No314 真説逆行でGO → No318 → No326 → No333 『姉妹交錯』の蓉子が「言う通りにしてあげて」といって江利子が祐巳を連れ出した後。
祐巳ちゃんが江利子と出て行ってから、聖は私が祐巳ちゃんをここに呼んだことを「勝手なこと」と非難した。
私は栞さんの事があってから、傷ついた聖を元気付けようと頑張ってきたつもりだった。
なのに、何一つ変わっていない、変えることが出来なかった。
あえて栞さんの名前を出してまで私が祐巳ちゃんをここに呼んだ理由を説明したのはこれはチャンスだと思ったからだ。
聖は最初、感情的になっていた。
でも、私の話を聞いているうちに次第に冷静さを取り戻し、今は話を聞こうという姿勢をみせていた。
「……正直、驚いたから」
「何に驚いたって?」
「あなたが福沢祐巳と口走った時。久保栞という名を初めて口にした時と、同じ顔をしていた。身代わりにと考えたわけじゃないの。ただ、あなたにもっと人と関わり合って欲しかっただけよ」
「関わり、ね」
正直、私は聖が栞さん以外の人に興味を持ったことに驚いていた。
これまで聖は私や江利子とその妹達との関わり以外決して持とうとしなかったのだ。
「実際、福沢祐巳ちゃんを見てびっくりしたわ」
「栞になんて似ていないわよ」
私の言葉を先取りするつもりなのか聖は言った。
「もちろん。私があなたが祐巳ちゃんの中に、栞さんの影を見ているなんて思っていない」
「じゃ、何」
「あまりに普通の女の子だったから」
「普通の?」
聖は心外だという顔をした。
聖の目にはそう見えなかったのかもしれないが、私の見た祐巳ちゃんは当人には失礼だが本当に何処にでもいそうな平凡な女の子だった。
この認識はあとで覆されることになるのだが、少なくとも聖の周りにいたどんな人とも違うタイプであることは確かだった。
「普通の女子高生なんて言葉から一番遠いあなたが、平凡を絵に描いたような祐巳ちゃんに興味を持ったってこと」
聖は祐巳ちゃんとなら上手くやっていけるかもしれない。そう思ったのだ。
私のエゴだっていい。聖が救われるのなら。
「これ以上は言わないでおくわ。余計なお節介ってこんどこそ叩かれそうだから」
そう言いながら、私は淡々とカップを片付けテーブルを拭いた。
言いたいことはもう言った。あとは聖が一人で考える番だ。
この後の薔薇の館は聖のために譲ろうと考え、片づけが終わってから私は自分の鞄と江利子の鞄をもって茶色い扉へ向かった。
「蓉子は私が祐巳ちゃんと上手くいけばいいって思っているのね」
背中越しに聖が尋ねてきた。
「ええ」
私は立ち止まって答えた。
「蓉子のそういうところ私は嫌いだわ」
「そうね」
自虐的に笑いながら扉を開けた。
「自分でも好きじゃないんだから」
押し付けがましくお節介なところ。
〜 〜 〜
薔薇の館を出てすぐに江利子に出くわした。
「どうしたの? なんか珍しいわね」
江利子にしては珍しい表情をしていたからついそう尋ねた。
さっき祐巳ちゃんと話していた江利子はちょっとだけ「面白いものを見つけた」表情をしていたんだけど、それとも違う表情だった。
「珍しい?」
「江利子がそんな顔してるなんて」
「どんな顔よ?」
「なんか真剣に考え込んでるように見えたわ」
「そうかも」
「なにか面白いことでも見つけたの?」
江利子が真剣になることって言ったら『面白い』ことに決まっている。
「んー、まあね。ところで祐巳ちゃんてどう?」
微妙にはぐらかしてきた。
こういうとき江利子に訊いても絶対に教えてくれない。
でも、祐巳ちゃんの名前を出しても江利子の目の輝きが失われないのでおそらく彼女がらみのことだを想像できた。
「そうね、あの聖が興味を持った子ってどんな子だろうって思ってたけどなかなか」
「なかなかなによ?」
「今までにないタイプって言ったらいいのかしら」
言ってしまえば何処にでもいそうな平凡なタイプなんだけど、私たちの周りにそういう子はいままでいなかった。
「なるほど。確かにそうね」
「それから、そう、私たち相手にあまり緊張してなかったわね。自然体っていうのかしら」
思い起こしてみて、ちょっとその点は稀有かなと思った。
「ふむ」
「なによ、『納得いった』って顔して」
「そうね、興味深いわよ、あの祐巳って子」
「気に入ったのね?」
「ええ、それはもう。蓉子は?」
「まあ、気に入ったというか、今までにないタイプだから興味はあるわね」
あの子のどのへんが江利子の興味をそそるのか。
聖があの子と上手くいけば、と思っているのであって、自分が彼女に対してどうというのは特になかった。