえてくるようだ。
祥子が、満を持してカバンから取り出した大きな缶詰。ラベルには、魚の絵が描かれていた。
それを横目で見ていた蓉子は、
「あっと!ごめんなさい、クラブ棟に行かなければならないのだったわ。祥子、先に進めておいて」
「召し上がってからでもよろしいのでは?」
慌しく立ち上がる蓉子を、引きとめようとする祥子。
「いえ、約束の時間ギリギリなのよ。すぐ戻るから、みんなお先にどうぞ」
まるで、逃げ出すかのように、部屋から飛び出る蓉子だった。
「…まぁ、お姉さまがそうおっしゃるなら。では、開けますわね」
缶切りをあてがい、ぐっと押し込む。
プシュー。
『ぎょべらわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』
薔薇の館は、一ヶ月間使用禁止になった。