【56】 ラブリー激ヤバ写真あります  (柊雅史 2005-06-19 02:26:48)


その写真を現像液から引き上げた瞬間に、武嶋蔦子はリーサルウェポンを手に入れたのだった。
「……こ、これはっ!」
思わず会心のガッツポーズ。ふるふると震える手でリーサルウェポンを吊るし、そこで一旦現像作業を終える。
これから次の写真の現像に取り掛かるのは愚の骨頂だ。リーサルウェポンのデキが気になって、集中できないこと請け合いである。
じっと暗室に設置された椅子に腰かけ、蔦子はじっと時を待つ。
眼鏡を鋭く光らせながら……。

「で、できた……」
しっかりと定着したその画を見て、蔦子は再度自分が手にした武器の強大さを確認する。
「これがあれば……これさえあれば……っ!」
蔦子は夢見る。
欲しかった一眼レフ。拡張された部室と現像室、尊敬と羨望のまなざし、最高のカメラマンという賞賛の声。
その全てが蔦子のものになる。
蔦子はきょろきょろと周囲に他人の目がないことを確認し、再びその写真に視線を落とした。
一言で言えば、その写真はヤバかった。ものすんごく、ヤバかった。
どこがどうヤバイかと言えば、これを見た祥子さまならン億払おうが手に入れたいと願うだろうし、聖さま辺りに見せれば山百合会権限で写真部の部費100倍とかゲットできそうなくらいにヤバかった。
被写体は祐巳さんである。これは別に珍しいことではない。蔦子は一日ン十枚と祐巳さんを撮っているのだから。
問題は、どんな奇跡が起こったのか、これまでに蔦子が撮ったどの祐巳さんコレクションよりも、セクシーでラブリーでどきどき☆な祐巳さんが映っていたのだ。
蔦子は危うく鼻血が出そうだった。いや、多分現像室の床を見れば、点々と赤い斑点が見付かるだろう。そのくらい、激ヤバな破壊力を秘めたワンショットだったのだ。
「……さて、どうする?」
蔦子は写真をそっと伏せて――直視しているとまた鼻血が出そうだからだ――この写真の扱いを考え始めた。
武嶋蔦子の腕と祐巳さんの魅力と、神の悪戯が起こした奇跡の一枚。
祥子さまへ渡して報酬を得るか?
聖さまへ渡して権力を得るか?
新聞部に渡して名誉を得るか?
全ては蔦子の決心一つ。今この瞬間、それら全てが一枚の写真と共に蔦子の手の中にあるのだ。
「――決めたわ」
蔦子は決心をこめて立ち上がった。
もはや迷いはない。
それ以外に、その写真の使い道は考えられなかった……。


「な、なにこれぇ!」
真っ赤になって彼女は写真をばっと両手で抱くようにして隠す。
「つ〜た〜こ〜さ〜ん……」
「偶然よ、偶然。狙ったわけじゃないわ」
「う〜……そうかもしれないけどぉ……」
「大丈夫、誰にも見せてないから。――で、どう? 見た感想。確かにちょっとヤバイ感じだけど、いい写真でしょ?」
「う、うん……他人には、ぜったいぜーったい、見せられないけど。でも……凄い」
祐巳さんがそっと写真を覗き込み、ぽっと頬を赤らめる。
照れているような、恥ずかしがっているような。
でも物凄く嬉しそうな表情。
あぁ……これよ、と蔦子は心の中で拳を握った。
物欲でもなく権力でもなく名誉でもなく。
蔦子が一番欲しいと願うのは、いつだってこれなのだ。
「あう〜……あう〜……」
真っ赤になって照れる祐巳さんは、物凄く可愛らしい。
蔦子はそんな祐巳さんの表情を、蔦子だけの心のアルバムに収めるのだった。


ちなみにその写真がどれだけヤバイ代物だったのかは、蔦子と祐巳さんしか知らない秘密だ。
今でも時々、蔦子は祐巳さんとその写真を見返すことがある。
その都度見せる祐巳さんの表情を見る度に、やっぱり最高の取引をしたのだと蔦子は思えるのだった。


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